2-2 エルゼ -入隊の目的-

 エルゼは息を切らせながら走り続け、やっと広場に着くことができた。懐中時計をダンテに奪われてから追うために走り、穀物庫では戦い、その後そのまま走り続けたのだから、汗びっしょりだし、体もへとへとだ。全力で走ったにも関わらず、あの穀物庫は町外れにあったため、広場に着いたのは試験開始時間から2時間も過ぎてしまった後だった。


 案の定既に試験は終了してしまったようで、広場の人はまばらになってしまっている。鎧を着た帝国兵らしき人物がいるので話しかけてみることにした。


「あ、あのぅ、すみません。入隊希望なんですけど、もう試験は終わってしまったのでしょうか?」

「ん、あぁそうだね」

 帝国兵は「何、この女?」という表情でやる気なさそうに答える。

「そんな。。。あの、今から試験を追加で行うことはできないでしょうか?遅れてしまったことはお詫びします」

「軍隊の基本は規律だ。時間通りに試験会場に来れない奴は我が帝国軍にはいらん。帰ってくれ」

 エルゼは頭を下げて頼み込むが、帝国兵の回答は極めて事務的でその言葉に感情はこもっていなかった。


 エルゼは泣きたい気持ちを抑えて、それでも食い下がろうとすると、そこにダンテが後ろからやって来て、明るい声でエルゼに声を掛ける。

「おう。やっぱりここにいたか、エルゼちゃん」

「あなたのせいで…!」

 エルゼはこの男のせいで試験に遅れてしまったことに一発文句を言おうとしたが、エルゼ越しにダンテを見た帝国兵が急に姿勢を正し敬礼したため、遮られてしまった。

「あ、あなたは…帝国諜報部隊隊長、ダンテ様ではありませんか!」


(え、この人が隊長…?こんなテキトーそうな人が…?)

 エルゼが困惑する中、ダンテは隊長とは思えない程フランクな様子で帝国兵に話しかける。

「よぅ、お疲れ。まぁ楽にしてくれ。いやちょっと入隊試験を見に来て、いいやつがいたらうちにスカウトしようと思ってたんだよ」

「そういうことでしたか。それでしたら、今回はダンテ様のお眼鏡に叶うようなやつはいなかったと思いますが…」

 帝国兵が残念そうに答えると、ダンテは目を輝かせてエルゼの方を向く。

「あぁ、それなら大丈夫だ。最高に良い人材を見つけたんだ。な、エルゼちゃん。ぜひうちに入ってくれ」


 ダンテが帝国の隊長だという事実だけで既に驚き呆然としていたエルゼであったが、突然のスカウトの誘いにさらに驚いて口も聞けなくなってしまった。が、頬をパンとはたいて気を新たにし、かろうじて尋ねる。


「え、えーとぉ…。あなたただの泥棒じゃなくて、隊長だったの…?で私があなたのところに入隊?」


「おい、お前!ダンテ様に向かってなんて口の利き方だ!」

 帝国兵がエルゼに猛抗議するもダンテは涼しい顔で受け流す。

「あぁこの子はいいんだ。あと君はもう帰っていいよ。まだ試験の後片付けとかあるだろ?」

「は!承知しました。ダンテ様」

 エルゼへの対応とはまるきり異なる態度で、きりっとした敬礼をした後、帝国兵がその場を去って行った。それを確認したダンテは改めてエルゼに向かい、きちっと目を見て、一言一言、区切るように力強く言った。

「黙っていて悪かったな。俺は帝国諜報部隊の隊長を務めるダンテだ。君を正式にスカウトする。元々帝国兵になりたかったということなら、うちの部隊に入ってみないか?」


 この人が隊長…。確か帝国には6つの特殊部隊が存在し、それぞれの部隊を六誓将軍ゼクス・エイドと呼ばれる将軍が率いていると聞いたことがある。その6人は皇帝の側近中の側近とも言える人物だ。その中の一人にこんなに早く会えるなんて…。


 エルゼははやる気持ちを抑えながら質問する。

「私があなたのところに入隊する前に聞きたいことが2つあるわ」

「どうぞどうぞ」


「1つ目。あなた、私と戦った時は全然本気じゃなかったし、本気で倒そうとしてなかったわよね?2つ目。あなたの部隊では活躍したら皇帝陛下と謁見する機会はあるのかしら?」

 エルゼの質問に対し、ダンテは一瞬訝しげな表情になったが、先ほどの戦闘を思い出したのか少し興奮気味に答える。

「ずいぶん毛色の違う質問だな。1つ目。そうだ。最初は本気でミスリル製の懐中時計を奪うつもりだったが、エルゼちゃんの追跡が凄かったので、ちょっと試してみたくなってね。30分も俺を追い続けてしかもあの穀物庫まで追い詰めるなんて中々できることじゃない。しかも剣の手合わせをしてみたらそちらに関しても上々だし、魔法まで扱える。最後はしてやられて懐中時計を奪い返されちまうし。まぁでも本気じゃなかったのはお互い様だろ?エルゼちゃんも俺を倒すのではなく、懐中時計を奪い返すことを目的にしていた」


「それはまぁそうね…。あなたからは敵意や殺気といったものを感じなかったから」

 こちらも本気じゃなかったのが見透かされていたのは流石六誓将軍ゼクス・エイドと言ったところだろうか。エルゼが肩をすくめて答える。

「そして2つ目の質問。あるぞ。というか俺の部隊は皇帝陛下直々の勅命を受けて任務に就くことが多いんだ。だから皇帝陛下と謁見する機会も他の部隊と比べて自然と多くなるだろう。なんだ、エルゼちゃんは皇帝陛下のファンなのか?」


 ダンテの回答にエルゼは内心「やった!」と思ったが、ここではなるべく感情を出さないようにして話を進めた。

「ふふっ、まぁそんなところよ。安心したわ。入隊を決めるわ。これからよろしくね、ダンテ隊長。それでこの後はどうするの?」

「おぉ!入ってくれるか!エルゼちゃん、こちらこそよろしくな。早速だけど、今から帝都へ向かうぞ。戦争に向けた会議やら俺の部隊への戦術・作戦の勅命があるからな」

 ダンテは白い歯を見せながらエルゼの入隊を歓迎してくれた。

「わかったわ。じゃあ早速向かいましょう」

 エルゼは歩き出そうとしたが、ふと思い出し、もう一つ質問を付け加えた。


「あぁそうだ。3つ目があったわ。これは質問っていうかお願いなんだけど…」


「ん、なんだい?」

 ダンテが首をかしげてエルゼの方を向く。


「ちゃん付けはやめて」


「んー、それはどうかな。約束できないなぁ。エルゼちゃん」

 ダンテは金色の髪をかき上げながら微笑んだ。

 こうして2人は帝都へと向かうことになった。雲一つない真っ青な空で、太陽は二人を強く照りつけていた。


 それにしても、入隊試験は受けられなかったが、まさか皇帝直属の部隊に入隊できるとは、なんてツイてるんだろう。エルゼは興奮していたが、一方このダンテという男には用心する必要があると感じていた。さっきの戦いでは、何とか懐中時計を奪い返すことに成功したが、底知れない実力を感じた。この男は実力の10分の1も出してないし、懐中時計だってわざと取らせてくれたに違いない。それに飄々とした態度だけど、心の奥底では別のことを考えていそうだ。


 にもいつか気づかれるかもしれない。用心するに越したことはないだろう。

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