それにしても。



 あなただけが私を理解してくれる、そして私だけがあなたを理解できる。なんて。



 なんという思い上がり。



 石川啄木を愛し、トルストイを心酔していたあなたの、あの、創作の才能、人を惹きつける挙措。どれをとっても私にはなかったもの。そう私はただ、あなたを見つめる大勢の中のひとりでしかなかった。そしてあなたの視線は、私の上にしか注がれないほど力のないものでは、決してなかったのです。


 

 あなたの後を追い、その視線を受け止めることが、あのころの私にとってどれだけ大事だったか。なんとかしてその視線を逃がさないようにしようとあがく私の姿は、大きな目標に向かって邁進していたあなたの目から、実際のところ、どれだけ醜く見えていたことでしょう。



 それに気づかなかったわけではありません。



 だからこそ、私は作品の中で、あなたの意見に賛同する素振りを見せたのです。




 ほんとうのさいわいを見つけに行く。




 そう宣言したならば、あなたは安堵して、私の傍にいてくれるのではないか。




 誰もが心清き少年の宣言としてとらえ涙した、あの、私の作品の中の科白。あれは、そんなすがるような、いとわしい期待から出た、単なる言葉でしかなかったのです。



 だからといってわたしは、あなたを引き留めるのにどんな手段でも使おうとは考えませんでした。たとえばあなたの弱みを握り屈服させるような。



 あなたが自分の意志で私を選ばなければ意味がなかったのです。自分の意志を通さないあなたなど、あなたではない。あなたではないあなたなど、私にとっても価値はないのですから。

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