第3話  ソフィー編

「ヒロさん、見えましたか?」

リョウが酔いつぶれたフジの話を聞いている間、コウとヒロは仕事を着々と進めていた。

どうやら少女のペットが排水溝に落ちて出られないらしい。

それを助けるのが今回の任務だ。

「排水溝って…もう洞穴じゃないですか」

長靴で進むヒロに縄をくくり、いざというときには引き上げる。

いくらヒロが平均よりも小さいとはいえ、余裕で入れる大きさに、自分で助けにいくという選択肢はなかったのだろうか。

そもそも、先程から一緒にいる少女の親は顔を見せないのは何故なのか。

「…ねぇ、もしかしてお留守番中なのかな?」

家は見るからに大きく、新築といった感じだった。

着ている服もこの辺りでは珍しい高価な流行りものだ。

執事の一人いそうなのだが、少女は一人で彼らに付き合っていた。

「ママもパパもセクトマルクにお仕事なの。いつもそうよ。パパなんて…もう一年も顔を見てないわ」

ムスっとした少女は淋しそうに答えた。

視線はずっと排水溝を見つめている。

聞いてはいけないことだったのだろうか。

泣きそうになった少女に慌てながら、コウは話題を変えようと必死になる。

「じゃぁ、その、ソフィーは…君の一番のお友だちなんだね?」

「当たり前よ。でも、お母さん猫嫌いだから」

「へ?ソフィーって猫なんだ」

仕事前にヒロが言っていた言葉を思い出して、彼の勘の凄さを実感した。

だだ猫が好きなヒロの偶然であるとは思うのだが。

「「ジーーッ…なぁ、コウ?」」

突然コウの無線に連絡がはいる。

もちろん、ヒロからだ。

「あ、ヒロさん、どうしました?」

「「自ジーーッ…ソフィーってな、猫?」」

その言葉に二人の顔は明るくなった。

きっとヒロはソフィーを見つけたのだ。

「はい!猫です。ヒロさん、ソフィーが見つかったんですね!」

「「……ガがッ…猫って…」」

「ヒロさん?」

「きゃぁぁぁぁぁ!!」

いつもより元気のない声に疑問符を浮かべていると、無線に集中していたコウの隣から少女の悲鳴が聞こえた。

悲鳴に振り向くと、少女は顔をヘルメットで隠した男の腕に拘束されていた。

「なっ!?」

少女を助けようと立ち上がるが、背中でカチャリと音がした。

振り向かずとも気づいてしまう。

銃口を突きつけられた音だ。

「運が悪かったな。ボウズ。一緒に来てもらおうか?」

男は一人ではない。

複数、三人以上はいる。

大した装備のないコウは両手を挙げて従うしかなかった。

「おい、娘は間違いないな?」

「あぁ。確かに、ティンバーソンの娘。アリアだ」

一枚の写真と少女を見比べて男達は何かを話している。

目的は依頼者であるアリア・ティンバーソンのようだ。

捕えられたアリアは両手を男に叩きつけて叫んでいる。

「何なのよ!どうして私の名前知ってるのよ!離しなさいよ!」

コウはこの状況でよくそこまで抵抗できる物だと感心する。

なんとか二人が逃げる方法はないかと考えるが、コウ一人では無力に等しかった。

コウとアリアは男達につれられ、虚しくなる無線を残してティンバーソン邸へと連れ込まれた。



その頃、排水溝を進んだヒロはというと、ソフィーの存在に頭を抱えていた。

「猫ってなぁ…どうみても…猫やないやろ」

目の前にうずくまる生き物は確かにふさふさした毛がある。

丸い金色の目は猫のソレに似ているし、可愛らしい牙もある。

だが、ソフィーには固い翼と小さな角があった。

「飛竜の子供やないか…」

シレイトで竜を見かけるのは珍しくはないが、子供となったら話は別だ。

竜が神経質になる子育ては人の立ち入らないグランドマウンテンの奥地か海岸の切り立った崖に巣を作る。

迷い込んだのか少女が連れてきたのかはわからないが、こんな町に子竜がいることはあり得ない。

そして大きな問題がもう一つ、新しい法では竜の殺処分が命じられている。

役所に知られればソフィーの命はない。

「役所はなぁ…中央の頭固いやつばっかやからなぁ」

キュウキュウと可愛らしい声を挙げるソフィーを抱き抱える。

黄色の毛並みは汚れているが健康に問題はなさそうだ。

「大事にされてきたんやねぇ」

頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を綴じるのだ。

人間への恐怖はまるでない。

ソフィーは催促するように頭を擦り付けてきた。

「なぁ、コウ…問題だらけなんやけど」

無線に話すヒロだが、応答はない。

コウの無線は入り口に放られている。

「コウ?返事せぇや」

何度か確認するがやはり応答はない。

ソフィーがヒロの肩によじ登り首を傾げている。

「なぁ、俺は見棄てられたんやろか?」

こちょこちょとソフィーの首を掻いてやる。

まだ小さいソフィーを服の中に隠すと、仕方なしに出口に向かうのだった。

「どうせ他の事してんねや」

と文句をいいながら。




「っ…てぇぇ」

腕を後ろで縛られ放り投げられたコウは明らかに人質だった。

アリアと共に並べられ、成す術なく男達を睨んでいる。

「おい、ガキ。仲間がいるなら先に言っておけよ」

銃口はコウの額に当てられた。

「仲間はいるけど…排水溝の中だから。一人じゃ上がれないだろ」

真実を話すコウにアリアは慌てるが、本人はいたって冷静だった。

真っ直ぐ男を見据え、銃に怯えている様子はない。

「肝の据わったガキだな。銃が恐くないのか?」

「初めてじゃないんで」

主犯と思われる男が一人に排水溝を見てこいと命じる。

プラスチックからわずかに透けて見える目は鋭く。

痛いほどの憎悪がちらつく。

「あんたらの目的は何だよ」

「……」

アリアは一人で留守番をしていた。

金が目当てなら金品を漁っているはずなのに、彼らは全く手をつけていない。

そもそも、自宅に立て籠られては金の用意などしようがないではないか。

「余計な口を聞くな。お前はいつでも殺せるんだ」

汗が伝う。

偶然巻き込まれたコウは男達にとっては邪魔者だ。

先に撃たれるのは目に見えている。

それでもコウは口を閉ざさなかった。

「ここを狙ったのは…ティンバーソン家が中央から来たよそ者だから…じゃないの?」

コウの言う通り、ティンバーソン家はシレイトの役人として働く為に数年前にセクトマルクから越してきた一家だ。

中央をよく思わない人々にとってはティンバーソン家こそが邪魔者だった。

「そうだ…シレイトを踏み荒らす者には裁きを下す」

「だったら、どうして娘のアリアを?」

ヘルメットを外した男がコウを睨む。

尖った視線は射抜くほどに恐ろしくみえるが、息をのみながらコウは耐えた。

「ガキ、名は?」

「……し……コウ」

躊躇って答えたのは名だけで、姓はむやみに名乗るなと言われていたのを思い出したからだった。

「お前は、15年前に中央がしたことを…知っているか?」

いつだったか、リョウとヒロの話を聴いたことがあった。

それは、事件の一部分で詳しいことは聞けなかった。

「中央は俺たちから誇りを奪った。誇りだけじゃない。生きる希望すらも奪いやがった」

外された革手袋の下に竜の紋がある。

しかし、そこには紋を両断する傷があった。

「……竜騎士狩りの…」

「よく知ってるじゃねぇか」

目を丸くしたコウには男の傷みがわかる。

竜騎士にとってパートナーの竜は自らの半身ともよべるほどに大切な存在だ。

そして、契約者の紋は竜自身と言っても過言ではない。

紋を両断された竜は無事ではないだろう。

「中央の奴らは誰一人この痛みを知らない。

俺が斬られた方が、よっぽど軽い痛みだ。

解るか!?長年連れ添った相棒が目の前で鮮血に染まり息絶える瞬間を目の前にして

代わりになることも、その身に触れる事すら許されなかった憎しみが」

「…………」

声をあらげた男のその剣幕にアリアは泣き出し、コウは目を背けた。

竜の紋は契約者から切り離されれば無効となる。

手首にある紋を斬りはなそうともしたのだろう。

それを許されなかったのは他でもない中央のはず。

沈黙となった部屋、突きつけられたままの銃口、声を抑えて泣くアリア。

竜を失った騎士が強行に走った気持ちはわからなくはない。

竜との交わりの少ない中央の人々にとっては安全への政策が竜と共に生きたシレイトの人々を苦しめているのは確かだった。

「だけど……竜を失ったのが辛いのは…仕方ないけど、それとこれとは話が別だ」

顔を上げたコウは男に食らいつく様に叫ぶ。

「シレイトの竜騎士は復讐なんかで子供を殺したりしない!」

「ガキが知った口を聞くな」

威嚇射撃はコウの髪を掠めて壁を撃ち抜く。

カタカタと震えるアリアをよそにコウはまだ男から目を反らさない。

「あんたらはシレイトの竜騎士なんかじゃない。偽物だ」

「竜騎士を知らねぇくせに偉そうに語るな!」

「あんたらは偽物だ!!俺はずっと、本物の竜騎士を見てきたんだ!!」

「黙れぇ!!」

悔いはなかった。

コウはずっと竜騎士を目指し、本当に竜騎士のそばにいた。

銃口を額に引き金が引かれる。

流石に観念して目を伏せた。

弾はいっこうに届かない。

いや、引き金が引かれることはなかった。

「な、何が!?」

引き金は金縛りにあったように固まったまま、引くことはおろか、遊び部分を戻すことすらできない。

これでは玩具とかわりはなく、コウにとっては最大のチャンスだった。

手は縛られていても足は自由だった。

立ち上がり蹴り落としたのは男の銃だ。

ついでに一撃をくらわせる。

「ガキが!!作戦変更だ!!今すぐ娘を殺せ」

男は叫びながらもコウの足を掴み床に叩きつける。

流石は元竜騎士だ。

戦闘の技術は衰えていない。

「竜騎士じゃないガキに俺の無念がわかってなるものか」

振り上げられた拳と共にコウの視界に入ったのはガラスのように透き通った分厚い氷の壁だった。

「なぁ、ちょっとええか?こいつに言わなあかんことがあんねん」

ニコニコと男の前に立つのは確かにヒロで、その後ろ、男の仲間は凍った足で身動きがとれなくなっていた。

「氷……まさか、お前は」

男の目にヒロはどのように映ったのか、てくてくと歩み寄るヒロに男は後ずさり、二人の間は一定に保たれる。

コウはやっと助けに来てくれたと顔を上げたのだが

「あほかコウ!!上がるんがどんなけ大変やったかわかるか!?待っとれ言うたやろ!!」

渾身の力で殴られた。

「ええぇぇぇ!?じょ、状況見てくださいよ!待てるわけないじゃないですか!

っていうか俺たちは人質にされてたんですよ!?」

縛られた腕を見せて必死になって抗議をする。

もちろん犯人たちを放ったままでだ。

主犯の男は銃を確認する。

もし、引き金が引けなかった原因が氷によるものならば空気で温められれば溶けるはずだ。

両手で銃を支え、動きを見極める。

その間、口喧嘩を続けるヒロと一度だけ目が合った。

紫の瞳に敵意はなく、その空気を読まない発言通り緊迫感もない。

男にしてみればナメられているような不快なものだ。

「っていうかヒロさんの所にあいつの仲間が行ったはずなんですけど!?」

コウの問いは最もだ。

排水溝を登った時に会わなくとも、ここに来るまでに鉢合わせてもおかしくない。

ヒロは周りの男たちを眺めて首を傾げた。

「誰?ここの使用人か?」

「使用人が銃持ってるわけないでしょ!?」

ヒロの言動にコウだけでなく周りの男までも呆れている。

そもそも現在はアリア一人で留守番をしていることは知っているはずだ。

「本物の竜騎士?…こいつが?こんな、腑抜けた若造が本物だと?」

氷を操る特殊な技は恐らく竜の力だ。

先ほどのコウの台詞から繋ぎ合わせれば、彼のいう本物の竜騎士とは目の前に立つおかしな男ということになる。

竜騎士狩りにあっていないのならば政府の狗か。

戦わずに身を潜めている者か、どちらにせよ、男にとっては障害だった。

「おい、お前」

男は指を指してヒロを呼ぶ。

「お前やない!ヒロや!そっちも名乗り!」

「この状況で名乗ると思ってんですか!?」

相手は中央に牙をむくテロリストだ。

犯罪者が簡単に名乗るわけがない。

「なぁ、コウ。コウはお前とか言われて良い気はせんやろ?名前がわからな会話が成り立たん」

確かに良い気はしないことはわかる。

だが、それは親しい間柄の話であって、初対面で、しかも銃を手にした犯罪者との間で通用するものではないはずだ。

「……シマだ」

「名乗った!?」

悩んだ末に名乗った男に突っ込むコウはうるさいとまた頭を叩かれる。

コウは繋がれたままの手で頭を抱えて、自分の常識がおかしいのかと疑う。

シマの仲間とアリアはそのやり取りを呆然とみていた。

氷で動けない彼らにはそれくらいしかできなかったのだ。

シマは鋭い視線でヒロを睨んでいる。

それは憎悪の目ではなく相手を見定める目付きだ。

「…ヒロ、あんたは悔しくはないのか?竜騎士の誇りを何も知らない中央に奪われることが

何故立ち上がり中央からシレイトを取り返そうとしない?」

シマの黒い目から放たれる圧にコウは息をのむ。

視線はあっていなくとも彼の意志は痛いくらいに伝わってきた。

「シマは偉いなぁ。考えとる事が大きいわ」

シマの圧にもケロリとしているヒロはふにゃりと笑った。

「シレイトの為なんか…あかんな。俺は自分の為やないと動けんわ」

静かに冷たい空気が漂い始める。

それはヒロを中心にして水分をキラキラとした結晶に変える。

「俺は死ぬんは見たないからな。シマがアリアを殺る言うなら、止めんで」

その表情は穏やかで、やはり敵意を感じない。

シマは戸惑い始めていた。

「誇りはないのか?」

「あるよ。せやから守んねん。誇りいうんは同じやないやろ?」

「たとえ、それが敵でも…か?」

ヒロは笑う。

シマの銃はゆっくりとおろされ、ため息をこぼした。

銃を向けた所で竜の氷には敵わない。

それどころか、ヒロが現れたその時から全ては彼の雰囲気にのまれていたようで、完敗を認めざるを得なかった。

「『竜騎士よ、全てを護れ』か。礼をいう。憎しみにのまれて誓いまで失うところだった」

天井を見上げるシマの目には涙がにじんでいた。

「守る方を選んだ思ったわ。シマの紋は幻竜の紋やからね」

抜けているように見えるのに、狭い視界でシマの手にある紋までみている。

「何者だよ、ヒロ」

「『鳥獣捕獲隊』の従業員や」

部屋はまだ冷気でひんやりしているというのに、なんだか気持ちは暖かかった。

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