第2話 ソフィー編
ジリジリと鳴り響く電話なのだが、何故か誰も出ない。
なんとなく、このタイミングの電話はろくなことがないような気がしてならないのだ。
「と、とりあえず出てみましょうよ。サラさんかもしれないですよ」
仕方なしに立ち上がったコウは意を決して受話器を取った。
電話の主はなかなかつながらないことに苛立っていたのだろうか。
コウがあいさつを始める前から電話の向こうで声を荒げていた。
「「ちょっと!!早く来てよ!!」」
その声の大きさと言ったら、受話器から離れていた三人にも聞こえるほどで受話器を取ったコウはキーーーンと耳鳴りがしている。
「大丈夫か?」
「はい、何とか」
そんなやり取りの中でも電話の主は何かしゃべり続けている。
「「良いから早く来てよ!!うちのソフィーちゃんが大変なんだから!!
あんたたち生き物のことなら何でもしてくれるんでしょ?」」
「ん?なんか、違わへんか?」
確かに捕獲の生物種についての制限はないのだが、なんでもできるというわけではない。
もちろん、コウもそれは心得ている。
ひとまず落ち着いてもらわなくては。
「えっと、その、少し…」
「「とにかく早く来なさいよ!住所は×××の△△△だからね!!すぐに来なさい!!」」
コウの声を遮って怒鳴った依頼者は今日一番の声を張り上げたに違いない。
あまりの声に受話器から距離をとったその時、
ガチャン
静まり返るダイニングの中をツーツーと電話音が虚しく響いた。
カタカタと震えるコウは受話器に向かって
「きれた!!!???」
と叫ぶのだった。
シチューの食べかけをそのままに四人はどうするべきか話し合う。
「兄さん、どうする?住所は覚えてるけど…」
幸い住所はわかっているが、問題は依頼内容だ。
ソフィーの救出が目的らしいが。
「ソフィーはペットなんかなぁ?」
「人だったらどうする?犯罪にはかかわりたくない」
もちろん、ソフィーの種によっては必要な道具も変わってくるし、状況も何一つわかっていない。
聞き出せなかった責任を感じているコウは視線を落としたままだった。
「とりあえず、コウに行かせるか。電話に出たのはこいつだしな」
「え?」
ちなみに、コウはここでは最年少だ。
もちろん一人で仕事をこなしたことはない。
そんなコウに電話に出させるのもどうかと思うのだが、反論もできないコウは救いの眼をヒロに向ける。
すると、ヒロはシチューを食べながらニコニコしていて
「はよ終わったらまたシチュー食べれるんやない?」
まったく助けてくれる気配はなかった。
「え、ちょっと待ってください。ホントに一人で行くんですか?」
ものすごく不安なコウは三人に再度確認をするのだが、すべての視線を外されてしまい。
悲しい叫び声が家中に響くことになった。
シレイトの街にある一軒のバー
中年の男たちで賑わうカウンターでマスターと思われる男性がグラスを磨いていた。
カランカラン
昼間でも賑わうここに新たな客がやってくる。
いつもの笑顔で迎えようと目を向けるとマスターの声は籠ってしまった。
景気よく酒をあおっていた男たちも一斉に静まる。
「おや、あまり歓迎されていないようだ」
入ってきたのは白のコートに身を包む二人の男だ。
そのコートには中央の軍のマークが印されていた。
「当たり前だ」
奥のテーブルで一人飲んでいた男がグラスを机にたたきつける。
「ここは軍人様が来るような場所じゃねぇんだよ」
男のセリフに賛同した客は次々に軍人二人に罵声を投げる。
二人のうち若く背の高いほうがしびれを切らし掴みかかろうと前に出るが、それは上司でもあるもう一人に止められた。
「よさないか、アルグレット。騒ぎを起こしに来たわけじゃないんだ」
長身のアルグレットだが、上司である彼フラッドには従順だった。
奥歯をかみしめて自分をおさえる。
フラッドは罵声にも冷静にマスターと向かい合う。
「尋ねたいことがあるんです。
Dragon Killerについて」
その単語にバーの空気は一転する。
激しく燃えていた怒りが一気に冷たいものへと変わり突き刺すような殺気になったのだ。
「些細なことでも構わないのですが」
できる限りの笑みを保ち問うフラッドだが、答えを聞くことはかなわなかった。
先ほど怒鳴った男が彼らに向かいグラスを投げつけてきた。
グラスはフラッドのわずか左を過ぎ、壁に当たって粉々になる。
投げつけた男は拳を握りしめ、今にもとびかかって来そうなほどだ。
「出て行け!『あいつ』はもういない!!殺したのは、
お前ら軍人だろ!!」
その目は怒りばかりではない。
憎しみも悲しさも含んだ複雑なものだ。
暴れだす男を客とマスターが押さえつけるが一向に静まる様子はない。
目を伏せたフラッドは男に背を向けると出口へ向かった。
「行くよ」
「あ、はい」
呆然としていたアルグレットをつれ、扉を開けるころ、男は叫ぶ。
「人殺しめ」
と
振り返ったアルグレットは、男の顔に散らばる雫を確かに見た。
「嫌われているんですね、軍人」
中央では安全を守る軍人は尊敬の眼で見られる。
アルグレット自身も軍人ということに誇りを持っていた。
その常識がどうやらシレイトでは通用しないらしい。
ここに来るまで何件か回っているがどこでも邪魔者扱いだった。
グランドマウンテンを挟むだけでこんなにも対応が違うとは。
「昔は、これほど嫌われてはいなかった」
現在中佐であるフラッドは長く軍で暮らしている。
シレイトを訪れたのは初めてではないが久々の訪問だった。
「政権が代わってから、溝は深まるばかり、
信頼は、どこへ行ってしまったのだろうね」
空を見上げるフラッドの表情は寂しげで、その目が何を想って悲しんでいるのかアルグレットにはわからない。
シレイトの空はきれいな青なのに、その青の中に何かを隠しているような気がしてならなかった。
何処からかトランシーバーの音がする。
「「いいか……は……許さ、い」」
「「今度、そ……める、だザーーー中央な、に……負けてはいられない」」
怪しげな会話は続く。
青い空の下、業火を燃やす企みは静かに進行していく。
シレイトは高い山脈が連なるグランドマウンテンと荒々しい海とに挟まれた地域だ。
中央とは全く違った文化が根付き、イヤードレイクとして統一されたのも長い歴史から言えばつい最近の事だ。
グランドマウンテンを突き抜けた鉄道により連絡手段を得た双方は互いに積極的な交流をしたものだ。
わずか15年前までは。
15年前
ある事件をきっかけにシレイトにとっての中央への対応が一転した。
その事件の中心にいたのがシレイトの人々にとっては欠かすことのできない存在、Dragon Killerだった。
ピーンポーン
バクバクと心臓の音をたてながらコウはなんとか依頼者を訪問していた。
「そんなガチガチになっとったらあかん言うてるやろ」
背丈はさほど変わりがないのにヒロがぐしゃぐしゃとコウの頭をかき回す。
結局、コウ一人では不安とのことでヒロが付いていくことになったのだ。
「上手いタイミングで仕事がはいるもんなんやなぁ。リョウの念が通じたんやろうか」
最低限の荷物を背負いヒロが笑う。
電話がきれた後、直ぐにドアが叩かれた。
なんでも知り合いが居酒屋で騒ぎを起こしたから止めてほしいとか。
仕事ではないが顔見知りの頼みとあって、そちらにはリョウとミサが向かうことになったのだ。
「俺、すっごい不安です」
「なんや、弱気やな」
コウの不安は責任もあるが、もしもの時ヒロが何かやらかさないかの方が大きい。
仕事の時はそれほど好き勝手にするような人ではないしどちらかと言えば頼りになる先輩なのだが
「ソフィーは猫やったらええなぁ」
本人からは緊張感が欠片も見当たらない。
不安を感じることがあるのだろうかと疑いたくなるほどだ。
「コウ、もうちょい下がっとき」
「へ?」
なかなか依頼者がでてこないため、もう一度インターホンを鳴らした時だった。
コウの後ろでソフィーの想像を膨らませていたヒロが手招きをする。
振り向いたコウだが、ヒロの注意は少し遅かった。
「Σへぶっ!!!?」
勢いよく開かれた扉がコウにぶつかり、中から声がした。
「遅いじゃない、早くソフィーちゃんを助けなさいよ」
それは身なりのいい少女だった。
カランカラン
「マスター、陸稲を連れてきたぞ」
リョウが店内に入ると酒の臭いが充満していた。
知り合いの男に頼まれて来てみれば店の奥で明らかに酔いつぶれだ馴染みの顔があった。
「…何があったんですか。フジさん」
リョウの問いにもフジは顔を突っ伏したままで、呆れたリョウがマスターに聞き直すと彼も困った顔をしている。
「中央から軍の方がきていてな。フジの禁句を口走ったのさ」
「禁句?」
やれやれと首をふるマスターはフジをリョウに預けるとできれば家まで帰してほしいとつけたして、カウンターに戻る。
中央の軍人がシレイトに来ていることや、フジの禁句について気になる事はあるが、まずは酔いつぶれたフジを家まで送ることが最優先だろう。
「フジさん、サナエさんが心配しますよ」
隣に座ってお冷やを勧めるリョウだが、フジは傷の残る頬を膨らませ黙ったままだ。
「いい歳のおじさんがそんな顔しないでください」
「うるせぇ」
フジとは一回り以上歳が離れている。
リョウの両親と交流が深かったため、両親の死後もフジとは飲み仲間だった。
「ガキにはわかんねぇ事があんだよ」
「……そうですね。だから、黙っていられたらわかりません」
「……」
チラリとリョウを見た茶色の目は酔っているせいか赤く潤んでいた。
起き上がったフジはリョウが出したお冷やを一気に飲み干す。
「俺はなぁ、リョウ。『あいつ』が誇りだったんだ。『あいつ』はよぉ、歴代で最高のDragon Killerだった。
『あいつ』ほど、できた竜騎士はいねぇよ」
リョウは黙って聞いていた。
人は竜と契約を交わす事で竜の力を得る。
神に最も近いと言われる生き物である竜の力は様々だ。
だが、一人の人間が契約を交わす事ができるのは生涯でただ一頭、今では竜の存在を否定する法で禁じられた契約である。
それでもシレイトでは、契約を交わした竜騎士を目指す者が後を絶たない。
「軍人が殺した。『あいつ』を殺したんだ」
厳つい顔の男が流す涙は似合わない。
だが、誰も涙を止めようとはしなかった。
『彼』はシレイトの人々にとっての誇りでフジの親友だった。
「リョウ、気を付けろ。軍人は後継者を探していた。下手な行動はするなよ」
「あぁ。フジさんこそ、バレないようにしてくださいよ」
「言ってくれるねぇ。飛竜使い」
フジのゴツゴツしたてがリョウの左肩に触れた。
その下には竜との契約を示す紋が刻まれている。
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