8-1 エルゼ -山道-

 馬に乗り、ベイロックスを目指す3人はマリーの提案により平原の街道ではなく、山道を往くことになった。山道は険しいが、こちらの方が道中を2日ほど短縮できるということでエルゼとレインの異論もなく、すんなりと決まったのだった。


 山道の山肌は乾燥しゴツゴツした砂岩で覆われており、沈みゆく夕陽により赤く染め上げられていた。一方、近くを流れる渓流は段々と陰に飲み込まれつつあり、水の流れる音が3人を夜の世界に誘っているようだった。


 エルゼは、ドレイドラータでダンテからもらった馬が険しい山道を軽々と走破する様子を見て、何だか自分が誇らしいような気持ちになっていた。

 会議室で任務を伝えた後、3人が厩舎で馬を選んでいるところにダンテはわざわざやって来て「ベイロックスは遠いからな。3人に新しい馬を用意しているからこれを使ってくれ。といってもエルゼはそもそも馬自体初めてかな。まぁ乗りながら慣れてくれ」

 と言い、駿馬を渡してくれたのだった。


「この山道を抜けると帝国最大と言われるベイロックス平原が広がるわよ。そしてその平原の先にあるのが、ベイロックスの街。あなたたちはこの街には行ったことあるかしら?」

 馬に揺られながらマリーが二人に尋ねる。

「いや、私はないです。前にも言ったようにラークスの街で育ったので」

「ふん、これだから田舎者は。帝国の街を知らないで諜報が務まるか」

 エルゼが答えるとレインがすかさず非難する。

「うるさいわね。私はまだ新入りなんだし、これから覚えていけばいいのよ」


 エルゼはマリーに対しては基本敬語、レインに対してはタメ口で話している。

 マリーからは「私のことは呼び捨てでタメ語でいいわよ」と言われ、レインには逆に「俺にはさん付けで敬語で話せ」と言われていたが、レインにそんな態度を取るのは嫌だったし、マリーは何となく姉さんという感じがしたので、二人の要望とは真逆の結果になったのだ。


「まぁまぁそれくらいにしておきなさい。じゃあ、レイン。あなたから街の説明をしてもらえるかしら?」

「ふん。仕方ない。耳をかっぽじって聞いておけよ平民」

 と一度エルゼの方を見てからコホンと咳払いをして続ける。

「ベイロックスの街。帝国南西部に位置する人口40万人程度の帝国第4の都市。ベイロックス平原という帝国内で最も巨大な平原があり、小麦の栽培とロックス牛の畜産を中心に農業が盛んな街だ。それだけでなく、その農作物や畜産物を求める行商人も数多く、交易も盛んな街だな。街を治めるのはセドラス伯爵。ちなみに広大なベイロックス平原で放牧されて育ったロックス牛は美味いぞ。脂のノリが違うんだ」


 レインが一通りの説明を終えると、

「流石、大口を叩くだけのことはあるわね」

 とマリーが褒める一方、エルゼはロックス牛に興味津々になり、自然と口の中に唾が出てきた。

(ロックス牛…。食べてみたいなぁ)

「さて、暗くなってきたので、ここいらで野宿にしましょう。丁度渓流もすぐ近くに流れていて、馬に水も飲ませられるわ。レイン、灯りをよろしく」

「了解」

 レインが肩からぶら下げていた道具袋の中から小さなランタンのようなものを取り出す。が、普通のランタンとは異なり、横にレバーがついている。レインがそのランタンに向かって呪文を唱える。

「炎熱魔法:火球ファイアーボール

 すると、ランタンの中心に小さな火の玉が発生し、周りの2ヤーン(≒4m)余りが明るくなった。


「マリーさん、これは??」

 レインに聞くとまたバカにされそうだったので、マリーに尋ねる。

「これはね。ドクター・シン将軍が開発した魔法の力を閉じ込めておく道具よ。魔導器っていうの。通常魔法を永続的に発生させることは術者の魔力が先に尽きてしまうため不可能だけど、この道具にレインの炎熱魔法を閉じ込めておけば、ずっと燃え続けるってわけ。この辺りは砂岩ばかりで、薪になりそうな木がろくにないでしょ?こういう時に便利なのよ」


「そんなことができるなんてすごいですね!」

「でしょ?ちなみに炎を消そうと思ったら横についてるレバーを引けばいいのよ。便利な世の中よね〜」

「このレバーなんだろうと思ったら、そういう使い道だったのですね」

 赤き宮殿レッド・パレスの廊下で会ったときは、危険で不遜な男という印象だったが、優秀なことは確かなようだ。


「エルゼの氷結魔法もこの中に入れられる。そしたら氷を保存できる。食べ物や水を冷やしながら移動したいときなんかには使えるな」

「なるほど」

「帝国にはこういうドクター・シンが開発した道具が他にもあるのよ。あ、そうだ。1個余ってるから使っていいわよ」

 そう言い、マリーはエルゼに魔導器を手渡した。

「ありがとうございます!」

「あぁ、そうだ。1個言い忘れてた。この魔導器はさっきの火球ファイアーボールみたいな弱い魔法しか入れられないから注意してね。より高度な魔法だと器が耐えきれず壊れちゃうの」

「なるほど。注意します」


 こうして3人は魔導器の周りを囲みながら野宿することになった。夕飯には、昼の間に狩った野ウサギをやはりレインの炎熱魔法で焼いて食べた。その中でエルゼは気になっていたことを二人に尋ねた。

「そういえば、二人は何故帝国兵に?」


 レインが「何でいちいちお前にそんなこと…」と言いそうになったところをマリーが制して先に答える。


「私はね。…逃げたのよ。兵士という場所に」

 先程魔導器を説明したときとは打って変わって、マリーの声のトーンは沈んでいた。

「逃げた?」

「私はドレスデン家の長女として生まれたの。ドレスデン家はエルドライド帝国の貴族の中では中堅ってところで、私は家の力で恵まれた幸せな幼少時代を過ごしたと言っていいわ。けれど、父はさらに上を目指していた。そのために、私をより位の高い貴族の元に嫁がせて、ドレスデン家の地位も上げようとしていたのよ」

「そんな。。。実の娘をまるで道具みたいに」

 エルゼが目を丸くして憤慨するが、レインは何でもないことのように相づちを打つ。

「帝国内ではよくあることだ。俺とダンテ兄さんの元にもそういう縁談の話がよく来るが、目的が見え見えだからな。基本断っている」


 ということは、レインとダンテはマリーの言う"位の高い貴族"なのだろうか…?とエルゼが疑問を抱いている間にマリーが話を続ける。

「父にとって、私はまさしく道具だったのよ。でも私はそれが嫌だった。私は父の道具として生まれてきたわけじゃない。だから父が最も嫌がるであろう道を選んだ。それが帝国の兵士になることだった…」

 淡々と話すマリーの表情はどこか虚ろだった。視線は魔導器の中の炎に向いていたが、実際には見ていなかった。

「マリーさん、私誤解していたみたいです。マリーさんにそんな生い立ちがあったなんて…」

 エルゼは何と言って良いのかわからず、少し語尾が震えた。

「ふふっ。いいのよ。今は自分の力で楽しくやってるしね~。父とも連絡を取ってないから今ドレスデン家がどうなってるかも詳しくは知らないし。さ、今度はエルゼの番よ。あなたは一体どうして帝国兵になろうと思ったの?」

 マリーの顔に笑顔が戻ったようだ。しかし、こんな重い話の後に自分が話すのかと思うと今度はエルゼの肩の荷が重くなった。

「私は、、、」

 当然のことながら真の目的である皇帝暗殺とは違う話を始めようとエルゼが口を開いた瞬間、レインが「しっ!」と素早く話を遮る。先程までは虫の音や夜行性の鳥の囀りが聞こえていたが、今はヒッソリとし、得体のしれない圧迫感が夜の闇を包んでいた。

「囲まれているようだ。10...20...いや30人はいるか」

 マリーも立ち上がる。

「おそらくここらを縄張りにする山賊たちね。私たちが諜報部隊と知ってのことかしら?いい度胸ね。レイン、方向は大体わかる?」

「川の方、前方の道、それから崖上ってところかな。崖上が一番人数が多そうだ」

「オッケー。私が崖上から下りてくる奴らを引き受けるわ。エルゼは川の方、レインは前方の道をそれぞれお願い」


「了解!」

 二人は勢いよく返事をし、自分の持ち場へと向かい、3人はそれぞれの方向から向かってくる荒々しい山賊たちと相対した。

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