3-2 シャルル -王を救うおつかい-
イレーヌはレンツに言われた通り、他の人に知られないよう夜遅い時間帯にレンツの部屋にやって来たが、そこには当然のようにシャルルも一緒にいた。
イレーヌを招き入れるため、扉を開けたレンツはシャルルもいることに最初驚いていたが、イレーヌに「大丈夫。シャルルちゃんは口が固いし、私が最も信頼する友人よ」と言われ、少しの間思案した後、「いや、むしろ都合がいいか」と少し白さが目立ち始めた顎髭をさすりながら呟き、二人を部屋に入れた。
レンツの部屋は魔術師らしく、壁際にびっしりと本棚が並び、シャルルやイレーヌにとっては理解することができない魔術に関する本が所狭しと並んでいた。本の中には「魔法の苦手な子への接し方」、「優秀な魔導士の育て方」といった類もあり、ただの魔法オタクではなく教育にも力を入れていることがうかがえる。
シャルルもかつてレンツに魔法の才能を見出され、相当鍛えてもらった経験があり、レンツは恩師といっていい人だ。その恩師の部屋の中に入るのは初めてだったが、自分のような後輩の教育のために慣れない教育に関する本を頑張って読んでいるレンツの姿を想像して少し笑ってしまった。
二人を座らせると、レンツは早速話を切り出してきた。
「イレーヌ様、シャルル。わざわざ夜遅い時間にお越しいただき、ありがとうございます。他の人に聞かれるわけにはいきませんので。話というのは他でもありません。国王陛下のことです」
イレーヌは大事な話が自分の父のことであるとの想像はしていたので、特に驚く様子もなく尋ねる。
「レンツ。あなたなら父の体調をよく知っているはず。本当のところどうなの?」
イレーヌもシャルルも身を乗り出して王国筆頭魔術師の見解を一言一句逃さず聞こうとする。レンツはそんな二人の目を改めて見つめ静かに答える。
「このままでは、あと1か月の命でしょう」
その言葉にイレーヌとシャルルの顔が一気に青ざめる。
「そんな…」
「あと1か月しかないなんて」
椅子からガタッと大きな音を立てて、立ち上がったイレーヌを落ちつけながらレンツは話を続ける。
「イレーヌ様、落ち着いてください。大丈夫です、手段はあります」
「手段?」
「はい。国王陛下は"ティナン病"という病気です。これは神経に関する病気で、徐々に神経が蝕まれていき、最初は本日のようにめまいを引き起こし、昏倒する程度です。しかし、病状が進むと、筋肉がしびれ、自由に体を動かせなくなり、やがて死に至ります。そこまで病状が進むのにあと1か月といったところです」
「お父様…」
イレーヌの顔が再び青ざめるのに対して、シャルルは冷静に質問する。
「それで、手段とは?」
「はい。この病気はセルティナ草という植物に含まれる解毒成分で治癒することができます。この病気は治るのです」
「治る」という言葉にイレーヌが顔を光らせる。やはりこの子は明るい顔の方が断然綺麗だなとシャルルが思っていると、イレーヌが気丈に自分から質問する。
「レンツ。そのセルティナ草というのをあなたは持っているの?持っていないならどこで採取できるの?」
「それがイレーヌ様。私は持っておりません。そして、マグメール王国では採取できません。エルドライド帝国のベイロックス平原をご存じですか?」
「知ってるけど行ったことないわ」
「あの地には大地を引き裂く崖があるのですが、その崖の近くに群生しています。誰かがそこまで行って採ってくる必要があります」
「分かったわ。私が行って採ってくる」
イレーヌはまた立ち上がろうとするが、レンツが再度落ち着ける。
「お待ちください、イレーヌ様。今国王陛下は政務に当たることができません。代わりにあなたが政務を行わなければなりません。それにあなたには毎日国王陛下を看てやる必要があります」
イレーヌは再度座りながらも不満そうに答える。
「それは確かにその通りだけど。じゃあセルティナ草は誰が採ってくるの?」
「本来であれば私が行きたいのですが、私は国王陛下の病状を遅らせる処置を毎日しなければなりません。またエルドライド帝国に対する備えもアルシド宰相達と協力して行う必要があります」
シャルルが「あぁ、やはりエルドライド帝国侵攻に備えるという話はさっきの会議の議題にあったんだな」と考えていると、レンツはシャルルの方を見据える。
「シャルル。行ってくれるか?」
「私、、ですか?」
シャルルは何となくこういう展開になるのではないかと予想はしていたものの、一人の侍女にすぎない自分に国王陛下の命を救う命令が下されるのはやはり荷が重い気がした。
「シャルル、君は私の教え子の中でも随一の腕を持つ。剣においても魔法においても。それこそ侍女にしておくにはもったいないくらいに」
「シャルル、私からもお願いするわ。お父様を救いたいの」
イレーヌもシャルルの目を見つめて真剣な眼差しで頼む。
この天真爛漫なお姫様がここまで真剣に何かを頼むことなど初めてのことかもしれない。シャルルもイレーヌに応えるかのように、真剣な眼差しになる。
「承知しました。私が必ずやセルティナ草を採ってきていれましょう。私は元々捨て子でした。それをたまたま国王陛下が発見し、拾って下さり、イレーヌ様の侍女として育てられました。その陛下の恩義を返したいと思います」
シャルルの言葉にイレーヌの顔がぱあぁっと晴れる。
「ありがとう!」
「決まりのようだ。シャルル、私からも礼を言う」
そう言ったレンツは部屋の片隅に置いていたナップサックをシャルルに渡す。
「この中に地図やら乾パンやら旅に必要な道具一式揃っている。持っていきなさい。あと、裏門に私の従者が馬を連れて待っている。夜人目のつかないうちに、彼から馬を受け取りすぐに出発するといい」
レンツが万全の体制で準備を整えていてくれたことに二人は驚きを通り越して、感嘆してしまった。
「準備がいいですね、さすが師匠」
「すごい。そこまで準備していたなんて!」
「お二人が来るまで時間がありましたから。さぁ、イレーヌ様。もう夜も遅い時間です。こんな時間に私の部屋にいるなんて他の者に知られては大変です。お戻りください」
そして、レンツはシャルルの方を向いてしっかりと目を見据える。
「シャルルよ。重ね重ね礼を言う。あまり無茶はしないようにな。困ったことがあったら、そのナップサックに入れた私のメモを読みなさい。きっと旅の助けになるだろう」
シャルルも師匠の目をしっかりと見据えて力強く返答する。
「師匠、何から何までありがとうございます。無事にセルティナ草を採って帰ります」
するとイレーヌが、突然シャルルに抱きついてきた。
「絶対無事に戻ってきてね。。お父様だけでなく、あなたまで何かあったら私どうしたらいいか…」
これには普段冷静なシャルルも狼狽してしまい、普段あまり出ないような声が出てしまった。自分でも今の声が一体どこから出たのかよくわかなかった。
「イ、、イレーヌ様!苦しいです。私なら大丈夫ですから!」
こうしてシャルルはイレーヌとレンツ以外の人には知られることなく、コッソリとマグメール王国国王を救うための旅に出ることになった。
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シャルルが裏門から出発するのを、レンツは部屋のテラスから見守っていた。
「がんばれよ…」
と心の中で呟くレンツにはイレーヌとシャルルには伝えていない一つの不安要素があった。
それはエドワード4世の今の病状をもたらしたのは、「毒」だということ。
この毒は摂取した者をじわじわと苦しめ、最終的に死に至らしめるが、その際には病気で亡くなったように見える。レンツほどの魔術師でなければ、これが毒だと見破ることはできなかっただろう。
そして、これはつまり、
また、現在すでに、イレーヌとエレンの間で後継者争いの火種がくすぶっているというのに、二人特にイレーヌにこのことを伝えると、おそらく彼女は父を殺そうとしている犯人捜しを始めるだろう。すると、エレンを擁立しようとするアルシド一派との対立が激化する恐れがある。
だからレンツはこのことを自分の胸の内に秘めておくことにした。それにセルティナ草さえ持ってきてくれれば国王の病状は快復するのだから、今はそちらを優先した方がよいだろう。犯人捜しは自分一人でやればよい。
レンツは旅立ったシャルルの背中を見続けていたが、やがて彼女が見えなくなると「最近はめっきり冷えてきたな」と言い残し、部屋へと戻った。
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