第八棒

王家所有の島…トコルコ島は、平和だった。タマちゃんがいないこともあってシナリオの強制力が振われて棒読み&棒演技に陥ることもなく、ゴロ寝殿下のディリエイト殿下と砂浜の上にパラソルをたてて、のんびりと日光浴をしていた。


先程まで海に入っていたのだけど、ディリエイト殿下が珍しく鋭い目で


「危険だな…」


と言ってきたので、何か王子の勘?とか剣士の勘?(実はゴロ寝王子は剣技も超一流)が囁いたのかと、怖くなって急いで浜に戻って来たのだが……


カウチに寝転がってしまったディリエイト殿下を見て、もしかして寝転びたかっただけなのか?と疑い始めてしまった。


ビィー様不在がキツイわ…こんな時ビィー様がいてくれたら


「紛らわしい発言をして、周りに迷惑をかけないで下さい」


とか


「危険なのは寝すぎて腐った殿下の頭の中ではないですか?」


とか、不敬なんてなんのそのなツッコミを浴びせてくれるはずなのに、私一人では心の中で貶して終わりの時間だけが過ぎている。


「もぅ……」


私はディリエイト殿下のゴロ寝している姿を見下ろしてから、独りで波打ち際まで戻った。


「ふぅ……気持ちいい」


風が島風っていうのかな?サラッとしていて気持ちいい。ゆっくりと足先を海水につけてみた。


うん…?


何か背後から不穏な気配を感じて後ろを向くと……何故かディリエイト殿下の護衛のお兄様四人全員が波打ち際まで近付いていた。


「?」


すると振り向いた私と目が合うや否や、瞬間移動?みたいな速さでその場からいなくなった。


なに?え…と思っていると今度はパラソルの傘の下でゴロ寝していたはずのディリエイト殿下が、こちらをジーィィィと見ていることに気が付いた。


なんだろう?用事かな?


あまりに見てくるので仕方なく、パラソルの下のディリエイト殿下に近付いて行った。


「なんですか?」


「……シャリアンデは水着を着るのは禁止だ」


っおいっ!!と、心の中でツッコんだ。お前が自分で黒ビキニを着ろと贈りつけてきたんだろうがっ!


ああ…重ね重ねビィー様の不在が悔やまれる…こんな時にビィー様がいてくれたら


「ご自分で黒いビキニを贈っておいて着るなとは何事ですか、寝過ぎでおかしくなりましたか?」


なんて切れ味抜群のツッコミを入れてくれるはずなのに…


「ヴィー様、何でいないの…」


ついうっかり心の声が駄々洩れになってしまった。すると…ディリエイト殿下が目付きを鋭くした。


「…っ!……ビィルブが居た方がいいのか?」


何故睨むのよ?メインヒーローなのに悪役令嬢ばりの怖い顔になってるけど?


「だって殿下のおかしな発言に切り込んで下さる方がいないんじゃ、殿下が野放しじゃないですか!」


「野放し……私は魔獣なのかっ!」


スケベオヤジでもあるけどなっ!


心の中でツッコんでから、殿下を見て溜め息をついた。


「折角、海に来たのに水着を着ないんじゃ意味ないじゃないですかぁ…」


ディリエイト殿下はパラソルの下で立ち上がった。


「だったら、別荘の寝室で私にだけ見せればいい!」


水着の意味ねぇ…………………ん?寝室?


嫌な予感がして、殿下付きの侍従のアイオさんを見た。アイオさんはアタフタしていた。


ん?


°˖✧ ✧˖° °˖✧ ✧˖°


「聞いてませんよ?」


「初めて言った」


この天然ボケを何とかしろぉ!!


別荘の中に案内された時におかしいな?とは思ったのだ。大きな客間はあるけど寝室ってどこだろう?と…それがまさかのディリエイト殿下と同じ寝室だってぇぇ!?


「どうして殿下と同じ寝室なんですか?」


「だって婚約してるだろ?」


「…っ」


この『愛☆フリシェリアーナ~学園編~』って18禁ゲームだったっけ?CEROにも棒にも引っかからない穏やか温ゲーだったはず、婚前交渉なんて描写あったっけ?


いくら考えてもそのスチルは思い出せず、ベッドの上に寝転がるディリエイト殿下と寝室の扉を背に私は睨み合いを続けていた。


「いい加減諦めて、私の横に寝転がれ」


カッコイイ台詞なのか、だらしない台詞なのか判別がつきにくい言葉を言いながら、ダラダラする殿下を苦々しく思っていると…扉がノックされた。


侍従のアイオさんが扉を開けると…そこにはビィルブ様がいたーー!おまけに


「タマちゃん!」


タマちゃんこと『愛☆フリシェリアーナ~学園編~』の主人公のリアシャがビィー様の後ろから顔を覗かせていた。


ビィー様は一礼だけして部屋に入って来ると殿下に言い放った。


「婚姻もまだのご令嬢と同衾なさるなんて、破廉恥なことはなさらないで下さい」


ディリエイト殿下はベッドから起き上がると、ビィー様とタマちゃんを交互に見ている。


「何故いる…?」


「殿下がダラダラしてシャリアンデ様にご迷惑をおかけしてるとお聞きしましたので…」


思わず侍従のアイオさんを横目で見た。


タマちゃんが私の横にすっ飛んで来ると、ごめんね~と謝ってきた。


「ディリエイト殿下には申し訳ないけれど、ビィルブ様にご一緒に…なんて誘われたら断れなかったから~」


おおっ!タマちゃんっビィー様に誘われたのぉ!?


「分かるぅ~ビィー様に『ご一緒に…』なんて言われたら無理だよねぇ~」


「だよねぇ?ついうっかり『はい…ご一緒します』なんて答えちゃったよぉ~」


私がタマちゃんと手を取り合って叫んでいるとビィー様が私達の側に来た。


「突然に参りまして申し訳御座いません。私の一存でご友人のリアシャ嬢をお誘い致しました」


「ありがとうございますっビィー様!」


ディリエイト殿下がベッドが降りると、私に近付いて来た。


「なんでかなぁ!?ビィルブの言葉にものすごく嬉しそうな顔しちゃってるなぁ!?」


「……」


あんたねぇ…あらいけない!ついゴロ寝王子をあんた呼ばわりしそうになったわ。そりゃアイフリの自分の推しメンの言葉は、私にとっても最も従うべき言葉になるんだよ?


「私にとって従うべきお言葉は殿下よりビィルブ様の方ですから…」


「…!」


私がボソッとそう言うと、ディリエイト殿下は顔を歪めた。


……しまった。


メインヒーローにダメージを与えてしまった。流石、悪役令嬢の私……ちがうちがうそうじゃない。


そしてゴロ寝(王子)はふて寝(王子)を始めてしまったようだ……


「…ふぅ…広間に参りましょうか?」


ビィー様はふて寝王子を完全無視して私とタマちゃんを客間へ誘った。


「あの方はダラダラしていますが、決して短慮な考えの元行動している訳ではありませんので、シャリアンデ様ならご無理を言っても大丈夫と思って発言されていらっしゃると思います」


ビィー様はディリエイト殿下を上げてるのか下げてるのか分からない発言をしてきた。そして珍しく表情を緩めると少し微笑んで見せた。


「…!」


私もタマちゃんもその笑顔で心臓が跳ね上がった……と思う。


「殿下は甘えていらっしゃるのだと…」


「はぁ…」


だと思うけどね…春の頃に比べれば言葉遣いがまず違うし、ダラダラしているのを隠そうともしないしね。


「ですが、それはそれ…同衾などと破廉恥なことはまた別です。出来ないことははっきり仰って頂いても大丈夫だと思います。押せば了承してくれると甘えた感情で申しておられるのでしょうし」


やっぱり、ビィー様は殿下を下げていた!


そう言って、ビィー様は私をディリエイト殿下の寝室の方へ押し出した。


「取り敢えずは、ちょっと甘く囁いて差し上げれば機嫌が直りますので宜しくお願いします」


おぃ!!……仕方ない。


悪役令嬢なのに断罪して来る予定の王子殿下に甘く囁く…何だか腑に落ちない。


私は声をかけてから、侍従アイオさんに扉を開けてもらって寝室の中に入った。


まだふて寝してる……


ディリエイト殿下の銀色の髪は少し伸ばされて無造作に後ろに流されている。柔らかそうだな…触ってみたいけど触らせてくれるかな?


「殿下…?」


「寝てる」


起きてるくせに!…可愛い。まあ認めてあげるけど、ゲームの中で見ていた攻略キャラだったディリエイト殿下からは絶対に感じられない可愛さだった。


そう、と過去形で言ったが今、タマちゃん主人公がこんなに側に来ているのにゲームの強制力が働かない。


恐らく私とタマちゃんで折に折りまくった恋愛フラグが完全に折れているのだと確信した。


今、季節は一年生の夏…ここからは完全オリジナルシナリオに突入したとしてもおかしくない。


私が悪役令嬢になって断罪されるか…それともこのまま殿下の婚約者のまま卒業するかは分からないままだが…


そして私も婚約したままでいいのか、まだ悩んでいる状態なのだ。


私は寝転がるディリエイト殿下の耳元に囁いた。


「黒のビキニは寝室で殿下にだけお見せしますから…」


一発で、ディリエイト殿下の不機嫌は直った。


チョロかった…






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