第6話

 憧れていた丹羽さんの前で戻してしまうなんて最悪だ。

 そのせいで吹っ切れてしまったのか、僕は半ばヤケクソになり、父のことを全て丹羽さんに話してしまった。


「おいおい嘘だろ!」


 丹羽さんは美しい顔を歪め、暫くすると今度は大笑いし始めた。


「ユウキ君、俺が付き合ってるのは君の父さんじゃないぞ……あいつは昔から女性にしか興味がないんだ。女装趣味があっても、女性が好きな人は案外いてね。勿論、俺があいつのことを好きでも、そういう関係になったことはない」


 僕は安堵から、その場にへたりこむ。


「あいつも変わった趣味でさ、女装した可愛い男の子を見るのが好きなんだわ。流石に自分はもうオッサンだからって、今は女装も全くしてない」


「父が、こんな僕のことを知ったら激昂すると思ってました」


「よく言うでしょ……昔悪かった奴に限って、自分の子供に厳しくなっちゃうって」


「はぁ……」


 目まぐるしく変わる展開に、気持ちがついていかない。


「ユウキ君、父さんのこと気持ち悪いと思うかい?」


「…………」


「まぁ、こんなこと滅多にないからなぁ……よく見ればユウキ君、あいつの若い頃にそっくりだな」


 そう言って丹羽さんは今まで見たことのない屈託のない笑顔で笑った。

 彼は学生時代、さぞかし爽やかな青年だったことだろう。

 父は丹羽さんに恋愛感情を1ミリも抱かなかったんだろうか。


「おいおい、俺の顔に何かついてるかい? そんなキラキラした目で見られたら、おじさん困っちゃうよ」


「……急に『おじさん』なんて言うの、ずるいですよ」


 僕は丹羽さんに抱きついた。

 こんなに誰かに触れたいと思ったのは初めてだった。


「ユウキ君、ごめんね。もう会わない方がいいかもしれないね。君の父さんにもどんな顔して会えばいいか分からないし……」


(丹羽さんは、まだ少し父に想いを残していたりするんだろうか……)


「父とはギクシャクしてしまうかもしれないですけど、僕はこれからも、あの店に行くと思います」


「そっか……マコト君と仲直りできるといいね。昔の俺と君の父さんの関係に、君達は何処となく似てたからさ……」


「……ええ、マコトはいい友達です」


 今度は丹羽さんが僕を抱きしめて、おでこに軽くキスをした。


(もし僕が、あの人の息子じゃなかったら、もっとこうして一緒にいられたのかな……)


 家の近くまで送ってくれると言う丹羽さんの好意を断り、僕は見慣れない国道を歩いた。

 墨を流したような闇の中、うら寂しさが募る。

 油断したら泣いてしまいそうだ。

 何十分か歩き、ようやく見慣れた自宅の前に着いた。


 本当の自分を父に分かってもらえる日は来るんだろうか。


(今なら、父さんとやり直せるかな……)


 見上げると、ぽつんと点いた書斎の明かりが、ひっそりと僕の帰りを待っていてくれた。

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僕と彼らの秘密 時和 シノブ @sinobu_tokiwa

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