ほんとうのさいわい。



 なんども繰り返し書くのは、そうしないと、忘れてしまうからです。ささいなことから沸き上がる怨嗟に我を忘れ暴走したが後、手にした日記帳を見て、そこに記された己の筆跡にしたたか頬を叩かれる。あれだけ、誓ったはずなのに、と。



 誰にも触れさせない。あなたの真の姿には。



 後の世の人間は、私を聖人と崇め、またいっぽうで、同性愛と同腹の妹への愛に耽溺した哀れな童貞として評価するでしょう。



 ええ、むしろよりゴシップ的に書き立ててくれたほうがありがたいのです。そうすれば、真実はなおいっそうの深い藪に抱かれ、誰の目にも触れなくなる。そう、多分、私の目にも。



 私はこのまますべてを忘れます。あなたの姿はこれで完全にカモフラージュされる。私の作品と、おびただしい数残された、あなた宛の書簡によって。



 ノートを抱きしめ、私はふたたび目を閉じます。



 ここは銀河鉄道の中。私が最期に見ることを選んだあなたとの思い出の場所。



 このからだをなくしたとき、私は大いなる私へと還るでしょう。そのとき、私は改めて、私の中に蓄積されていたあなたの姿を思い出し、思う存分貪るのです。



 あらかじめ失われた恋人として。


                                  〈了〉

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あらかじめ失われた恋人 ーたったひとりの銀河鉄道ー 梶マユカ @ankotsubaki

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