13-4 エルゼ -運命の交わる時-

 ウィレムたちと一旦別れたエルゼ達はモンスターの檻が大量に置かれていた部屋と同じくらい大きな部屋へとやって来た。その部屋は薄暗く、がらんとしていた。四方を囲む壁には、エルドライド帝国の象徴シンボルであるドラゴンの紋章が大きく描かれている。天井はとても高いが、檻や籠が吊るされているのがわかる。あの中にモンスターが入っているのは間違いないだろう。


「ここは…?」

 だだっ広い部屋を見渡すと、奥の階段を上った先に一人の老人が立っているのに気づいた。

「あなたは誰ですか?」

「儂の名はヘルゲル。この研究所の所長を務めておる。とは言っても、お主らはここで死ぬがね。儂の研究所を荒らす者は何人たりとも許さぬ」


「ちょっと待ちな!私たちは諜報部隊の隊員だよ!あんたも帝国の人間だろ?何で内輪で争う必要があるんだ?」

 マリーが問いかけるが、老人は聞く耳を持たない。

「お主らはこの研究所の秘密を知ったのだろう?そんな者共を生かしておくことはできないのじゃ。覚悟せぃ!」

 そう言うヘルゲルの横には3本の紐がぶら下がっており、老人はまず一本目の紐をぐいと下に下げた。すると、大部屋の天井から鎖につながれた大量の檻が落下してくる。そして、落下した檻の扉が開き、数々のモンスターが姿を現した。

「だから、この展開セドラス伯爵の屋敷でやったんだよなぁ」

 今度はマリーに代わってレインが肩をすくめるが、セドラス伯爵の屋敷の時と違うのは、モンスターの質も数も今回の方が遥かに上回っているということだ。


「えーと、敵は全部で30体はいるか?私が一人で28体やるから、二人のノルマは一体ずつな」

「マリー姉さん、冗談言ってる場合かよ?流石に今回はヤバいんじゃないのか?」

「ふん、やるしかねぇだろ。来るぞ!」

 マリーが掛け声を上げるや否や、体長1.5ヤーン(≒3m)あろうかという虎型のモンスターの大きな牙と大剣で撃ち合い始める。エルゼとレインもそれぞれ鹿や蜂を原型に造られたのであろうモンスター達と交戦するが、他のモンスターも同時に襲ってくるため、正直敵を倒すどころか、自分がやられないようにするので精一杯だ。


 3人が必死に戦う中、「思ったよりしぶといな…」と忌々しそうに呟いたヘルゲルは2本目の紐をぐいと下に下げる。すると、今度は天井に吊るしてあった巨大な籠の中から様々な鳥を元に造られたモンスターが飛び出してきた。


 突如として現れた増援の中から、鷲型のモンスターがレインに襲い掛かろうとする。

 地上の敵に集中しており、空からの攻撃に対して備えていなかったレインが「クソ、、、やられる!!」と叫んだ時だった。


「疾風魔法:風の刃ウィンド・ブレード!」


 どこからともなく現れた風の刃が鷲型のモンスターを引き裂き、レインはことなきを得た。


「ふっ。ヒーローは遅れてやって来るってね!エヴァン参上!」

「あなたね。。。バカやってないで早く他のモンスターも倒しちゃいなさいよ」


「誰だか知らないけど、助かった!ありがとな!」

 レインが礼を言い、エヴァンも「おう!いいってことよ」と顔をニンマリさせ、

「てか俺たち、地下に行こうとしたのに、なんでこんなところに…」

「何言ってんのよ?あなたが聞き込みだと称してここの女研究員に声かけまくってたのがいけないんでしょ?あっ、ていうかこのモンスター達、さっき見た奴らばかりじゃない!?」


「そうか、あんた達もここでモンスターが造られていることを知ってるんだな。なら話は早い。俺はレイン。すまないがこいつらを倒すのを手伝ってくれないか?」

「うーん、男の頼みじゃあなぁ」

「あら、じゃあ私からもお願いするわ」

 レインの頼みには首を縦に振らなかったのに、エルゼが戦いながらエヴァンに依頼すると、女に目がない色男はあっさりと承諾した。

「おぅ、このエヴァン様に任せておけ!」

「全く、この男は…」

 と言いながらもレーゼは危ないので端っこの方に移動する。


 エヴァンも戦いに加わる中、突然ヌメッとしたねちっこい声がエルゼに話しかけてくる。

「ひっひっひ。俺好みの可愛くて気の強い女がいるなぁ」

「どこ!?」

 エルゼが振り向くが、誰もいない。もっと奥の方でレイン達が戦っているだけだ。

「ひっひっひ。こっちだよ」

 後方の声がした方にバッと振り向くと、エルゼの目の前には目が細く黒い長髪の男の気持ち悪い顔があり、思わず

「きゃあぁぁ!」

 と叫んでしまった。

(急に目の前に顔が現れたわ…)


「ほらほら叫んでる場合か?周りにはモンスターもいるんだぞ?」

 男が顎でしゃくった方向を見ると、大蜥蜴が近づいてきたため、エルゼはそれを一刀両断にするも、その間に男の姿は見えなくなっていた。

「あなた、なめんじゃないわよ…」

 エルゼの中にメラメラと敵愾心が湧いてくるも、姿が見えないのはどういうことだろう?と不思議がると同時に、先程眼前に突き付けられたあの気持ち悪い顔を思い出し、無意識にぶるっと震えてしまった。

「震えてる場合か!?」

 ヌメッとした声と共に後ろから剣を振る音が聞こえる。

(しまった!)

 と同時にエルゼの代わりに、敵の剣を受けきっている女性がいた。

 エルゼが振り向くと、そこにいたのは昨夜宿屋で会った侍女風の女性だ。


「女兵士さん、気をつけて!敵は透明魔法を使います!」

「あ、あなたは…!」

「シャルルです。微力ながら助太刀致します」

「ありがとう!エルゼよ!助かるわ!」


 高みの見物を決め込むヘルゲルであったが、その様子を見て

「ぐぬぬ、、、また新手か。ええぃ、面倒だ。まとめて死ぬのがよかろう」

 と、最後の3本目の紐をぐいと下に下げると、今度は大部屋の側面の壁がガバッと開き、そこから何十匹もの人型のモンスターが現れる。

「ちっ、まだいるのかよ!」

「はっはっは!楽しみはまだまだ続くってことかい!?」

 レインがウンザリする中、マリーのテンションはさらに上がる。と言ってもそのマリーにも流石に疲れが見え始めているようだが。


 一方、ヘルゲルは透明の男には不満があるようだ。

「全く、、、ルーカイの奴め。元々ここに攫ってくる連中は、セラムが捕まえたベイロックスの犯罪者だけのはずだったのに、あいつの趣味で余計な奴らまで攫ってくるから、この場所の存在がバレて、こんな目に。せいぜい侵入者共を倒してもらわんと働きが見合わないぞ…」

 ヘルゲルが透明の男、ルーカイに祈るような視線を送る中、当の本人はエルゼとシャルルに不幸話を打ち明けていた。


「俺はなぁ、元々は帝都で働く役人だったんだ。わかるか?超が付くほどのエリートだ。お前らなんかとは格が違うんだ。それをたかだか法案に誤字があったくらいで、あの皇帝に"能無し"判定され、ベイロックスの街まで左遷されちまった。こんなところで骨をうずめるくらいなら、人を攫って少しくらい楽しんだっていいだろう?」

 そう言いながら一時的に透明化を解いたルーカイは剣を舐めている。

「人を攫い、暴力を楽しむようなあなたに、役人の資格などありません」

 シャルルがキッパリと言い、エルゼも頷いて同調する。

「うるせぇ!お前らもせいぜい俺の楽しみのために死ね!透明魔法:透明人間《クリア・ヒューマン》!」

 ルーカイの姿が再び見えなくなる。


 エルゼは透明である敵の攻撃を読むことができず、氷結魔法でけん制して、距離を取るしかなかった。

「氷結魔法:氷の弾丸アイス・バレット!」

「ひっひっひ。どこに向かって撃ってるんだ?しょせんお前らのレベルじゃ俺に触ることすらできないぜ。そうやって、せいぜいヤマ勘で魔法を飛ばすくらいが限界だろう!」


「エルゼさん、ちょっと…」

 姿の見えないルーカイが迫る中、シャルルに何やら策があるようでエルゼに耳打ちする。


「シャルル!いいアイデアだわ、それ!氷結魔法:氷塊アイス・ブロック!」

 エルゼはシャルルに感謝しながら、周辺一帯に自分の身長程の大きさの氷塊をまき散らした。


「何のつもりだ?その氷で自分の身を守ろうってか?ひっひっひ、可愛いねぇ」

 ルーカイがどこからともなく嘲笑しているのが分かる。


「笑っていられるのも今のうちよ。レイン!私がそのへんにばら撒いた氷をあなたの炎熱魔法で溶かして!」

 牛が変種したのであろう、巨大化した角を持つモンスターと戦っていたレインは

「ちっ!これは貸しだぞ!!」

 と言いながら、エルゼがばら撒いた氷塊に炎を打ち込んだため、氷塊はたちまち砕け散り、あたりは水浸しになった。


「だから何のつもりだと言っているだろう!」

 ルーカイは嘲笑しながら(と言ってもエルゼには見えないが)、再びエルゼに近づいてくる。

 しかし、今回はルーカイがどこにいるのか一目瞭然だった。

 なぜなら姿は見えなくとも、今は床の水が跳ねたら、そこに人が立っていると分かるからだ。


 そして、ルーカイがエルゼの右側から斬りかかろうとしたその刹那。

 シャルルが敵の斬撃を防ぎ、エルゼがルーカイに斬りつけた。


「ぎゃぁぁぁ!!」

 ルーカイが倒れ、悲鳴を上げながら水の上でジタバタしているのがわかる。依然として透明のままだったので、姿こそ見えなかったが。

「あなた、血まで透明になるのね。まぁ深くはないから死にはしないでしょ?」

 エルゼは水がぴちゃぴちゃ跳ねてる方に向かって冷徹な視線を送った。


 二人がルーカイを撃破した頃、人型のモンスターの乱入により、マリー・レイン・エヴァン・レーゼはモンスターに囲まれ四面楚歌の状況にあった。

「ちょっと、ヒーローなんでしょ?何とかしなさいよ」

「今考えてる!えーとぉ、、、」

 レーゼとエヴァンが追い詰められながらも言い合っていると、

「行け!水蛇サーペント!!」

 という命令と共に、水蛇がモンスターに嚙みついたり、物凄い勢いで体当たりする。

 突然の召喚獣の襲撃に

「何だあの蛇…?」

「召喚魔法っていうのよ。私も初めて見たけど…」

 と、エヴァンとレーゼがぽかんとする中、モンスター達に隙が出来たことで、そこからさらにマリーが大剣を振り回し囲みを突破する。


「カレン!戻ってきてくれたのか!」

 レインが礼を言うと、ヘレンは

「ふん。礼ならそこで戦ってる私の弟に言いな」

 ヘレンの視線の先には、馬の首から上が人間の上半身に置き換わったようなモンスターと戦うウィレムの姿があった。

「よし!このまま押し返すぞ!」

 マリーの掛け声と共に、一同が残りのモンスターを一気呵成にせん滅する。


 ---


 研究所にいた全てのモンスターを倒し、ヘルゲルがその光景に茫然とする中、レーゼがヘレンに礼を言う。

「あ、、、ありがとうございました。ええと…」

「カレンだ。カレン姉さんと呼びな。ところで君からは強い魔力を感じるんだが、魔法を使えないのか?」

「え?私、魔力あるんですか?全然使えません。これまでそんなこと考えたこともありませんでした」

「ふむ。通常なら自分にはこの魔法が使えるということに子どもの時にふと気づくものなんだがな。何かきっかけが必要なのか…?」

「そうだよ、おばちゃん。この子は魔法なんて使えないよ。魔法の知識はあるんだけどね」

 エヴァンの言葉にヘレンが反応する。

「おい、お前。おばちゃんだと…?」

「あぁ!!だめですよ。カレン姉さんにそんなこと言っちゃ…」

 ウィレムが慌ててエヴァンに忠告するが、彼は止まらない。

「いやぁ、おばちゃんはおばちゃんだろう。どう見たって20代には見えないし…」

「フフフ…」

「カレン姉さん…?」

 しばらく不敵な笑みを浮かべるヘレンに対し、ウィレムは嫌な予感を感じた。

「お前死にたいようだなぁ!我が水蛇の餌にしてやるぞ、このクソガキィ!!」


 一触即発のエヴァンとヘレンに対し、エルゼとシャルルは確かな友情を育んでいた。

「シャルル、本当にありがとね。あなたがいなかったら私はやられていたわ。それに宿屋の事件の件も」

「いいのです。私は何があっても目の前で困っている人を見捨てないと決めたのですから」

「ふふ。何よそれ、カッコイイんだから」


「さぁお前ら。おしゃべりはそのへんにしておけ。最後の敵が残ってるぞ」

 レインが声をかけると全員がそれぞれの得物をヘルゲルに向けて、言い放つ。


「追い詰めたぞ。ヘルゲル」


「お、おのれ。。。!大事な実験サンプルを全滅させるなんて…!」

 我を取り戻したヘルゲルが、今度は憤怒の形相で怒り狂いエルゼ達に向かって怒鳴りつける。

「貴様ら一体何者だ!?」


「諜報部隊新入り」

「華麗なる貴族」

「戦闘狂」


「大陸一のモテ男」

「そのお目付け役」


「ただの侍女でございます」


「美貌の給仕にして天才魔術師」

「え、えーと、その弟」


 各々が流れるように簡潔な自己紹介を終え、ヘルゲルが

「こ、、こんなフザけた奴らに…」

 と、力なく呟いたその時だった。


「フッフッフ。これはこれは、実に面白い組み合わせだねぇ」

 ヘルゲルの後ろの扉から一人の男がそう言いながら現れた。

 その男は小柄で、片眼鏡モノクルをかけていた。

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