給食食べよう?

@takkunchan

給食食べよう?

馴染みの街を歩いていたら、声をかけられた。「え、誰?」と戸惑っていたら、急に肩を叩いてくる。かなり驚いたが、その人物には見覚えがあった。

 中学校か高校の同級生だったと思う。何にせよ20年以上前のことなので、記憶はかなり曖昧だ。

「ひー君じゃん! 久しぶり!」

 女の子は大きく手を振りながら、こちらに近づいてきた。

「や、やあ、久しぶり…」

 彼女は、あっけらかんとした僕の返事に、頬を膨らませた。

「もう! ひどいよ! あたしユイだよ? 覚えてないの?」

 ゆい、ユイ、結衣。たった2文字の言葉から、僕の脳は瞬時に、一人の可憐な少女の記憶を導き出した。

「結衣…変わらないね。元気だった?」

「うん…元気だったよ…」

 二言三言、短い言葉を交わしただけで、あの頃の2人に戻れているような気がした。きっと結衣も同じだと思う…いや、そう思いたい。

「ちょっと、近くの公園まで歩こうか…」

 結衣は小さくうなづいた。

 2人の会話は思い出話ばかりだった。隣の席同士だったこと。机をくっつけるために、わざと教科書を忘れたこと。いつも片方が忘れていると不自然だから、交代交代で教科書を持っていこうと連絡を取り合ったこと。掃除の時間に2人でさぼって、こっそり校庭でおしゃべりしていたこと。バレンタインデーにチョコを貰った瞬間をクラスメイトに見られて、その後しばらく冷やかされたこと。木々から葉が落ちる、美しい夕日の季節に、手をつなぎながら帰ったこと…

「懐かしいね」と僕らは笑い合った。決して、お互いの近況に触れることはなかった。現実を知りたくなかったから。

 気づけば、僕らは公園に着いていた。

「ねぇ…まだ時間ある?」

ふと、結衣が足を止めた。僕も結衣に合わせて立ち止まる。

僕らは、鮮やかな葉をわずかに残した1本の木を自然と見つめていた。園内のほとんどの木々は枯れてしまっている。

「あたし、前に夢について話したよね? 覚えてる?」

「ゆ、夢…? ああ、なんか昔言ってたかも…なんだっけ?」

 結衣は両手を広げて、さわやかな秋晴れの空に向かって背伸びをした。そして、そのまま青々とした芝生の上に倒れ込む。

「またみんなで集まって、給食食べたいなあって」

 結衣は、ハッとしたような顔になって起き上がる。

「ねえねえ! そういえばさ、3年2組のクラスのグループラインって、まだ残ってたよね? ちょっとみんなに聞いてみようよ! 一緒に公園で給食食べよう?って!」


 それからほどなくして、日が傾き始めたことに気づき、僕と結衣は別れて帰った。

家まで向かう帰路の途中、しばらくスマートフォンの画面を眺めていたが、3年2組のグループラインにメッセージが来ることはなかった。

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