第27話 衝突編
家につくまでのヒロは不気味なくらいにいつもと変わらなかった。
夜に見かける鳥や虫の話をして笑っている。
それがサラには違和感としか捉えられず、返答に困るばかりだ。
サラに気を遣っているのか単純に気を紛らわしているだけなのか。
その真相が分からない。
確かなことは、今現実から目を逸らそうとしていると言うことだ。
「おかえりなさい」
「ただいまぁ」
エプロン姿のミサが出迎えてくれる。
側にはしっぽをいっぱいに振るダンテがいた。
まだ散歩にはいけないが家の中を歩き回れるくらいに回復したダンテはサラの側にいたくて仕方がないらしい。
足元に頭を擦り付けてくるダンテの姿は愛らしいものではあるが、サラはうまく笑顔を返してあげることができない。
その様子にミサが気付くが、ヒロはいつものようにふわふわとリビングに歩いていく。
その先で待っていたコウとリョウに今日の釣りの成果を楽しそうに話し始めている。
「何かあったの?」
「うん…」
話していいことなのかが分からず言葉を詰まらせてしまう。
中央から戻ってきて仲良くなっていたのにまた傷が入ってしまいそうだ。
俯いたままのサラにミサはそっと手をまわした。
「後でゆっくりお話ししよ?その時でいいから」
ミサの察しの良さに感謝をした。
そのまま問い詰められたら思わす何もなかったと言ってしまいそうだ。
そのあと、ワイワイと騒ぎながら夕食を食べたが話の内容も食事の味も覚えていない。
ただずっと気になっていたのは何事もなかったようにふるまうヒロの姿だった。
それが彼の癖だというのは分かっていたつもりだ。
それゆえにフジを始めとする大人を落ち着かせてきたのだというのもなんとなく理解していた。
けれど、何か違うような気がする。
彼女はわざわざヒロにさよならを告げに来た。
それは、とても勇気のいることだとサラは思う。
それでも一言言いに来たのは特別な想いがあったからに違いない。
シレイトをヒロと歩く彼女はいつでも楽しそうにしていたが、どこか一歩引いているようにも見えた。
それが、この運命を予見しての事ならば、わざわざ言葉を残しに来る必要があるのだろうか。
そして、彼女の決意を受けてヒロが何も思わないはずがない。
ミサからも聞いている。
ヒロもまた、彼女と共にシレイトを歩くことを楽しみにしていた。
その人に殺されるかもしれないと知った時、人はこんな平常を保っていられるのだろうか。
「サラ、どうした?」
手が止まったままのサラに気付いてリョウが声をかけた。
「サラさん、泣いてるんですか?」
コウが驚いてハンカチを取りに走ろうとした。
やっと、その頬を伝う雫に気付いた。
見つめたままのヒロはキョトンとした顔をしている。
また、戻ってしまうかもしれない。
それでも、やはり許せないことは許せなかった。
コウがリビングに戻ったすぐにサラは机を思いっきりたたいた。
シンとした部屋、じんじんと痺れる手のひら、いろんな感情がぐちゃぐちゃになって吐きそうだ。
「なんで、笑っていられるの?」
青い目がヒロを睨んでいる。
みんなの視線がサラからヒロに移る。
流石に、笑っていない彼は視線をうろうろさせて答えを探している。
「死んでもいいと思ってるの?殺されても仕方がないと思ってるの?本当にあの人がヒロ兄のこと殺したいって思ってるんじゃないよね?わかってて、笑ってるの?」
突然の話にリョウもコウもサラが何を言っているのかが分からない。
当の本人であるヒロもサラの気迫に圧されて言葉が出ない。
「あの人の事、嫌いだけど、すごい覚悟で来たのは分かるんだよ。ヒロ兄だって、泣きそうな顔してたくせに、忘れようとしないでよ。後悔するの、ヒロ兄だよ?」
ヒロが何のために笑っているのかはわかっていた。
だから、我慢ができなかった自分は弱いものだと思った。
でも、ヒロの行為は間違っていると思ったのだ。
それは、他人のためであってもヒロ自身のためではないはずだ。
「サラ、俺は大丈夫やから」
「なにが?」
「ん?」
「我慢できるから?殺されてもいいから?何が大丈夫なの?」
サラはずっとヒロを睨んでいる。
返事が出来ずに黙りこくるヒロに声をかけたのはリョウだった。
「ヒロ、サラが言っていることが何かは分からないが、もうお前だけが我慢する必要はないんじゃないか?」
ヒロが驚いたようにリョウを見る。
「もう、笑うしかできないほど子供じゃない。
サラがいなくなった時に1つ、安心したことがある。
お前に、ちゃんと感情があるって、分かったことだ。
泣くことも、怒ることも、ちゃんとできるって安心したんだ」
「ヒロさんが泣いてるの、初めて見ました」
コウがリョウの言葉を肯定する。
続くようにミサが頷いた。
「何かあったんだろ?一緒に考えることくらいならできる。そろそろ、お前自身の幸せを考えたらいいんじゃないか?」
「幸せ言うても…幸せ…やったし」
机を見つめて尻すぼみな声でつぶやくヒロを見て、リョウはゆっくり息を吐いた。
「だったら、そんな顔をしないだろう?」
白い髪から覗く表情に苦笑いのリョウと、それを優しく見守るミサとコウ、サラはいつまでも鋭い目付きでヒロを睨んでいる。
思い出したのはカメラを構えて写真を撮りたいとお願いをしてきたキリアの顔だった。
柔らかい表情で声をかけてくるのにいつも一歩引いて寂しそうな顔をする彼女に見せたいものがたくさんあった。
その寂しい顔が少しでも明るくなればと歩いているうちに、いつまでも一緒にいることが出来ない現実が恐ろしくなっていた。
それが、何を意味する感情なのか、気付かないふりばかりをしてきたのも、事実なのだ。
「中央のキリアに、会わなあかん。俺が、止めにいかな…」
そのあとはもう、言葉にならなかった。
その夜、食事を終えたフジの家を訪ねてきたのはまるで昔に戻ったような服装をしてきたカイだった。
竜騎士としてグランドマウンテンを駆け回ったころを思い出させるカイはサナエに挨拶を済ませると真剣な顔でフジに決意を告げた。
「時期に君にも通達が来る。竜騎士団が中央を攻める覚悟を決めた。
僕は、ミクリの意志を継ぐ竜騎士としてその地に向かう。
竜騎士として、最後の戦場に行ってくる」
昼間まで病室にいた男が戦地に立つという。
フジが引っ掛かったのは、シレイトの竜騎士としてではなく、ミクリの意志を継ぐ竜騎士としてという決意だ。
「カイ、お前、そんな傷で行けると思っているのか?」
「僕は、守りにいかなければならない」
カイは守る側を選んだという。
その決意に迷いはない。
それはつまり、敵の命さえも奪わないという誓いだ。
「ヒロがいるだろ。あいつが資格の力を遣えば竜騎士団を止めるなんざ簡単な話だ」
重傷を負った友人を止めるのは当然の行為だ。
それを予期していたのか、カイは迷いなく答える。
「ヒロ君に全てを背負わせるのはおかしな話だろ?それに、
今のヒロ君はきっと、資格の力を使うことはできないよ」
でたらめを言っているわけではなさそうだ。
そもそも、冗談でこんなことを言うような人間ではない。
「ヒロ君、そんなに身体が悪いの?」
一歩下がって聞いていたサナエが心配そうに尋ねた。
彼女にとってサラはもちろんヒロも我が子のようなものだった。
「スノーの力がヒロ君を支えているうちは問題ないと思う」
「だったら、なんで資格の力が使えねぇんだ?スノーライトの力とは関係がないはずだ」
「そうだよ。ヒロ君を支える力のひとつではあるけれど、本来スノーの力さえあれば十分に身体をだますことが出来る」
カイがフジの手を引いて外へ出た。
そこで、彼は異様な光景を目にした。
後に続いて外に出たサナエは口開けたまま空を見上げる。
時折落雷のような地響きが聞こえた。
雲の下をいくつも横切っていくのは竜だ。
何年も怒りの矛先を隠し耐えてきた竜騎士たちが動き出したのだ。
その下で、カイが両手を広げて叫んだ。
「dragon killerの力は“竜を殺す”力なんかじゃない」
上空から渦を巻くように舞い降りた白銀の竜はブラッドレーンに比べれば随分小型の飛竜だ。
飛竜はカイの側に着地をするとゆっくりと頭を下げた。
カイの手が頭を撫でるとサファイアのような目がきらりと闇に輝いた。
「dragon killerは竜の命を奪うんじゃない。竜の、“力”を奪うものなんだ」
カイの姿がミクリと重なる。
彼の言うことが本当ならば、何故、それを誰も知らないのか。
力を奪言うということはいったい何を意味するのか。
「ミクリは生涯その力を使わなかった。その理由は僕にも分からない。
けど、ヒロ君がそれを使えないということは分かる」
空を飛んでいく竜の列に切れ目はない。
それらが向かうのはグランドマウンテンの先にある平地だ。
これだけの数が戦地へ向かえば犠牲も少なくはないだろう。
それでも命を投げ出す覚悟を決めさせるのはやはりミクリの存在なのだろうか。
「フジ、君はどちらを選ぶ?」
カイの問いにフジは答えられなかった。
全てを壊す選択は始めからないものの、全てを守る覚悟はできていなかった。
やはり、憎いものは憎いのだ。
フジが迷う間にカイは竜の背に乗った。
「竜騎士よ、孤独であれ!!」
そうして、列をなす竜の群れよりも遥か高みへと飛び立っていった。
残されたフジの手を、サナエがとった。
彼女はいつでも、この地でフジを待っていた。
「フジ、あなたがどんな道を選んでも、私はあなたを愛しているわ
だから、後悔しない道を選んで」
細い手は震えていた。
選ばなければならない道は決まっている。
ただ、ずっと、踏み出す覚悟がなかっただけだ。
「サナエ、俺も、お前を愛している。
子供たちにばかり頼ってられねぇ。俺が、しっかりしなきゃならねぇんだな」
静かに口づけを交わす。
泣きそうな顔に背を向けて、竜を呼んだ。
「必ず、帰ってくるからな」
竜の咆哮は幾重にも連なり大空へと響いていった。
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