第三棒

私とリアシャさんが通学路を進んでいると、リアシャさんが突然立ち止まった。慌ててリアシャさんを見ると…


死んだ魚の様な目をしていた!イベントが始まった!


リアシャさんはロボットみたいな動きで、ギクシャクしながら門扉に向かって動いている。私もそのすぐ後に続いた。


リアシャさんを追う、私の動きはいつもと変わらない…ということは


イベントが起こっても、自分の出番がない時は攻略キャラやリアシャさんに近距離にいても、棒演技化(強制力)しないということだね。


「あっれ~?見かけない顔の子がいるよね?入学式にはいなかったよね?」


これはぁ?!しっ自然だっ自然な演技だ!(当たり前)ゲームで聞いたあの声で同じ台詞を言いながら、ミスト=アイエデーダ伯爵子息が両脇に女子生徒を侍らせて、颯爽と現れた。


「キターーッ!」


思わず叫んでしまったが…イベント中なので、叫んだ私の存在は無視されているようだ。これはこれで、周りでいくら私が騒いでも黙認されるということではないか?ある意味おいしいぞ。


リアシャさんには申し訳ないけれど、ミスト様のご尊顔が良く見えるであろうベストポジション(生垣の陰)に移動して、生イベントを見詰めることにした。


「わたしはへんにゅうしけんでコヨリダまじゅつがくえんにへんにゅうしたのでにゅうがくしきはさんかしていないのよ?」


うほっ!見事な棒読み…流石リアシャさん!…そうじゃない。リアシャさんの目を見ると凪いでいる…死んだ魚の様な目から一ランク上がって、全てを達観したような目をしている…!


「へぇ~そうなんだぁ?編入試験って結構難しいって聞くよ?もしかして特殊魔力の保持者なの?」


そうだ…リアシャさんはこの『愛☆フリシェリアーナ~学園編~』で、癒しの魔法…希少な治療魔法が使える魔法使いという設定なのだ。


その力を認められて、コヨリダ魔術学園に編入出来たという訳だが…主人公が『聖女』とか『世界救う』とかそういう使命を持っている訳ではない。


あくまで設定に彩りを付ける為に「主人公ちゃんが癒しの力を使える方がカッコイイよね!」的なノリでつけられた設定だと思われる。何故そうだと思うのかと、問われれば主人公が治療魔法を使うイベントが全く無いからだ。


だったら何のために希少の治療魔法使い設定にしたの?→その方がなんとなくカッコイイから。


これしか答えは出て来ない…私は、だが。


私はゲームの設定に想いを馳せている間に、ミスト様と主人公の出逢いイベントが無事?終了していたようだ。


リアシャさんの迫真の棒演技が終わり…リアシャさんの瞳に光が戻って来た。


ミスト様は女子生徒達から急かされて、学園内に入って行った。


私は生垣の陰から出て来るとリアシャさんの傍に近付いた。


「オツカレ…」


「オツカレ…」


ほぼ同時に同じ台詞を言ってしまった…リアシャさんと見詰め合ってまた大笑いしてしまった。


「いやなに?別に疲れてないんだよね!でも、体の自由は奪われるしさ~でもミスト様、眼福だったね!やっぱ生イケボは最高だね!」


「そういえば~リアシャさんに聞いてなかったけど、推しは誰なの?」


リアシャさんと二人で歩きながら学園に入った。


「私、ミスト様なのよぉ~でもさリアルはなんか違うね…女の子と引っ付いてるのが生々しいというかさ、私は主人公だけど…攻略キャラとの恋愛は別にいいわ…て感じ」


と主人公なのに爆弾発言をしてくるリアシャさん。あ…でも私もそうかもな…


「私もそうかも…私ね、ビィー様が推しだったんだけど、ビィー様に睨まれて気持ちが萎えたわ。ホラ、これでも悪役令嬢だし?これからリアシャさんを苛めるでしょ?それにクリスマスパーティーで婚約破棄されるじゃない?そういう意味では勝手に嫌われキャラになるから…恋愛関係は諦めてるわ」


リアシャさんは笑顔を引っ込めて、私に痛ましげな顔を見せた。


「で…でも学園編が終われば、社交界編で…」


リアシャさんの言う学園編とは今、私達が通っているコヨリダ魔術学園の三年間を通して繰り広げられる恋愛ゲームのことで、学園編の主人公はリアシャ。そして社交界編という続編にあたるシリーズの主人公はまで出て来ていないけど、男爵家出身のメイドのナナージェ=アクスなのだ。


なんとこのアイフリは、シリーズもので続編の社交界編で主人公が交代する為、攻略キャラが尻軽過ぎるとSNSを炎上させたのだが…悪役令嬢である私、シャリアンデ=マカロウサは学園編と社交界編のどちらにも出演?を果たし、ずっと悪役令嬢として君臨し続ける設定なのだ。


思わず溜め息が漏れる。


「クリスマスパーティーの婚約破棄で断罪イベントとか無いだけマシだけどね…」


リアシャさんも同じように溜め息をついて同意してくれた。


「ホントだよね…処刑とか国外追放とかそんな怖いことが起こらないのが、アイフリが穏やかぬるゲーと言われる所以だけどさ」


そう、穏やか温ゲー…所謂、アイフリも恋愛シミュレーションゲームなのだが、激しい苛め描写や怖い苛め描写も一切無い、ほのぼのとした恋愛ゲームなので、SNSでは穏やか温ゲーと呼ばれているのだ。


なのに、なんで悪役令嬢が苛めるってどういうこと?と、お思いの方も多いでしょう…別に苛めると言っても『口撃』だけなのだ。手も足も出さない、暗殺や毒殺、暴漢に襲わせるなんて恐ろし気なイベントも無い…穏やか温ゲー…それが『愛☆フリシェリアーナ』というゲームなのだ。


それでも婚約破棄イベントはあるし、ディリエイト殿下やビィー様には蛇蝎のように嫌われるし…要は学園での三年間と社交界の二年間…つまり二十才までは、シャリアンデ=マカロウサとしてこのゲームの中で


そして需要なことがもう一つ…私はどの攻略キャラルートを選んでももれなく、主人公を口撃で苛めて、ディリエイト殿下の不興を買って婚約破棄をされるのだ。


「やっぱりさ、棒演技以外の時は自由にさせてもらうわ…遠くからビィー様を愛でてて、時々ディリエイト殿下も愛でて…楽しみはこれしかない」


「シャリー……」


リアシャさんに抱き付かれた。私の方が背が高いので抱き付かれている状態だけれど、リアシャさんの背中をトントンと叩いてくれる、優しい手の温かさが堪らない。


「悪役令嬢だけど友達でいてね…」


「うん…主人公だけど友達だよ…」


そうして、教室に入るまでに予定通りに保健医のガント=ローマレ先生と遭遇イベを無の境地で見詰め…リアシャさんと、げんなりしながら教室に入った。


おや?ディリエイト殿下がまたこちらを睨んでいるね。


リアシャさんも睨んでいるディリエイト殿下の視線に気が付いたみたいで、私に耳打ちしてきた。


「そういえばさ~実際のゲームの時には気が回らなかったけど、主人公のリアシャの一日目は朝は普通に登校しているし、教室で授業受けているじゃない?ディリエイト殿下とは同じクラスだし、教室ですでに会ってるはずなのにお昼のランチで初めて会ったみたいな会話って変だよね?」


言われてみればそうだね!


「あ、ホントだね。殿下はリアシャさんをすでに教室で見ているから、以前に街で出逢ったことも気付いているはずだよね?普通ならこの教室で声かけるよね~」


リアシャさんは若干ニヤニヤしている。どうしたの?


「シナリオの矛盾点を見付けて、不具合とか破綻を見付けるの好きだったんだぁ~これはシナリオ破綻だよね?」


「リアシャさん…悪い顔になってる」


リアシャさんは益々ニヤニヤした。


「これぐらいは楽しませて~」


「了解」


そう…こんな棒演技を強制させられている生活の中、重箱の隅をつついてニヤニヤするくらい、許して欲しい…切実に。


そうしてシナリオの矛盾点を感じつつ、お昼休みになった時、ディリエイト殿下が私をランチに誘ってきた。


「シャリアンデ、食堂に行こう…」


「はい…殿下」


一瞬断ろうかと思ったが…それでもディリエイト殿下は一人で食堂に行くだろう。そしてリアシャさんとシナリオを始めるだろう。


大きな賭けなような気がする。先程、リアシャさんが言った言葉で気が付いたのだ。


シナリオの破綻…シナリオの矛盾点…もしかして、食堂の出逢いイベントで本来出番のない、私が自由に動いたら?リアシャさんとディリエイト殿下はシナリオどおりに動くのだろうか?その時私はどうなるのか……


私は試してみたいことを書いたメモを休み時間に書いて、リアシャさんに渡していた。


ディリエイト殿下と共に教室を出て行こうとする私に、リアシャさんが大きく頷いてくれているのが見えた。


よし…やってやるぞ。

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