第9話  ディオラード編

火の繭が弾け、無数の火の粉が空へ昇る。

花火にも似たそれらは間際に光を増して消えていった。

「もう、離れないよ。ディオ」

頬を寄せるディオラードを包む手のひらは、まだ幼くとも温かなものだった。

「一応、祝福しとくか?おめでとう。コウ、ディオ」

ケタケタ笑いながら手を叩くヒロは柵に腰をかけたままだ。

近くでリョウが呆れた表情で煙草をふかしている。

「え?あ、あれ?軍人さんは?」

夢のような契約の世界から現実に呼び戻されたコウはすぐに思い出した。

ディオに銃を向けていたのは白いコートを羽織る中央の軍人だ。

たしか、ヒロと交戦(?)していたはずなのだが。

「竜騎士じゃないからな。大した手間はとらなかった」

リョウが示した先にはロープで縛られた二人の姿があった。

「り、竜騎士が二人もいるなんて聞いてないわよ!」

「契約した子がいるから三人だよ、リリス」

「黙りなさい!」

ギャーギャーと喚くリリスに対し、オルドーは諦めの方が大きいようだ。

コウの契約が始まり、それを止めようとした二人だったのだがヒロの氷とリョウによって阻まれ現在に至るというわけだ。

「え、リョウさん、ブラッドレーンの力使ったんですか?」

「早く終わらせる事に越したことはないからな」

コウは口を曲げてリョウを睨む。

「また、見逃した」

リョウは滅多に竜の、ブラッドレーンの力を使わない。

竜の力がなくとも戦闘に支障がないのは事実であるが竜の力の使うのは体力を大きく削る。

チームの司令塔となるリョウは、自分が倒れないためにも極力竜の力を避けているのだ。

対してヒロはというと元々体力が少なく戦闘能力に長けているわけでもない。

だから、最小限の力のみを使っているらしい。

コウにしてみればあの氷が最小限の力とは思えない。

バテてしまい倒れるヒロを何度も見ているからだ。

同じ竜騎士といってもタイプは異なる。

契約した竜によってその力も強さも違うのだ。

「ま、これから見れるて。コウには力の使い方教えなあかんしな」

笑うヒロに少し元気が出てきたコウが後ろを振り返ればキラキラとした視線を向けるディオラードがいる。

「絶対、立派な竜騎士になるからね」

微笑ましい一人と一頭の姿を見守りながらヒロとリョウは大きく息をした。

「さぁ、忙しくなる。こいつらの処理とコウの修行。やることは山積みだな」

リョウの台詞に身を強張らせるリリスとオルドーをよそに、ヒロは相変わらず楽しげで、コウは先の事に張り切っていた。

処理ということは、やはり殺されるのだろうか。

自分が相手の立場であったら、正体を知った敵を放っておくはずがない。

よぎる不安に緊張が隠せなかった。

「ブラッドレーンよりステファンの方がえぇよな?」

「そうだな。あいつの方が、この山については詳しいし」

訳のわからない会話に殺し方を検討しているのだと解釈したリリスは格好が良くないと思いながらも叫ばずにはいられなかった。

「どうせ殺すなら一思いに今ここで殺しなさいよ!」

彼女の叫びは牧場に広がり、沈黙を呼んだ。

返らない返事に二人を見上げると、ヒロとリョウは目を丸くして自分を見ているのだ。

「何?自殺志願?」

「ヒロ、そうじゃない。俺たちが殺す手だてを考えていると思ったんだろう」

ため息をつくリョウは頭をかきながらリリスに向かい合った。

「あいにく、俺たちはあんたたちを殺せない。一応、生きて帰すからそこは安心しろ」

縛られて安心しろと言われてもできるはずがない。

それにリリスには全く意味がわかっていないのだ。

「簡単に言うと、シレイトの竜騎士はむやみに人殺しはしんってことや」



―シレイト―

家を飛び出したサラはフジの家に向かっていた。

今日会いたい人物はフジの妻サナエだ。

中央に出向く際に約束したお土産を渡すのだ。

サラが中央に行くことは珍しくない。

変装をして行けば気づかれることはまずないし、仕事は中央の方がたくさんある。

それに、ダンテがいるからいつでも安心していた。

彼は優秀なボディーガードなのだ。

駆け足でいくつもの道を渡る。

フジの家は町の反対側にある。

自宅からは少し距離があった。

「ダンテ、近道しようか」

走りながらダンテに目をやると、彼はワフッと返事をした。

大通りから一つ外れた小路は人通りが少なく薄暗い。

しかし、フジの家には一本で行ける近道なのだ。

昼間にも関わらず影に覆われる路地は夜に開くバーが多い。

わきには酔い潰れた男が街灯に持たれて眠りこけ、野良猫が残飯をくわえて走り回っている。

普通、こんな道を女一人で通るのは危ないのだが、シレイトでサラを知らない人は少ない。

地元の街となればなおさらだ。

そして、彼女には信頼できるパートナーがいる。

路地の真ん中を髪を靡かせてサラは走る。

次の交差点を右に曲がれば直ぐにフジの家が見える。

安堵の色が顔に出てきた。

交差点近くの街灯を越し、古い喫茶店を曲がる。

突然ダンテが吠えた。

曲がった道の先、およそ10メートル先に白いコートが2つ、その色と形にサラの足は止まり、心臓が激しく音をたてた。

警告。警告!

頭の中に霞む映像を払い除けようやく動いた体は今まで走った道へと引き返していく。

後ろから呼び止める声がした。

けれど足は止まらない。

噴き出す汗は走ったせいではない。

必死になって逃げた。

彼女にとって、そのコートは特別な意味を持つ。

それは良くも悪くもあるのだが、今は悪いものだ。

中央に行く時のように変装はしていないし、彼らはdragon killerを探していた2人組だろう。

先ほどの様子だと、感ずかれた可能性がある。

対峙した時に、1人が見せた表情は明らかな驚きだった。

一瞬の間を挟んだ驚きはおそらく容姿のせいだ。

「どうしよう」

声はまだ自分を追っている。

早く大通りに出て助けを求めなければもし腕を掴まれてしまったらもしもっと近くで対峙してしまったら言い訳など通じるはずがない。


dragon killer捜索中の2人組、フラッドとアルグレットは今日も店を訪ねて回っていた。

只でさえ歓迎されていない上にdragon killerというタブーに触れているため協力者がほとんどいない。

フラッドはある程度予測していたものの、ここまで明らかな反応に傷心気味だ。

「中佐…」

店から出てアルグレットが声をかける。

「その、一ついいですか?」

「なんだ?」

彼は視線を合わせようとしない。

周囲や指などを行き来している。

「中佐はどうしてdragon killerを捜すのですか?わざわざ、休暇まで利用して」

そう。この捜索は正規のものではない。

フラッドが個人的に行っていることだ。

アルグレットは信頼しているフラッドが1人でシレイトに入ると言うからついてきただけだった。

私的な理由なら踏み込んではいけないと理由は聞かなかった。

しかし、シレイトの人々の反応とフラッドの表情が気になり出したアルグレットは黙っていられなくなっていた。

「……」

フラッドはじっとアルグレットを見ている。

穴が空きそうなほどの視線を感じながらアルグレットは俯いたままだった。

叱咤されてもおかしくない質問だ。

アルグレットにとっての不安は尊敬する上司に見放されることだ。

「君が軍に入ったのは最近のことだったな」

「はい。3年前です」

「私は、もう15年になる」

顔を上げると同時に視界に飛び込んできたのは、いつになく寂しげな表情だった。

いつでも笑みを絶やさないフラッドが見せた意味ありげな表情に声が出なかった。

「養成所にいた3年を含めたら18年になる。私に教えてくれた『あの人』は、突然私の前から消えたんだ」

ゆっくりと話し出したフラッドはその眼に思い出を映しているのだろう。

声は寂しくも穏やかで、その人が大切な人だったと伺わせる。

「忘れられない。漆黒の長髪と海のような蒼い…」

不意に声が止まる。

丸く見開かれたフラッドの目の先には犬を連れた女が息を切らせて立っていた。

その姿は女性ではあるものの、彼の記憶と重なって

「…っ」

思わず口からこぼれそうになるのを飲み込んだ。

彼女はこちらに気づくとサァッと顔を青ざめて来た道を真っ直ぐ戻る。

追わずにはいられなかった。

困惑するアルグレットに説明する余裕もなく、彼は女を追った。

危害を加える気はない。ただ話がしたいだけだ。

それがこの地方の禁忌だとしても、可能性があるのなら賭けてみたかった。

『娘が産まれてね。ホント、可愛くて仕方ない』

声が響く。

『鼻の形は妻に似たかな?でも、目の色は僕と同じなんだ』

次々と忘れていたような台詞がよみがえる。

『あの人』の娘なら何か知っているかもしれない。

もしかしたら、彼女自身が『あの人』から受け継いだ可能性もある。

「待って!」

声は少し震えていた。

犬と共に走る背に向かって何度も声を出したが彼女は止まらない。

力任せに追っては行けないと頭のどこかでわかっていても足は彼女を追いかける。

路地を彼女が曲がるのと同じように曲がる。

その先に、唸る犬と彼女の背中、そして

「軍人は、女を追い回すのが趣味なのか?」

彼女を抱いていたのはいつかバーでグラスを投げてきた男だった。

頬の傷は一度見たら忘れられない。

「彼女と、話がしたい」

嘘は言わない。

もともと危害を加える気はないのだ。

まっすぐ、フラッドは男、フジと対面する。

一歩たりとも譲る気はない。

だが、フジの一言がそれを揺るがした。

「俺の娘に何のようだ?」

「あなたの、娘?」

フラッドはサラが『あの人』の娘だと思い込んでいた。

間違えるはずがない。

「そうだ。俺の娘。奏森サラに何のようだって聞いてんだよ」

「奏森…サラ…」

どちらも記憶にはなかった。

確かめようがなかった。

『あの人』のフルネームは明かされていなかったし、名前で呼ぶように言われていた。

探そうと多くの書物を漁っても、名前は全て消されていた。

そして、娘の名も、彼は知らなかった。

「フジ…」

サラが不安げにフジを見上げる。

フジはニコリと笑みを向け、ゴツゴツとした手のひらをサラの頭に置いた。

「先に家に帰ってろ」

蒼い瞳はフジとフラッドを行き来して、ぎゅっと綴じられた。

「待ってる」

大きな手を抜けて、サラは走り出す。

ダンテは軍人を威嚇しながらその背を追った。

追いかけようにも追いかけられないフラッドはサラの姿が見えなくなってから口を開く。

アルグレットは緊迫した空気に息をのんだ。

「よく、会いますね」

「まだ二度目だがな」

「彼女は、本当にあなたの?」

まだ、信じられないフラッドは無駄だとは思いながら問いかける。

「なんなら戸籍を調べるか?どこまで正確に残ってるかはわからねぇがな」

フジの態度は変わらなかった。

しかし、彼女の容姿は似ているとは言い難い。

なにより、フラッドが彼女に重ねてみたのは他ならぬ先代のdragon killerだ。

「お願いします。彼女と話をさせて下さい」

「軍人と話す事なんざねぇよ」

「私は、『あの人』の過去を知りたいだけだ」

フラッドが噛み締めるように発した声がアルグレットにはそれが必死の想いに感じられた。

だが、そのフラッドの前に立ちはだかるフジには許せない言葉だ。

「お前らは何処までも俺たちの傷を抉るつもりか!?てめぇら中央の人間がした事がどれだけシレイトの人を苦しめたかまだわからねぇのか!?」

立ち寄る場所全てで感じた冷たい視線、憎しみに混じる暗く淀んだ悲しみは嫌でも身に染みた。

例え当事者ではなくとも、シレイトにとって中央は許されざる敵なのだ。

「シレイトから出ていけ。これ以上俺たちの誇りを傷つけるなら、容赦はしない」

それ以上は聞くことができなかった。

フラッドは歯を噛み締めながらも来た道を戻るしかなかった。

両者を交互に追うアルグレットを呼び寄せて彼は路地を去った。

「アルグレット。中央に戻ろう」

上司の弱々しい声に彼ははいと答えるしかできなかった。


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