第29話 衝突編
竜が群れる。
それは今までに見たこともない数だった。
霧川ソウと合流したキリアは幾重にも重なる唸り声で耳が痛かった。
その中心に向かい国家竜騎士の兵を引き連れるソウは相変わらず表情のわからない顔をしている。
けれど、合流した直後、キリアは妙な違和感を覚えていた。
僅かではあったが、その目はギラリと光った気がしたのだ。
冷徹で感情のない目に光が宿ったように感じたのはそれが初めてだ。
シレイトから戻ったばかりで疲れているのだろうか。
キリアはリベルターの羽毛に顔を埋める。
リベルターの体温が接触部分からじわじわと伝わってきた。
何度声をかけても返事はない。
紋につけられた鎖は彼女らのコミュニケーションを遮断している。
声が聴きたかった。
たった一人残された家族がリベルターだ。
竜に支えられて、キリアは生きてきた。
シレイトの人のように覚悟をもってリベルターと契約を交わしたかと問われれば、応えはNoだ。
寂しさを紛らわせたかったに過ぎない。
けれど、生涯共に歩むのだという決意は負けていないと思っている。
キリアにとってリベルターはそういう存在なのだ。
首筋の紋がチリチリと痛んだ。
前方のソウと目があう。
その冷たい視線はキリアに自由がないことを再確認させているようだ。
「ヒロを殺したら、解放される」
ギュッと目を閉じる。
別れを告げた後のヒロの顔は見ることが出来なかった。
涙が邪魔をして景色さえも朧にしていた。
彼を殺す選択をしたというのに、彼は優しいままだ。
それが、とても辛かった。
ヒロが、人の選択に口を出さないことはなんとなくわかっていた。
けれど、どこかで止めてくれるのではないかと期待をしていた。
自分の行いが間違いだと、国家竜騎士など止めてしまえと、言ってほしかった。
「私は、国家竜騎士。Dragon Killerを、殺す」
自分に言い聞かせるように何度も何度もつぶやく。
そのたびに、心臓の奥の方がズキズキと痛んだ。
「はぁ?おまえ、それ、本当なのか?なんで今まで黙ってたんだ?」
ブラッドレーンの背でリョウが変な声をあげていた。
ヒロが話した内容は今までの考えをひっくり返すもので、その場に居合わせなければ知りえない事実だった。
「いや、俺も今思い出したばっかやし」
「それが本当ならなおさら衝突するべきじゃないな。
今回の騒動を引き留めに来るのは確実に国家竜騎士の隊だ。
そしたら、必ず奴も出てくるだろうし」
ぶつぶつと漏らしながら考え込むリョウはヒロをちらりと見た。
その視線が何を意味するかが分からず首をかしげると、何かの結論が出たらしい。
「これを竜騎士団の交渉に使うのはもちろんだが、国家竜騎士にも話してみるか?
霧川の行動の謎も解けるかもしれない」
「そうやな。何があったんかは分からんけど、あっちも覚えてないみたいやしな」
ブラッドレーンが翼を羽ばたかせてコードをあげる。
後方が明るくなってくる。
スピードを上げ、風を切る様にグランドマウンテンを飛び抜ける。
風に目が痛くなった。
視界を保つために手のひらを壁にして前方を見つめる。
赤い大地はいっそう濃い血が染み込んでいるようなどす黒い色をしている。
ブラッドレーンが吠えた。
目の前の岩を抜けた時、目に飛び込んできたのは
「サンファニー!!」
青銅の竜に跨る少年は辺りの竜を率いるように輪の中心に立っていた。
その金色の瞳は真っ直ぐに漆黒の竜に向けられていた。
まるで、到着を待っていたかのように、ゆっくりと、その口を開くのだ。
「Dragon killerは能無しですか?こんな事態になるまで身を隠すなんて、臆病者が引き継いでしまったようですね」
少年の眼には失望が、周りの竜騎士の視線は貫くように漆黒の竜に向けられた。
ドクンと心臓が音を立てる。
向けられた重圧に押しつぶされそうだ。
リョウの額に汗が伝う。
竜騎士団の筆頭は実質サンファニーだ。
力のある竜騎士は狩と称して竜を奪われている。
中央の出身ではあったが、彼は純粋なDragon killerの信仰者だった。
18歳にしては幼い顔立ちでこの数を率いるのは伊達ではない。
鋭い目付きが今までの印象を覆す。
過激派の中心にいたのだ。
その思考が温和でないことくらい気付けていたはずだった。
「中央の行いには目を瞑るくせに、僕らの動きには口を出すんですか?
ヒロさん、僕はあなたに失望しました」
サンファニーの側におりたブラッドレーンの背からゆっくりとヒロが下りる。
白い髪が風に揺らめく。
静かにその夕日の色はサンファニーに向かい合った。
何度も、サンファニーはその目を見ている。
ふざけているように見える行動をしていても、その目には優しさに隠した寂しさがあった。
それが、彼の弱さでもあることをサンファニーは知っている。
「今、あなたが動かないでどうするんです?
今、僕らを脅かす汚い中央の竜騎士を倒さないでどうするんですか?
黙って、殺されるのを待てと言いに来たんですか?」
周りの竜騎士はサンファニーに同意しているようだ。
叫びを止めた代わりに痛いくらいの鋭い視線を向けている。
そして、資格を受け継いだヒロの力量を図っているようにも見えた。
大きく呼吸をした後、ヒロが小さく微笑んだ。
「サンファニー、俺は戦うことはしたくないんよ」
「だから、僕らも殺されるのを待てと?」
「違うやん人を死なせん方法を探せって言うてんねん」
辺りがざわめく。
方法などないとか、殺された分を殺すとか、それぞれがそれぞれに今起こしている行動を合理化しようとしている。
「サンファニー、お前は何のために竜騎士になったん?」
ヒロの問いに、サンファニーは眉間に皺を寄せる。
そして、何もためらわずに答える。
「守る為に、このシレイトの竜を守る為に、僕は竜騎士になりました。
そのためなら、犠牲を選びません。覚悟だってできてる」
真っ直ぐ、その目はヒロを見ていた。
そして、次の瞬間にはその顔が青ざめる。
ヒロが見せた表情はあまりに冷たく、恐ろしいものだったからだ。
「サンファニー、お前、竜騎士辞め」
一気にあたりの空気が冷えていく。
誰も、何も言わない。
言えないのだ。
その冷気は確実にヒロを中心に舞い上がっていく。
そこに、スノーライトがいる。
かつての暴れ竜がヒロと共に輪の中心で冷たい空気を放っている。
「その覚悟は、人としての覚悟やろ?竜騎士に必要な覚悟やないよ」
ジリッとサンファニーが後ずさる。
ステファンがサンファニーをかばうようにその大きな体を低くして唸る。
青銅の竜はおそらくここにいるどの竜よりも歳をとっていることだろう。
遥か昔は、当時のDragon killerのパートナーであったともきく。
「「サンファニーの覚悟に口を出す資格があるというのか、Dragon killer?」」
「Dragon killerとしてほっておけん言うてんねん」
その夕日の色は見たことのない色をしている。
ゆっくりとヒロの腕があがり、指先がサンファニーを指した。
周りを囲んでいた竜が次々に声を上げ始めた。
それは、輪の外に向けられる。
重なる声が全てをかき消していくようだ。
ヒロはサンファニーから視線を外さない。
リョウがサンファニーの向こうの岩をみた。
そこには、深い青色の鰭を備えた飛竜が朝日を浴びて青白く輝いていた。
「国家竜騎士」
その時、竜が一斉に動こうとした。
宿敵を目の前にして昂ぶった感情が溢れかえりそうだった。
しかし、動くことは叶わない。
「ヒロさん!?」
輪の中心から幾重にも伸びた氷の柱が邪魔をする。
サンファニーの頬を一滴の血が流れていく。
ヒロは、宙に舞いあがった青い目を見つけた。
それは、とても冷たく、辺りに散らばる氷など比ではない。
青が、ヒロを見つける。
漆黒の髪を靡かせた霧川ソウ、柔らかな白髪を揺らした海谷ヒロ。
距離はまだ、随分あった。
それなのに、そこには二人のような気がした。
静かな声がやけにはっきり聞こえた。
辺りはその言葉に声を失くす。
ヒロはニコリを笑った。
ソウの目が一瞬だけ、見開かれた。
しかし、それは本当に一瞬で、すぐにいつもの無表情に戻っていった。
「ミクリを殺したのは、この私だ」
ソウが、噛みしめるように言い放つ。
「竜騎士団は手をだすな!」
今にも動きそうな竜騎士団よりも先に、リョウが走り出す。
ブラッドレーンが赤い光と共に消えていくと光はリョウの右手に集まり大剣と化す。
漆黒の大剣を振り上げてサンファニーの脇を抜けて火花を散らす。
そこには不適な笑みを浮かべるラウの姿があった。
はじけ飛ぶ閃光に周りの竜騎士は息をのんだ。
「また会えたなぁ!!竜騎士ぃ!」
血液をそのまま映したような真っ赤な目が楽しげに輝く。
銀色に光る剣を振り上げて嬉々とした表情をしたラウを受け止める。
漆黒の剣からは変わらず赤い雷が放たれる。
その雷がほかの竜が中心に立ち入ることを拒絶した。
踏み込めば感電することを竜は理解している。
それに、辺りにはヒロが作った氷の柱が散らばり、身体の大きな竜は満足に動くことさえままならない。
サンファニーがソウを睨んだ。
ソウはサンファニーなどには目もくれず、ヒロを見下ろしていた。
「サンファニー、お前はじっとしとれ」
「どうして?僕は失うことを恐れません。誇りを守る為なら命だって…」
振り返ったサンファニーが見たのは、細く美しい氷の剣を手にしたヒロの姿だった。
周囲の水分が冷やされて空中できらきらと舞っている。
切っ先はサンファニーではなくソウに向けられていた。
「俺は守ることを選んで戦う。1対1で勝負にしようや」
スノーライトの力でようやく立っているヒロに勝ち目があるかは分からない。
それでも、被害を最小に抑えるために選んだ手段がこれだった。
先ほどの言葉により、竜騎士団のなかには戸惑いを覚える者が出ている。
あとは、国家竜騎士を納得させるだけだ。
冷たい青は静かに岩山に降り立つ。
そして、眼下のヒロに向かって、無表情なままで答えた。
「良いだろう。1人ずつ、殺してやる」
ソウが何やら合図を送る。
そして、その横に現れたのは、秋桜色の美しい羽毛をなびかせた今は珍しい長毛種、金色の一角が天を突き刺さんと伸びていた。
その背に乗るのは、漆黒のコートを羽織ったキリアだ。
「最後の仕事だ、キリア」
無言でソウを睨んだ後、ゆっくりと脇に差していた日本刀を抜いた。
真っ直ぐにその先をヒロに向ける。
互いの切っ先が直線で結ばれるような静けさに、ぞくりとするような冷徹の仮面、真っ黒の目には何も映していないような、色のない表情、その瞳が邪魔をするなというようにサンファニーを見下ろした。
身体が硬くなって息も困難になる。
ステファンがサンファニーを守る様に翼で覆う。
そうして、ようやく、二人は目を合わせた。
「あなたを殺しに来た。海谷、ヒロ」
「簡単には殺されへんよ。俺にも背負ってるもんがあるからな」
リベルターが不安気な顔でキリアを見つめている。
その視線を振り切るように、キリアは地面を蹴った。
赤い閃光が氷に反射していく。
万華鏡のような光の演出があたりの竜騎士を震え上がらせていた。
一歩先にある境界が生死を分けているような恐怖が目の前にあった。
ラウの重い斬撃を鋭いリョウの剣が受け止めて弾く。
その度に火花が飛び交い、目をチカチカさせた。
誰もその中に入ろうとは思わない。
入ることが出来ないでいた。
「今度は逃がさねぇぞ、竜騎士ぃ!!」
ラウの鋼鉄の剣が振りおろされる。
それを受け止めるリョウの剣は大きさの割に素早い動きを見せた。
ひらりと交わしたかと思えばそのままの姿勢から切っ先をラウに向ける。
繰り出す斬撃はラウ本人ではなくその足場を崩すことに専念しているようだ。
「なめてんのか?そんなんじゃ俺は殺せねぇぞ!」
「殺すだけが勝ちじゃないだろ?」
ザッと音を立てて二人が距離を取った。
「は?戦場で何言ってんだ?人を殺さねぇ騎士に何の意味がある?敵も味方も殺さねぇなんて甘い事いわねぇよなぁ?」
大きな口を開けて喋るラウをリョウが冷静な目で見据え、小さくフッと笑う。
「甘さじゃない。覚悟だ」
ポケットから取り出した煙草を銜えると、大剣から伸びた閃光がチッと音を立ててその先端に火をつける。
ジワリと焦げた煙草から細い筋が登る。
「俺は誰も殺さない。たとえ、それが敵だろうと。それが竜騎士としての覚悟だ」
雷は大地を跳ねるようにして空へと消えていく。
反響する音が竜の咆哮のようだ。
ラウの頬をチリチリと電気が走った。
赤い目が細くなり、満足気な笑みを浮かべて両手を広げる。
「なるほど、納得だ!!」
剣を握り切っ先が平行になる様に突き出し、くつくつと喉を鳴らす。
「俺とは正反対ってわけだ。俺はラウ・フォード。破壊を糧に生きる竜騎士だ!」
赤い土を蹴り、真っ直ぐに突っ込んでくるラウを受け止める。
リョウも納得がいったのか、その目に迷いはなかった。
守ることを選んだ竜騎士が戦闘でかつ手段は限られている。
相手の戦意を喪失させるか、力で戦闘不可能な状況に追い込むか。
どちらも容易なことではない。
ラウが壊すことを選んだ竜騎士ということは、力でねじ伏せるしか選択肢がないことを示している。
「背負っているものが違うんだ。負けやしない」
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