第四棒

いつもの私…シャリアンデ=マカロウサなら、ディリエイト殿下に強引に話しかけて殿下に引っ付こうとしていただろう。


「…」


静かにディリエイト殿下の半歩後ろを歩く私をディリエイト殿下も、無口で短髪黒髪にエメラルドグリーンの瞳がカッコイイ!イケメンのビィルブ=シューメル侯爵子息も、いつもの私と違うからか…やけに見てくる。


ディリエイト殿下と違ってビィー様の容姿の説明が、くどく熱いのはビィー様が私の推しメンだからです、はい。


食堂に一歩、一歩と近付いて行く。緊張で手汗が滲む…上手くいくかどうか。


私は進めていた足を止めて、半歩前を行くディリエイト殿下に声をかけた。


「腹痛を起こしましたので、昼食はご遠慮させて頂きます」


「…っ!」


「…なっ」


ディリエイト殿下に言葉を与える隙は見せずにそう言い切ると、踵を返した。

そして廊下の向こうの方から歩いて来るリアシャさんを見付けると、リアシャさんに目配せをした。


出逢いイベントが始まるのは食堂の中だ。


だったら食堂に行かなければいい、シナリオの破綻…シナリオの矛盾点…こちらから側から起こしてやればいい、私とリアシャさんはゲームの『バグ』だ。ゲームの一キャラからの反乱だ。これを起こしてもゲームの強制力に抗えないと分かれば、もう成す術が無い。自分を押し殺してゲーム内の5年間を過ごすしかない。


その5年が過ぎた後、私とリアシャさんもどうなるのか分からない。この世界で生きていけるのか…ゲーム終了と共に殺されるのか分からない。


私が足早に食堂から離れようとすると、リアシャさんも私の後を追いかけて来てくれた。


正直、安堵した。いくら強制力で棒演技&棒読みを繰り広げてしまうとはいえ、リアシャさんだって私と同じ『愛☆フリシェリアーナ』をプレイしているアイフリのガチ勢だ。本当は私だってイベントを見たい。主人公と攻略キャラ達の恋愛を見てみたい…だけど、そこに本物の愛が無ければそれは物語としても破綻している…と思う。


リアシャさんに無理強いを強いて、私にも従わせようなんて……そうはさせるもんかっ!従順な悪役令嬢じゃないんだぞ、ごるぁ!!


私とリアシャさんは中庭に逃げこんだ。


「やったね…」


「どう?体は動く?」


私は手を振り回しているリアシャさんを見た。リアシャさんは笑顔で頷いている。


私はアイフリのイベントを書き出した手帳をポケットから取り出した。リアシャさんも私の手帳を覗き込んだ。


「私の記憶では『愛☆フリシェリアーナ~学園編~』の出逢いイベントは起こる時期は日にちが決まっていたよね、つまり今日だけのイベントだよね?」


「うん、そうだよね。これは自動で起こるイベントだから…確か好感度には関係が無いよね?」


私は手帳の次のページをめくりながら説明した。


「そうそう、次のイベントからは選択肢によっては好感度が変化する……あれ?私達の場合は選択肢ってどうなるんだろう?」


一緒に手帳を覗き込んでいたリアシャさんが首を捻りながら呟いた。


「ホントだ…こんな場合は主人公はどう話すんだろう…」


そしてリアシャさんは私に更に顔を寄せてきた。


「ねえ、シャリー…我儘言っていい?イベントから逃げられることも分かったし、逆にもう一度イベントに向き合ってみない?自由を奪われて、あの棒読みはキツイけど…それを除けば実害は無いっぽいし、私もミスト様なら攻略キャラルートに乗ってもいいかな~と思うし、どう?好感度の上がるイベントをせめて全キャラ一回は起こしてみない?そこで好感度の上がる選択肢を私が勝手に話していることが分かったら、もしかしたらだけど、シナリオが勝手にハーレムEDを目指しているってことにならないかな?」


私はリアシャさんの言葉に仰天したと同時に思い出した。すっかり忘れていた!


「ハーレムED!そうだった…アイフリってそれがあったんだよね」


リアシャさんは私の手帳を指差しながら


「アイフリは18禁ゲームじゃないし、シャリーが辛くて怖い思いをしないのなら…私は見てみたいかな?」


ニンマリと笑っているリアシャさんを見て泣きそうになった。リアシャさんは更に言葉を続けた。


「そりゃ~乗っ取られ?は気持ち悪いけどさ~試してみたいし、やっぱり見てみたいじゃない?生イベント!私のひっどい棒読みと棒演技で全てが台無しだけど…」


「リアシャさんは…辛くない?」


私が聞き返すとリアシャさんは笑った。


「萌えの為なら自己を犠牲にしても悔いはない」


「名言…!そうか、逃げてばかりでも仕方ないもんね。全部のイベントを避けてもいられないもんね」


「そうだよ、だから自然とイベントに突入しちゃったらしちゃった時で楽しもうよ。シャリー、忘れてない?私達、アイフリのゲームをこよなく愛する女子、アイフリージャだよ?あ、もうアラサーなのに女子って言っちゃった!」


アイフリージャとは、アイフリファンを呼ぶ呼称のことだ。


「リアシャさんってアラサーなの?私なんて三十過ぎてるよ!」


身バレがはずかしいけど、色々と腹を割って話してくれる豪快なリアシャさんにつられて同じくアラサーだとばらしてしまったが、問題ないだろう。


リアシャさんは嬉しそうに手を取ってくれた。


「あはは~ホント?!私よりちょいおねえーさまだね!頼りにしてるぅ」


「うんっ頼って!頼って!」


リアシャさんとふたり中庭でまた号泣した。


その日から私とリアシャさんのゲームに対する決め事を改めて見直した。


以前決めた事に追加して


その④イベントに突入してしまったら取り敢えず、流れに任せて様子見。お互いのイベントの進み具合を随時報告すること


これを追加した。


リアシャさんが棒読みすら楽しみたい!と言ってくれたので、私も腹を括って、ゲームを楽しもうと決めた。


という訳で、リアシャさんと私は無理をしない範囲で、イベントを起こしてニヨニヨしながら攻略キャラを愛でることにしたのだ。


リアシャさんと私とで記憶の擦り合わせを行い、イベントの起こる日時や好感度等をその都度チェックしつつ…日々過ごしていた。イベントを楽しみに待つのはこれはこれでまたアイフリを楽しみにしていた感覚を思い出して楽しい、不謹慎だけど。


そしてリアシャさんは本当に豪胆な性格をしていて棒演技と棒読みで熱演を終えた後


「やり切ったわーー!どうだった?」


「素晴らしい棒だったよ!」


という感じで、明るく楽しく接してくれるので、楽しい棒ライフを送ることが出来た。


そしてそんな棒ライフを満喫していた私は、すっかり油断して忘れていた。


そう……私だってこのアイフリの出演者だということを…当たり前のことだけど、シナリオが進む過程の日常がゲームの中でも流れていることを…忘れていた。


コヨリダ魔術学園に入学して一ヶ月と少々…勉強とイベントにニヨニヨしていたある日の夕方、女子寮に帰ろうとしていた私の前に、ビィルブ=シューメル侯爵子息が蛇蝎を見るような目で立ち塞がって来た。


「ディリエイト殿下がお呼びです」


「…え?」


ああ…何という事でしょう…浮かれていてすっかりディリエイト殿下のことを忘れていましたとさ。普通の婚約者なら忘れないよね?うんうん、そりゃそうだ!


「……」


男子寮の特別室で、ディリエイト殿下は私を待ち構えていた。私の記憶している中でシャリアンデはディリエイト殿下の住まう特別室に入ったことはなかったはず?主人公はのリアシャはイベントで入っていたけど、シャリアンデは無かったよね?


これ…イベント外で起きているシナリオだよね?


この流れは正解なのか?それともシャリアンデとリアシャ私達というバグの侵入により起こったイレギュラーな事態なのか?


腰を落としてカーテシーをして室内に入って


「こちらへ座れ…」


と、ディリエイト殿下に言われたので顔を上げると…あれ?ディリエイト殿下の肩まであった髪が短くなってるね!殿下、短髪も似合うね!……そうじゃない。


殿下が髪の毛を切ったことすら気が付いてなかったわ…!


私ってば、妻の小さな変化も褒めない旦那並みにヤバいじゃない!…いや、その比較もおかしいか…


「シャリアンデ、君は最近、昼食の時間は体調が悪いだとか…忙しいとか、色々言っては私を避けていたようだけど…どうして?」


あ…あはは…はぁ。まさかこんなイベント外の所で演技力を求められることが起ころうとは…なんて言って誤魔化す?


「リ…リアシャ様といるとつい、楽しくて時間を忘れてしまって…」


ディリエイト殿下の眉がピクッと動いた。


「リアシャ=メイデイ子爵令嬢か…」


あ、あれ?何だかディリエイト殿下の顔色が悪くなったね?あれ?だって主人公だよね?思い出して赤面…は分かるけど顔が強張ってるけど…何かあったの?


どうやら私の渾身の演技力は空振りに終わったようです……オツカレ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る