第4話  ディオラード編

竜騎士は人と竜の間に立つもの

奪う道を選んだのならば全てを奪え

守る道を選んだのならば全てを守れ

そこに迷いがある者は未熟の証


グランドマウンテンを走る唯一の鉄道は不定期に運行している。

原因はもちろんシレイトと中央の均衡が崩れたことにあるのだが、グランドマウンテンを越えるよりはずっと速く移動が可能なために利用者が減ることはなかった。

終点を告げるベルがなり、長い旅を終えた人々がぞろぞろと降りてくる。

その中を一匹の狼犬をつれた女が一人、ポニーテールをなびかせて歩いていた。

犬は彼女にピッタリと寄り添って、時おり彼女の顔を見ながら歩いている。

若い車掌が彼女に気づくと手を振った。

「お帰り。サラちゃん」

サラと呼ばれた女はニコリと空にも海にも似た蒼い瞳で微笑んだ。

彼女はシレイトでは有名人だ。

中央から戻った彼女をシレイトの人たちは優しく迎えてくれる。

「無事で何よりだ。中央はどうだった?」

「心配し過ぎ。何時も通りだし、私には強い護衛がいるから」

そういって犬の頭を撫でてやると、犬は得意気に一声吠えるのだ。

これには車掌も納得し、しゃがみこんで犬を撫でてやる。

「そうか。偉いな。ダンテ」

ダンテは心なしか胸を張っているようにみえた。

「じゃ、また後でね」

そう言ってサラは駅をあとにする。

大きな荷物とダンテをつれて。


ティンバーソン邸から戻ったヒロはぐったりとソファーにもたれていた。

不安そうにみるコウの腕にはふわふわのソフィーがいる。

シマが敗けを認めた後、アリアと話をつけて引き取ってきたのだ。

竜の保護は法律違反だ。

バレればアリアもソフィーも命が危ない。

もし、アリアがソフィーをいつまででも想うのなら自立したあと訪ねて来てほしい。

それまでソフィーは責任をもつと言えば、彼女もソフィーが竜の子であることはわかっていたらしく、寂しそうに頷いた。

シマは久々にシレイトの竜騎士に会えたと笑いながら自分達は竜騎士の掟に反しない抗議をすると約束し、アリアに謝罪をした。

そして、彼らは今日あった事は誰にも話さないと誓いあい、解散したのだが

「口約束で大丈夫なんですかね?」

仮にも敵同士だったわけで、不安が残るのも無理はない。

しかし、問題の本人は

「竜騎士同士の約束やから大丈夫やて。喋るならアリアかコウやな」

と、気だるそうに話す。

元々色素の薄い肌なのだが、明らかに顔色が悪い。

「ヒロさん、大丈夫ですか?」

「せやから、誰も喋らんて」

「いや、そっちじゃなくて、ヒロさんの体調ですよ」

この家に住むようになって五年、ヒロが自分の話をはぐらかすことはよくある。

特に体調の悪い時はだ。

「ヒロさん、早めに言って下さいよ。先生呼びますから」

コウに賛同するようにソフィーが鳴き、四つの目がヒロを見ている。

ヒロの体調不良は明らかなのだが、彼は本当に病院が嫌いだった。

幼い頃から身体が弱く、今でも定期的に検査をしている。

コウとソフィーから顔を背けたヒロは頬を膨らませていた。

「大丈夫やから、放っとけ。俺は平気や」

その姿はまるで大きな子供だ。



「だから、倒れられてからじゃ遅いんですよ!」

「倒れてへんからええやないか!!」

フジを送ったリョウが家に戻ったのは日が落ちてからだ。

酔いの回ったフジからようやく解放されて帰宅したリョウを待っていたのは、兄弟喧嘩のようなやりとりといてはならない子竜だった。

一度開けた戸を閉めて、とりあえず一服しようとタバコに火をつける。

「はぁぁぁ…」

吐いた息は重たい。

中央から軍人が来ているということは、竜騎士であるリョウとヒロは警戒をしなくてはならない。

そんな時に子竜を連れ込まれては流石に不安だ。

町では暗黙の了解となっている竜騎士をシレイトは一体となってその存在を隠しているから簡単に身元がバレることはないはずだが。

「何処で子竜なんか拾ったんだ」

隠すことが難しい竜をどうするか。

騒がしい部屋に入る前に考えておこうと佇むリョウに声がかかる。

「リョウ、タバコはやめるんじゃなかった?」

「兄さん、口だけだもんね」

夜の闇から現れたのは荷物を転がすサラと今晩の食材を抱えたミサだった。

ワンと、ダンテが吠え、リョウはしぶしぶタバコを揉み消した。


フジのいる居酒屋へ向かう途中で、ミサがサラの帰宅を思い出した。

ヒロとコウが仕事でいないのならば家は無人になってしまう。

『家族』なのだから迎えがいないと寂しいとミサは駅に向かった。

サラが駅を出て直ぐとはいかなかったが、ミサはサラをみつけ、今に至るというわけだ。

「別に迎えなんてよかったのに」

それは照れなのかもしれない。

蒼い目はそらされ口を尖らせている。

そんなサラにミサは笑い。

「私が迎えにいきたかったのよ」

じっと目を見てからサラも笑った。

ありがとうと言いながら。

「で、二人は何してるの?入っていいわけ?」

中から聞こえる喧嘩の声に問題を思い出したリョウは頭を抱えた。

「入っても構わないんだが…いろいろと問題が、あってな」

「ヒロは本物のトラブルメーカーだね」

先程からダンテが中の臭いを気にしている。

中にいるのが二人だけならこんなことはしない。

「何を連れてきたの?もしかして…竜?」

恐る恐る尋ねるミサにリョウがコクリと頷けば三人の肩が落ちた。

どうやら事の大きさに気づいていないのは喧嘩をしているヒロとコウだけらしい。

「もう。長旅で疲れてるのに。私、先に着替えてくるから」

サラはダンテを連れて二階に上がる。

グランドマウンテンを抜ける鉄道は短くはない。

長時間汽車に揺られていたのなら相当疲れてるに違いない。

ミサはリョウに苦笑いして、サラを追った。

「つまり、二人は俺がどうにかしろと?」

兄妹の間柄、アイコンタクトでなんとなく言いたいことがわかる。

今回はわかりたくなかったなと意を決して扉をあけるリョウだった。



「おい、何をそんなに…」

扉を開けたリョウの目の前には金の目をした獣、いや、子竜のソフィーだ。

丸い金の目をキラキラさせて机の上に座っていた。

その視線の先には汚れた格好のまま口喧嘩をする二人にせめて着替えておけと吐いた息は重い。

「ん?リョウやないか。そっちはどうやったん?」

おかえりなさいとヒロから離れたコウと何事もなかったかのようにニコニコとしているヒロ、そんなヒロにソフィーは飛び付き甘え始めた。

リョウの心境はといえば、人の事を聞くよりも先にこの竜の説明をしてくれという苛立ちだ。

しかし、そこは長い付き合いだ。

深呼吸をして、先にフジから聞いた話を始める。

「フジさんが酔いつぶれていて、家まで送ってきた」

「なんや、フジが酔いつぶれるんは珍しないやん」

確かに、フジが酔って騒ぎを起こすことはよくある事で毎日飲み歩いているなんて噂もある。

「今日は機嫌が悪くてな。中央の軍人が二人、シレイトに来ているらしい」

その言葉に一瞬だけヒロの顔が真剣になった。

本当に一瞬だだったが、明らかに空気は変わる。

「軍人って…竜騎士狩りに来たんですか?」

「いや、フジさんは無事だし、彼らが尋ねたのは別の事だ」

ソフィーはヒロの膝で丸くなっている。

コウは緊張した面持ちでリョウの言葉を待った。

「探し物は…『竜殺し』やな」

先に口を開いたのはヒロで、リョウは頷くだけだ。

『竜殺し』とはDragon Killerをさす言葉の一つだ。

暫しの沈黙にコウは耐えられなかった。

竜騎士でない彼はDragon Killerについて詳しいことはわからない。

「その…竜殺しって…」

「あぁ、コウにはまだ話してなかったな」

Dragon Killerとは全て竜の支配を許された者を指す。

人間は契約を交わした竜のみを従えるがDragon Killerは自らの竜だけでなく、契約者のいない竜までも制御する事ができたという。

その力は竜王より与えられたものであり、人も竜も容易く滅ばす能力を秘めているとされている。

その継承は先代から証を受け取るか、先代の亡き後後継者がいない場合にのみ竜王に認められるか。

古くからシレイトの竜騎士が証を持ち、人と竜との架け橋となっていた。

「ずっと、中央の監視下にあった『竜殺し』だが、現在は所在不明。竜王の居場所もわかっていない」

「それって、つまり、今dragon killerは不在ってことですか?」

「正確には、誰が持っているかわからないんだ」

それを探し出すための竜騎士狩りだとも説がある。

少なくとも、中央が失ったDragon Killerの後継者を探しているのは確かだ。

「なんや、物騒なこと起きんければええんやけどな」

さわさわとソフィーを撫でる。

ソフィーは相変わらずなんの警戒も無しにじゃれてきた。

「とにかく、暫くシレイトで竜の力はつかえないし、早めにその子竜を安全な場所に連れていかないとな」

「そうですよね」

そう言ってソフィーに手を伸ばしたコウだがキラリと目を光らせたソフィーはガブリとコウの手に噛みついた。

「いってえぇぇぇ!!」

振り離した手にはクッキリと歯形がつき、血がでていた。

「アホやなぁ…軽い気持ちで竜に手ぇ出すな言うてるやろ」

「ヒロさん、言ってることとやってることが違うんですよ!!」

止血をしながらコウが叫んだのは言うまでもなく、ソフィーは満足気にヒロに頬をすり付けるのだった。

ヒロが着替えると出ていくと、ソフィーはリョウの頭によじ登る。

納得のいかないコウを

「ま、お前もそのうち慣れるさ」

と、リョウが慰める。

ソフィーの表情はコウを見下しているようにも見えた。

竜には人を見極める力があるとされているが竜騎士を目指すコウにとって、ソフィーの態度は未熟の証明だ。

竜にナメられていては竜騎士として頼りない。

「リョウさん、ソフィーもグランドマウンテンに?」

もそもそとリョウの頭でくつろぐソフィーはふさふさした体毛を持ち、翼と角さえなければ猫と同じだ。

それは竜の幼生の特徴であり成長するとともに、硬く分厚い皮膚になるのだ。

「ここよりは安全だからな。グランドマウンテンは竜騎士でも滅多に踏み入れない。ついでに用事も済ませるチャンスだ」

切り立つ崖と標高の高い山々が連なるグランドマウンテンは竜の住処として有名だ。

人を嫌う種や子育てで神経質な親が多く、竜に慣れたシレイトの竜騎士であっても命を落とすことは珍しくない。

そのグランドマウンテン近くにある知り合いが住んでおり、そこにソフィーを預けようと言うわけだ。

「うってつけの場所だって事はわかります。で、用事ってなんですか?」

もちろんリョウにとってもグランドマウンテンは危険な場所だ。

そこにわざわざ行かなければならない用事とは余程重大なことなのだろう。

それはもしかしたら、中央からの軍人と関係があるのではないか。

コウは緊張していた。

「そろそろ時期だと思ったんだが?」

くすくすと笑うリョウに首を傾げるコウの後ろから

「私はまだまだ一人前とは思えないけど?」

と、サラの声が飛んだ。

「俺は問題ないと思う。ヒロもそのつもりだ」

「アレの言うことはあてにならないよ」

リョウとサラのやり取りをお互いの顔に目を行き来させていたコウはようやく用事とは自分のことだと気がついた。

「え?……えぇ!?」

「あー。ほら、不安」

呆れたようにため息をつくサラはゆっくりと椅子に座る。

どこからかダンテがやって来て彼女の手に顔をすり付けていた。

「グランドマウンテンに2週間もいれば軍のやつらも帰るだろ」

要するに、竜騎士であるリョウとヒロがコウについて家を空けていれば、見つかるリスクも減るという。

幸いかどうかはわからないが先の事件以降、中央との情報交換はすくなく、戸籍に関しても曖昧であることが多い。

「私は構わないよ。しばらくはコッチにいるし」

長旅と仕事で疲れているのだろう。

机にもたれて眠たそうに目を擦っている。

「サラ…外出は控えた方がいい」

「あれ?サラさんは竜騎士じゃないですよね?」

ひらひらと手で答えたサラにコーヒーでもと立ち上がったコウは違和感を覚えたのだ。

確かにサラは竜騎士ではない。

「ほら、人気者だから。私」

蒼い眼を伏せて呟くサラは寂しそうだった。

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