11-2 エルゼ -探偵セラムの推理-
「まさかこんなところで殺人事件が発生するとは!ここは名探偵である僕の出番のようですね」
そう張り切って大声を上げたのは一人で食事していた銀髪の青年だ。
「ん、なんだい。あんたは?俺たちは帝都からやって来た部隊の者だ。俺たちが仕切るぞ」
とレインが制したが、
「申し遅れました。私はセラム。何を隠そうセドラス伯爵の一人息子です。街で起きた殺人事件を解決するのも伯爵の息子としての務めでしょう」
とハキハキと答える。相手が貴族と分かったからか、レインも
「おぉ!伯爵の息子さんでしたか。それは失礼。では、協力して犯人を見つけましょう」
と露骨に態度を変えた。エルゼはレインが相手が貴族と知ると敬語を使うことも知った。
マリーがどこかただの金持ちのボンボン息子という雰囲気を醸し出すセラムに対して、
「あなたにこの事件を解決できるの?」
と聞くと、そのボンボン息子は待ってましたとばかりに
「実はこの街は治安があまり良くない街なんです。父の貴族主義政策に反対する平民たちによる窃盗や殺人、誘拐などには事欠かない。日々衛兵たちも頑張って事件の解決に尽力してくれてはいますが、やはり人手が足りない。そこで、出番になるのが僕です。僕は衛兵たちの代わりにこの街で起きた事件をいくつも解決しております。はっきり言って殺人事件の捜査に関して言えば、あなた方より"上"と言っていいでしょう」
と自信満々に答える。特に"上"と言った時は殊更強調したようにエルゼには感じられた。
宿屋の店主もまた、自分の店で人が死んでしまったことで隅の方でわなわなと震えていたが、彼がセラムだと知り、
「あぁ!あなたが、名探偵として名高いセラム様でしたか!評判は聞いております。まさかあなたのような方がこんな小さな宿屋を訪れるなんて思わなかったもので。ぜひ、事件を解決してください!どうかこのとおり…」
と態度を一変させ、懇願する。
「お任せください。この名探偵セラムがあなたの宿屋で起きた凄惨な殺人事件を解決してみせましょう」
どうも、この大げさな表現はいかにも貴族という感じで、この銀髪の青年のことをエルゼには好きになれなかったが、結局エルゼたちはセラムと協力して捜査に当たることになった。
死因は毒物によるものだと思われたため、毒に関する魔法が使われた痕跡がないかを調べることから始めた。
こういう時に役立つのがやはりドクター・シンの開発した装置だ。
マリーが自身のカバンの中からゴソゴソと取り出したのは水銀計だった。
「これはただの水銀計じゃないのよ。このスイッチを押すと、先端から光が照射されるのだけど、もし魔力を感知すると、中身の水銀がグングン上昇するの。逆に魔力を感知しなければ、水銀はピクリとも動かないってわけ」
「流石、帝都の方は素晴らしいものをお持ちですね」
とセラムも感心する。
中年夫妻が食事していた机に向けて、水銀計から光を照射したが、水銀は一向に動く気配がない。
「魔法の線はないわね」
マリーが言うと、セラムも
「魔法ではないということは、何者かが食事の中に毒物を混入させたということになる」
と結論づけ、最も疑わしい妻から事情聴取と持ち物調査を始めた。
「見たところあなた方は食事中にあまり会話をしていないようでした。仲が悪いのですか?」
「全くねぇ。坊や達みたいな結婚もしてない鼻垂れには分からないかもしれないけど、中年夫婦なんてのはあんなもんなのよ」
「そんなもんですかねぇ、奥様。とりあえずあなたの持ち物を見せてもらいますよ」
「どーぞ。あぁ、あと私の名前はマーガレットよ」
エルゼはふと気づいたことがあり質問する。
「マーガレットさん、あなたは先程まで長手袋をしていたと思うのですが、今は外してしまったのですか?」
マーガレットの長手袋はこの場には少し場違いなようにも思えたため、エルゼはよく覚えていたが、その長手袋が今はない。
「そうね。常に立派な服装を心掛けることは高貴なる者の努めですから。でもほら、私、主人が倒れた時にあの人に触れてしまったでしょ?その時に私も毒物に触っちゃったかもしれないから捨てちゃったのよ」
とあまり高貴ではない口調で答える。
(ん、今の発言どこかおかしかったような…)
エルゼが違和感をぬぐい切れずにいる中、持ち物検査が行われたが、彼女の持ち物の中には化粧品やお金等が入っているだけで、毒物らしきものは特に見つからなかった。
化粧品の量がいやに多いなとはエルゼ達もセラムも感じたものの、マーガレットくらいの年齢になると仕方ないかということで、エルゼはモヤモヤしたまま、次の容疑者への事情聴取と移った。
次に一人で食事していた侍女風の女性だ。
「私は亡くなった御仁とは何の面識もありませんし、毒物も持っておりません。私のナップサックの中を調べていただいても一向に構いません。どうぞ」
と淡々と答え、ナップサックを差し出す。
「失礼ですが、あなたはこの国の人には見えないように感じるのですが、どちらから来ましたか?」
「私はマグメール王国から来ました。ベイロックス平原に用があるのです」
目の前で人が亡くなったというのに、とても冷静だなとエルゼは感心した。
ナップサックの中を調べても、中には地図や飲食物等が出てくるだけで、マグメール王国出身ならば被害者との面識もなければ、動機もないだろう。
彼女はあっさりと犯人ではなさそうだと結論付けられた。
二人の事情聴取を終えて、エルゼが
「セラムさん、一応あなたもお願いしますよ。あなただけ特別扱いするわけにはいきません」
と言うと、マリー・レイン・セラムの3人とも"えっ"という顔をしたが、エルゼはそれに気付かなかったフリをして続ける。
「いくらセドラス伯爵の息子だからって、あなただけ特別扱いするわけにはいきません。持ち物を見せてください。私たちも見せますから」
「ふぅ、やれやれ。エルゼさん、あなたは中々意思の強い方のようだ。まぁしかし、これも高貴なる者の務め。どうぞ」
こうして4人も持ち物を見せ合い(エルゼ以外の3人は嫌々だったが)、やはり毒物など所持していないことが確認された。
「どういうことだ?結局毒物は見つからなかったぞ?」
レインが困り顔になっていると
「そうか!まだ調べてない人が2人おりますよ」
そう言いセラムが振り向いたのは宿屋の店主と食事の料理人だ。
「あーなるほど。調理中もしくは食事を運ぶ途中に毒を入れたってわけか。じゃあ厨房を調べさせてもらおうか」
ズケズケと厨房に入ろうとするレインに対して、
「や、やめてくださいよ!厨房は神聖な領域です!毒なんてあるわけがない!」
と、料理人は猛抗議するが、彼らは気にしない。エルゼも
「ごめんなさい。でもあなたの無実を証明するためにも調査はしないと…」
と謝った上で、厨房の調査に加わる。
しばらくの間、4人で厨房の棚や食材、調理器具を調べていると、セラムが大声を上げる。
「あったぞ!食器棚の奥だ!」
その言葉に料理人は「そんなバカな…」とまるで死人が生き返ったのを目の当たりにしたかのように、口を開けて驚く。
「私は知らないぞ。毒なんて知らないぞ…!!」
料理人がそう何度も呟いたが、セラムが高々と掲げる小瓶には確かに毒が入っていた。それは、
「この小瓶には
こうして、料理人がセラムにより逮捕され、衛兵たちに引き渡された。
「こんなに早く解決してくれてありがとうございます、セラム様!それにしても、なんでうちの料理人が一体こんな真似を…」
「さぁ?平民の考えることなんて僕には分からないよ。大事なのは僕のような平民のために身を粉にして働く貴族がいるから、君たち平民の平和が保たれているということだ。それを忘れてはいけないよ」
まるでアルティマ神でも拝めるかのようにセラムを見つめる宿屋の店主を引き離したセラムは、エルゼたちに近づき礼を言う。
「帝都から来た皆さん。この度はご協力ありがとうございました。ところであなた方はそもそもなぜこの街に?」
彼の質問に対し、マリーがこれまでの経緯と任務について説明し、セドラス伯爵宛ての手紙も渡した。
「なるほど、そういうことでしたか。これはとても興味深い。ぜひ明日の昼、僕たちの屋敷にお越しください。昼食を取りながらその話をしましょう。父もあなた方に協力すると思いますよ。では私はこれで」
そう言いながらセラムはご機嫌そうに去っていく。
名探偵としての自身の名声をまた一段階上げた手応えがあったのであろう。
「まぁ別にあの子に招待されなくても、元々セドラス伯爵の屋敷には明日行く予定だったんだけどね…」
「セドラス伯爵の息子、セラムか。名探偵って言ってたけど、変な人だったな…」
マリーとレインが半分呆れていると、侍女風の女性がエルゼに近づいてきて耳打ちした。
「ここまで速やかに解決するのは、逆に違和感です。今までに明らかになったことは作り物。。。全て"真実"という王を守る虚妄の家来という印象を受けます。お気をつけください。私見にはなりますが、、、手袋と化粧品が怪しいかと」
侍女風の女性は言いたいことだけ言い、エルゼが「ちょっと待って!あなたは一体…」と制止するのを振り切って去って行った。
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