6-2 エルゼ -最初の任務-

 諜報部隊の会議室では3人の人物がエルゼを待っていた。一人は隊長のダンテ。二人目はダンテと同様に華奢な体つきで、瞳の色も青い若い男性。髪の毛はグレーのため、金髪のダンテとは異なるが、全体的な雰囲気はダンテを5歳くらい若くした感じだ。

 三人目はアラサーといったところの女性で茶褐色の肌が特徴だ。エルゼが入室するやいなや、「あらっ!あなたが今日から入隊する可愛い新人ちゃんねぇ。ダンテから聞いてるわよ~。わからないことがあったらこのおねーさんに何でも聞くのよ」とすぐに話しかけてきたので、おそらく気さくな姉御肌の人物なのだろう。(ちなみに二人目の男の人がボソッと「なーにがおねーさんだ。もうオバサンだろ」と呟いていたのをエルゼは聞き逃さなかった。)


「さーて、全員集まったな。それじゃあ始めるか」

 ダンテがいつものお茶らけた態度で会議を始める。

「まずは知っての通り、この子が今日から入隊するエルゼだ。可愛いだけでなく、腕も立つ。二人とも仲良くしてやってくれ」

 二人が頷く。

「そして、新人のエルゼのために紹介しておくと、こっちの細身の男はレイン。常に冷静に事態に対処できる男だ」

 エルゼにはこのレインという男について気になったことがあったので、口を開こうとすると、ダンテが続ける。

「そしてなんとなく雰囲気で気づいたかもしれないが、こいつは俺の弟だ。エルゼとは年も近いから仲良くしてやってくれ」

「やっぱりそうだったのね、似てると思ったわ。レインさん、よろしくお願いします」

 エルゼが手を差し出すと、レインもそれに応じる。


「こちらこそよろしく。レインでいい。話は聞いてるよ。兄さんから一本取ったそうじゃないか」

「いや、あれは運が良かっただけです。それにあの時隊長は手を抜いてましたし」

「いやぁ、エルゼが可愛いからつい」

 ダンテが苦笑いして誤魔化しながら答える。

 全くこの人は。と思いつつも、この前ちゃん付けはやめてと言ったら、なんだかんだやめて、今では呼び捨てになっているので、一応隊員としては認めてもらえているのだろうか。。?


「ときにエルゼは出身はどこかな?」

 レインのこの質問は、エルゼにとってはさっきドクター・シンとの会話の中で触れてほしくなかった質問であり、少し困ったがいつも用意している回答をすることにした。こちらも嘘は言わないようにした。

「帝国北部のラークスの街で育ちました」

「なんと。随分と辺境の地なんだねぇ。たしかあの辺りは貴族が治めておらず、平民による自治会が街を統治していたはず。ということはエルゼは平民かい?」

「えぇそうです。私は貴族の出身ではありません」


 そうエルゼが回答するやいなや、レインはこれまで握っていた手をバッと離してしまった。

「なんだよ、お前は平民の出か」

 さらに、さっきまでは名前で呼んでくれていたのに急にお前呼ばわりになってしまった。

「なんですか。平民だと何か悪いのですか?」

「当たり前だろう。この諜報部隊は貴族出身者しかいないというのに、お前のような平民が入ってしまうと、部隊としての格が落ちるだろうが」

「なんですって…!」

 人の苦労も知らないで何言ってるんだこの人。エルゼはかなりイラっとした。


 姉御肌の女性が割って入る。

「そこらへんにしておきなさい、レイン。貴族とか平民とか関係なく、彼女は優秀だからこの部隊に入隊したのよ。そうでしょダンテ」

「まぁそういうことだな。そこらへんにしておけよレイン」

「ふん。どうせ兄さんは可愛い子には目がないから入隊させたんだろ」


 とかなんとかブツブツ言ってるレインを尻目に姉御肌の女性が自己紹介してくる。

「私はマリーよ。私も貴族出身だけど、レインみたいに階級に対する差別意識はないわよ。よろしくね、エルゼ。あ、あと私も呼び捨てでいいわよ。まどろっこしいからそういうの」

「俺にはちゃんと"さん"をつけろよ。」

 レインが何か言ってるが、無視してマリーに答える。

「よかったです。マリーさん、よろしくお願いします。…あっ、さんってつけちゃった」


「さ、じゃあ自己紹介も終わったことだし、次の任務について伝えるぞ。」

 ダンテが隊長らしく話し始める。


「エルゼは初めてだから一応伝えておくと、うちの諜報部隊は大きく2つに分かれているんだ。一つは斥候部隊。ロストガリア大陸中に斥候を放って、国内だけでなく他の二国で何か異変は起きてないか様子を伝えてもらう部隊だ。そしてもう一つが隠密部隊で、何か事件が起きた時に秘密裏に動く部隊だ。ここには俺を含めて4人しかいないが、他の奴らはシャングラのアーサー暗殺調査のため、今出払っている。まぁ顔を合わせる機会があったら紹介するよ」


 アーサー暗殺。。。今大陸中を揺るがしているこの事件に関して、何か情報を手に入れることができれば、エルゼの活躍が認められ、皇帝に近づくことができるかもしれない。エルゼとしてはアーサー暗殺に関する情報は少しでも手に入れておきたいので、質問する。

「アーサー暗殺に関する情報は何か手に入ったのですか?」


「いや、ニルヴァーナの手先が暗殺したということは分かってるんだけどな。それ以上はまだ何も。あぁそういえばそのアーサーの弟が行方不明になったって聞いたな」

「行方不明?その弟も一緒に殺されたんじゃないのか?」

 レインが至極当然の疑問を尋ねると

「どうやら、弟の方は間一髪で難を逃れたらしい。そのまま首都オルカを離れて、今は行方知らずってわけだ。意外とエルドライド帝国内にいたりしてな」

「なるほど、なかなかのラッキーボーイのようね」

 マリーが感心すると、ダンテが本題に移ろうとする。

「さて、アーサー王の話はここまでだ。今からお前たちに与える任務はそれとは関係ない」

「えっ、関係ないのですか?私はてっきり、シャングラ連合国に宣戦布告し、私たちもそれに従軍するものだと思っていました」

 エルゼが思わず口をはさむ。

「はっはっは。それは気が早いな。皇帝陛下はもちろんそのことも考えているが、物事にはタイミングってものがあるんだ。いいから俺にお前たちの任務について話させてくれ」


(何がタイミングよ。。。10年前私の故郷メンフィスを襲撃した時なんてあまりに急だったじゃないよ…!)

 エルゼは心の中でつぶやくが、今は我慢する。

「わかりました。。邪魔をしてすみません。任務をお願いします。」


「ありがとう。エルゼ。さて、お前たちに与える任務だが…」


 部屋の緊張が高まり、しんと静まる。エルゼは初任務なので、尚更だ。

 ダンテはコホンと咳払いをした後、椅子を押しやって立ち上がり、壁に掛けてあるロストガリア大陸の地図に歩み寄る。地図を見ると、大陸の北半分をエルドライド帝国が支配し、南東をマグメール王国が、南西をシャングラ連合国がそれぞれ支配していることが分かる。

 その中で、ダンテが指差したのは、エルドライド帝国の南西に位置する街だった。

「ベイロックスの街の様子を調べてきてほしい」


 ベイロックス?エルゼが思うより先にマリーが不思議がる。

「ベイロックスって、シャングラ連合国との国境に近い街よね?駿馬でもここから7日はかかるわ。そんな辺鄙なところで一体何を?」


「実はな。ここ最近この辺りで原因不明の失踪事件が多発しているんだ。街の人もそうなんだが、この諜報部隊の斥候も何人かこの街の付近で行方がわからなくなっている」

「なるほど、、、その失踪事件の原因を探ってこいってことですね、兄さん」

「そういうことだ」


「この任務にあなたは同行するの?」

「いや、俺はちょっとやらなきゃいけないことがあってな。この任務にはお前たち3人に行ってもらいたい」

 マリーが尋ねるとダンテは少しバツが悪そうに答える。


 レインはちらっとエルゼの方を見た。まるで

「この平民の新入りと一緒に行くなんて最悪だ」とでも言うような目つきで。エルゼはその目線を無視した。

 エルゼとしては平民嫌いのレインと一緒に任務に就かなければならないということよりも、アーサー王暗殺に関係ない任務であるということに、苛立っていたからだ。


 ダンテはその様子を感じ取ったのかエルゼに尋ねる。

「不満か、エルゼ?」

「え、いや。。そんなことはないわよ」

 エルゼの回答の歯切れの悪さを見て、ダンテはさらに続ける。

「エルゼはこの任務が大して重要じゃないと思ってるかもしれないが、実のところこれはかなり重要な任務だ」

 "重要"という言葉にエルゼだけでなく、マリーもレインも反応し、姿勢を正す。

「仮に、皇帝陛下がシャングラ連合国を攻める決断をしたとしよう。その場合、帝国の前線基地になる都市はベイロックスだ。そのベイロックスで未だに失踪事件が続いているとしてみろ。ろくな前線基地にならない。兵士の士気も下がり、勝てる戦も勝てなくなってしまうだろう」

「なるほど。。。そこまで考えての上での任務だったのね」

「わかったか、平民め。兄さんが僕たちに重要じゃない任務なんて与えるわけがないだろ」

 レインがエルゼに対して威張るのに対し、ダンテは気まずそうに苦笑いしていたが、思い出したように指示を伝える。

「あぁそうだ。ベイロックスを治めるセドラス伯爵宛てに手紙を書いている。これを彼に渡せばお前たちの調査に協力してくれるだろう」

 そう言いながらマリーに手紙を渡す。


「班のリーダーはマリーだ。レインとエルゼは彼女の命令には従うようにな。出発はこの後すぐ、準備が終わり次第向かってくれ。長旅になるからくれぐれも気を付けろよ」

 最後にダンテが隊長っぽいことを言って今日の会議は終わった。


 3人が会議室を出ていこうとした時、ダンテが他二人には聞こえないようマリーに耳打ちした。

「ベテランとしてエルゼとレインがあまり仲たがいしように常に気を配っておいてくれ。ありゃ一触即発だ」

 隊長の頼みに対して、マリーも

「分かってるわよ。全く私ってなんでこんな役回りばかりなのかしら…」

 と不満そうに小声で答えた。

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