12 シャルル -セルティナ草-
帝国の女兵士に宿屋での事件の犯人は妻マーガレットであると暗に伝え、さらにマーガレットの長手袋を探し出して宿屋の店主に預けたシャルルは、次の日セルティナ草を求めてベイロックス平原を歩いていた。街の人に聞いたところによるとベイロックスの街から南に10クルヤーン(=20km)ほど離れた場所にセルティナ草の群生地があるという。
エルドライド帝国内で最大と言われる平原だけあり、その広大な平原を歩くと頬を撫でる風がとても心地良い。見渡すと、平原の果ては崖になっており、茜雲が平原を撫でるようにゆっくりと流れている。シャルルは、この見渡す限り緑に覆われた大平原に横たわって、流れる雲を眺めるとどんなに気持ちいだろうかと想像した。しかし、残念ながらそんな悠長なことをしている時間はない。
あの女兵士は自分のヒントを元にちゃんと事件を解決しただろうか?貴族の青年が犯人は料理人という明らかに間違った推理をしていたため、自分できっちりと推理を披露せずあの場を立ち去ってしまったことが気掛かりではあった。きっとあの青年は"迷"探偵なのだろう。
だが、そんなことをしたら下手にあの場に残らされ、余計な時間を取られてしまうのがシャルルは嫌だった。今は一刻も早くセルティナ草を持ち帰らねばならない。
シャルルは、ベイロックスの街と王都アンドラの中間地点にあたる大陸の中心セプテリオン宮殿に立ち寄った際にも、余計な手間を取らないように行動していた。あの時も総司教の娘が青年の信徒に短剣を突きつけられているとかで騒ぎになっていたが、それに巻き込まれないよう早々に立ち去ったのだった。
それにあの女兵士は信頼できそうだった。宿屋に入ってきた時、一緒にいた他の兵士と満室だと平民が追い出されることに関して議論していたが、彼女だけが真剣に反対していた。聞くつもりはなかったが、とても大きな声で話していたため、シャルルの耳に嫌でも会話の内容が入ってきてしまったのだ。
あの時彼女はとても良い人だとシャルルは直感した。きっとイレーヌ王女とも仲良くなれるに違いない。名前を尋ねておかなかったのが今になって悔やまれる。
「早くセルティナ草を持ち帰ってイレーヌ様やレンツ師匠にも昨日の出来事をお話したいものです」
今から土産話するのが楽しみで仕方ない。イレーヌが興味津々という様子で話を聞く顔が思い浮かび、自然とくすくすっと笑みがこぼれる。
一人で笑いながら歩いていると、崖の近くのセルティナ草の群生地に着いていた。セルティナ草は紫の花の周りを守るような形で葉が生えている。レンツ先生から聞いていた特徴と同じだ。この葉っぱにティナン病を治す成分が含まれているらしい。
「国王陛下のため、、、お命頂戴致します」
シャルルは一礼をした上で採取を始める。
しばらくセルティナ草を採取するのに夢中になっていると、先ほどまで心地よかった風が少し冷たく、そして湿ってきたように感じる。これは一雨来るな。と思い、近くに雨宿りできそうな場所を探す。
幸いにもこの平原には背の高いケヤキの木も数多く生えている。手頃な場所を見つけたシャルルは木の下へと入った。
今日はこのまま野宿かな。と背中のナップサックを下ろし、野宿の準備を始める。
ナップサックの中を漁っていると、誰かが自分を見ているような視線を感じ、ハッとナップサックから顔を上げ、あたりを見回すが誰もいない。
気のせいかなと思い、再びナップサックをゴソゴソとし始めるが、やはり視線を感じ、たまらず誰もいない空間に向かって威嚇する。
「誰ですか?私のことを見ているのは分かっています。何か話があるなら出てきなさい。お相手しますよ」
すると、近くで声がする。若い男の声だが、ヌメッとした印象で気色悪い。
「へへへ。その強気な感じ。嫌いじゃないよ」
その若い男の声がした方を振り向くが、誰もいない。
「えっ、誰もいない?どうして。。。うっ!!」
シャルルが疑問に感じている間に、手刀を受けて意識を失ってしまった。
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