4-1 エヴァン -破門?-

 ロストガリア大陸における信仰の中心がアルティマ教だ。

 その信仰内容は至ってシンプルで、「アルティマ神を信ずる者は救われる」というものだ。また、アルティマ教における聖書であるアルティマ教典には、アルティマ神を信じる者として取るべき行動・規範について書かれている。その中身は毎日一回アルティマ神にお祈りをすることや、日々自己研鑽に励むこと、アルコール飲料を飲まない、、、といったことだ。


 三大国が覇を競い、常に戦と隣り合わせにあると言ってもいいこの大陸では、「絶対的な神に救いを求める」という考えは民衆の大きな支持を得ており、大陸各地に数多くの教会が建てられている。


 逆にアルティマ教の教えがあまねく信じられているため、それ以外の宗教は全くと言っていいほど見られない。

 アルティマ神以外の神を信じろと言われても、大概の人は「では何を信じれば。。。?」と首を傾げるし、例え少し勢力を伸ばしつつある新興宗教があったとしても熱心なアルティマ教徒に弾圧されるのがオチだ。

 それほどまでにこの大陸では、アルティマ教のみが一心に信仰されているのである。


 アルティマ教会は三大国の領土内にもあるが、教会及び教会の有する領内はいわば自治領のようになっており、各国君主も迂闊には手が出せない。アルティマ教はいわば第四勢力のような存在なのである。

 その第四勢力であるアルティマ教の総本山が大陸の丁度ど真ん中にあるセプテリオン宮殿だ。


 その宮殿内。

 ヴェルツ総司教の執務室では部屋の主が、ある青年に話を切り出していた。


「というわけでエヴァン。本日をもって君をアルティマ教会から破門とする」

 オーク材でできた美しい木目の机とこれまたオーク材でできた本棚に囲まれている以外は何の変哲もなく、総司教という教会ナンバー2の執務室としては大変簡素な部屋の中に、ヴェルツの低い声が響き渡る。


 エヴァンと呼ばれた青年は、金色に輝く髪を短く切り揃えていて、薄い蒼い色の瞳と高くくっきりとした鼻筋と合わせて誰から見ても端正と言われる顔立ちをしている。彼は破門という言葉に慌てた様子で全力で抗議する。

「ちょっと待ってくれよ、ヴェルツのおっちゃん。一体何で俺がそんなことに?」

 青年の抗議に対してヴェルツは淡々と返答する。

「それは君の普段の生活態度に聞けばわかるだろう。あと、おっちゃんはやめなさい」


 エヴァンは生活態度に関しては確かに心当たりがあったが、反論を続ける。

「確かに俺はこのセプテリオン宮殿の全ての婦人の方々と一夜を共にした程の貴公子だけどさ。だからって破門ってことはないんじゃないの?ちゃんと毎日アルティマ神にも祈りもささげているし」


「君が礼拝堂で毎日祈りを捧げているのは私も把握している。しかし、エヴァンよ。君、この宮殿の全ての婦人と一夜を共にしているなんて、うらやま、、、じゃなかった、けしからん。"みだらな生活慎むべし。"とアルティマ教の教えにもあるだろう。

 そして、その婦人方から私のところに抗議が殺到しているのだ。君のような女の敵はこのセプテリオン宮殿にいるべきではないと。もちろん一部君を擁護する方もいるようだが、抗議の数に比べると雀の涙程度だ。それに何より…」

 ここで、ヴェルツは口をきゅっと歪め、さらにエヴァンを睨みながら言う。


「貴様、私の娘にもちょっかいを出したらしいな」


 ここまでいつものお茶らけた様子だったエヴァンの表情から一気に明るさが消え、引け目があるせいか口調も丁寧な口調へと変わる。

「あ、、、それをもうご存じなのですね。。さすがはヴェルツのおっちゃん。あはは。でも、彼女には全然相手にされなかったので、問題ないですよ。口説くの"く"にすら届いていない感じです。それに、、、」


「そういう問題ではない」

 ヴェルツはまだ何か言いたそうにしているエヴァンをぴしゃりと拒絶する。

「いずれにせよ、お前には少し旅をさせたいと思っていたところだ。お前が行ったことのある場所はこのセプテリオン宮殿を除くと、隣のラムールの街しか行ったことがないだろう。アルティマ教の者として、世の中のことを何も知らない世間知らずが教えを広めるというのはよろしくない。ここらで見分を広めるのは悪くないだろう。それにな。アルティマ教は確かに大陸で唯一の信仰だが、各地の教会の報告によると、近ごろその信仰の厳格さが失われているということらしいのだ。とりあえず毎日アルティマ神にお祈りさえしておけば、あとは何やってもいいだろうというような類のものだ。エヴァン、君も似たようなものなので、尚更旅をして信仰の実態を知っておいてもらいたいのだよ」


「なるほど。。まぁそういうことなら。てかそれって破門とは違くないですか?旅を終えたら戻ってきて、またこの宮殿で働けるってことですよね?」

「旅から戻って来た時に、お前がアルティマ教の信徒として相応しい精神を身につけているか確認し、大丈夫だと判断されれば再び信徒に戻れるだろう」


「むぅ。。その確認ってヴェルツのおっちゃんがするんだよなぁ。何だか厳しそうだ」

 エヴァンが顔をしかめたが、ヴェルツはそれ以上に顔をしかめる。


「貴様、我が愛娘であるレーゼに手を出したことを忘れるでないぞ。これくらいの処分で済んだことをむしろ感謝してもらいたい。あとヴェルツのおっちゃんはやめなさい」

「ちぇ~。議論の余地はなさそうだな。わかったよ、じゃあ行ってきます!」

「うむ。さっさと行きなさい。次に会う時に成長した姿を見せてくれることを期待している」


 総司教の部屋を出たエヴァンは「はぁ~、疲れたな~。それにしても堅苦しい部屋だったなぁ」と大きく伸びをしながらこれからの旅について考えを巡らす。

 彼は自分の信仰の厳格さはともかく、外の世界を知るために旅に出るべきだというヴェルツの意見には賛成だった。


 セプテリオン宮殿に仕える侍女の息子として生まれたエヴァンは、アルティマ教高官の子どもたちに囲まれて育った。

 高官の子どもたちは過保護すぎるくらいに育てられており、皆宮殿の外に出たことがない。

 エヴァンも同様で、宮殿の外には出ないように育てられたが、生まれつきじっとしているのが苦手だった彼は密かに宮殿を抜け出し、宮殿から最も近いラムールの街には何度か行き、友人と呼べる人も何人か作っていた。

 とはいえ、エヴァンが行ったことがあるのはその街だけだったので、もっと世界を見てみたいという思いは日に日に強くなるのだった。


 また、来る日も来る日もアルティマ神へのお祈りやロストガリア大陸の歴史や魔法の授業で、退屈にしていたエヴァンはある日ふと思い立ち、歴史の授業で暇そうにしていた女の子を食事に誘ってみることにした。


 エヴァンは自他共に認める端正な顔立ちであるため、食事のお誘いはOKをもらう。さらに天性の明るさで、女の子を楽しませることも得意としていたため、食事の席もバッチリ。

 極め付きは、エヴァンの得意とする疾風魔法だ。

 彼はそよ風を起こして女の子を宙に浮かせることができたり、少しの間なら風に乗って空を飛ぶことができる。

 これが大好評で、エヴァンはセプテリオン宮殿中の女の子という女の子に声をかけ、彼の連勝記録は伸び続けた。


 しかし、最近ヴェルツ総司教の娘のレーゼに声をかけた時、あっさりと

「私、あんたみたいな女の子にやたらと声をかけるような軟派な野郎には興味ないから」

 と言われてしまい、彼の連勝記録はストップしてしまった。さらに、そのことが破門の一因になるとはエヴァンも予想外で、「ちっくしょー。レーゼにだけは声をかけるべきじゃなかったかな」とさすがに後悔していた。


 そんな後悔を抱きながら旅の支度を終えたエヴァンは、ここを出る前に最後にお祈りをしようと思い立ち、礼拝堂へと向かった。

 セプテリオン宮殿は、アルティマ教の総本山というだけあり、その礼拝堂は1,000人は収容できようかという程大きなものだった。

 アーチ状の屋根に形作られた礼拝堂の奥の巨大なステンドグラスにはアルティマ神が描かれており、太陽からの透過光が礼拝堂を幻想的に照らしている。


「アルティマ神よ。私の旅が穏やかで、祝福に満ちたものになりますよう、どうかお見守りください。そして願わくば素敵な女性との出会いがありますように」

 エヴァンがお祈りを終え、礼拝堂を出ようとしたところ眉毛が細く、目も切れ長できりっとした顔立ちをした女性が入り口の柱に寄りかかっていた。

 エヴァンより僅かに大人びて見えるこの女性こそ、エヴァンを一蹴したレーゼである。


「お、おう。レーゼ。。。わざわざお見送りに来てくれたのかい?」


 エヴァンが気まずそうに話しかけると、レーゼは寄りかかっていた柱から億劫そうに身を乗り出しながら答える。

「ええ、まぁそんなところよ。愚かにもこの私を口説こうとして失敗したマヌケな男が、遂にこの宮殿を追い出されるって聞いたからね」

「あー、そりゃあどうもご苦労なことで。ありがとな。んじゃ」

 エヴァンが冷たく返答し、そのまま行こうとすると、レーゼは意外にも引き止めに来た。

「あんた、見聞を広める旅と言っても、行く当てはあるの?ロストガリア大陸は広いわよ」

「んー、そうだなぁ。とりあえずはラムールの街へ向かおうと思う」


「ラムールってあれでしょ。あんたがいつも行ってる街でしょ。そこじゃ普段と変わらないじゃない」

 レーゼのきりっとした顔立ちが一段ときりっとなる。


「それはそうだけどさぁ。てかなんでレーゼがそんなこと聞くんだよ。関係ないだろ」

 エヴァンがいい加減行こうとすると、レーゼがさらに続ける。

「だーかーらー。私も一緒に行ってやろうって言ってんのよ」


 エヴァンは何を言っているのか分からず、一瞬二人の間に沈黙が流れた。

 3秒後。

「はぁぁぁ!?いやいやいや。俺一人でいいよ。てかヴェルツのおっちゃんの許可はもらってるのかよ?」


「お父様の許可なんてないわよ。これはちょっとした家出よ。てか私のお父様におっちゃんはやめなさいよ」

 エヴァンはますます訳が分からない。家出?一体この子はなにを言ってるんだ?

「じゃあ一緒に来ちゃダメだろ。レーゼがいなくなったら、あのおっちゃん何するか分からないぞ。」

「まあそこは大丈夫よ。侍女に頼んで1週間くらいしたら、私は無事に旅をしていますっていう内容が書かれた手紙を渡す手はずになってるから。その時期なら、私はこの宮殿からだいぶ離れたところにいるからお父様の部下たちが追ってくる心配もないわ」

「ははは。無駄に準備のよいことで。でも一体なんで家出を?」

「あなたと同じよ。私も見聞を広めたいの。私はあなたとは違い、ラムールの街にすら行ったことがないわ。お父様が過保護すぎてね。私はこのままこの宮殿で一生を過ごすなんて嫌なの」


 レーゼはエヴァンを真っ直ぐに見つめながら話し続ける。

 エヴァンは、レーゼの瞳から並々ならぬ決意を感じ、彼女が想像以上に本気なことに少なからず驚いていた。


「で、でもだなぁ。家出は一人でやれよな。何で俺まで付き合わなきゃいけないんだよ。一人でやればいいだろ」

 エヴァンは彼女と一緒に旅に出るなど、とんでもない重荷を抱えて旅に出るようなものだと直感していた。

「だってあなたが宮殿の外に出たら、他の街の女の人を口説こうとするでしょう?あなたのような女の敵が自由に行動しちゃダメなのよ。いうなればあなたが宮殿の外に出るのは、ライオンを檻の外に解き放つようなものなのよ。だからそうならないよう監視役が必要でしょ」

「その監視役がレーゼなのかよぉ」

「そうよ。私はセプテリオン宮殿で唯一あなたをフッた女よ。これ以上の適任がいるかしら?」

「えー。そうかなぁ」

 エヴァンは強引に話を進められてしまい、どうも腑に落ちない。

「それに何より…」

 レーゼがいったん息をのむ。


「私は弱いのよ。か弱い女の子なのよ。そんな私が旅先で危険な目に遭ったら、誰か私を守る人が必要でしょ?それがあなたよ。あなたの疾風魔法は、普段は女の子を口説くという最低な理由でしか使っていないみたいだけど、実戦でこそ真価を発揮するわ。あなたの使える魔法はあなた自身が思っている以上にすごいのよ」

「なんだよ、結局俺を盾として利用したいだけかよ」

「男の人が女性を守るのは当然の役目よ!」


 エヴァンは、全く調子いいこと言って。。。と思いながらも、自分の魔法について褒められるのはまんざらでもなかった。

 これまでは容姿が褒められることが多く、自分の力についてまで褒められることはなかったからだ。

 意外と自分のことをちゃんと見ている人物と旅を同行するなら悪くないかもしれないなと感じたエヴァンはとりあえず話を続ける。


「まぁいいけどさ。最初の行き先はラムールの街でいいだろ?どのみちレーゼだって行ったことないんだし?」

「そうね。別にいいわよ。さっきはちょっとあなたの言うことを否定してみたかっただけだから」


「なんだそれは、、、女性に関しては百戦錬磨の俺でもこの子だけは何考えてるのかよくわからん…」とエヴァンは心の中で思ったが、口には出さないようにしておいた。


「よし、じゃあ行くか。早く行かないとヴェルツのおっちゃ、、、じゃない、お父さんにバレちまうぞ」

「ん、ちょっと待ってよ。あなたは旅の支度万全でしょうけど、私はまだ支度が終えてないのよ。準備してくるから裏口で待ってなさいよ」

 レーゼが顔を膨らませながら答える。


「全くなんてわがままなんだ。。。というか、待ってなさいと言ったけど、その間に俺が置いて行ってしまうことは考えないのか?」などと考えているうちにエヴァンは裏口に着いていた。


 裏口を出たところは開けた場所になっており、ここは給仕のおばさんが洗濯物を干しに来る以外ではほとんど使われない場所だ。

 宮殿中の人の洗濯物や布団などが所狭しと干されている。これだけの量の洗濯物を洗って、干して、また取り込むのは大変な作業だろう。

 今は昼間の時間帯で、誰もいなさそうなので人目につかずに宮殿の外に出ることができそうだ。


 このままレーゼを置いて行くこともできるが、流石にそれは人が悪いので待つことにした。


 この選択がエヴァンの運命を変えるとは知らずに。

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