8-2 エルゼ -山賊騒ぎ-
先ほどレインが炎熱魔法で灯りをつけた魔導器を持ち、マリーが崖の上の方を照らすと、そこには山賊のお頭と彼に従う10人以上の山賊が立っていた。
山賊たちは鉄でできたハーフヘルムをかぶっており、鎧の下からは褐色の肌がのぞいており、おぞましい印象を受ける。
お頭が
「おおっと。もうバレちまったのか?本当はもっと近づいてから奇襲をかけるつもりだったが。仕方ねえな。野郎ども、かかれ!」
と号令し、崖から滑り下りてくる。
マリーは自分の得物である大剣を背中から取り、両手で構え、深呼吸する。
その後、山賊たちが周りに着地する瞬間を見計らい、大剣を一刀両断する。
大剣から放たれる衝撃波で崖から着地しようとしていた山賊の多くが吹っ飛ばされる。
その様子を横目で見ていたエルゼが「すごいわね。あれ。。。ダンテといい、やっぱこの部隊は化け物ぞろいなのかしら?」
とひとり言を呟いていると、川の下流から山賊の仲間たちがやはり10人ほどやって来てエルゼに襲い掛かる。
「おらおら!さっさと金目のものをよこしな!」
「そんなもの持ってないわよ!(ミスリルの懐中時計持ってるけど…)」
エルゼは長剣と小手を駆使して複数の山賊たちの剣をさばくが、やはり多勢に無勢で、じりじりと後退する。このままでは押し切られてしまう。
エルゼはいったん山賊たちの剣を振り切り、川に入った。
川の深さは膝下くらいで多少動くのに邪魔だが、狙いがあったエルゼは自分を追いかけてきた山賊たちが全員川に入ったのを見計らって呪文を唱える。
「氷結魔法:
たちまち山賊たちの周りの川水が凍り付き、山賊たちは動くことができなくなってしまった。
「うっ、なんだこれは冷てぇし動けねぇぞ!おい、てめぇ戦えよ!卑怯だぞ!」
「何言ってんの!大の男が10人がかりで女子一人を襲う方が卑怯でしょ!そこでしばらく反省してなさい。まぁ朝には溶けるわよ」
エルゼは山賊たちにそう言い残し、川をあとにする。
山賊たちを置き去りにしたエルゼはマリーの元に急いだ。山賊の連中は雑魚だが、あのお頭だけは結構な実力者だと感じたからだ。
レインの方もどうなっているか心配だが、いつも自分のことをバカにしてくるレインよりマリーを優先した。
そして、マリーはまさに山賊のお頭と戦っている最中だった。
マリーの大剣、お頭の斧。二人とも大振りの武器を使用しているにも関わらず、エルゼが長剣を振るうスピードよりも速く、武器を扱っている。
「あんた、山賊にしてはやるじゃないか!」
「ふん、貴様もな!俺とこれだけ戦える女なんて初めてだぞ!」
レインの姿はまだないが、前の道の方から大きな灯りが灯ったのを見て、あっちで暴れているということが分かった。
自分も手助けするべきだろうと思い、エルゼも加勢に入ろうとすると、マリーがそれを止める。
「エルゼ!そっちはもう終わったのかい?こいつは私の獲物だよ!手出しは無用!」
「で、でも。見ているだけなんてできないです!」
とエルゼが抗議したが、マリーは戦いに集中しており、聞く耳を持たない。
そこへ戦いを終わらせてきたレインもやって来た。
「なんだ。山賊自体は大したことなかったとは言え、お前も終わってたのか。まぁあのお頭だけは別格みたいだが。それにしてもマリー姉さんの戦いは相変わらず豪快だな」
レインはマリーの戦いをまじまじと観察している。
「助けなくていいの?」
エルゼが尋ねると、
「いや、いらないな。マリー姉さんは戦闘狂なんだ。ああやって強敵との戦いの場に身を置くのが楽しくてしょうがないんだ。だから、あんまり邪魔しない方がいい」
レインは否定し、エルゼとしては困ってしまった。
(うーん。二人とも助けなくていいと言ってるけど、万が一マリーさんがやられちゃったらどうするのよ…)
レインとエルゼが戻ってきたのを見た山賊の頭は
「むっ!部下たちはもうやられたのか!やるじゃないか、貴様ら!」
と言い、斧を振るう速度が上がった。するとマリーも
「ははっ!いいねえ!あんたのような強い奴と戦えて楽しいよ!」
と楽しそうにしながら大剣を振るう速度を上げる。
しばらくマリーとお頭の戦いを見守る時間となり、暗い山道に二人が撃ち合う剣戟の音が響いていた。レインに至っては座り込んでいる。
エルゼはいてもたってもいられず
「マリーもレインもああ言ってるけど。。いいわよね」
小さく
「氷結魔法:
と唱えると、山賊の頭の足元が氷で覆われた。
彼は突然の氷に足を滑らせバランスを崩したため、マリーはその隙にあっさりと彼の斧を打ち落とし、さらには彼の鎧に向かって一刀両断した。
大剣に両断された鎧は真っ二つになったが、それを着ていた本人は無傷だった。
「ちっ。。。なんだそれは情けか?」
お頭が忌々しそうに吐き捨てると、マリーはそれより忌々しそうな表情で
「そんなポンポン殺すほど人として臭ってないわよ。それにこっちは余分な手助けが入っちゃったしね。そんなことより、あなたいつもこんなことやってるの?」
と途中エルゼの方をチラッと見ながら尋ねる。興が削がれてしまったマリーがかなり萎えているのがエルゼには分かった。
お頭が面倒くさいという顔をしながらドカッと座ると、自分の身の上話を始める。
「俺はなぁ、元々はベイロックスの傭兵として行商人の警護や近隣に出没するモンスター退治を請け負っていたんだ」
「なるほど。だから腕は確かなのね。ただの山賊にしては随分強かったもの」
マリーが感心する中、お頭は話を続ける。
「だがなぁ、あの街にセドラス伯爵が赴任してきて以来、あの野郎は露骨な貴族主義政策を取りやがった。行商人の警護もモンスター退治も全てあいつ直属の部隊が独占したんだ。当然あいつの私兵たちは貴族出身者かそれに取り入る奴らしかいない。おかげで俺みたいな民間の傭兵は仕事が無くなっちまったんだ」
「セドラス伯爵はそんな政策を取っていたのね。でも、あなたも伯爵直属の部隊に入隊すれば良かったのでは?」
マリーが尋ねると、
「はっ!実際俺のところにもあの野郎からの使いが来たさ。でも俺みたいな平民出身者で貴族に取り入ろうともしない奴に払う俸給はみみっちいし、何よりあいつらの俺を見下す態度が気に食わなかったんだよ」
「ふん、バカな男だ。そんな些細なプライド捨てれば今頃山賊なんてやらずに済んだのに」
レインが見下すと、お頭は
「うるせぇな。お前もどうせ貴族だろ。そのいけすかない感じですぐわかったぞ。お前みたいな奴にはわかんなぇだろうな、俺の苦労なんて」
と吐き捨てる。
「なんだ、この野郎。せっかくマリー姉さんが命までは取らなかったっていうのに、やっぱり死んどくか?」
「二人ともやめろ。なんなら私が両方を相手にしてやろうか?」
マリーが別にそれでも構わないという表情で仲裁する。
「あの、、お頭さん」
場の空気が険悪になる中、エルゼが勇気を出して声を掛ける。
「なんだよ」
「私たちはこれからベイロックスの街へ行き、そこでセドラス伯爵に会う予定です。そこであなたの窮状を伝えて、もっとちゃんとした俸給で雇ってもらって、かつ見下さないように頼んでみますよ。あなただけじゃなく、仲間の山賊たちも」
「はぁ?何言ってんだい、お嬢ちゃん?」
「私もあなたと同じ平民出身なんです。だから見過ごせません」
お頭よりも先にレインが反論する。
「おい。俺たちはセドラス伯爵とは失踪事件の話をしに行くのであって、こんな山賊たちのお節介ではないぞ」
「別に頼むくらいならいいじゃない?私は放っておけないわよ」
「まぁ話してみるだけならいいんじゃない?この人実際強いし。まぁそれですぐにセドラス伯爵が動くとは思えないけど」
と、とりあえず同意するマリーにエルゼは
「ありがとう、マリーさん!」
と笑顔で礼を言う。
「それに、お頭さん。帝国の街はこのベイロックスだけじゃないわ。あなたの居場所になるところだって絶対どこかにあるわよ」
「ちっ。全く。。。お前と話してるとなんだか調子が狂うな。なんだか明日から上手くやっていけそうな気になっちまったよ」
「ふふ、お礼くらい言ってくれてもいいのよ?」
エルゼが微笑むと
「うるせぃ!とりあえず俺は行くぞ!」
と振り向き、行こうとするが、その前に
「おい、お嬢ちゃん。名前は?」
「エルゼよ。あなたは?」
「ふん。名乗るほどの者でもねぇよ」
お頭はそれだけ言い残し、周りで伸びていた山賊たち、それからレインとエルゼにやられた山賊たちをそれぞれ介抱してから、急ぎ足でその場を去って行った。
「全く、、、あれで良かったのか?」
レインが不満げにマリーに尋ねると
「いいんじゃない?なんだかあの人たちはもうこれ以上山賊稼業なんてやらないと思うわ」
と答え、
「それにしても、セドラス伯爵の貴族主義政策。こんなところにまで余波がね。。。失踪事件にも関係しているかもしれないわね」
さっきまでの戦闘狂の一面とは打って変わって、冷静に任務について考えている。
今度はエルゼの方を向く。
「そういえばエルゼ。さっきは手助けありがとね」
「あ、ううん。手出しするな!って言ってたのに邪魔したみたいで、むしろごめんなさい」
「いいのよ。でもまぁ今度からは本当に手助けしないでね。レインも言ってた通り、私は戦闘が好きなの。あまり手助けされるのが好きじゃないのよ」
「でも、それで死んじゃったらどうするんですか?」
「その時はそれまでの女だったってことよ。さっきも言ったでしょ?私は、家を出た時から自分の力で生きていくって決めたの。私が決めたことだからそれでいいのよ」
そう話すマリーの瞳から並々ならぬ気構えを感じたエルゼはただ
「わ、わかりました。。今度からあなたには手助けしないようにします」
と大人しく従う他なかった。
こうして3人の長い夜は終わり、今夜と同様長く感じられた旅も終わりを告げ、ベイロックスの街へと辿り着くのである。
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