7-3 エヴァン -真犯人-

 その日の深夜、エヴァンはラムールの街の入り口にいた。

 見回りの衛兵に見つかると面倒な時間帯だ。また、冬にさしかかる季節でこんな時間に外でじっとしていると風邪もひいてしまう。

 そして何より自分の推理が間違ってくれていることを願いながら、正門に寄りかかり、待ち人が来るのを今か今かと待っていた。


 そして、待ち人であるカールがやって来た。彼の手元にはミスリルの神像ミスリル・アイドルがある。


「エヴァン。。。あなたがこんなところにいるっていうことは、気づいてしまったのですね」

 カールが乾いた笑いでエヴァンに話しかける。


「レーゼが推理したんだ。お前が真犯人じゃないかってな」

 エヴァンは淡々と述べ、カールも淡々と答える。

「なるほど。あなたの彼女さんは中々の推理力をお持ちのようですね」


「カール、お前はロンスキーのおっちゃんに恩があるって言ってなかったか?何で盗みなんてしたんだよ!?」


「僕は元々貴族の生まれでした。なのに3年前父はつまらないミスをしたため、アーティス皇帝によって、一家取り潰しになりました。それが僕が路頭に迷った理由です」

「じゃあなおさら!ロンスキーのおっちゃんには恩があるだろうが!」

 二人は語気を荒げて議論する。


「そんなことは分かってます!僕もあの人の元、立派な銀細工師になろうと思ったよ。でも、、エヴァン。あなたはニルヴァーナという組織を知っていますか?」

「ニル…何だって?」

「ニルヴァーナ。宮殿育ちのあなたは知らないかもしれないですね。今大陸を騒がしている地下組織です。奴らの目的はこの大陸を戦乱に包み、自分たちの国を建国すること。僕は僕たち一家を潰したアーティス皇帝に恨みがある。ニルヴァーナに手を貸せば、あのふんぞり返っている皇帝に一泡吹かせることができます」


「なーにが自分たちの国の建国だ。やめろ。考え直すんだ、カール。俺も一緒にロンスキーのおっちゃんに謝ってやる。あの人ならきっと許してくれるさ」

 エヴァンは手を差し出すが、その手をカールが受け止めることはなかった。

「申し訳ないが、エヴァン。あなたのことは嫌いでも何でもありません。行かせてください」

 そう言い残し、立ち去ろうとする。


「そうか。。じゃあ俺も本気でお前を止めるぞ、カール!」

 エヴァンが長剣を抜き、戦闘態勢に入ったため、カールもエヴァンと戦うことを渋々受け入れた。

「あなたとはやり合いたくありませんでしたが、、、仕方ないですねエヴァン!」


 5ヤーン(≒10m)ほどの距離で、対峙する二人。

 先に動いたのはエヴァンだった。

「行くぞ、カール!疾風魔法:風の刃ウィンド・ブレード!」

 エヴァンの剣から一迅の風が放たれるが、カールはその風に真っ向から立ち向かい、銀の長剣で切り裂きながらエヴァンに突撃してきた。自身の風の刃が切り裂さかれることなど全く想定していなかったエヴァンはカールの突撃を受け止めるのが遅れ、後ろに吹っ飛ばされてしまった。

「ちっ…」と舌打ちしながら立ち上がろうとするエヴァンに対して、カールは再び突撃してくる。

「これはどうだ?疾風魔法:竜巻の守りトルネード・ガーディアン

今度はエヴァンの前に竜巻のような風が巻き起こり、術者を守る。

 しかし、それすらも銀の長剣が一閃することで、竜巻は切り裂かれてしまった。

「マジか…!?」

 エヴァンが慌ててカールの長剣を受け止めるが、カールはもう片方の手で掌底を入れ、さらに蹴りまで入れてきたため、それをもろに食らったエヴァンは先程よりさらに後方に吹っ飛ばされてしまった。

「く、、そぅ」

「エヴァン、諦めてください。あなたの疾風魔法は僕には通じません」


すると、正門の柱のかげの方から突然大声が聞こえた。

「エヴァン、気をつけて!銀には、低級な魔法であればその力をかき消す不思議な力があるのよ。だからあなたの疾風魔法が切り裂かれてるの!」

 二人がその大声の方を振り向くと、そこにいたのはまさかの人物、レーゼであった。


「レ、レーゼ!?そ、そうなのか!?てことは間接的に俺の疾風魔法が弱いって言ってるのかよ。トホホ…」

「そういうことです!だからあなたには勝ち目がないと言っているでしょう!」

蹴りを受けてまだゴホゴホ言っているエヴァンに引導を渡すため、カールが再び斬りつけてくる。


「確かにその銀の長剣がある限り、俺の疾風魔法はお前には通じないのかもしれない。でもな、、、疾風魔法:空襲の移動エアリアル・ムーブ

 再び銀の長剣で攻撃してきたカールに対して、ふわりと宙を舞うように攻撃を避けたエヴァンは後ろから斬り付ける。

 カールは慌てて小手で応戦したが、守るのが遅れてしまい、もろに斬撃を受けた小手が破壊された。

「くっ…」

「疾風魔法は相手に向かって風を放つだけじゃない。自分に使うことで、風のように素早く動くことだってできるんだぜ」

「仕方ありません。こうなったら…」


 やむを得ないという表情で、だっと正門の方に走り出したカールは、すぐさまレーゼを捕まえ、剣を喉に突き立て人質に取る。

「エヴァン!行かせてください!この子がどうなってもいいのですか?」

「エヴァン、、、ごめん…」


「おいおい、今度はマジの人質かよ」

 この前は演技で自分が人質に取り、今度は本当に人質に取られてしまった。

 全く、自分たちはどうしてこうも人質に縁があるんだ…

 と、そんなことを考えても仕方がない。

 エヴァンは長剣を地面に捨て置いた。

「降参だ、カール。行けよ。その代わりレーゼには指一本触れるな」


「本当にすまない、エヴァン、レーゼ。僕もこんな真似はしたくなかったんだが、任務を達成できないと死が待っているんです」

 カールは心から済まないという表情で謝ると、レーゼから離れ街を出て行った。エヴァンは追いかけることも考えたが、彼はあっという間に闇夜に紛れ、そして消えていった。

 取り残されたエヴァンは「カール…」と寂しそうに呟くのだった。


 ---


「そうか。カールがなぁ。どおりで今日無断欠勤しているわけだ」

 次の日。ロンスキーが二人の報告を聞いて、残念そうにする。

「思えば俺はあいつに銀細工のことしか教えられなかったなぁ。あいつの抱える苦悩をちゃんと見てやれなかったなぁ」

 天井を見上げるロンスキーは1ヤーン(≒2m)もある巨漢の男に見えない程小さく感じられた。

「おっちゃん、元気出しなよ。弟子だったらまた取ればいいじゃないか」

「バーカ。簡単に言うなよ。銀細工をやろうなんて奴は中々いないんだよ」

 ロンスキーは天井を見上げたまま答える。


 しばらく店内を悲しい沈黙が支配していたが、

「あ、そうだ。お礼の品がまだだったな。持っていけ」

 ロンスキーが普段以上に明るい声を出し、先日即興で造形した銀のアクセサリーをエヴァンに手渡す。

「律儀だな。別にいいのに」

「ありがとう、ロンスキーさん」


「いいんだよ。せっかく事件を解決してくれたんだ。これくらいの礼はさせてくれ。それに、エヴァン。お前はこれから長い旅に出るんだろう。お前みたいな悪童でもしばらく会えないと思うと少し寂しいからな。まぁこいつを俺だと思って持って行け」

「おっちゃん…」


 二人はロンスキーの豪快な笑顔に見送られながら街の出口へと向かった。

 エヴァンもレーゼも彼の豪快な笑顔が強がりだとは気づいていたため、二人も思い切りの笑顔で別れることにした。


 街を出てしばらくしたところで、エヴァンがレーゼに対して何かを切り出そうとする。

「ま、まぁそのう…」

 エヴァンが気恥ずかしそうにし、言うべき言葉を言えないでいるのをレーゼはじっと待つ。

「昨日はごめん。俺が言いすぎたよ」

 エヴァンは深々とあたまを下げる。

「いいのよ。私の方こそごめん。カッてなっちゃったし」


「それにしても、ロンスキーさんの弟子が犯人だったなんて、世の中分からないものねぇ」

「あぁ、前にも言った通り、俺はあいつとは一緒にラムールの街を遊び歩く仲だったんだ。そんな奴が犯人だったなんてなぁ…」

 エヴァンが肩を落として本気で落ち込んでいる様子を見て、レーゼも彼にかける言葉に迷うが、意を決して

「大丈夫よ、エヴァン!旅をしていれば彼とまた会うこともあるかもしれないわ!それに私は裏切らないから!」

 と元気づける。


「へへ、、そうだよな。ありがとう、レーゼ。お前意外といい奴だよな」

「あら?今さら気づいたの?私がいい奴なのは元からよ」

 そう言いながらラムールの街を後にする二人の距離は、この街に訪れた時より心なしか縮まっているように見えた。


 ---


「これがミスリルの神像ミスリル・アイドル。なんて美しいのかしら。この美しい私にこそ相応しい至宝だわ」

「アデリーナ様。これで、僕もこれから建国する国家での地位を約束されますでしょうか?」


 ここはラムールの街から離れた、猟師すら訪れることのない深い山中の小屋。

 レーゼを人質に取ることでエヴァンから逃れたカールは、アデリーナにミスリルの神像ミスリル・アイドルを手渡した。中は松明すら点いておらず、小屋内を照らすのは月明かりだけだ。


「無事に神像を送り届けてくれてありがとう。だけどねぇ、あなた。エヴァン君にあなたが盗んだってことバレちゃったみたいね」

 アデリーナはミスリルの神像ミスリル・アイドルを惚れ惚れと眺めながら指摘する。

「え、なぜそれを!」

 カールが慌てるが、アデリーナはそれを制しながら答える。

「ニルヴァーナの情報網を甘く見ないことね」


「うぅっ。申し訳ありません。以後このような不手際は起こしませんので!」

「うるさいわね、あなた。美しくないわよ。せっかく美しい顔立ちをしているのに、そんなことでは美しい私の部下として相応しくないわ」

 大きな声で訴えるカールに怒りを覚えたアデリーナのラベンダーのように淡い紫の長髪が逆立つと、カールの首がどんどん絞められていく。

「あぁぁ、ぐっ」

 カールはあっという間に息絶え、ゴロンと転がる。


「これはあいつの元にでも送っておいてあげようかしらね。あぁ、あと私たちニルヴァーナの目的は新国家の建国なんてヤワなもんじゃないわよ。って言っても、もう聞こえてないか。ウフフ」

 カールの死体を見下ろしながら呟くアデリーナの微笑みはまるで氷のように冷たかった。

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