11-3 エルゼ -兵卒エルゼの推理-

 殺人事件を解決した次の日の昼、エルゼたちはセドラス伯爵の屋敷に招かれた。

 帝都ドレイドラータの貴族街に勝るとも劣らない立派な屋敷で、エルゼは赤き宮殿レッド・パレスに来た時以来の場違いさを感じていた。


「おぉー。うちほどじゃないが立派なもんだなぁ」とレインが言っているので、レインの屋敷はもっと立派らしい。これより立派な屋敷ってどんな屋敷なのよ?


 エルゼが屋敷に慣れずにぼんやりとしている間に、温かい陽光の差す中庭へと招かれた。

 エルゼにとっては「これが中庭…?」と言えるくらいには大きな庭で、セラムによると、セドラス伯爵の300人の私兵の訓練にも使われているとのことだった。


 そんな中庭(というにはいささか広すぎるが)のど真ん中に置かれた、白い長机のお誕生日席にセドラス伯爵が座り、エルゼたち3人とセラムが対面する形で会食が開始された。


「あなた方が昨夜起きた殺人事件をうちのセラムが解決するのを手伝ってくれたという帝都の方たちでしたか。皆さんお若いのに、とても立派ですな」

 セドラス伯爵がそう切り出す。彼の髪と髭には白いものが混じり始めており、細い黒縁眼鏡の奥の優しい眼光がいかにも貴族を思わせる雰囲気を発していた。セドラス伯爵が"お若いのに"と言った時、レインがマリーの方をチラッと見たため、すかさずマリーが机の下で蹴りを入れた。

 レインが痛みで苦悶の表情になったのを見て、エルゼは笑いを堪えるのに必死だった。


 しかし、エルゼとしてはいつまでも笑っている場合にはいかない。エルゼは昨夜侍女風の女性が去り際に言った「これまでに明らかになったことは作り物」という言葉がずっと気になっており、この会食が始まるまで必死に考え続けた結果、ある一つの可能性に思い至っていた。


 長机のセドラス伯爵の反対側の方には、給仕が2人控えている。

 一人はまだ若い青年、いや、18歳のエルゼより年下に見えるため少年と言っていいくらいの男の子。

 もう一人は年齢不詳の女性。30?40?50? 歳を尋ねた際に、この辺りの年代の回答なら何歳であっても納得してしまいそうだ。

 あまり慣れていないのか2人ともソワソワした様子であることに少し違和感を感じた。


「さぁ昨夜のことを詳しく聞かせてくれないか?我が息子よ」

「もちろんだよ、父さん」

 セラムは昨夜の出来事をたった今あった出来事かのように、ほぼ完璧に再現しながらとても流暢に話した。

「、、、こうして、僕の活躍で時間を無事解決に導いたのです」

 セラムがひととおり話を終え、セドラス伯爵が「うむ。さすがは我が息子だ」と褒め称えたところで、エルゼが単刀直入に話を切り出す。


「セラムさん。あなたの推理は間違っていると思います」

「は、突然何を言うのですか?帝都から来たとは言え、一兵卒のあなたがこの探偵セラムの推理にケチをつけるのですか?」

「まず犯人はあの料理人の方ではなく、殺害された方の奥さんであるマーガレットさんです」

「バカな!あの人の持ち物を調査したが、毒物は何も出なかったでしょう!?」

 そう否定するセラムの顔はどんどん青ざめていく。

(まさか、この人。真犯人を知っていてわざと間違った人を捕まえたんじゃ…)

 エルゼの中に新たな疑問が湧いてくるが、今は推理を続ける。


「マーガレットさんは、多くの化粧品を持っていました。あの時、私たちはちょっと多いな…程度で一つ一つ丁寧に調べはしませんでした。しかし、あの膨大な化粧品に紛れて毒物があったのではないでしょうか」

「ふん。今さら彼女の持ち物を調べるというのですか?仮に化粧品の中に毒物があったとしても、今ごろもう処分してしまっているでしょう」

「えぇ、そうでしょうね。だから私は今朝あの宿屋に再度行きました。もう一つの証拠を手に入れるために」

「もう一つの証拠?」

「これです」

 そう言ってエルゼが腰の巾着袋を机に放り出す。

「この中には、マーガレットさんが着けていた黒い長手袋が入っています。毒が付着しているので、取り出して直接触らないでください」


「長手袋だって…?」

 最初興味なさげに聞いていたレインも段々とエルゼの推理に惹かれ始めたようだ。

「実は私、これを探すために今朝宿屋に行ったんです。そしたら、店主さんは既にこれを持って私のことを待ってたんです。なんでもあの後、例の侍女風の女性がやって来て、あの宿屋のゴミ捨て場に捨てられていた長手袋を店主に預けて、後でやってくる私に渡せと彼に伝えていたようです」

「へぇ、あの侍女風の女性がねぇ。てかお前午前中姿が見えないと思ったら、そんなことしていたのかよ」

 レインは呆れ半分、感心半分という顔をしている。


「そ、、その長手袋が何だっていうんですか!」

 そう噛み付いてくるセラムの顔はもはや死人のように白かった。

「その長手袋に毒を付着させてたんですよ。丁度ひじのあたりにね。あなた達も見たでしょ?夫が"もう一度冷静に話し合おう"って言ってマーガレットさんの肘のあたりを掴んだのを」

「あっ!たしかにそうだった!そうか、その時に旦那の手に毒が付着し、その手で食事したから死んでしまったのか。んで、ある意味凶器となった長手袋は処分したが、侍女風の女性に見つけられてしまったってわけか」

 レインもその時の光景を思い出し、一本につながったことに興奮している。


「でもよく分かったわね、そんなこと」

 マリーが感嘆しながら質問すると、

「マーガレットさんは、私が長手袋を処分した理由を聞いた時、"主人が倒れた時にあの人に触れてしまったでしょ?その時に私も毒物に触っちゃったかもしれない"と言ってました。でも、よく思い出してみたらんです。あの人は夫に近づくことなく、その場でへなへなと座り込んでましたから。それでこの人は噓をついていると確信し、怪しいと思ったんです」

 と丁寧に解説する。


「な、、、長手袋に毒が付着していたとしても、その毒を付着させたのがあの高貴なるマーガレットさんである証拠はない。あの一平民である料理人がやった可能性だってあるでしょう。。。実際、僕は落竜花ドラゴン・ダウンを厨房から見つけたわけですし…」

 セラムはまだ反論するが、空っぽの頭を振り絞って言葉を紡ぎ出しているかのようだった。


「あなたが厨房の食器棚から発見したという落竜花ドラゴン・ダウン。あれは相当希少な植物です。あなたの言う"一平民"にすぎないあの料理人が、果たして手に入れられる代物でしょうか?」

「まぁ、、それは俺も思ったな。俺のような帝国有数の貴族ですら、あの落竜花ドラゴン・ダウンを手に入れることはできない。ましてや、あの料理人となるとな…」

 レインからの援護射撃を得たエルゼはさらに推理を続ける。

「あなたが落竜花ドラゴン・ダウンの入った小瓶をさも厨房で見つけたかのように取り出しただけと私は思います。それに、、、」


「ま、、まだ何かあるというのですか…?」

 セラムはもうやめてくれとでも言いたげだ。


「あなたとマーガレットさんは、二人とも自分たちのことを"高貴なる者"と表現していました。今さっきも言いましたね。ただの偶然と考えることもできますが、私はあなた達は知り合いではないかと考えております」

「………」

 セラムはその後言われることに見当がついたのか、もはや諦めの表情へと変化していた。

「あなたは、昨夜マーガレットさんが殺人を犯すと知りながら、それを見逃し、関係のない人に罪をなすりつけたのです。到底許すことはできません」

 セラムは昨夜自らが犯した悪事を全て暴かれてしまい、ただただ茫然自失としていた。

「あぁ。ちなみに、マーガレットさんは私がこの街の衛兵に頼んで逮捕しておきました。先ほどお見せした長手袋を持って行って、あなたが犯人でないなら、肘の部分を触ってくださいと頼んだら、あっさりと自分の犯行を認めてくれました」


「え!あんた勝手にそんなことまで…」

 マリーは口を開けて呆れているが、セラムは体が抜け殻になってしまったかのようにその場に座り込んだ。

 これまでの展開を黙って聞いていたセドラス伯爵がもう我慢できないと、最初会った時とは全く異なる口調で話し始める。

「エルゼと言ったか?…貴様、私の息子を侮辱する気かね。許さんぞ…!」

「侮辱?あなたの息子さんがやったことは立派な犯罪ですよ?」


 全く動じることなく答えるエルゼに、セドラス伯爵の堪忍袋の尾が切れたようだ。

「帝都から来た部隊だかなんだか知らないが、貴様らタダでは済まさんぞ!私の私兵たちよ!出番だ!この者たちを八つ裂きにしろ!」

 セドラス伯爵が怒鳴ると、周りからわんさか兵隊が現れ、中庭の真ん中で食事を取っていたエルゼたちは囲まれる形となった。

 セドラス伯爵の私兵は300はいると聞いていたが、木の陰に隠れている者も含めると、もっといるかもしれない。


「結局実力行使ってわけかい」

「へっ。私はこの方が好きだね。推理なんてのは私にはよくわからないね」

 レインとマリーが戦闘準備に入り、さらにマリーは意外な人物に声をかけた。

「おい、そこの給仕2人。お前らただの給仕じゃないだろ。手伝えよ」


 突然声を掛けられた若い男の給仕は「え、先生。ど、どうしましょう」としどろもどろになったが、もう一人の年齢不詳の女性の給仕が

「あら、バレちゃったのなら仕方ない。ほら、手伝うぞ!」

 と答えながら、アラムと呼ばれた少年の背中を思いっきり叩いたため、

「は、はい。!」

 と少年も剣を構える。先ほどまでのソワソワした雰囲気とは打って変わって意外とさまになっている。


 こうして、エルゼ達3人はウィレム・ヘレンと力を合わせ、計5人で300人を倒すという難題に挑むことになるのだった。

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