13-2 シャルル -囚われの身-

 シャルルが目を覚ますと、そこは捕らえた人々を収監しておく大きな牢獄のような部屋で、彼女の他にも10人ほど、老若男女様々な人が捕らえられていた。

 手錠は掛けられているものの、部屋内で自由に動き回ることはできそうだ。

 だが、セルティナ草を早く持ち帰りたいシャルルとしては、いつまでもこんなところで時間を無駄にするわけにはいかない。ナップサックは取られてしまったようだが、レンツ師匠が入れてくれたメモの中の「もしも囚われてしまった時はどうするか?」という内容については覚えていた。あの師匠のメモにはありとあらゆる非常事態が想定されていたが、こんな時のことまで想定しているとは恐れ入る…


 とりあえず情報を仕入れようと、隣にいた若い女性に声をかける。

「あなたは、一体どうしてこちらに?」

「私はカトリーヌと申します。アルティマ教の修道士としてバルクス修道院から派遣され、ベイロックスの街で布教活動を行っておりました。たまたま夜帰りが遅くなってしまい、周りに人がいない中、突然襲われて意識を失ってしまいました。目覚めると、この場所でした…」


(私とほとんど同じ状況だ…)


 そう感じる中、他の人にも話を聞いてみようと周りを見渡すと、見覚えのある男がムスッとした顔で座っているのが分かった。そう、昨夜セラムという探偵に捕まってしまった宿屋の料理人だ。


「あの、、失礼ですが私のことを覚えていますか?」

「ん?あぁあんた、ついさっき収監されてきた人か。いや、、覚えてないね。というか俺は今最高に不機嫌なんだ。話しかけないでくれ」

 料理人はさらにムスッとした表情になる。

「そうでしたか。私は昨夜あなたの宿屋に泊まっていた者で、名をシャルルといいます。セラムに捕まえられたあなたが一体なぜこのような場所に…?」

「何、あぁそうか。なんか見覚えがあるなと思ったら。ふん。俺が聞きたいくらいだよ。こちとら冤罪で捕まえられた挙句、こんな訳の分からないところに入れられて。一体俺が何をしたって言うんだ?くそぅ!」


 シャルルはあの時に真実を明らかにしなかったことで、結局彼が捕まってしまっていることを深く後悔した。そして、今自分が同じ場所に収監されていることはその報いなのかもしれないと自分を責めた。しばらく考えたシャルルは意を決して彼に謝罪する。

「本当に申し訳ございませんでした。私はあなたが犯人ではないと気づいていました。しかし、面倒ごとに巻き込まれるのが嫌で、黙っていました。あなたがこのような場所にいるのは、私のせいです。本当に、本当に…」

 感情が高ぶったシャルルはそれ以上言葉を出すことができなかったが、どのみち相手に遮られていた。

「なんだと!この女!俺の冤罪を面倒ごとだと!?ふざけやがって…」

 男はシャルルを殴ろうと手を上げ、シャルルはこれも当然の報いと覚悟し目をつむった。

 しかし、男の手はシャルルの頬の寸前で止まっていた。

「ちっ。。。お前を殴ってもしょうがねぇ。俺が本当に殴りたいのは、あのセラムとかいうガキだ。あとおれはボルドだ。よろしくな」

「ボルドさん。。。ありがとうございます。よろしくお願いします。協力して何とかここを脱出しましょう」


 何としてもここを脱出するという決意を新たにしたシャルルがその他の人にも話を聞いてみると、カトリーヌのような修道士、ボルドのような帝国出身者、マグメールからの旅人、シャングラの行商人など、ロストガリア大陸の見本市であるかのような顔ぶれであることが判明した。

 一番多かったのはベイロックスの街の平民で、ボルドのように冤罪で捕らえられ、気づいたらこの場所にいたという人々だった。


 また、シャルルやボルドのような形で定期的に人が補充される一方、やはり定期的に兵士がやって来てどこかに連れて行かれるらしい。そして、とのことだ。


 ひととおりシャルルが周りの人達たちから話を聞き状況を把握したところで、1人の兵士がやって来て、牢の前に立つ。

「囚人番号3番!出ろ!」


 シャルルが今しがた話していた料理人ボルドが立ち上がる。

「早速、俺の番ってか。ちっ、そんな簡単に従うと思うなよ!」

 男は黙って従うかと思いきや、突如素手で兵士に襲いかかる。

 まさか襲われるとは思っていなかった兵士は剣を抜く暇もなく倒されてしまい、ボルドにしばらく殴られ続けた。

 すると、どこからともなく「全く、仕方ねえなぁ」という声が聞こえ、殴り続けていたはずのボルドが急に殴られたかのような反応をし、ドサッと床に倒れる。

「なんだ!?」

 ボルドが自身の身に起きたことを理解しないでいるうちに、さらに何発も殴られ顔が血まみれになっていく。しかし、殴っている方の姿は全く見えない。


 その恐ろしくも奇妙で理解の範疇を超える光景を目の当たりにし、収監されていた人々はただただ恐れおののくばかりであったが、シャルルだけはその場で起きていることを理解した。

(そうか!あれは透明魔法。前にレンツ師匠に教わっていたのに、それに気づけず、透明の男に私も気絶させられてしまったのか…)

 我ながら迂闊だったと後悔する。


「も、もうひゃめてくれ。。。俺がわりゅかった…」

 ボルドが息も絶え絶えにそう言うと、透明の男は満足したのか「おい、こいつを連れていけ」とボルドに殴られていた兵士に命じ、牢を出て行く音が聞こえた。(依然として透明のままであるため、姿は見えなかったが)

 残された兵士はガタイの良いボルドをしんどそうに抱えようとする。


(今です!)


「変化魔法:完全擬態アルティメット・コピー

 シャルルが小さく唱えると、シャルルの体はたちまち姿になった。そして、ボルドを抱えた兵士が行こうとするのを引き止める。


「おい、俺はここだぜ」

 ボルドと全く同じ声が後ろから聞こえたことに驚き振り向いた兵士はボルド本人が立っていることでさらに驚く。

「え?え?これはどういうことだ?」

 驚いている兵士に易々と近づいたシャルルは手刀を浴びせ、兵士を気絶させる。

 そして、変化魔法を解き元の姿に戻ると、兵士と同様に驚いていた牢獄の人たちに向かって大きな声で号令する。

「さぁ、今こそ逃げる時です!ここに留まって死を待つのですか!?」

 シャルルが突然姿を変えたことに一時呆然としていた捕らわれていた人たちは、目が覚めたように、一斉に我先にと逃げ始める。


 全員が逃げだしたことを確認したシャルルも後から皆に追いつき、脱出ルートを探し始めた。


 ---


 その頃、研究所の所長室では、一人の老人が立ち鏡をじっと眺めていた。

 その鏡に映るのは自分の姿ではなく、所内の様子である。

 この研究所では、あらゆる箇所に記憶魔法の魔力を溜め込んだ魔導器が設置してあり、この魔導器に記憶された映像を立ち鏡を通じて垣間見ることができるのだ。老人はこの魔導器を通じて、研究所内で今何が起きているかを正確に把握していた。

「非常事態警報を出しなさい。牢獄のねずみ共が逃げたことに加え、得体の知れない輩が7も潜入している」

「ヘルゲル所長、承知しました!」

 老人の指示に対して若い兵士が勇ましい返事をし、すぐさま部屋を出て行くと、やがて待機していた兵士たちが一斉に研究所内に散開していく。一般の研究員達は非常用の脱出経路から外に逃げ始め、研究所全体が物々しい雰囲気に包まれる中、研究所そのもの以上に物々しい雰囲気で老人は呟いた。

「生きて帰れると思うなよ、侵入者どもめ…」

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