第2章 ~運命の交錯~
11-1 エルゼ -ベイロックス殺人事件-
ベイロックスの街に到着したエルゼ・レイン・マリーの3人。
この街は隣接するベイロックス平原が帝国一の穀倉地帯として農業が盛んであるため、そこで採れる様々な農作物や大平原で放牧されて育てられた畜産物、特にロックス牛を求めて、大陸中から商人が訪れ活発な交易が行われている。
商売というものは常にスムーズに行くわけではなく、やれ期日までに商品が納められなかっただの、やれ支払いが遅れているだの、仕入れた商品が欠陥品だっただのと争いには事欠かない。
こうした争いを丸く調停するのがこの街を治めるセドラス伯爵であり、彼は商人たちの諍いに忙殺されていた。一方、セドラス伯爵はそちらで忙しいため、他のことにはあまり目が回っておらず、特に商人に高い値段での売買をふっかけられる平民達からは彼の貴族主義的な政策も相まって、不満の声が上がっており、近年犯罪率が増えていた。
ダンテによると、今回の失踪事件もそうしたセドラス伯爵の統治に不満を持つ平民たちの仕業ではないかとのことで、エルゼ達はその真偽を調べねばならない。
「それにしてもデッかくて賑やかな街だなぁ」
レインが素直に感嘆している。
「そうね。帝国で4番目に大きな街だし、道を行き交う商人たちの中にはシャングラ・マグメール出身者もたくさんいるから、かなり国際色豊かな街よね。エルゼはどう?この街は初めてでしょ?」
マリーがエルゼに尋ねる。
「確かにドレイドラータは軍人も多く、もっと重々しい雰囲気でしたけど、そことは違いこの街は商人の街という感じがします」
「ふふ、なるほどね。2つの街の違いを的確に表すなんて流石ね」
「いずれにせよ、私がいたラークスの街とは大違いですね。あそこはもっと静かなところでしたから」
「さて、おしゃべりはそのくらいにしておけ。まずはセドラス伯爵に会い、兄さんの手紙を見せる必要があるんだろう?」
レインはすぐにセドラス邸に向かおうとするのをマリーが引き止める。
「でももう日が暮れそうな時間帯よ。今日は宿でゆっくり休んで、明日セドラス伯爵の話を聞きに行きましょう」
「私も賛成。山賊に襲われて以来、あまりちゃんとご飯を食べてないのでお腹ペコペコ~」
お腹が空いていたエルゼが正直に答えると、マリーもレインもしょうがないやつだと大笑いした。
「それにしても夕方だと言うのに、街は人でいっぱいだな。出店も多い」
「ほうね(そうね)。ほのほうもろこしおいひい(このとうもろこし美味しい)」
宿屋まで我慢できなかったエルゼは早速出店で焼きとうもろこしを買い、それを口にほうばりながら話している。マリーも焼き鳥を何本か買い、エルゼと同様食べ歩きしていた。
いずれもベイロックス平原で栽培されたり、飼育されているものが原産だ。
「全く、こいつらは…」
と、食い意地の張る女子2人を横目に呆れるレインも、正直何かしら食べたかった。それでも何も買わなかったのは、ここで自分も何かしら買ってしまうと2人と同じになってしまうことに対する引け目があったのだろう。
エルゼとマリーが丁度食べ歩きを終える頃に宿屋に着いた。あたりはもう日が暮れていたが、街道に立ち並ぶ炎熱灯のおかげで暗闇に困ることはない。
宿屋は2階建てで簡素ではあるが、しっかりとしたレンガ造りのようだ。
「2部屋空いてるか?」
宿屋に入るなり、生え際が後退してきている店主にレインが尋ねる。
「いやぁ。すみませんね、旦那。今日は1部屋しか空いていないもので」
「ふむ、、そうか。しかしな、俺は貴族だぞ。それに連れの一人の女性の方も貴族だ。その俺たちに男女同じ部屋で寝ろというのか?」
広めのおでこにシワを寄せ、申し訳なさそうに店主が答えると、レインが冷静かつ有無を言わさぬ口調で言い放つ。
「貴族の方でしたか。それは失礼しました。少々お待ち下さい。平民の泊まっている部屋を今から空けるようにしますので」
レインが貴族であることを知ると、宿屋の店主は態度を変えてそう言い、2階に向かおうとした。エルゼがそれを引き止め、慌ててレインに尋ねる。
「あ、店主さん、ちょっと待ってください。ねぇ、レイン。今平民の泊まってる部屋を空けるって言ってたけど、どういうこと?」
「決まってるだろ。文字通り平民を追い出して、一部屋空けてもらうんだよ」
「追い出すって、、、追い出された人はどこで泊まるのよ?」
「そんなの知ったことか」
「大体は他の宿屋を探すか、他の平民と相部屋にしてもらうのよ。あとは平民専用の大部屋で雑魚寝できる施設があるからそこに行くとか。まぁ帝国ではよくある慣習ね」
レインが知らないことをマリーがフォローする。
エルゼはそんな慣習があるとは知らなかったため、驚きと共に悲しい気持ちにあり、すかさず反論する。
「えぇ!?その追い出される人が可愛そうじゃないの。何も悪いことしてないのに。一部屋空いてるならその部屋で3人泊まればいいじゃない?」
「はぁ?俺たちが同じ部屋に泊まるのかよ?ベッドだって2つしかないんだぞ」
レインはいちいち口答えするエルゼに苛立ちを隠せない。
「そりゃ私だってあなたと同じ部屋は嫌だけど、そのせいで他の人を追い出すような真似はしたくないわ」
「ちっ、、、これだから平民は。なぁマリーさんよ。俺たちはこの街で起こってる失踪事件を解決しに来たんだし、それくらいいいだろ?」
「そうねぇ。まぁベイロックスはこれだけ大きな街だから、追い出された人もきっと他の宿屋が見つかるわよ」
マリーもまぁ当然ね、という顔で答える。が、ダンテから二人が対立しないよう上手く取り仕切るよう言われていたのを思い出し、
「まぁでも今回はいいんじゃない。一部屋で十分よ。ベッドが2つしかないなら、私が床で寝るわよ。この前の山賊騒ぎはエルゼのおかげで乗り切ったんだし」
と言い、リーダーとしてその場を収めた。
「ということだから、店主さん。別に今いる人を追い出さなくていいわよ」
店主は今のやり取りを呆気にとられた様子で見ていたが、プロらしく、
「承知しました。それでは、1階の食堂でご夕食でもいかがですか?」
と尋ねてきた。
とうもろこしでは足りなかったエルゼはすかさず「ぜひ」と言い、テーブルに向かい、マリーもそれに続いた。レインは自分の意見が否定されたため、つまらなそうにしていたが、空腹には勝てなかったのか2人の後に続いた。
やがてレタスと人参のサラダ、ほうれん草のスープやロックス牛のパイ包みなどが運ばれてきた。エルゼはまた口の中いっぱいにそれらをほうばりながら食を進め、マリーはその様子を少し呆れたように見ながら食事し、レインはむすっとした様子で黙々と食事を口に運んでいた。
あまりいい雰囲気での食事ではなかったことは確実に言えるだろう。
エルゼにとっては初めてのロックス牛だったが、こういう雰囲気ではあまり美味しさを感じることができなかった。
周りには他に3組の客が食事をしていた。
1組目は中年の男女。おそらく夫婦だろう。身なりが良く、特に妻の方はこんな平凡な宿屋であるにも関わらず、黒い長手袋までして着飾っている。一度だけ、夫が妻の腕を掴みながら「もう一度冷静に話し合おう」と言い寄り、それに対して妻が「こんなところでやめて。離してください」とつっけんどんな態度で突き返し、それ以降は二人とも黙っていたため、仲が悪いのだろうかとエルゼは思案した。
2組目は銀髪の青年が一人でワインを嗜みながら食事している。あの身なりの良さと佇まい、テーブルマナーは貴族だろう。マッシュルームのような髪型のせいか、少しボンボン息子という雰囲気もあるが。エルゼより少しばかり年上に見える。
3組目は金髪のボブのショートヘアの女の子が一人で静かに食事をしている。地図をじっくりと見ており、この辺りの地理に詳しくないのだろうか。侍女風の格好をしており、もし本当に侍女だとしたら、この辺りの地理も分からず、こんなところで何故食事をしているのだろうかとエルゼは不思議に思った。
以上のような3組でエルゼ達もほとんど会話をしていなかったため、食堂は大変静かだった。
厨房で料理人が調理する音と、出来上がった料理を宿屋の店主が運ぶ音が最も大きかったと言ってもいいくらいだ。
そのため、急に発生した事件に食堂にいた全員がすぐさま反応した。
突然中年夫婦の夫の方が立ち上がり、もがき苦し始めたのだ。
「ちょ、ちょっとどうしたの!?」
妻が心配になり立ち上がり近づこうとしたが、彼は吐血しそのまま床に倒れこんだ。
夫の吐血を見た妻もまたその場でへなへなと倒れこみ、「あ、あなた…?」と茫然自失の状態となってしまった。
レインがすぐに妻の元に駆けつけ、「大丈夫か?しっかりしろ」と声をかける一方、マリーが倒れた夫の脈を確認し、彼が既に死亡してしまったことを告げた。
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