13-1 エヴァン -崖の下の研究所-

 無事仲直りし、より絆を深めたエヴァンとレーゼはベイロックスの街に着いたが、街は混乱状態にあった。街の人に何があったか聞いてみると、平民による犯罪はセドラス伯爵の息子であるセラムによる自作自演が判明したとのことで、伯爵邸に街の人が暴徒のごとく押しかけているのだ。

 押しかけているのは日頃からエドラス伯爵にないがしろにされてきた平民で、まだなお伯爵に味方する衛兵が抑えていたがそのバリケードが破られるのは時間の問題だった。

 また屋敷の近くだけでなく、街のどこに行ってもセドラス伯爵とセラムに対する罵詈雑言が聞こえてくる始末だった。


 その暴動の様子を近くで見ていたエヴァンが

「どうも良くないタイミングで街に来ちまったようだな。どうやらエドラス伯爵とその息子のセラムってやつは相当悪いことをしたみたいだな」

 と言うと、レーゼも

「うーん。そうみたいねぇ。こんな感じじゃあまり街を楽しめないわ」

 と残念がる。


 すると、暴徒の連中に「おいおい、なんだお前らは!お前もエドラスの味方するのか!」と難癖をつけられてしまったので、「こりゃかなわん」とさっさとベイロックスの街を出ていくことにした。


「ちぇ~。せっかくラムール以外の街に来たと思ったのになぁ~」

 エヴァンがそう愚痴りながら、二人が向かったのはベイロックス平原である。

 ベイロックスの街に来たからには、平原の大農園や放牧している様子を見ようということになったのだ。


 そして見渡す限り金色の小麦が続く田園風景や、平原の西に天を突くように聳え立つクリケール山の絶景に息を飲んだり、人間の2倍の大きさはあろうロックス牛を間近で観察したりして、セプテリオン宮殿では絶対に味わえない経験を一通り楽しんだ頃。

 例によって、エヴァンが風の流れの変化を感じ取り、「これは一雨来そうだな」と言い出した。

「困ったわね。今あの街にあまり戻りたくないのよね」

 レーゼが言うと、エヴァンもその意見に賛成する。

「そうだな。あっちの方にケヤキの木が群生しているから、そこで雨宿りしようか」


 二人はケヤキの木が群生している方に向かい歩き始めた。

 ある一本のケヤキの木に一人の女性がいることに気づいた。

 バッグを開けて何やら探しているようだ。きっと彼女も雨宿りだろう。女性が一人きりで旅なんてと思ったエヴァンがそちらの方に向かおうとすると不思議なことが起きた。


 その女性が周りに向かって何か叫んでいると思ったら急にその場で倒れ、さらに、倒れた状態のまま宙に浮いて移動し始めたのだ。


「なんだあれは!?」

「あれも魔法の力?」

 エヴァンとレーゼは驚きながらも、放っておくわけにはいかないと、宙に浮いて移動し始めた女性の後を追う。

 彼女は崖の方に向かい、崖っぷちまで来たところで一瞬二人の目の前から消えたように見えた。

 しかし、エヴァンたちがそこへ向かうと崖の下には人1人が通ることのできる道が作られており、女性も宙に浮いたままその道を下っていく。彼女は崖下まで下りたところで、再度急に消えてしまった。


 エヴァンたちも後を追って崖下まで下りていくと、なんと崖に鉄の扉が取り付けられているではないか。


「なるほど。この中に入ったから消えたように見えたのか。それにしても崖下にこんな鉄の扉があるなんて、一体ここは何の施設だ?」

「気味が悪いわね。この平原に似つかわしくないし…」

「そうだな。あっ!隠れろ!」


 扉の中から人が出てくる気配がしたため、二人は慌てて近くの大岩の陰に隠れる。

「はぁ~。ザブイルさんも人遣いが荒いよなぁ。明日までに研究報告書をまとめて、提出しろだなんてさぁ」

「仕方ないわよ。ザブイルさんだって中間管理職だもの」

 どうやらこの謎の施設で働く人たちのようだ。少し休憩に来たのだろうか。


 レーゼが休憩中の二人を見ながら

「良いこと思いついちゃった。エヴァン、わかる?」

「あーまぁなんとなく」

 ということで、とりあえず後ろから二人の思いきりぶん殴って、気絶させたところで彼らの服を奪う。二人の隣には代わりに自分たちが元々着ていた服を置いておいた。

「エヴァン、私が着替えるところ見たら殺すからね」

「そんなこと言われなくても分かってますよ~だ。おぉ寒」

 二人は冷たい秋風に吹かれながら着替えた後、服と一緒に奪った鍵で扉を開けて中に入った。


 そこはロストガリア大陸のいかなる施設とも異質だった。

 いくらエヴァンとレーゼがほとんどセプテリオン宮殿のことしか知らないとはいえ、ここまで鉄や鉱石を用いて作られた施設を見たことも聞いたこともなかった。

「なぁ、レーゼ。普通建物ってレンガとか木でできてるよな。こんな鉄とかで建物作る技術ってあるのか?」

「うーん、そうよね。エルドライド帝国の技術は進んでいるって聞いてたけど、まさかここまでとは。。。てか何なのこの管は?」

 壁に何十にも張り巡らされた管を指差しながらレーゼも疑問に思う。

 さらに先に進むと、セプテリオン宮殿の礼拝堂くらい大きな部屋が二人の眼前に現れた。


 そこでは何十人もの人が慌ただしく動き回っていたが、それ以上に目を引くのは何十個もの檻に入ったモンスター達だ。

 そこには、野生動物の突然変異で発生したモンスターだけではなく、野生では見たことのないモンスター、すなわち人為的に造られたのであろうモンスターも多数存在していた。

 人為的に造られたのであろうモンスターの方は、特に気性が荒く今にも檻を破りそうな勢いで、この部屋で働く人の何人かはそうしたモンスターに対して薬を飲ませている。恐らく鎮静剤だろう。


 異様な光景に目を奪われていると、他の研究員に怒られる。

「おいっ!ボサッとしてるな!ん、、てかお前みたいなやついたっけ?まぁいいか、早く研究素体12番の経過報告書を書かないと…」

「あら、ごめんなさいね!ところで、あの研究素体12番って人から造ったように見えるんだけど、あれってどういうこと?あと攫ってきた人たちってどこに閉じ込めてるっけ?ちょっとあの人たちの様子を見に行くよう頼まれてるのよね」

「なんだ、その質問は?人から造ったように見えるって、、、だろうが。あと攫ってきた奴らなら地下だろ?それくらい覚えておけよ。じゃあ俺は行くぞ。あぁ忙しい忙しい…」

 レーゼの質問にあっさりと答えた研究員は行ってしまった。忙しすぎて人を疑う余裕もないようだ。


「要するにあれか?この研究所では、人を攫ってきて、その人たちを元に新型のモンスターを造っているってわけか?どうやら俺たちはトンデモ研究所に来ちまったみたいだな…」

 そういうエヴァンは怒りで体がわなわなと震えている。


「ねぇ、エヴァン。さっき、宙に浮いてた女の人いたじゃない?きっとあの人も攫われたのよ」

「ん、どういうことだ?」

「私、宮殿の講義で聞いたのを思い出したんだけど、透明魔法っていう自分の体を透明にできる魔法があるのよ。あの女性もその透明魔法を使う人に襲われたんじゃないかしら。そいつが透明のまま、あの女性を担いで運んだから、私たちにはあの女性が宙に浮いてるように見えたんじゃないかな」

 レーゼの冷静な推理にエヴァンはただただ舌を巻く。


「なるほど。レーゼはよくそんな魔法知ってるな。なのに肝心のご本人は魔法使えないっていう…」

「うるさいわね。で、これからどうするの?」

「決まってるだろ。助けに行こうぜ、レーゼ。攫われている人はきっと他にもいるはずだ。モタモタしてると、あいつらの研究の犠牲になっちまう」

「あーら、たまにはカッコいいこと言うじゃない?」


 こうして二人は地下に捕らわれた人たちを探すため、研究所の捜索を開始した。


 それは、、、長い一日の始まりだった。

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