4-2 エヴァン -破門-
20分ほど待ったところで、レーゼがやって来た。
「お待たせ。ところでラムールの街ってどれくらい遠いの?道中モンスターとか出るの?その時はよろしくね」
エヴァンは「全く、よくもまぁこんなに好き放題言うやつを待ったもんだ。我ながらえらいぞ。やれやれ」と思いながら、レーゼの方を見て少し驚いた。
普段の修道服とは違い、旅人としての服装が少なからず魅力的だったからだ。
「ん、、、だぼったい修道服だと分からなかったが、意外と…」
「あんた何かやましいこと想像してたでしょ?さっさと行くわよ」
レーゼがエヴァンの思考を読んだかのように発言を遮って出発を促す。
「え!よく分かったな。レーゼには隠し事はできないのか?」
「分かったなって。。むしろ正解だったの?カマかけただけったのに。この変態~」
「カマかよぉ。くそぅ…」
エヴァンが残念がっているその時、近くで声が聞こえた。
「・・・てください!」
「ん、なぁ。レーゼ。何か声が聞こえなかったか?」
「はぁ?あなたね。話をそらそうとしても無駄よ」
「しっ!静かに!」
エヴァンはレーゼの口を咄嗟に手で覆いながら、耳に意識を集中させる。
「やめてください!」
聞こえた!やっぱりだ。今いる裏口から100ヤーン(≒200m)ほど離れた場所だ。
エヴァンは声のした方向に走り出し、レーゼも慌ててついてくる。
「ちょ、ちょっと!どうしたのよ!?」
「俺の疾風魔法は知ってるだろ?俺は風が操れるせいか、風に乗ってくる音や匂いにも他の人より敏感に感じ取れる。さっきは女性のやめてください!という声が聞こえた!」
洗濯物を干している場所の奥には少し木が密集しており、人目につかない地帯がある。エヴァンはそちらの方に走りながらレーゼに回答する。
「ええっ!そうなの!?やっぱりあなたってチャラいだけじゃなくてすごいのね…」
レーゼが改めて感心している間に、二人が声のした場所に着くと、宮殿の侍女が一人の男にまさに襲われている最中だった。
「おいっ!そこのお前!今すぐやめろ!」
エヴァンが女性を襲う男に向かって叫ぶと、それまで二人の存在に気づいていなかった男はぎょっとして振り向く。
「むっ。。。いつの間に人が」
振り向いた男には二人とも見覚えがあった。セプテリオン宮殿のダルマーノ司祭だ。黒髪の30代。エヴァン同様、端正な顔立ちで宮殿内には密かにファンクラブもあるとのことだったが、最近はエヴァンに人気を奪われているというのが専らの噂だ。
「おぉっと。これはこれは、俺の次に女性から人気があると言われるダルマーノ司祭ではありませんか。こんなところに女性を連れ込んで一体何を?見たところそちらの方は嫌がっているようですが?」
エヴァンがからかうような口調で尋ねる。
「ふん。世間知らずのガキが。引っ込んでろ。レーゼお嬢さんもですよ。痛い目に遭いたくなければお立ち去りいただきますよう」
ダルマーノはヴェルツ総司教の娘であるレーゼには丁重な態度で頼む。
「悪いけど、私も見逃せないわよ。早くその女性を放しなさい。そして、このことはお父様に報告します。このことをお父様が知れば、あなたはセプテリオン宮殿から追放されるわよ」
「レーゼお嬢さん。どうやらあなたも教育が必要なようだ…」
ダルマーノにまるで奴隷を見るかのような目つきで睨みつけられたレーゼは、小動物のようにエヴァンの後ろに隠れ、背中を押す。
「エ、、エヴァン!やっちゃいなさい!」
「ええっ。俺に頼るのかよ。さっきあんな威勢のいいこと言っておいて」
「ほら、いいから!来るわよ!」
レーゼがそう言うや否や、ダルマーノがナイフを取り出しエヴァンに襲い掛かってくる。
エヴァンはダルマーノの突き出したナイフを軽々と避け、あっという間に背後に回り込み、腰の長剣を突き出す。
「ダルマーノさんよ。あんたじゃ俺には勝てないぜ。素直に降参しな」
「バ、、バカな」
「すご。。こんなに速く動けるなんて。本当に風のようだわ」
エヴァンのまさに風を思わせる素早い動きにレーゼも思わず感心して呟く。
「ひ!ひぃぃ。わ、悪かったよ。俺が悪かった。ナイフは捨てるから助けてくれぇぇ」
背中に突き出された長剣にすっかりビビッてしまったダルマーノはナイフを投げ捨てあっさりと降参した。
エヴァンがダルマーノの手を縛り付けている間、レーゼは襲われていた侍女の元へと向かい、声をかけた。
「あなた、大丈夫だった?お名前は?」
彼女は目の前で起こったあっという間に起きた救出劇に呆気にとられていたが、しばらくして気を落ち着けてきたようで、ポツリポツリと話し始めた。
「私はアデリーナ。この宮殿で10年お仕えしてきました。今日はダルマーノ様に強引にこのような場所に連れ出され乱暴されるところでした。危ういところをお助け下さり、誠にありがとうございました」
ダルマーノは手を縛られた状態だったが、このアデリーナの発言は看過できなかったようで、アデリーナに近づいてきた。
「おい、何言ってんだ。元々はお前が俺をこんなところに連れ出したんだろう。それをここまで来たところで君が急に気が変わったとかと言い始めたんじゃないか」
ダルマーノが近づいてくると、彼女は足元に落ちていたナイフを素早く拾い、そのまま彼の腹に深々とそのナイフを刺した。
「ふふ、私に利用されただけのブタの分際で生意気な口を利くんじゃないわよ。汚らわしい」
「あっ、しまった。ダルマーノのナイフ!あの人の足元にあったのか!」
エヴァンが気づいた時には、既にダルマーノは倒れ、事切れていた。
ダルマーノが倒れる姿を見て、レーゼが思わず悲鳴を上げると、アデリーナがそれをクスクスと笑いながら
「あらあら。そんなに大きな悲鳴を上げちゃって。可愛いわね。でも今の悲鳴を聞いて多くの人が駆け付けるわよ」
と忠告する。
「はっ。何言ってんだお前。ダルマーノを刺したのはあんたじゃないか、アデリーナさんよ」
エヴァンが答えると、
「うふふ。ダルマーノ殺害の犯人としてあなた達が捕まってみる?」
アデリーナはそう言い、静かにエヴァンに近づき、持っていたナイフをエヴァンの手のひらに乗せた。
「あ、おい!何すんだ!」
エヴァンがナイフをアデリーナに返そうとするが、アデリーナは舞うように身を翻し、距離をとる。
「エヴァン君。美しいあなたの潜在能力は中々のものがあるけど、まだ実戦が足りないわね。あなたに近づくのも離れるのも私にとっては造作もないこと。またお会いしましょう、二人とも。無事でいられれば。。。だけど」
そう言い残し、「あ、こら待て!」と叫ぶエヴァンを嘲笑うかのように、アデリーナは森の方へと消えていった。
アデリーナが消えたタイミングで、悲鳴を聞いた宮殿騎士や神官たちなど数十人が集まって来て人込みができた。その中にはヴェルツ総司教もおり、人込みをかき分け、二人の元にやって来た。
「一体何があったんだ!私の大事なレーゼの悲鳴が聞こえたと思ったのだが…」
そこでダルマーノの死体とエヴァンが血まみれのナイフを持っているのを見て、驚愕する。
「こ、、これは!エヴァン!まさかお前がダルマーノ司祭を刺したのか!?」
「ち、、違う!俺じゃない!アデリーナという侍女がやったんだ!」
エヴァンは慌ててナイフを手放しながら返答し、レーゼも加勢する。
「そうよ、お父様!エヴァンは何もやってないわ!」
ヴェルツは二人の反論に耳を貸さない。
「アデリーナだと?そんな侍女、この宮殿にはおらんぞ。エヴァン、適当な言い訳をしても無駄だぞ」
エヴァンが
「いない、、、だと?おいおい、おっちゃんの記憶違いじゃないのかよ!」
とさらに反論しても
「私はセプテリオン宮殿のことなら全て知っている。あとおっちゃんはやめなさい。いつも言っているだろう」
ヴェルツは冷静に返答する。
レーゼもまた
「じゃきっとその侍女は侵入者か何かなのよ!どっちにしろエヴァンじゃないわ。私もそのアデリーナって女が刺したのを見たんだから!」
エヴァンに加勢するが、ヴェルツは聞く耳を持たない。
「あぁ、かわいそうな我が娘よ。エヴァンにそう言わされているのだな。騎士たちよ!エヴァンを捕らえよ!」
ヴェルツの命令で、宮殿騎士たちがエヴァンに近づいてくる。
これはまずいと思ったレーゼがエヴァンの元に駆け寄り、ヴェルツ達の方を向きながら
「きゃぁぁぁ!助けて!エヴァンたら私を人質に取って逃げる気よ!」
と叫ぶ。
レーゼの咄嗟の行動に驚いたエヴァンがレーゼに
「おいおい、何やってんだ?」
と耳打ちすると、レーゼも
「私が人質なら宮殿騎士もお父様も手が出せないわ。このまま逃げるわよ」
ひそひそ声でエヴァンに話す。
「いや、でもレーゼを人質に取るなんて!」
「何言ってんのよ!あなたこのままだとどのみち捕まってい死ぬわよ!私を人質に取りなさい!」
「ち、、考えている暇はないか…!」
エヴァンはレーゼの背後に回り込み、腰に差した短剣をレーゼの首に突きつけ、ヴェルツに対して怒鳴る。
「ヴェルツのおっちゃん!あんたの大切な娘が大事なら周りの宮殿騎士たちを全員引き下がらせな!」
愛娘を人質に取られたヴェルツは鬼の形相でエヴァンを睨みつけ
「エヴァン、、、貴様。私のレーゼを人質に取るなど、アルティマ教の信徒はもとより人として恥ずべき行為!破門だ!」
と罵る。
「うっせー!というか俺は元々破門だってさっき言ってたじゃねぇかよ!いいから周りの連中を引き下がらせるんだ!あと馬を用意しな!俺たちはここから出ていく!早くしろ!」
ヴェルツは鬼の形相でエヴァンを睨みつけたままの状態だったが、やむを得ず宮殿騎士に指示する。
「引き下がれ。そして馬を用意するのだ」
馬の準備を待っている間にヴェルツが二人に忠告する。
「いいか、エヴァン。こんなことをして宮殿の外に出ても無駄だとは思うがな。我が娘、レーゼを泣かせるでないぞ」
「分かってるよ」
エヴァンはそう言いながら、ヴェルツはレーゼが人質のふりをしているだけだと気づいているのに、二人を行かせようとしていると気づいた。
一体なぜ…?
エヴァンが考える中、しばらく両者の間に膠着状態が続いた後、騎士が馬を持ってきた。
今考えても仕方がない。まずはここから逃げることを優先しないとな。そうエヴァンは決意し、
「さぁ、その馬をよこしな。渡すときに下手な真似をしたらレーゼの命はないぞ」
レーゼの首に突き付けた短剣に力を込めた。そのため、ヴェルツは引き続き
「言う通りにしろ。手荒な真似はするな」
と騎士に指示した。
エヴァンとレーゼは渡された馬に同時に乗り込み、静かにその場を去った。
エヴァンの馬が去っていく様子を見ながら、騎士の一人が
「総司教殿。これでよかったのですか?」
と抗議するが、ヴェルツは忌々しげに
「よいのだ。これがあの女の望むことだったのでな。」
とだけ答えた。
「それにしてもエヴァン、あなたの演技良かったわよ。私、本当に人質になったみたいだった」
セプテリオン宮殿をしばらくしてレーゼがエヴァンを褒めると
「そうだったか?俺はそれより、レーゼの咄嗟の判断に驚いたよ」
エヴァンも同様に褒める。
「いいのよ、エヴァン。そんなことより本当にごめんね。元はと言えば、私が裏口で待ってて。なんて言ったからこんな目に。本当はあなた一人で普通に旅立てるはずだったのに…」
レーゼの表情は責任感から沈んでいる。
「起きたことは仕方ないさ。明日には明日の風が吹くっていうだろ?例え破門されようと、旅は旅だ。風のように自由に旅するさ。んで、あのアデリーナとかいう女を見つけだしてぎゃふんと言わせてやるぜ!」
「風のように、、、か。それっていいわね。私もあの女にはぎゃふんと言わせたいわ。旅しながら考えましょ」
エヴァンの返答に沈んでいたレーゼの表情に明るさが戻る。
こうして、エヴァンは破門された信徒としての旅をレーゼと共に始めるのだった。
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