2 危険物密造事件
生徒相互補助会――通称『
一言で言えば、「生徒同士の助け合い」を促進することがその活動内容で、要は困った時に助けてくれる便利屋のようなものだ。
本日もその活動の一環として、蒼詩は『部長』のあとを追い、校舎の階段を屋上へと向かってのぼっている。
「ところで、何しに行くんですか、部長」
「ちょっとした『立ち会い』だよ」
蒼詩にとっては単なる部活動というよりは、生徒会や風紀委員会などに並ぶ組織という認識なのだが、書類の上ではいわゆる「同好会」扱いだ。
そういう訳で、互助会という名前もあってそのボスは「会長」と呼ぶのが正しいのだが、いろいろな事情から便宜上『部長』と呼んでいる。
「立ち会いって……誰か、決闘でもするんですか……?」
「まあ、我々と生徒会との決闘といっても過言でないよね」
「はあ……」
ため息を一つ。生徒会が関わっているのなら、面倒だからと回れ右することは躊躇われた。心情的にはすぐにでもそうしてしまいたいところだが、一周回って蒼詩は前進する。
部長は、蒼詩が唯一認める正真正銘の『名探偵』だ。
ゆく先々でトラブルを呼び込み引き起こすトラブルメーカーであると同時に、その問題を解決するトラブルシューター――いわゆる、名探偵。少なくともその呼称に見合うだけの「体質」と「実力」を持っている。
だからこそ――万が一のことは避けたいし――
(この人が言うんだから、殺人なんて有り得ない。学校内だぜ? 現実的じゃない)
その一方で、こうも思う。
この人が部長を務める部活の部室――そこに所属する彼女に何か、不幸が訪れても不思議ではない。
(だけど、千月は四月に転入してきたばかり――この学校に、街に来てほとんど間もない。衝動的なものなら有り得るとしても、死体消失とかそんな、計画的な殺人を実行するほどの……そこまで強い「殺意」を抱かれるほどの人間関係があったとは思えない……)
部長も言っていたが――彼女が、そこまで他人に恨まれる人間だとは思えない。
(でも人の恨みっていうのはいつどこで買うものか分からないからな……。うーん)
現状、なんとも言えない。千月の無事を確かめられればそれで解決するのだが、連絡をとろうにも彼女の携帯は現在蒼詩の手元にある。案外教室に戻ってみればけろっとした顔でお弁当でも食べているかもしれない。そこですぐにでも回れ右したいところだったのだが、そうこうしているうちに屋上に到着してしまった。
「やはり出たわね、生徒相互補助会……!」
屋上には、昼の日射しを一身に浴びてその金髪をきらきらと輝かせる一人の少女の姿があった。
「生徒会長……」
部長を『部長』呼びしなければならない難儀な理由の一つ、彼女こそこの
(なぜか最近、互助会関連で行く先々に現れる……)
陽光のせいか神々しさすら感じるものの、片手に文庫本サイズの手帳を持ち、周囲を怪しげな集団に囲まれているせいで何かしらの儀式を行っている教祖のように見えなくもない。
「……で、立ち会いって今日はなんの立ち合いするんです?」
見たところ屋上には生徒会長の他、黄色いレインコートを着た謎の集団くらいしか見当たらない。
「『
自研とはすなわち、『自由研究同好会』のことだ。小学生が夏休みにする自由研究の延長、その高校生版みたいなことを真面目にやっている同好会なのである。その頭の良い幼稚性ゆえに生徒会や職員たちから目をつけられているが、これでも彼ら、過去に文部科学大臣賞などを受賞していたりする。
あの黄色い集団がそうだろう。見れば見知ったクラスメイトの顔もある。
それはともかく――花火……?
「こんな真っ昼間に? ていうか打ち上げるって……それって資格とかいるんじゃないんですか? 互助会は確かに顧問不在の時に部活動の監督したりする訳ですけど、さすがにこれは……花火って、火薬とか使いますし。いくら部長が万能だからって、さすがにそういう免許まではカバーしてませんよね……? まさかですよね……?」
「さすがに持ってはいないけど、打ち上げるからにはそもそも自研の方でそういう許可はとってるんじゃないかなぁ。仮にもプロだからね」
「そんなアバウトな……」
普段ならこちらに分があるのだが、今回ばかりは生徒会長の方に正義があるかもしれない。
「危険行為を見過ごす訳にはいかないわ」
と、生徒会長。まったくその通りなのだが、自研の方にも何かしら言い分はあるだろう。蒼詩は事情を聞こうとレインコートの一人に声をかける。
「なあ
「互助会に資料は提出したはずだよ。ボクらの方にはなんの問題もない!」
「はあ、資料……」
ちらりと部長を窺うと、軽く頷いてみせた。確認はしているのだろう。じゃあ問題があるとすれば――
「わたしたち、今後のイベントを盛り上げようとしてるのに……!」
「陽木くんからも何か言ってやってよ!」
自研の女子から援護を求められる。蒼詩は「爽やか」と「軽そう」のちょうど中間みたいな容姿をしているせいか、よく男女問わず気軽に声をかけられるのだ。相手の名前も知らないしこの状況もいまいち把握できていないが、ともあれ。
「花火でしょ? 火薬を使うじゃない。しかも自作? 危ないを通り越して違法レベルじゃないの」
キッ、とまるで目の仇みたいに生徒会長から睨まれる。なぜ自分がこんな目に遭うのだろうと思いつつ、
「安全性は問題ないんじゃないですかね……? それこそ自作レベルなんだし……」
とはいえ自研の能力は馬鹿に出来ない。生徒会長が危険視するのも頷ける話だ。
「それ以前に、屋上は立ち入り禁止よ。よりにもよってそんな場所で火遊びなんて、もはや不良の所業じゃない!」
「だからそれこそ、
確信がないためあまり強気には出られないが、
「――会長は生徒の自主性を否定するんですか? 夢に向かって……いるかはともかく、何かに夢中になって頑張る生徒を応援するのがこの学校のポリシーなのでは?」
見るからに不満げに頬を膨らませる生徒会長である。部長も何か言ってやってくださいよとそちらに目を向けると、
「そうそ、陽木くんの言う通り。自主性、自主性。僕たち互助会は教師に手間をかけないように部活動の監督をしたり、必要に応じて手の空いてる先生を呼んだりするのが仕事だからね」
部長が一歩前に出る。こういう時はやたらと頼もしく感じる。
「僕たちがOK出したっていうことはつまり、教師側の許可も下りたも同然なんだよ。そのための互助会だからね。生徒だけじゃ不安だっていうなら、ほら――ちゃんと先生呼んでるから」
言われて振り返れば、階段を上がってくる足音が聞こえてきた。
しばらくして姿を見せたのは、仏頂面をした女の子だ。いや、教師だ。立派な成人女性だ。階段の手すりに捕まり、呼吸を荒くしながら上ってくる。
「陽木くんを生贄に、
「どうしておれがエサになるのかよく分からないんですけど……もしかしてそのためだけに連れてこられたんですか、おれ?」
「まるで私は都合の良い女だな……」
低い声で何か言いながら屋上に出てきた彼女は、陽光に晒されると人型のシルエットかと見紛うほどによりいっそう黒さが際立っていた。
併設されている中等部から迷い込んできたのではないかというほどの低身長、黒を基調としたドレス風の衣装を身にまとっているせいか、まるで陽炎か白昼夢のように輪郭が掴めない。もしかしたら今にも溶けてしまうのかもしれない。
そんなこの場にいるのが不釣り合いな格好をしている彼女は、太陽を睨むように日射しに目を細めると、それから不機嫌そうな顔で蒼詩を振り返った。
「お前、あとで生徒指導室な」
「えー……」
理不尽が過ぎる。お人形みたいな顔に悪魔みたいな笑みが浮かんでいた。黒の中で異様に映える白い肌が不気味に思える。
「で? 何するんだ。やるならさっさと済ませろ。死ぬ」
「という訳で、監督してくれる先生も来てくれたことだし――これで文句はないよね?」
生徒会長は相変わらず不服そうだが、一応納得はしてくれたらしい。腕組みをしながら道を開くように端の方に移動する。
「よしっ、そうと決まれば……!」
喜び勇んで準備に取り掛かる黄色い集団である。
いったいどんなことを始めるのだろうとその作業を眺めていれば、
「これって……あれじゃないですか? 花火っていうから何かと思えば――」
彼らが準備しているのは、炭酸飲料のものと思しき丸みをおびた――ペットボトルだ。
「ペットボトルロケットというやつでは?」
それならなるほど、校内での実験の許可が下りたことも頷ける。打ち上げ花火ほどの危険性はない。
「しかし……花火するんじゃ?」
「水を使って何かするんだろうけど――『
「はあ……」
それを――『自研が屋上で花火をするらしい』といった感じの情報を、どこからか仕入れてきた生徒会長が危険視したのが今回のトラブルとも言えない小競り合いの発端か。
(ほんとこの人は毎度、どこからうちの情報を仕入れてるんだ……)
まるでこちらの行動を先読みしているかのように先回りしているのである。
ちらりと生徒会長の様子を窺えば、
「……でも破裂して、その破片が飛び散るとかのリスクはあるじゃない」
まあその通りではあるが、当初想定していたリスクに比べれば可愛いものだ。
と、その時だ。
「一号機、発射します――!」
「えっ、ちょ――きゃあっ!?」
可愛い悲鳴が上がったかと思った次の瞬間、ペットボトルが火(水)を噴き、それが生徒会長を真っ赤に染めたのだ。
何が起こったのか――まるで返り血を浴びたかのようなレインコート姿の自研部員たちが騒ぎ出す。
「一号機、暴発しました!」
「角度が悪かったかな?」
「やっぱり容量が大きすぎたんですよ。カラーテープ的なものにしません?」
「それだと後始末が大変じゃん」
――どうやら失敗したらしいが、
(不憫というか、なんというか……)
生徒会長はびしょ濡れで、わなわなと肩を震わせている。制服のブラウスは真っ赤に染まり、薄っすらと下着が透けていた。
(まあ、来て良かったのかなぁ……)
「おい」
「痛っ……くはない」
教育的制裁を喰らった。身長差がちょうどよく、脇腹に肘鉄がクリーンヒット。
「あなたたち、ねぇ……っ」
「わあ大変! 生徒会長どうぞこれをお使いください! 我が部の開発した超吸水スポンジです!」
女子部員が取り出したスポンジのようなものが瞬く間に生徒会長の制服から赤い液体を拭い去る。湿ってはいるようだが、さっきまで血塗れだったのが嘘みたいに制服が薄ピンク色に変わった。
「こちら試供品ですので効果はここまでです。製品版なら完全に真っ白になる予定です! 現在我々スポンサーを募集してるんですけど、良かったら――」
「あなたたちこれわざとじゃないでしょうね……!?」
「――――」
その光景を眺めていた蒼詩の脳裏に一つの可能性が閃く。
(自研は、事前にうちに実験の申請をしている――)
発射された二号機が、上空で真っ赤に花開いた。
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