13-3 ウィレム -解放、そして-

 研究所内に非常事態警報が出る半刻あまり前のこと。

 身分を偽ったウィレムとヘレンにエルゼ達3人を合わせた5人は難なく研究所に潜入することができた。

 セラムからの許可証を持っていたため、彼の屋敷の地下から続くこの研究所のから堂々と中に入ったのだ。


 中に入った5人が今の建築技術では考えられない技術で構築された建物に「ここは一体…」と戸惑いながら先に進む。

 中ですれ違う研究員たちが「この5人は一体何者なんだ?」という表情で見てくるが、マリーはその度にセラムの許可証を見せつけ、彼女はむしろそれを楽しんでいるようですらあった。

「ぷぷぷ。あいつらのマヌケな顔見ろよ」

「あー、マリー姉さん。今はここの実態を確かめるべきでは?」

「分かってるって。もう少しこれで楽しんだっていいだろうに」

 レインにツッコまれ、マリーも渋々了承する。


 その後、5人もエヴァンたちと同様、何十体ものモンスターの檻がある部屋に入り、その異様な光景に言葉を失っていた。

「先生、、じゃなかった姉さん。これはまさか…」

「間違いないな。あの村にいた人型のモンスターはここで造られたんだ。このクズどもめ…」

 ウィレムとヘレンが憤りを隠せない中、エルゼ達も

「セラムが捕まえた犯罪者たちは、ここでこうやってモンスターにさせられてたのね…」

 と驚きと怒りの表情で辺りを見回す。


「おい、どうする?ここでいっちょ暴れるか?」

 マリーがウキウキした表情で4人に話しかけるが、ウィレムが反対する。

「いや流石に。。。まだ捕らわれている人たちを見つけていませんし、この大部屋以外にもモンスターがいる可能性もあります」

「ふん。アラム君は怖いのかな?」

 暴れちゃダメなのかよぅとマリーのテンションが下がる中、ヘレンが一つ提案をする。

「二手に分かれるのはどうだ?私とアラムは捕らえられた人たちを探す。あんた達はここを仕切ってるボスを探し出してとっちめる」

「いいですね、それ」

 エルゼが賛成すると、周りで明らかな様子の変化があった。

「あぁ、忙しい。忙しい」と忙しいことを自慢するかのように連呼していた研究員たちが急に部屋を出て行き始めたのだ。よく見ると、部屋を照らす炎熱灯の炎の色がこれまでは黄色やオレンジ色だったのに、今は明らかに赤々と燃え上がっている。


「これは、、、まさか…ね」

 一同が嫌な予感を感じる中、部屋の大扉が勢いよく開き、大勢の兵士がなだれ込んでくる。

「侵入者共め!大人しく捕まれ!」

「この展開セドラス伯爵の屋敷でやったわよね?」

 マリーが肩をすくめる中、ウィレムがすぐさま行動を開始する。

「大して人数は多くないです!突破してさっきの打ち合わせどおりに二手に分かれましょう!」

「へぇ。ガキんちょのくせに言うじゃないか!」

 ウィレムが兵士たちに突撃する中、マリーも大剣を振り回し、兵士達をなぎ倒していく。

「ひゅぅぅ。さ、俺たちも姉さんに続くぞ!」

「言われなくとも!」

 レインとエルゼも掛け声を上げながら兵士たちとの戦闘に入った。


 いったんエルゼ達と分かれたウィレムは更なる地下へと続く階段を見つけ、下りていく。

「既に地下だっていうのに、まだ地下があるのかい」

 ヘレンと共に兵士達を斬り伏せながら広大で薄気味悪い地下を探索すると、最奥に牢獄のような場所があり、その中に入るも誰もいない。既に脱出した後のようだ。


 急いで捕らわれていた人たちを探そうとすると、「誰かー!!」という叫び声が聞こえたので、そちらに向かうと、10人余りの人たちが今まさに兵士達に取り囲まれ絶体絶命という状況にあるのが見て取れた。

「ヘレン先生!」

「姉さんに任せておきな!万物を焼き尽くす火炎よ、今こそ蜥蜴となりて顕現せよ。召喚魔法:火蜥蜴サラマンダー!」

 ヘレンが呪文を唱えると、地下の廊下の炎熱灯で燃え盛っていた炎が蛍火のように宙を舞ったと思うと、それらはみるみるうちに集まり、1ヤーン(≒2m)程の炎を纏った蜥蜴を形成した。

「こいつらを蹴散らせ」

 命じられたサラマンダーが兵士たちに炎を吐くと、「なんだ、この蜥蜴ぇぇ!?」とたちまち逃げるようにその場から離れていった。

 兵士達に取り囲まれていた人たちの中から一人の侍女風の女性が現れ、ウィレム達に礼を言う。


「危ないところをありがとうございました。私の名はシャルル。何とか牢獄から抜け出したものの、あまりに広大な研究所であるため出口が分からずにいたところ、ここの兵士達に囲まれてしまいました」

「いいってことよ。私はカレン。見ての通り美貌の召喚使いだ。こいつはアラム。私の弟でこう見えて剣の腕が立つ」

「カレンさん、ウィレムさん。改めてお礼申し上げます。まずはこの方たちをここから早く出して差し上げたいです。出口は分かりますか?」

「任せてください。僕たちはベイロックスの街から来ましたから」

「え、ベイロックスの街とこの場所が繋がっているのですか?」

 シャルルも他の捕らわれた人たちも皆一様に驚く中、ヘレンが「今は立ち話している場合じゃない。すぐに他の兵士たちがやって来るぞ」と先を急かす。


 ウィレムが先導し、一旦捕らわれた人たちを無事ベイロックスの街へと送り届けた。それが完了した頃には、赤みがかった黄昏が街を包み始めていた。

 ウィレムはその中に修道士がいることに気づき、声をかける。

「失礼ですが、あなたはバルクス修道院の修道士の方でしょうか?」

「はい、そうです。カトリーヌと申します」

「カトリーヌさん、あなた以外にバルクス修道院の修道士は捕まっていませんでしたか?」

「ええ。おりましたが、もう既に奴らに連れて行かれてしまいました…」

「そうでしたか。。僕たちがもう少し早ければ…」


 顔を悔しさでにじませるウィレムに対して、ヘレンが

「アラム!過ぎたことを気にするな!カトリーヌを連れてバルクス修道院に戻るぞ」

 と言い、カトリーヌを引き連れて行こうとするが、ウィレムはその場を動かない。

「いえ、まだです」

「え、何だって?」

「エルゼさん達を助けに行きましょう」

「助けるって、、、お前何を言ってるんだ。私たちの役割は捕らえられていた人たちを助けることであって、あの研究所をどうするかはあいつら帝国側の問題だろ?」

「確かに理屈では先生のおっしゃる通りです。しかし、ここで彼女たちを放っておいては僕はドレースと同じです。先生が行かないと言うのなら僕だけでも行きます!」


 ウィレムの断固たる決意に、ヘレンが大きくため息をつく。

「やれやれ…」

 ヘレンは黙ったまま今来た道を引き返そうとする。

「先生?」

「私はあんたの未来の嫁に"あんたを必ず守る"って約束しちまってるんだよ。だから、、、さっさと行って、さっさと済ませるぞ」

 とウィレムの顔を見ることなく呟いた。

「先生!」

「だから姉さんと呼べって言ってるだろ?何度も言わせるなよ」


 ウィレムたちが行こうとすると、後ろからシャルルが声をかける。

「あの、、エルゼさん達というのは…?」

「あぁ、帝都からやって来た帝国の兵士3人だ。さっきまで一緒だったんだが、色々あって別れてな。今からそいつらを加勢するため、わざわざあの研究所へ戻りに行くってわけだ」

「その3人は、女性2人、男性1人でしたか?」

「ん?あぁそうだけど?」

 ヘレンがよく分かったなという顔で答えると、シャルルが突然大声を上げる。

「私も行きます!あの方達を放ってはおけません!」

 これまでの冷静な感じから一転した大声に、ヘレンは目を大きくしてびっくりする。

「お、おう。。なんだ知り合いなのかい?全く、、、あんたもうちのアラムと同じで目の前で困っている人たちを見捨てておけないって性質タチかい?」

「いいえ。"逆"です。私は昨夜救えるはずの命を見捨ててしまいました。結果的には救えましたが。。。だから、、、もう二度とこんな後悔はしたくないのです」

 シャルルはボルドを見ながら、決意を新たにしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る