7-1 エヴァン -銀細工師とその弟子-

 エヴァンとレーゼはセプテリオン宮殿から西に向かい、ラムールの街に到着した。


 この街はエルドライド帝国の南方に位置しながら、セプテリオン宮殿との距離が近いため、アルティマ教の勢力も強く、ラムールの街を治めるカタルーニャ侯爵とアルティマ教の司祭との間で日々勢力争いが発生しているような街だ。

 また、近くの鉱山では良質な銀鉱石が採掘されることから、装備や装飾品等を売る商店が多く存在しており、エヴァンは宮殿の女性に銀のアクセサリーをプレゼントするために頻繁にこの街を訪れていた。


 一方、初めてこの街を訪れたレーゼは建ち並ぶ武器屋や装飾品の店の数々に驚いているようだった。

「これは凄い。。。丁度いい機会だわ。エヴァン、あなたはこの街に来たことがあるのよね?オススメの装飾品店とかないの?」


「そんなに装飾品に興味あるのか?」

 エヴァンが尋ねると待ってましたとばかりにレーゼが答える。

「装飾品そのものっていうより、それを作る職人さんの方に興味があるわ。あんなに細かくて美しい造形を創り出すなんでまるで魔法のよう。仕事しているところとか見てみたいのよ」


「なるほどな。それならちょうどいい場所があるぜ」

「あら、流石ね。大方あなたがいつも女の子を口説くときに使ってる銀細工のアクセサリーのお店かしら?」

 エヴァンはまたも自分の行動がレーゼに予測されていることに感心しつつ、少し気味が悪くなる。

「はぁ、よくわかるなぁ。。。まぁともかく、その店の店主が銀細工の作業もやってるんだけどさ。あの人の腕はすごいぜ。それは保証する」

「ふふっ、いいわねそれ。早く行きましょう!」


 こうしてエヴァン行きつけの店へ行くため、二人は銀細工の店が立ち並ぶエリアへと向かう。

 このエリアは銀を扱うという意味で武器屋も装飾品店もいっしょくたに存在しているため、客層も武器を買い求める屈強な武人とエヴァンのような女性向けアクセサリーを求める人という水の油のような人で二分されている。

 店構えも武器屋の方は鍛冶の音が外まで聞こえるほどの喧騒だが、装飾品屋は極めて落ち着いた佇まいであまりに雰囲気が違うため、どちらかは異世界から迷い込んで来て、間違ってこの場所に建ってしまったのではないかと思わせるほどだ。


 レーゼがそのことをすぐ感じ取り、残念そうに呟く。

「うーん。何で武器屋と装飾品屋を同じエリアに建てちゃったのかしら。都市計画ってものがなってないわ」

 エヴァンはレーゼが指摘するまで、そうした雰囲気の違いには特に気づいていなかったので、素直に感心する。

「あぁ確かに、言われてみればそうだなぁ」


「あなた、この街に何回も来てるわりにそのことには気づかなかったの?意外と抜けてるのね。ぷぷぷ」

「うっせ。普段は次にナンパする女の子に相応しい装飾品は何かを考えるので頭がいっぱいだから、隣にある不細工な武器屋なんて興味ないんだよ」

「なるほど。そんなに真剣に装飾品を選んでるなんて意外と真面目じゃない。それを一人の女性に向けてくれればいいんだけどねぇ」

「いちいち一言余計なんだよなぁ」

 などと会話しているうちに、エヴァン御用達の装飾品店に着いた。

 大きな窓があるため、外から中をよく見ることができる。木製のショーケースが3個ほど並んでおり、壁際に半月型の形をしたキャビネット型のショーケースもある。中に客はいないようだ。


 扉を開けて中に入ると、店内に店主の姿が見えなかったので、エヴァンが

「おーい、ロンスキーのおっちゃん。久しぶりー、エヴァンだぜ」

 とまさに馴染みの店に入った時の口調で店の奥の工房の方に声をかける。

 しばらくすると、ロンスキーと呼ばれた身長約1ヤーン(=2m)、筋肉隆々の巨漢の男が店の奥から現れた。頭は禿げ上がっており、店の中なのになぜかサングラスをかけている。

 初めて会うレーゼが「この人は本当に銀細工職人なのかしら?まさか私エヴァンにはめられてる?」と少し疑わしく思うくらいには、とてもじゃないが手先が器用そうに見えない。


「おう。わんぱく坊主。久しぶりだな」

 とエヴァンに返答したロンスキーは、その後彼の隣にいる女性を見て少し驚いたようだ。

「って、あれ!?お前この店に彼女を連れてきたのか!?そうかそうか、遂に本命の子を見つけたんだな。おっちゃん嬉しいぞ…」

 と声を震わせながら半泣き状態で感動している。


 エヴァンはロンスキーの大げさな反応に呆れながら答える。

「あのなぁ、おっちゃん。この子は別に彼女じゃない。成り行きで一緒に旅をしているだけなんだよ」

「男と女が成り行きで一緒に旅だぁ?そいつは一体どんな成り行きなんだい?」

「話せば長くなるから、また今度にしてくれ。そんなことより今はこの子にさ、銀細工の様子を見せてほしいんだよ」


 レーゼがぺこりと頭を下げる。

「ロンスキーさん、初めまして。セプテリオン宮殿から来ましたレーゼと申します。私、銀細工の商品とても好きで、ぜひ商品を作っているところを見てみたいと思いまして。よろしくお願いします!」

 ロンスキーは健気に依頼するレーゼを見て、いたく感動したようで

「なんていい子なんだ。。。エヴァンなんかの彼女にしておくにはもったいない」

 とまた目に涙を浮かべる。

「だから、彼女じゃないってば。さっさと工房に案内してくれよな」

 エヴァンがじれったそうにするので、ロンスキーも二人を工房に招き入れる。

「おう、悪かったな。さ、レーゼさん汚いところですが、お入りください」


 工房の中は、店内同様こじんまりとしていた。

 壁には銀細工で使うのであろう槌やヤスリといった道具が所狭しと立て掛けられている。また、壁掛け棚には売れ残ったのか在庫なのか分からないが、銀細工商品がいくつか置かれている。机は2つ置いてあり、片方にはレンガが置かれており、もう片方には虫眼鏡やピンセットが置かれている。しかし、銀を溶かすための炉が見当たらず、レーゼが尋ねる。

「わぁー。まさに職人さんの部屋って感じですね。でも銀を溶かすための炉はないのですか?」

 すると、ロンスキーは待ったましたとばかりに

「うちは炉は必要ないんだ、レーゼさん。隣の武器屋みたいにデッカい大剣や槍を造るなら炉で銀を溶かす必要があるんだが、見ての通りうちはアクセサリー屋だ。なので、こいつで炙れば十分」

 とスイッチのついた棒のような物を取り出す。


「何ですか、それは?」

 レーゼが目を丸くして尋ねると、ロンスキーは

「へへっ。まぁ見てな。と言っても近づきすぎると危ないからちょっと俺からは離れたところで見てくれよな」

 と言い、レンガが置かれた方の机の上に手のひらサイズの銀塊を置く。

 その銀塊に向かって棒を向け、スイッチを押すと、物凄い勢いで炎が発射され、みるみるうちに銀が溶けていく。

「わー、すごい!この道具は何ですか?」

 レーゼがさらに目を丸くして驚くと、ロンスキーは得意そうに

「こいつはな。魔導器というんだ。ドクター・シン将軍って知ってるか?あの人が開発したものだ。一見するとただの棒なんだが、これには炎熱魔法の力が込められている。俺のような魔力のない人でもこのスイッチを押すだけで、炎を噴射できるんだから、便利だろ?ちなみに下に敷いてあるレンガは耐火性だから、机まで燃えることはない」

 と説明する。


「ドクター・シン。。。聞いたことはあるな。確か六誓将軍ゼクス・エイドの一人だったっけ?」

 エヴァンが自信なさそうに答えると、ロンスキーは

「その通りだエヴァン。彼女の前でいいところ見せられたな」

 と豪快に笑う。


「だーかーらー。ってもうこのくだりいいや。無駄話してないで次の工程を見せてくれよ」

「おう、言われなくても」

 そう言いながらロンスキーは溶けた銀をいったん水の入った桶に入れ冷やす。しばらくした後、ピンセットで銀を持ちながらもう片方の机に移動させる。

「さっきの火炎放射器のおかげで、この銀はぐにょんぐにょんに柔らかくなったからな。こっちの作業台で実際に造形を形作っていく」


 ロンスキーがピンセットで銀を曲げたり、時には槌で叩いたり、ヤスリで削ったりすること30分。

 エヴァンもレーゼもその様子をじっと見ていた。先程まではエヴァンをからかうのが好きな豪快なおじさんという印象だったが、いざ造形作業を始めると、その集中力に二人とも圧倒されてしまった。

 レーゼは最初ロンスキーを見た時に、「この人に本当に銀細工なんてできるんだろうか…?」と感じた自分の第一印象を恥じた。


「さぁ、できたぞ。中々いい出来だ」

 作品の出来栄えに満足するロンスキーの手には銀製の薔薇が広がっている。


「これはすごいな」

「綺麗~~!」

 二人が感嘆を滲ませた声でロンスキーを褒め称える。

「はっはっは。二人ともありがとう。レーゼちゃんにならこの銀の薔薇をタダであげてもいいかもなぁ!」

 特にレーゼに褒められたロンスキーが鼻の下を伸ばすと、

「全く、、、師匠は何言ってるんですか。それも大事な商品でしょう?」

 と言う呆れた声が店の玄関の方から聞こえてきた。


 その声のした方を向くと、そこには銀細工の眼鏡をかけた赤い長髪の青年が立っている。エヴァンとタイプこそ違えど、女の子にモテそうな顔立ちだ。手には重そうな麻袋を抱えている。

「おう、カールか。まぁまぁそう固いこと言うなって。そんなことより、質の良い銀鉱石は仕入れられたか?」

「バッチリですよ」

 カールと言われた青年はそう言いながら袋の中から銀鉱石を取り出す。

 師匠は銀鉱石を光に照らしながらじっくりと観察し、

「ふむ。上出来だ」

 と顔をほころばせる。

「よう、カール!久しぶりだな!元気にしてたか?」

 エヴァンが元気に挨拶すると、カールもまたエヴァンに親友にするかのように挨拶する。

「元気ですよ、エヴァン!あなたの方はついに本命の彼女を見つけたようですね?」

 そう言いながら、レーゼの方を向き、

「カールです。エヴァンはこんなチャラい男ですが、ぜひ今後も大事にしてやってください」

 と丁重に依頼する。レーゼはもうこのやり取りに反応するのも面倒なので、とりあえず「あはは…」と受け流すのに対し、エヴァンは

「だーかーらー!俺とレーゼはそんなんじゃないっていうの!ってこのやり取りはロンスキーのおっちゃんと散々やったんだよ!お前まで何回も言わせるな!」

と口ではそう言うもののまんざらでもない顔をしている。


 そんな二人の様子を見ていたレーゼが尋ねる。

「ねぇ。エヴァンとカールは前から知り合いみたいだけど、仲良いの?」


「仲良いなんてもんじゃないぜ、俺とカールは」

 エヴァンが顔を輝かせて答える。

「この前なんて二人で一緒に、この街で一番大きな酒場にいた女性たちを全員口説いたんだ」


「あれは楽しかったですね。僕とエヴァンでどちらがより多くの女性を口説けるか競争したのです。結局僕の方が1人だけ多くて勝利しました」

 カールも楽しそうに答えたが、勝敗に関しては譲れなかったらしくエヴァンが

「おいおい待てよ。俺の方が1人だけ多かったんだろうが」

 と抗議する。

「あれ、そうでしたっけ?まぁあの時は酔っぱらってましたから。正直なところ、あまり覚えてないですね」

「はっはっは!それは間違いないな。まぁどっちでもいいや!」

カールの発言にエヴァンもあっさりと笑いながら引き下がる。


 そんな二人のやり取りを見たレーゼは

「あぁ、分かったわ。あなたも外見や口調は違えど、エヴァンと同じ人種なのね、カールさん」

 と呆れ顔になった。


 ふいに思いついたようにエヴァンが

「あ、そうだ。カール。お前もこの旅に一緒に来ないか?レーゼと二人だけじゃ息苦しくてしょうがない。お前も一緒なら楽しくやれると思うんだよ」

 と提案する。


 レーゼが「息苦しいってどういうことよ?」という顔をする中、カールは困り顔で

「いやぁ、それは嬉しい提案です。ですが僕はまだロンスキーさんの元で学ぶことがたくさんありますから。それに3年前路頭に迷っているところを拾って弟子にしてくださったのがロンスキーさんです。僕はその恩をまだまだ返せておりません」

 と申し訳なさそうに答え、

「何より、あなた達二人はお似合いですよ、エヴァン」

 と今度はニヤニヤした顔で付け加えた。


「全く、どいつもこいつも。俺たちをお似合いだとかテキトーなこと言いやがって。まぁでも仕方ないか」

 エヴァンは心底残念がるが、カールにはカールの生きる道があるといったん諦めた。

 そんな穏やかな時間を過ごしている中だった。カールが「危ない!」と叫ぶと、突如として店の窓ガラスが大きな音を立てて、パリンと割れる。

「何だ!?」

「石です!石が投げ込まれました!」

そうカールが指差す方向には確かに石が転がっている。

「野郎!」

エヴァンはそう言いながら石を投げた犯人を捜しに外に出た。

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