第10話 ディオラード編
一夜明けて、グランドマウンテンの牧場ではコウに力の使い方を教えるべく、リョウとヒロが広い敷地に出ていた。
「ディオは炎の属性やね。契約ん時もきれいな火の粉が舞っとったな」
「えっと、ヒロさんのスノーライトが氷、リョウさんのブラッドレーンが雷ですよね?」
「正解や」
竜の特性については勉強済みだ。
飛、水、闘の外見の分類とは別に竜はそれぞれの特性を持っている。
契約することでその特性を使うことが可能なのだ。
「火は扱いやすいと聞くが、ディオにどれだけの力が眠っているかわからないからな」
ぴったりとコウに引っ付いているディオラードはまだ若い竜故にこれから得ていく力もあるだろう。
契約者のコウはその力を熟知しておく必要がある。
「予定より早く契約が終わったからな、教え込むには十分な時間がある」
「実戦が分かりやすいんに変わりはないけどなぁ」
タバコをくわえて真剣にコウと向かい合うリョウとは対照的にどこから連れてきたのか、ヒロは子やぎを抱き抱えて戯れている。
緊張が解されるのはいいが、これで良いのだろうかと思うのが正直なところだ。
「えっと、まず、何をすればいいんですか?」
「手っ取り早く、俺と対戦だな」
「リョウさんと、戦うって事ですね………って、えぇ!?」
コウの驚きと共にリョウの竜、ブラッドレーンが漆黒の翼を羽ばたかせて舞い降りる。
ブラッドレーンはディオラードの二倍はある大型の飛竜で、その貫禄にコウもディオラードもびびり気味だ。
「もちろん手加減はする。怪我をしない程度に力を抑えてやるから、お前は全力でこい」
リョウの言葉が終わると同時にブラッドレーンが吼える。
ビリビリと頬を痺れさせる迫力に全力で行っても負けるのがわかってしまいそうだ。
「でぃ、ディオ、頑張ろう」
「「うぅ。ブラッドレーン、こわい」」
冷や汗たっぷりのコウと逃げ腰のディオラードを横から眺めていたヒロは思わず吹き出してしまった。
「練習なんやから、気負わんでええやん。難しい事しろ言うてるんちゃうんやから」
ヒロの腕の中で気持ち良さそうにうとうとしている。
少しヤギが羨ましく見えた。
「そんな事言ったって、どう向かえば良いか」
「まずは、ディオに乗れるようになれ」
リョウがヒョイッとブラッドレーンの背に飛び乗ると合図をするわけでもなく漆黒の巨体が浮き上がる。
竜との意志疎通は竜騎士にとって無くてはならないものだ。
それと同時に最大の武器となる。
上空で旋回するブラッドレーン、翼の赤、腹の白が時おり光を受けて鮮やかな色を放つ。
「ディオ、俺、お前と一緒に飛びたい」
それは飛竜に心奪われた者の共通の願いだ。
パートナーの背に乗り、天高く舞い上がり、風を受け太陽の陽を近くで浴びる。
そして故郷をみおろし、美しさを噛み締める。
歴代の飛竜使いが遺した手記には必ず書かれる最初の飛行、ブラッドレーンの背ではなく、ディオラードの背でその景色をみたい。
いつのまにかコウの中から恐怖は消え、ただただ今はディオラードと共に空へ行きたかった。
「「コウ、乗る!!ディオ、一緒に飛ぶ!!」」
濁りのない澄んだ宝石のような瞳が活き活きと輝いた。
コウは大きく頷くとブラッドレーンよりは頼りないがどこか懐かしいその背にしがみついた。
触れる肌からディオラードの熱が伝わる。
ゴツゴツとした背中も何故か心地よい。
そっと首に手を添えてディオラードに合図を送る。
「いいよ、ディオ」
脚が大地を蹴り、翼が上下に動く。
旋風が起きるほどに力強く羽ばたいた矢先、コウはディオラードから転落し青い芝の上に放り出された。
困惑するディオラード、上空から見下ろすブラッドレーンとリョウ、情けないと口を曲げたコウの耳に聴こえたのはヒロの笑い声だ。
見上げた空はきれいな青で映る橙の翼はよく映えた。
練習は日没まで続いたが、結局この日は空を飛ぶことすら出来なかった。
上手くしがみつくことも、羽ばたきの調節も意外と難しい事だった。
赤い日が沈む頃、山は燃えるような紅に染まる。
山輪をなぞる煌めきが励ましているようにみえた。
息を切らしてディオラードに寄りかかるコウにヒロが手を差し出す。
「初日なんてこんなもんや。サンのとこ戻ろうや」
白い髪が夕陽に染まり温かな笑みを更に柔らかくする。
握る手が冷たく、練習を笑って見ていただけのヒロだが本当は無理をしているのではないだろいかと感じる。
日が暮れて気温が下がってきた事もあまり良くない事だ。
ヒロは寒さに弱かった。
「温かいココアでも飲もうな。牧場の牛乳はうまいしなぁ」
ニコニコと平気なふりをするヒロだが、少し違和感がある。
いつもならもっとからかってくるはずだ。
「おい、早くしろ。真っ暗の牧場なんて歩きたくないだろ?」
リョウの声がこだまする。
辺りはもう薄暗く、闇にのまれそうな牧場は不気味だ。
慌てて走る二人に続いてディオラードがついてくる。
ブラッドレーンはいつのまにかその姿を消している。
闇に紛れてしまえば漆黒を見つけることは不可能だ。
星が輝き始めた空は高くまで澄んでいて天が果てしなく感じた。
「ディオ…」
隣に来たディオラードに触れると温かかった。
何度も宙を舞ったからだろうか。
それとも、先にヒロの手に触れたからだろうか。
生き物の息、鼓動、体温、望んだものがこんなに近くにある。
同時に背負う竜騎士としての責任とまだ知らない事の多い世界に踏み込んだ不安、見上げた空がその色を全て映しているようでサンファニーが待つ小屋までの数分の空が目に焼きついた。
次第に黒く染まった空には無数に散らばる。
金の星星が浮かび上がった。
闇に染まった山脈にハネを下ろしたブラッドレーンの眼下には灯が揺らめく小屋が見えた。
「「わざわざ侵入させる必要があったのか?」」
唸るようにこぼすブラッドレーンのその隣には青銅の鎧を纏うステファンが座る。
金の目は獣のそれのように妖しく光っていた。
「「我らが護る長を認める為だ」」
「「かつてのパートナーを思い出したと?」」
ブラッドレーンに比べステファンは三倍以上の月日を生きている。
その間に彼は3人の人間と契約を結んできた。
サンファニーがその3人目だ。
「「血の繋がりはなくともコロネウドの意志を継ぐことに変わりはあるまい。ブラッドレーン、それを護るのがお前の役目なら、それは難しい事になりそうだな」」
静かに声が響く。
赤い岩肌も今は漆黒にのまれている。
「「dragon killerはお気に召さなかったか」」
暗闇に光る隻眼はじっと灯火を見つめている。
「「アレはダメだ。直に後継者が必要になるさ。dragon killerには向いていない。お前にも分かるだろう?今さらしきたりを守るなど無理な話だ」」
「「それでも、オレは……」」
赤が消え、辺りは静な黒に戻っていった。
「契約の次の日に乗れる人なんていませんよ。ブラッドレーンくらいの大型竜ならともかく、ディオはまだ若いですし」
笑いながら食事をする4人の傍でディオラードとソフィーが戯れる。
同じ部屋の隅には縄で縛られたリリスとオルドーもいる。
今日の成果を話す4人の会話を聞きながらむっすりとしていた。
特に交わす会話もない2人はただ時間が過ぎるのを待つのみ。
そもそも無事に帰れるかすらわからない。
「なぁ、腹減ってへん?」
不意にかけられた言葉は昨日交戦したとは思えない程に親近感があった。
「い、要らないわよ」
「パンくらいなら分けれるんやけど?」
手に持つパンを差し出すと2人のお腹がぐ~っと音を立てる
「ヒロさん、軍人なんかに情けなんていりませんよ」
サンファニーの尖った声に2人は我に還った
一瞬でもパンが魅力的に思えた事が腹立たしい
「相変わらずやなぁ、サン。俺はあんま気にしてへんよ」
「ヒロさんが気にしてなくても僕は気にします」
「意地っ張りやなぁ」
明らかな嫌悪をみせるサンファニーに慌てたのがコウだ。
ヒロは気にもとめていないが空気は険悪になっている。
これまでの話を考えれば竜騎士は中央の軍人を毛嫌いしている。
サンファニーも竜騎士だ。
それも騎士団に所属し、中央を敵とみなす。
先日出会ったシマのタイプだ。
「あ、ほら、このまま餓死されても困るし、少しくらい食べてもらった方がいいんじゃないかな?」
ヒロとリョウは2人を殺すつもりはない。
2人をいつまでここに留めておくか、どうやって口止めをするかはわからないがその間に死なれては困るはずだ。
「死んだら農園の肥料にでもしますよ」
プイッとそっぽをむくサンファニーはいつになく子供っぽく見えた。
リョウは黙ったままそのやり取りを眺めている。
「気にせんといてな、ただの冗談やから」
笑うヒロはパンを千切り、2人の口に一切れずつくわえさせた。
口に入った物を吐き出すか迷った2人だったが会話から殺すつもりがない事を悟り、不服ながらも飲み込んだのだった。
ようやく席に戻ったヒロにサンファニーは呆れたように視線を送る。
「お人好しにも程がありますよ」
「軍人ゆうだけで嫌いすぎやて」
「お前が人を嫌わなすぎなんだよ」
サンファニーだけでなくリョウも呆れていた。
人は二三日飲まず食わずでもなんとかなる。
その間に他の不安要素は解消するつもりだったから予想していた行動とはいえ、あまりに緊張感のないヒロにため息をつくしかなかった。
「記憶操作か、催眠か。いずれにしても俺たちの事を忘れてもらわなければならない」
「それなら問題ないですよ。ステファンには竜の知り合いがたくさんいますから」
「手荒な事は避けてや」
2人には会話の意味がわからないが彼らは竜の力を使って記憶を消すつもりらしい。
従わせる事は出来なくとも協力は可能だ。
ステファンには味方となってくれる竜が多くサンファニーもまた、ステファンのパートナーと言うこともあり面識がある。
「しゃあないな。不安やけどサンに任せるわ」
「不安ってなんですか」
わざと膨れてみせるサンファニーだが、子供らしい表情は見た目に似合っていた。
食事も終わり、夜も更けてきた。
窓を覗くサンファニーは空から明日の天気を予想している。
「雨、ですか…雲の流れが速いですね」
グランドマウンテンの天気は変わりやすい為、天気予報はあてにならないのだが一時的でも知ることに損はない。
「雨か…」
何か考えるリョウを置いて、ヒロはサンファニーと空を見ようと立ち上がり足を進めた時だ。
そして、突然糸が切れたマリオネットのように床へ転がった。
「ヒロさん!?」
直ぐに駆け寄ったサンファニーにヘラヘラと笑うヒロだが声が出ないようだ。
息は荒く、汗だくになっている。
しかし、触れた手は相変わらず冷たいままだらりと投げ出された身体はまるで動かない。
「サンファニー、水を持ってきてくれ」
「あ、はい」
まだ冷静なリョウがヒロの体を支えて壁へもたれさせる。
邪魔をしないように見守っていたコウも立ち上がり、側へ近寄る。
「いつもの、ですか?」
「あぁ。3日連続でスノーの力を使ったからな。そのつけが回ってきたんだろ」
ヒロのポケットからケースを取りだし、蓋を開ければいくつかの錠剤が入っていた。
持病を抱えるヒロにはなくてはならない物だ。
三種の錠剤を手にする頃にサンファニーが水を持ってきた。
四肢の動かないヒロに代わってリョウがヒロの口へ薬を押し込む。
馴れた手つきは付き合いの長さを物語っているようだ。
水を溢しながらもようやく薬を飲み込んだヒロの顔に赤みがさす。
目を綴じたまま息を繰り返す彼にサンファニーもコウも言葉を見つけられずにいた。
「しばらくは問題ないが、医者に行った方が良さそうだな」
雨が降れば曇天に紛れて飛ぶことができる。
しかし、問題は体力だ。
気流が乱れる上にグランドマウンテンの冷たい雨に打たれてシレイトまで無事にたどり着けるだろうか。
「リョウさん、コウ君たちは自分で練習出来ますし、軍人は僕が何とかしますから、ヒロさんを、連れていってください」
「そうですよ。今から出たら、ギリギリ降らないかもしれませんし」
サンファニーとコウが視線を交わして頷き合う。
空はどんよりとしているが、確かに直ぐに降りだすことはないだろう。
「行けるか?」
リョウの問いにヒロがわずかに首を縦に揺らした。
笑ってはいるがそれが意味のない安心だというのをリョウは知っている。
どんなに病状が悪化しようと「大丈夫」の一言で片付けようとするのがヒロの悪い癖なのだ。
しかし、一刻を争う事態に間違いはない。
もし、次の発作が起こり、それが薬だけではどうしようもないものだったら牧場から病院は間に合わないだろう。
「サンファニー、毛布とカッパを貸してくれ」
「はい」
気休めにしかならなくても十分だろう。
不安気なコウはリョウとヒロの顔を交互に覗いている。
「ヒロはそのままシレイトに置いてくるが、俺は3日程で戻る」
ガサガサとリョウの手がコウの頭を撫でた。
「それまでにディオに乗れるようになれ。宿題だ」
目の前の漆黒は優しくも厳しい瞳だった。
元気よく返事をしたコウは俄然やる気を出したのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます