13-6 ヘレン -ヘカトンケイルとの死闘 (前半)-

 ヘカトンケイルは一同を見下ろしながら、狼のような牙の間から「フシュゥゥ」という息を出している。

「グギギギ、、、シンニュウシャは、、、コロス。シン様のタメニ」


「全く、レーゼに付き合ってちょっとだけ入ってみたらこんな化け物と戦うのかよ」

「うるさいわね。仕方ないでしょ。私だってこんなのがいるって分かってたら入らなかったわよ」

「つーかあの変態科学者、俺たちに教会の真実を見つけろ。とか言っておいて、ここで殺すのかよ」

「ほんとよね。ていうかあいつ本当にヤバそうな奴だけど、ちゃんと私のこと守りなさいよ」

 エヴァンとレーゼは相変わらず軽口を言い合う一方、シャルルは自身の長剣を取り出し臨戦態勢に入る。

「イレーヌ様、レンツ師匠。私に力を。」


 その隣では、マリーが

「私のこれまでの人生で、こいつは間違いなく一番強い。それも圧倒的に。楽しめそうじゃないか」

 とウキウキし、レインは

「なんでマリー姉さんはこんなヤバい時までウキウキできるんだよ。勝てるのかこの化け物に…」

 と少しビビっている。


「ヘレン先生。。あの人はもう人間ではないんだよね…?」

 ウィレムはあんな姿になった化け物に対して戦うことを躊躇しているようだ。

(優しすぎるのも考えものだな。まぁそれがこいつのいいところでもあるが)

 ヘレンはウィレムに対し複雑な思いを抱えながら、真剣に諭す。

「そうだな。というかそんなこと言ってる場合じゃないぞ。本気でいかないとこっちがやられちまうぞ」

 ウィレムはヘレンがこんなに真面目に話すところを今までに見たことがなかった。

 そして、底知れない化け物と戦う緊張からか、ウィレムは普段通りヘレンと呼んでしまったが、周りの者は目の前の化け物に集中しているため、そのことに誰も気づいていなかった。誰よりヘレン自身も気づいていなかったのだから仕方あるまい。


「グギギ、、シネ!」


 ヘカトンケイルは大きく跳び上がり、レーゼの元に踏みつけてきた。

 エヴァンがレーゼを抱え間一髪で避けると、鉄でできているはずの床が大きく凹んだ。その異様な凹み方を見たエヴァンは

「この化け物!レーゼを狙うとは卑怯な奴め」

 と化け物を睨み付けると共に、レーゼに対しては

「レーゼ!こいつは本当にヤバい!端っこで身を隠してろ!」

 と指示する。レーゼも自分は足手まといだと感じたのか即座に端っこに移動し、身を隠す。


「炎熱魔法:炎の渦フレイム・ヴォルテクス!」

 レインの唱えた炎の渦がヘカトンケイルを襲うが、再び大きく跳び上がり、不発に終わった。

「ちっ。こいつ動きも素早いな!」

 レインが悔しがるや否や、今度はヘレンに向かって踏みつけて来る。

 ヘレンはそれをあえて紙一重のところで躱す。

「同じ攻撃は通じないよ。バカめ」

 さらに普段ほとんど用いることのない短剣を腰から取り出し、ありたっけの力で斬り付けるが、化け物の装甲は硬く、鈍い音がするだけであった。

「そんな短剣なんかじゃ、こいつにはかすり傷一つつけられないだろ!」

 マリーがそう言いながらヘレンの反対側から大剣を振り下ろすが、こちらも腕でガードされる。さらに両腕をぶん回すと、ヘレンもマリーも吹っ飛ばれてしまい、それぞれウィレムとエルゼが受け止めた。


「ヘレン先生!大丈夫!?」

「大丈夫だ。それよりあの化け物を倒す方法を考えろ!」

 ウィレムがその化け物の方を見ると、今はエルゼ、レイン、マリー、エヴァン、シャルルが5方向から斬りつけているが、腕が6本もあるからか、全員の剣戟を余裕で捌ききっている。そして、さすがに囲まれていることをうざったく感じたのかヘカトンケイルが6本の腕をぶん回し、5人を再度吹き飛ばす。


 立ち上がったエルゼがすぐさま呪文を唱え、氷の弾丸アイス・バレットを放つも、化け物の体に当たった氷はパラパラと砕け散るだけで全くダメージを与えられない。


「レイン!例のやつをやるぞ!」

「了解、マリー姉さん!」

 レインがマリーに向かって炎の渦フレイム・ヴォルテクスを唱え、マリーが大剣でそれを受ける。大剣の周りに炎が渦巻き、即席の炎の剣が完成した。


「いくぞ、化け物!」

 マリーが炎の剣を手に突撃すると、ヘカトンケイルはそれを受け止めるのではなく、跳び上がって避けた。

「あいつ、、、さっきも炎熱魔法は避けたよな。まさか…!!」

 マリーが違和感を感じると、同様のことを感じたシャルルも

「マリーさんの炎の剣とレインさんの炎熱魔法を中心に組み立てましょう!奴は炎が苦手のようです!」

 と叫ぶ。


「任せておけ!」

 再びマリーが突撃すると、ヘカトンケイルは先ほどと同様跳躍してそれを避ける。

 着地した場所に待ち構えていたエルゼが

「跳んで逃げるだけなんてバカの一つ覚えね?氷結魔法:凍結フローズン

 と唱えると、ヘカトンケイルの右脚の膝より下の部分がたちまち凍りつく。

 その場から動こうとしたヘカトンケイルが「グギギ?」と右脚に違和感を感じる中、

「今よ!」

「言われなくとも!デカブツは脚が弱点って相場が決まってんだよ!」

 凍りついた箇所の境目を狙ってシャルルとエヴァンが同時に斬りこむと、見事右脚の切断に成功した。

「やった!」

「これなら行ける!」

 しかし、喜んでいられたのは僅かな時間だった。

 切断された箇所からニョロニョロと筋組織が生えてきたかと思うと、たちまち脚が生成され、元通りの姿になったのだ。


「は?」

「どういうこと…?」

 一転して一同が絶望に陥る中、レインが

「そういえば兄さんから聞いたことがある。。インハルト将軍は再生魔法を使うことができるって…」

 と思い出したように呟く。

「何だと!あんな化け物の体でも再生魔法を使うことができるのかよ!?弱点はないのか?」

「分からない、、、兄さんもそこまでは言ってなかった」


「ふん!敵が再生するのなら、それ以上に斬って燃やすまでのことよ!」

 マリーが再び炎の剣でヘカトンケイルを斬り付ける。しかし、ヘカトンケイルはマリーの剣筋を覚えたのか、今度は跳び上がることなく、紙一重のところで攻撃を避けた。

「しまっ…」

 構える間もなく、ヘカトンケイルの6本の腕でタコ殴りにされたマリーは吹っ飛ばされてしまった。マリーの鎧は粉々に砕け散っていた。

「マリーさん!」

 エルゼが近づいて声を掛けるが、マリーは気絶している。

 その様子を見たウィレムが

「レインさん!今度は僕に炎熱魔法を!」

 と声をかけるが、レインは首を横に振る。

「いや、そいつは無理だ!あの技はマリー姉さんと俺だからできるのであって、初対面のお前じゃ難しい!」

 そう言っている間にも、エルゼやエヴァンが再び斬り結ぶがこのままではジリ貧だ。


(敵の弱点は炎。しかし、今は周りに炎がない。部屋を照らす炎熱灯から炎蜥蜴サラマンダーを召喚するか?いや、炎蜥蜴サラマンダーではおそらく力不足だ。さてどうするか…)

 そこまで考えたヘレンは我ながらいいアイデアを思い付いたと感じ、レインに命令する。

「おい、お前ら!いったん離れろ!そして、レイン!お前は私にありったけの炎熱魔法を撃て!」

「はぁ?何言ってんだよ、おばちゃん!?おばちゃんは剣すら持ってないじゃないか?」

「いいから早くしろ!考えてる暇はないぞ!」

「全く、俺ってば、この研究所来てからずっと誰かに使われてないか?」

 と、ボヤきながらもレインがヘレンに向かって炎熱魔法を放つ。

「魔力最大!炎熱魔法:炎の渦フレイム・ヴォルテクス!」

 ヘレンが炎に包まれたと思い、ウィレムが叫ぶ。

「先生!」


 すると、炎の中からヘレンが呆れたように声を出す。

「全く、、、黙ってろよ、。先生って呼ぶなって言ってるだろうが。。。万物を焼き尽くす火炎よ、今こそ魔人となりて顕現せよ。召喚魔法:炎の魔人イフリート!」

 ヘレンを包んでいた炎の渦がたちまち集まり、肉体を形成していく。

 そして、ヘカトンケイルと同等の大きさの体躯を持った炎の魔人が出現した。

「行け、イフリート。あの化け物を焼き尽くせ」

「承知」

 イフリートと呼ばれた炎の魔人は掌に大きな火球を作り出し、化け物に撃ち込む。

 予想だにしていない攻撃にヘカトンケイルは避けることができず、直撃すると共に轟音の大爆発を起こし、辺り一帯には煙が立ち込めた。

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