3-1 シャルル -お転婆王女と冷静沈着な侍女-

 帽子よし。リボンよし。袖の長さよし。スカートの丈よし。タイツよし…と。今日も侍女としてバッチリの佇まいだ。では我が国のお姫様を起こしに行きましょう。

 皺ひとつない黒を基調とした侍女の服を着て、部屋を出る女性の名はシャルル。背筋がピンと伸びており、常にビシッとした姿勢の彼女を見て、大抵の人は侍女だとは思わない。

 かつて王宮の別の侍女から、訓練を受けた剣士に作法を学んだ貴族の娘を足して2で割ったような印象を受ける。と言われたことがあるが、シャルル自身ではよく分からない。


 そんなシャルルは自分の部屋の隣でまだ寝ているお姫様、マグメール王国第一王女イレーヌの部屋の扉をノックして、室内に呼びかける。

「イレーヌ様。そろそろお目覚めください。本日は大事な会議がありますので、寝坊はよろしくありません」


 …しばらく待ったが、全く返事がない。シャルルはさっきより大きな音を立ててノックし、再び室内に呼びかける。

「イレーヌ様。お目覚めください。本日は…」


 途中まで言ったところで扉が勢いよく開き、金色の長髪をボサボサにしたままのイレーヌが姿を現す。同じ金髪だが、シャルルの整ったボブカットとは大違いだ。

「あぁもう!分かってるわよ!シャルルのばか!もう少しくらい寝かせてくれたっていいでしょう!」

 髪こそボサボサだが、彼女のサファイアのように輝く蒼い瞳、8頭身のスタイル、溢れ出る気品は流石王女様といったところだ。ちまたではマグメールの至宝と言われており、一部では既にロストガリアの至宝と言われているとかいないとか。

「そういうわけには参りません。あなたには下のご兄妹がお二人もいらっしゃるのです。寝坊などしていては、エレン様とエレナ様のお手本となれません」

「それも分かってるってばぁ。シャルルちゃんはちょーっと生真面目すぎるのよねぇ」

 イレーヌが顔を膨らませながら言うと、シャルルは表情一つ変えないまま言葉を返す。

「イレーヌ様は、もう少しおしとやかになられた方がいいと思います」

 シャルルはせっかくの美貌も喋ると台無しですわよ。とは言わないでおいた。


「もう!シャルルちゃんは言うわねぇ。とりあえず部屋に入ってブラシで髪をとかしてくれるかしら?」

 イレーヌが顔を風船のように膨らませたまま室内へ促す。

「承知しました」

 シャルルは部屋に入り、鏡台の前に座ったイレーヌのボサボサの髪をとかし始める。部屋も洋服やら何やら物が散乱しており汚い。自分が毎日掃除しているはずなのに、このお姫様はなぜ毎日こうも部屋を汚くできるのだろうか。


「それにしても今日の会議は何を話し合うのかしらねぇ?」

 手持無沙汰のイレーヌがシャルルに質問する。シャルルがイレーヌの髪をとかすのは毎朝の日課であり、大体この時間は二人でおしゃべりする時間にもなっている。と言っても、イレーヌが一方的に話して終わってしまうことも多いのだが。

「本日の議題ですか。…やはり、シャングラのアーサー公暗殺に関する件ではないでしょうか?先日マグメール王国にもその訃報が伝わったばかりでございます」

「え、そうなの?確かアーサーさんって立派な方だったのよね?でも隣の国の諸侯の一人が亡くなったからって、マグメール王国に関係あるの?」

 シャルルは一瞬鏡を見る。イレーヌは不思議そうな顔をするとともに、早くシャルルから回答を得たいと急かすような表情でこちらを見ている。


(全くこのお姫様は…)

 シャルルは国際情勢に疎いイレーヌに半ば呆れながらも、やはり表情一つ変えずに答える。

「大ありです、イレーヌ様。まずシャングラ国内では間違いなく内乱が起きます。アーサー公は、かの国の五大諸侯の中で筆頭と呼べる人物でした。その方が亡くなったため、次は誰が筆頭になるのかで揉める可能性が高いです」

 いったんここで区切り、鏡に映るイレーヌの表情を伺う。イレーヌはふんふんと先生の授業を聞く生徒のように頷いている。

「また、エルドライド帝国が干渉してくる危険もあります。ここ最近のエルドライド帝国は領土拡張政策を取っております。これまでマグメール王国とシャングラ連合国に手を出してこなかったのは、この2カ国に同盟を組まれると、かの国と言えども苦戦してしまうからです。しかし、シャングラが内乱状態では我が国と同盟どころではありません。そのため、エルドライド帝国にしてみれば我が国に侵攻するチャンスです。我が国単独で、帝国を打ち破るのは難しいでしょう」

 シャルルは抑揚をつけることなく、淡々と自身の仮説を披露した。 

「へぇ~~。シャルルちゃんの話の半分くらいしか分からなかったけれど、とにかくすっごいことが起きたのね。シャルルちゃんはそんなことまでわかるなんて本当すごいわね」

 イレーヌはしばらくの間きょとんとした顔でシャルルを見ていたが、不意に重要なことに気づいたようだ。

「ちょっと待って!エルドライド帝国がうちに攻めてくるかもしれないの!?それとっても大変じゃないのよ!!」


「可能性ではありますが、そう申し上げているではありませんか…」

 シャルルの返答が終わるのを前に、イレーヌが勢いよく立ち上がる。

「こうしちゃいられないわ!私、今すぐお父様のところに行って、これからのことを話し合ってくる!」

「あ、イレーヌ様!まだ髪をとかすのが途中でございます!」

 シャルルが大声を上げてイレーヌを止めようとするが、時すでに遅し。イレーヌはもう部屋を出てしまっていた。


「全く我がお姫様は…」

 シャルルはこの短時間でイレーヌに対して二度呆れることになったが、今回の呆れはむしろ好意的な呆れである。イレーヌは確かに考える力や政治的な駆け引きは苦手だ。しかし、あの天真爛漫な性格と行動力は王族として立派なものを持っている。仮にイレーヌが国王の地位を継承すると、マグメール王国初の女王が誕生することになり、その日を待ちわびる者も多い。シャルルもその一人だ。


 イレーヌが行ってしまったので、シャルルはイレーヌの部屋の片づけを始める。

 まずはベッド。一体どういう風に寝たらここまでシーツや布団が乱れるのかシャルルには理解できないが、綺麗に敷き直すのも毎日の日課だ。

 そのままアクセサリーなどが散らばった鏡台や服が散乱している床を手早く片付け、さらに絨毯のゴミやホコリを徹底的に取り払う。これでひとまず朝の仕事は終わり。一度自室に戻り、朝食を取ることにする。


 毎日慌ただしいお姫様の世話をする立場としては、こうして一人になる時間はとても貴重だ。

 イレーヌが彼女の父である国王エドワード4世と話を終えて戻ってくるまで、しばらくの間落ち着いてのんびりすることができる。


 恐らく今頃イレーヌは、さっき私が言ったことをそのままエドワード4世に伝えていることだろう。すると国王は素晴らしい分析だ!と娘を褒め称え、その後、重臣たちを呼び仮にエルドライド帝国がマグメール王国に侵攻する場合、いつ、誰が率いる軍がどのように進軍してくるかを討議するだろう。

 シャルルとしては、本当はそこまでイレーヌに伝えておきたかったが、イレーヌは最後まで話を聞かずに行ってしまったから仕方ない。

 とはいえ、エルドライド帝国侵攻の会議となると、おそらくアルシドの独壇場となる。


 アルシドというのは、エドワード4世が最も信頼する重臣の一人であるマグメール王国の宰相だ。

 彼は軍事・内政共に並外れた手腕を発揮する優れた政治家であり、エドワード4世の治世の立役者と言ってよい。

 ただ一つの欠点は、彼は根っからの女性差別主義者で、イレーヌが女王になることを絶対に認めないだろうという点だ。彼はエドワード4世の長男であるエレンを次期後継者に推すに違いない。

 女性差別主義者であるという理由以外にも、アルシドがエレンを推す理由はある。それは、仮にエレンが国王になった場合、アルシドが実権を握れる可能性が高いということだ。

 なぜならエレンはまだ8才であり、自分で政治を動かすことなどできない。必然的に宰相であるアルシドに意見を求め、政治は事実上アルシドの独裁状態に。。。


 シャルルとしてはそのような事態にならないように、イレーヌに女王になってほしい。だからこそ、自分が陰で色々と知恵や知識を授けることで、イレーヌが性格や行動力だけでなく頭脳においても王として相応しいことを示してもらわないといけないのだ。


 とまぁ今からシャルルがそんなことを気にしても仕方がない。エドワード4世は50歳を過ぎているとはいえ、まだまだ健康体で今すぐに後継者争いが起こるとは考えにくい。


 物思いに耽っていると、外でドタバタと走る足音が聞こえてきた。

 この走り方はお転婆のお姫様に間違いない。そして、私の部屋にやってきて、国王や重臣たちと話した内容について教えてくれるに違いない。


 ノックをするでもなく扉がバンと開き、イレーヌが部屋に入ってきた。

「シャルル!聞いてちょうだい!」

 そらきた。エルドライド帝国が侵攻してくる可能性があることはちゃんと言えた?アルシドはどう防衛戦略を立てた?


 しかし、イレーヌが発した言葉はシャルルが想像していたものではなかった。

「お父様が、、、お父様が倒れたの!!すぐに一緒に来て!」


「え!?国王陛下が!?」

 シャルルは自分はいつも冷静な方だと自負していたが、流石に驚きを隠せなかった。

「わかりました。すぐに行きます」


 シャルルとイレーヌは大急ぎでシャルルの部屋を出る。

 隣国のアーサー公が暗殺された上、エドワード4世までが亡くなってしまったら、このロストガリア大陸は混沌に陥る。

 シャルルは募る不安を胸に部屋へと向かった。


 エドワード4世の部屋には既にイレーヌの兄妹であるエレンとエレナ、王国筆頭魔術師のレンツ、大将軍レオナルド、そして宰相アルシドなど王宮の主要なメンバーが揃っていた。

 当のエドワード4世はベッドの上で横たわっていたが、予想よりも元気そうでシャルルは少し安心した。

「おぉ。シャルルよ。よく来てくれたな」

「国王陛下。お体の方は大丈夫でしょうか?」

「うむ。なんということはない。いやなに。日々の激務で少し貧血気味での。それで倒れてしまっただけじゃ。イレーヌも大げさに心配するでない。そんなに泣いてはお前の綺麗な顔が台無しじゃぞ」


「そんなこと言ってもお父様~」

 イレーヌはベッドの横で膝を立てた姿勢で泣きじゃくっている。

「イレーヌ様。後ろにはエレン様とエレナ様がいらっしゃるのですよ」

 シャルルが指摘すると、イレーヌは後ろをチラッと見る。

 エレンとエレナが不安そうにイレーヌを見つめながら、

「イレーヌお姉ちゃん。。お父さんは死んじゃうの?」

 とか細い声で尋ねてきたため、流石にこれ以上泣くのをやめて

「二人とも、大丈夫よ。お父様はそんな簡単には亡くなったりはしないわ」

 と言うとエドワード4世も

「そうじゃぞ。お前たち二人が成人するまでは死ねんわい」

 と腕まくりしながら豪快に答える。


「そっか~。よかったぁ」

 姉と父から心強い回答を得た兄妹は少し安堵したようで、部屋の空気感もだいぶ和らいだ。

 それからしばらくは談笑が続き、エドワード4世が昏倒したことやエルドライド帝国の侵攻が迫っているかもしれないことは忘れたかのような穏やかな時間を過ごした。


 その後エドワード4世が「話していたら少し疲れてしまったので、寝かせてくれないか?」ということで、シャルルたちは部屋を出た。

 するとそのタイミングを見計らっていたかのように、レンツがイレーヌに耳打ちしてきた。

「イレーヌ様。大事なお話がありますゆえ、後ほど他の方には知られないように私の部屋までお越しください」


 しかし、レンツは知らなかった。


 イレーヌは基本的に情報は全てシャルルに伝えてしまうということを。

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