第14話  療養編

空が暗くなって帰ってきたヒロを咎めたのはミサだった。

冷えきった体を気遣いながらも目を吊り上げて怒る彼女に大人しく叱られると、温かいスープを差し出された。

コンソメのそれは芯から体を温めてヒロは無邪気に笑うのだ。

「カイさんから連絡あったのに全然帰ってこないから心配したのよ。今日は何処に行ったの?」

テーブルに向かい合うように座るとミサの興味は中央から来たカメラマンとの1日にあった。

「今日は北へ行ったんよ。あそこは冬が一番やけど今もなかなかええな」

ヒロが行く場所は大抵海岸沿いだ。

海が好きなヒロは暇さえあれば海にいる。

わかっていて探しに行かなかったのはサラから例の人と一緒だと聞いたからだ。

年に何回も会えない二人を想っての事なのだが本人たちに周りが思っているような感情があるのかはわからない。

「あと何回やろうな…」

「ヒロさん?」

「ん?」

絶えない笑みの中に寂しさが混じり始めたのは最近の事だ。

バレないようにしたいのか直ぐに次の笑みで隠してしまうが長い付き合いなら容易に見つけてしまう。

サラは悪態をつくが、ミサもコウも見てみぬフリをしている。

それがいけない事だとわかっていても強がりを尊重してしまうのだ。

「今度は冬に会えるのね?」

「ん?あぁ。せやな。仕事の都合によるって言うとったけど」

スプーンを口に加えて考え込むヒロを見てミサは思わず笑ってしまう。

笑わせるつもりではなかったヒロはキョトンとしている。

「ヒロさん、本当に楽しみなのね」

「なんや?おかしいか?」

「ううん。おかしくないからいいの。ヒロさん、また会えるわよ」

席を外したミサはキッチンで洗い物を始めた。

先に食べたミサとサラの分だろう。

テーブルに一人、スプーンを加えたままのヒロがしばらくそのままで考えているとキッチンから

「早く食べてね。一緒に洗うから」

と声がかかった。

温かいスープは飲み干すのに丁度いい。

沈んでいたニンジンやブロッコリーが柔らかく、スープが染み込んでいていつまでも食べていられそうだと思う。

本当にミサは料理が上手い。

大抵の料理は作ることができる。

兄であるリョウも料理は苦手ではない。

父親が漁師をしていたためか魚をさばくのは朝飯前だ。

キッチンに立つのも珍しくはない。

だからという訳ではないがここに住む他三人はほとんど調理ができない。

ヒロに至っては包丁すら握った事がない。

危なっかしくて持たせられないというのが本音なのだろうが。

「洗い物くらいしよか?」

「座っててよ。この前お皿割ったばかりでしょ?」

「そうやったか?」

食器を受け取ったミサは手際よく洗い物をしている。

その手をじっと見ているヒロはミサの答えに不服なようだ。

白い泡に包まれた食器は流水を潜りピカピカと輝いていた。


イヤーズレイク首都セクトマルク

グランドマウンテンを越えて広がる平野に築かれた都市には赤煉瓦て造られた家が並ぶ。

時計台を兼ねた一際大きな建物がこの国の中枢、その先の町の端に建てられたコンクリートでできた施設が中央軍本部だ。

その一室を重たい息を吐きながら退室した男がいた。

中央陸軍中佐であるフラッドだ。

軍の制服を着こなした彼は上司から叱咤されたばかりだった。

足は重い。

「中佐!!」

部署に戻ろうとするフラッドを引き留めたのは、見慣れた人懐っこい笑顔、かまってもらいたい盛りの犬を思わせるその姿は部下であるアルグレットだ。

彼にも減給と謹慎の処分が下されているはずだ。

「謹慎中じゃないのかい?アルグレット少尉」

「まぁ、気にしないで下さい。どうしても耳に入れたいことがありまして」

ニッコリと笑みを浮かべた彼は既に手柄を認めてもらったようにキラキラとしている。

勝手にシレイトに入ったのが処分の原因なのだ。

共に行動していた2人が未だに顔を合わせているのを上司はよく思わないだろう。

「その話は後にしないか?また目をつけられてもしらないよ」

ポンと肩に触れて歩き出すフラッドを追ってアルグレットはしびれを切らしたように一冊の雑誌をつきだした。

「あの子、誰かに似てると思ったら、彼女ですよ」

その勢いに目を丸くするフラッドに構わず、アルグレットが指をさす。

そこには黒い髪を束ねてドライバーを手にし、油を顔につけた女性が写されていた。

「今話題のエンジニアです。通称『SK[エスケー]』シレイト出身以外は謎の女ですよ」

確かにゴーグルや手拭いで見辛いが顔立ちは似ている。

髪の長さも束ね方も同じ、しかし、決定的に違うものがあった。

「アルグレット少尉、彼女とは瞳の色が違うじゃないか」

シレイトで出会った奏森サラは青、雑誌のSKは黒だ。

「中佐、カラーコンタクトですよ」

「カラーコンタクト?」

「眼鏡の代わりに薄いレンズを入れるんです。それに黒い模様を入れておけば、青い瞳も黒にすることができます」

アルグレットは胸を張って答えた。

フラッドは雑誌を手にとりじっくりと記憶と比べる。

一見すると別人のようだか一つ一つを見比べると違うという方が難しくなる。

同一人物だとしたら、彼女は何故中央に来るのだろう。

シレイトでの彼女は自分達をみたその瞬間に顔を青くして逃げ出したというのに。

「彼女は、よく来るのかい?」

「いえ、注文が入った時だけのようです。半年に一度とか…だから、余計に謎の女性として話題になっているみたいです」

「そうか…」

それならば会うことは難しい。

フラッドは雑誌のSKから視線を外し、アルグレットに笑みを向けた。

「情報ありがとう。参考にするよ」

「いえ、そんな大したことではありませんし、間違いだったら…申し訳ないです」

先程までの自信はどうしたのか。

急に縮こまるアルグレットに優しくお礼の言葉を重ねる。


本部の最上階から都市を見下ろせば人というものは粒と等しい。

まるで蟻のように蠢く人間を無表情で眺める男が一人、長い漆黒が隠す顔から覗くのは蒼、無言のままの彼が身に付けているのは黒のコートだった。

「グランドマウンテンの捜索は打ち切りだってよ」

男は声にも振り向かない。

「中央軍国家竜騎士隊総隊長。ずいぶん堅苦しい肩書きだなぁ。霧川ソウ隊長」

ようやく振り向いた蒼眼に満足気な声の主にもソウは無表情のままだ。

彼は中央公認の竜騎士隊の総隊長、軍部とは少し異なる部隊、政府に認められた竜騎士のみが所属し竜や非公認の竜騎士を狩るのが仕事だ。

「無駄口を叩くな。ラウ。仮にもお前が副隊長。自覚はあるのだろうな?」

「はいはい。ありますとも。霧川ソウ殿の名誉に泥を塗らないように心がけていますよ」

ラウは暗闇から出ると血を纏うような赤毛と、血液の色をそのままにした赤眼を輝かせた。

彼もまた黒を着ている。

「連絡が途絶えて4日か…女は無理だろうな」

「見つかっても断片がいいとこだろ?あそこは竜の巣窟。足を踏み入れる方が馬鹿だ」

ケラケラと笑うラウを一瞥し、ソウは再び街を見下ろした。

変わらず人の流れは動き続けている。

華やかな赤煉瓦の色に散らばる人工色が染みのようだ。

「何が面白いんだ?街なんざ、いつも同じだろ」

「お前とは見ているものが違う」

隣にきて覗き込むラウには目もくれず、蒼い瞳には煉瓦の色が映っている。

「総隊長様にしか見えねぇもんなら、俺が見る必要はねぇな」

そう言って両手を挙げるラウだが、反応は何も返ってこない。

ソウはただ色のない表情のまま、冷たい青に町並みを写しているだけだ。

このところ同じような日々が続いている。

この男は一般人と脳の作りが違うらしく、知識はあっても常識が通じない。

人に触れる事を非とし、自らが契約した竜とばかり対話をしている。

「そうそう、面白い話を耳にしましたよ。総隊長殿」

わざとらしく抑揚をつけた台詞にもソウは興味を持たない。

しかし、その耳に届いていることをラウは確信している。

だからこそ、確実にその思考に叩き込むためにしつこいほど粘着質に口を開いた。

「先代のdragon killerの子供が生きてるらしいぜ」

見開かれた青には明らかな動揺が映し出されていた。

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