13-5 エルゼ -大陸一危険な男-

「おやおや。これは奇遇だねぇ。エルゼ君。このようなところでまた会うとは。僕の研究所は楽しんでくれたかい?」

「あ、、、あなたは!」

 エルゼはその人を小馬鹿にしたような口調の中に潜む邪悪をよく覚えていた。

 そこに現れたのはエルドライド帝国研究部隊隊長にして、帝国一危険な男であるドクター・シンだった。


「シ、、、シン様!申し訳ございません。このような侵入者たちを許してしまい…」

 最初に現れた時の威厳はどこへやら、ヘルゲルが慌ててひれ伏すが、ドクター・シンは無視してエルゼに話しかける。

「それにしてもよくこの場所が分かったね。この研究所の存在は帝国内でも限られた者しか知らないはず」

「、、、ベイロックスのセドラス伯爵屋敷の地下から来ました」

「あぁ彼ねぇ。普段から貴族が平民を導くとか大層なことを言ってたけど、あっさりエルゼ君たちにやられたというわけか。まぁ所詮彼は自分が貴族であることを鼻にかけた雑魚。もっとも、この場所のことまでバラすなんてちょっと間が抜けすぎているな」

 ドクター・シンは冷ややかで、意地の悪い微笑みを口元に浮かべながら話す。きっとセドラス伯爵のことなどどうでもいいのだろう。


「私の力だけでは彼を追い詰めることはできませんでした。ここにいるシャルルやアラム達のおかげです」

 ドクター・シンは「ふーん」とシャルルとアラムの方は、一瞥しただけでまたすぐにエルゼの方を向く。

「さて、エルゼ君。せっかく僕の研究所に来たんだ。何か質問があるんじゃないのかい?こんなところで君と再会できて僕も嬉しいからねぇ。何でも質問に答えてあげよう」


「あなたはここで何の実験をしているのですか?」

「それは大方検討が付いているだろう。人工的にモンスターを研究だ」

 エルゼの一つ目の質問に対して、自慢するかのように答える。


「僕たちは人に羽が生えたモンスターと遭遇しました。あれもあなたがものですか?」

「そうだね。どんなモンスターをかなんていちいち覚えてないけど、人型だったなら僕の作品だろうね」

 ウィレムは最初冷静に質問したが、ドクター・シンのいちいち覚えていないと言う発言にカチンときたようだ。

「ふざけるな!お前が遊び半分でモンスターのせいで、人が死んでるんだぞ!」


 すると、今度はドクター・シンも語気を荒くして答える。

「遊び半分だって?僕の真理への研究を遊び半分とはよしてもらいたいものだ。というか、君は見たところただの給仕じゃなさそうだね。ふむ…」


 ヘレンが慌ててウィレムを静かになだめすかす。

「おい、今はやめとけ。正体がバレる」

「でも、先生…!」

「安心しろ。私もこいつには相当ブチギレている」

 そう言うヘレンの額には血管が浮き出ており、凄まじい形相となっていた。


「ドクター・シン将軍。あなたの研究のせいで、ベイロックス周辺では失踪事件が相次ぎ、既に何人も犠牲になっております。このことは帝都に帰り次第全て報告します」

「お好きにどうぞ。皇帝陛下がそんな些細なことに耳を貸すわけがない。君たちと皇帝陛下とでは見えている世界がまるで違うのだよ」

 エルゼの脅しにも全く動じる様子がなく、逆にエルゼの方が声が出なくなってしまった。

「些細だなんて、そんな…」


「おい!俺のことも忘れんなよ」

 これまで蚊帳の外でムズムズしていたエヴァンが話しかける。

「ほう、君は疾風魔法の使い手。これもまた興味深い。君たちはアルティマ教会の者かな?一体なぜこんなところに」

 ドクター・シンは片眼鏡モノクルをくいっとあげながら答える。


「まぁちょっと訳ありでね。見聞を広めるために、諸国を見て回ってるんだ。まさかこんなトンデモ研究所を見れるなんて思わなかったけどな」


「ふふふ。お褒めに預かり光栄だよ。見聞を広める旅ね。僕はアルティマ教会が大嫌いなんだけど、君みたいに向学心のある者は嫌いじゃないよ。ぜひ有意義な旅をしていただきたい。そしてその先にあるアルティマ教会の真実をその目に焼き付けるのだ」

「ちょっとそれどういうことよ!?あなたが教会の何を知っているっていうの?」

「そーだ!そーだ!つーか褒めてねーから」

 レーゼとエヴァンが大きな声で訴えるが、ドクター・シンはこいつらにはこれで十分という表情で無視する。


「他に質問は?」


「では私から。ニルヴァーナという地下組織。彼らは見たこともないモンスターを操り、行商人を襲うと聞きます。ニルヴァーナへモンスターを供給していたのはあなたですか?」

 シャルルの質問に、ドクター・シンは意地の悪い笑みを浮かべながら答える。

「実に良い質問だ。そういう質問を待ってたんだよ。そして答えは"そのとおり"だ。僕と彼らは部分的ではあるが、目的が一致しているのだよ」

「目的とは?」

「さぁね。それを話したところで、君たちには理解できまい」


 彼は今度は未だに跪いたままのヘルゲルに尋ねる。

「ところでヘルゲル君。まさか君がここまで使えない方だとは思わなかったよ。大事な実験サンプルが随分とやられているようだけど、これは一体どういうことかな」


「は、、、侵入者どもの迎撃に用いたのですが、奴ら思ってた以上にやり手でして…」

ヘルゲルは親に厳しく叱られた子供のように、しゅんとした様子で答える。

「僕が言い訳を嫌うのは知ってるよね。ヘルゲル君」

 エルゼはドクター・シンのまるで畜生に対して向けるかのような冷徹な視線を見て、ゾッと寒気がした。彼は今からこの畜生同然の男に対して、何か非道なことをやろうとしている。そう直感したからだ。そして次の瞬間。


 頭上から異形の怪物が降ってきてヘルゲルを叩き潰し、その怪物の足元にはあっという間に血のカーペットが出来上がった。


 その場にいた者全員がその無惨な光景に凍り付き、エルゼも自身の心拍の鼓動が急上昇したのが感じ取れた。レーゼのみが大きな悲鳴を上げている。

「なっ…」

「なんだ、あの化け物は…」


「紹介しよう。彼は六誓将軍ゼクス・エイドのインハルト君だ。だがね。彼は愚かにも皇帝陛下の顔に泥を塗るような失態を犯したんだ。だから、こうして僕の玩具になったんだよ」

 かつてインハルトだった者は体長2ヤーン(≒4m)もあり、腕は6本も生えている。その6本の腕はそれぞれが自分の意思を持っているかのように、自在に動かすことができるようだ。ドクター・シンは人工的にモンスターを創り出すと言っていたが、一体どのような研究をすればあんな化け物が創り出せるのかエルゼには全く想像ができない。

「インハルト将軍だって!?この化け物があの人だっていうのか…」

 マリーとレインが驚いているが、エルゼはそもそもインハルトを知らないのでただの化け物だ。


「さぁ、インハルト改め、ヘカトンケイルよ。侵入者を皆殺しにするといい」

 ドクター・シンが命じると、インハルト、、、ではなくヘカトンケイルは

「グギギ・・・ショウチシマシタ」

 と自分の身長の半分もない人間の言うことに従っている。


「エルゼ君。君の謙虚さは君の美徳の一つだ。だが覚えておくと良い。謙虚さでは成功できない。次会うときはもっと君の本心を見せてくれ。ではまた会おう。もし生きていればの話だが」

 ドクター・シンはこの部屋に入ってきた時と同じ出口から立ち去ろうとする。


「ドクター・シン!待ちなさい!」

 エルゼがドクター・シンに向かって叫んでいる間に、エヴァンは疾風魔法を、ヘレンは腰にかけた水筒の水を用いて召喚魔法をそれぞれ唱えていた。

「おい、お前!レーゼに嫌なもの見せやがって!逃すと思うなよ!疾風魔法:風の刃ウィンド・ブレード!」

「万物の母たる水流よ。今こそ水蛇となりて顕現せよ!召喚魔法:水蛇サーペント!」


「ふっ。甘いね」

 とだけ言った男の目の前に巨大な盾が現れ、風の刃も水蛇もあっさりと止められてしまった。

「君たち。今はヘカトンケイルに集中した方がいいよ」

 そう言い残し彼が立ち去ると、その場には異形の怪物だけが残された。

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