番外編

休日に誘われて行った先に

大型連休ゴールデンウィークも過ぎ、中間テスト最終日の5月中頃。

最終科目、数学のテストの真っ最中であり静かな教室内は鉛筆が走る音と消ゴムの摩擦音、稀に鉛筆を転がす音だけが聞こえている。


「中間試験はこれで終了だ。明日は試験休みだが、気を抜かず予習・復習をしてくるように。以上、号令」

「起立、礼ーー」


チャイムと同時に担任の本多先生が答案を集め、教室を後にすると3-Cの生徒全員が安堵のため息をついていた。

私ーー仁科歩にし あゆむも試験中の緊張感と疲労感で机に突っ伏していた。


「あ~、終わった終わったァッ!」


前の席に座っている新原朝子にいはら あさこ殿が思いっきり背伸びをして叫ぶ。


「さぁ、テストの結果なんて深く考えずに明日の試験休みと土日――、何をして遊ぶか考えようじゃないか諸君!」


だんッと椅子に立ち、高らかに宣言する朝子殿。何故か周りから拍手がでる。

そんな彼女を尻目に私は今しがた終わった数学の問題用紙に目を落とす。

数学は不得意ではないが、流石に少しレベルが高かった。

赤点は免れたと思うが......ふぅと溜め息をついてしまう。


「ハイハイあゆちゃん、溜め息を付くと1回に付き2%の幸せが逃げちゃうよ。」

「そうだな......何時までも過去を振り返っても仕方ないな...」

「そうそう、イイ女は振り向かないもんだよ。気を取り直してごはん食べに行こう」


そして、いつもの様に学食で朝子殿や千景殿と昼食を摂っていた矢先に吾妻先輩がいつものように唐突に現れた。


「歩...“イチゴ狩り”に行かなくて?」

「是非是非行きます。」


その言葉に目の色が変わったのが自分でも分かる。

イチゴ狩り...噂には聞いていたが一度も行ったことが無い。何て甘美な詞だ。

何を隠そう私はイチゴが大好物なのだ。

イチゴジャム、イチゴのショートケーキ、苺飴...イチゴと名の付くものには均しく愛を注ぐ事にしている。

一時期、一期一会いちごいちえという言葉を苺一円と勘違いして恋をしてしまったくらいだ。


「そう...丁度家のグループで研究している農場のイチゴ園が収穫頃なの。そうね......5~6人PT位が丁度いいから知り合いに声をかけても良いわ。」


PT(パーティ)って...何なんだろう?


「はいはーい!ワタシ行きた~い!」


間髪いれず朝子殿が話に入ってくる。

横では千景殿がジャムパンを頬張りながら

「朝子が行くというなら」と手を挙げている。


「これで4人ね、後は...誰か居るかしら?」

「あゆちん、真神くんと榊くんはどうかな?」

「む、あの二人か...聞いてはみるが...」


スマホのアプリで真神涼風まがみ すずかぜ殿にメッセを送ると間もなくして『お誘い頂き、ありがとうございます。是非参加させていただきますね、正輝も狩りと言う言葉に並々ならぬ興味が在る様なので御同行させたいのですが、よろしいでしょうか?』と返事が届いた。

彼等とは今月頭の連休中の際に少々世話になった。まぁ、詳しくはあっちの話で語られると思うが……。あっちって何のことだろう?


後二人見つかったことを吾妻先輩に報告すると「そう、良かったわ」と少し素っ気ない返事をされた。何か有るのか?


「では、明日朝の8時に第3寮に迎えに行くから楽しみにしていなさい」


そう言い、吾妻先輩は食堂から出ていった。

足取りが普段と違って疲れているみたいだったが……。


翌日――佐藤寮長から「お土産よろしくね」の言葉に見送られ、朝子殿と千景殿、真神殿と榊殿とで吾妻先輩が用意した自動車リムジンで農場とやらに移動している。

「ちなみに運転しているのはヒツジの人だ。」


「わざと口に出してませんか?仁科様。私は執事の畑中はたなかですっ」


運転席で運転する黒メガネ、執事服の明らかに不振人物に見える輩が私に言う。

4月の時はオロオロしていたのに生意気な。


「歩...畑中さんをからかうのは止めてあげて、彼は芯が真面目だからあまり冗談が通じないの...」


吾妻先輩に窘められてしまった。

ちょっと反省。


「あぁ、でもちょっと意地悪な顔した歩も中々可愛いわね」


そう言いながらスマホのカメラで私を撮影する吾妻先輩。

うん、前言撤回。


ちなみに後部側の席に座っている榊殿は自動車に乗るのは生まれて初めてだと言い、緊張のあまり固まっている。

不思議そうに彼を見る私の様子を察知したのか、榊殿の隣に居た真神殿がそっと耳打ちしてきた。


「彼の故郷ところで自動車に乗ると言ったらトラックの荷台ですからね、緊張するのも当然でしょう」

「えっとーー何処かの戦場?」

「戦場、確かにそうですね。アハハハ――」


真神殿が楽しそうに笑う横でやはり微動だにしない榊殿。彼は一体どのような環境で育ったのだろうか?


一時間程で農場に到着した…が、目の前に有るのは私がテレビ等で憧れたビニールハウスではなく、谷間の入り口にそびえ立つ見るからに怪しい研究棟であった。


「えっと……」

「あぁ、農場の入り口は強固に閉鎖されているの。そうしないと逃げ出すのが居るから」


いやいや、逃げ出すって何が――。

一抹の不安を抱えながら吾妻先輩に続いて謎の建物に入る。


怪しいパイプラインやら、試験管とカタカタ音する謎の大型機械が置かれたガラス張りの部屋を横切り、二重ドアを抜けるとそこは――。

1メートル大の巨大イチゴが群がる草原だった。


「あの……あれは?」

「甘さと量を突き詰めて品種改良を重ねたのだけど、最近何故か自我を持ってしまって困ってしまったの」


それは品種改良と言うよりは遺伝子操作の類いなのではないかと。

困惑している私を尻目に吾妻先輩は説明を続けている。


「それで、あなた達にあれらの駆除をお願いしたい訳。勿論狩り取ったあれは好きにしていいわ、生で食すなりジャムにするなり…」


あれを見ると微妙に食欲と言うか、イチゴに対する認識が変わると言うか…。

そもそもあれをイチゴと呼んで良いものだろうか?


「ワーイ、食・べ・放・題♪ 」


と朝子殿が手放しで喜んでいる。

良いの? あれを食うの。


「腕がなる…村正」


千景殿は刀袋からいつぞやの日本刀を出しながら呟いている。口元に笑みを浮かべてるのがちょっと怖い。


「フムフム、つまりはあのクリーチャー苺モドキを殲滅すれば良い、という訳ですね。さてどういう戦略を練るか…」



顎に手を当てて何やら納得している真神殿の横で榊殿が頷きながら肩をブンブン回している。何とも適応力の高い人達だ。


「でも、狩り取ると言っても粉々にしたら衛生面とかまずいんじゃないですか?」

「殺(や)る満々ね。でも、それには及ばないわ。あれはへた部分を切り取れば活動停止するみたいなの。」


そうなのか。


「さぁ、作戦開始ミッションスタートよ。」



 谷間の草原で繰り広げられる狩りは壮絶だった。

これは最早、狩猟ハントと言うより虐殺ジェノサイドではないかと思わせる程である。


逃げ惑う巨大ストロベリーの群れに容赦なく銛を撃ち込む朝子殿。

銛を撃ち込まれて動きが悪くなった個体の蔕を日本刀で斬り取る千景殿。

何と言う連携プレイだ。


そして別の草原を見ると、榊殿がタイマンで巨大ストロベリーと対峙している。

一瞬の隙を付き、素手で蔕をむしり取り動かなくなった巨体を籠に投げ入れる。

どう言う生活を送ってきたんだ、あの人は…。


「いやいや、壮観ですねぇ~」

「あぁ、クリーチャー達が憐れに見えてくるくらいに」


私はと言うと真神殿が用意したレジャーシートに座り、彼が煎れてくれたお茶を啜っている。あ~抹茶が美味しひ…。


殺戮ショーが繰り広げられているド真ん中で悠長にお茶を煎れる彼もどうかしてるとは思うが、今は考えないでおこう。



「そう言えば、部活はもう決めましたか?」

「正直面倒。何か楽な部活無いかね」


時たま飛んでくるクリーチャーをバレーボールのトスの要領で籠に叩き入れつつ彼と安穏と世間話をしている。

あー、入部届の提出は今月末迄だったか。


「仁科さんは運動神経良いから引く手あまたじゃないですか?勧誘されているのを何度かお見かけしてますし」

「それが非常に煩わしい。で、そっちは決めたのか?私と状況たいして変わらんだろう」

「そうですねぇ――」


この学園は一年の体力測定がネット上で閲覧可能らしく、各部活がその情報を元に熾烈な勧誘合戦をこの時期行っている。

榊殿は勿論、真神殿も体力測定の結果が断トツだったようで毎日のように先輩方から熱烈な勧誘を受けていた。


「武道なら多少は心得有るんですけどね」

「まぁ、袴姿で球技や競技やる姿は想像できんわな」


さっきクリーチャーをトスしていた人が何を言ってるのかと思いつつ話を続ける。


「ハハハ――そうですよねぇ、どうも“洋装”は着なれしてませんのでね……。ところでお茶のお代わりどうですか? お茶請けでいちご大福もありますよ」


彼が急須から淹れてくれたお茶を啜る。

あ~美味しいな。


「おや?――彼処あそこに親玉みたいのがいらっしゃいますねぇ」


そう言って真神殿がすくっと立ち上がる。

彼の指差した方角……榊殿がタイマンしている奥の頂きに大きめの影が見えた。

目測で3メートル位か、廻りのクリーチャー達より一回り大きい…奴がここのヌシか。


「在れを倒せばクリアなのか?」

「恐らくは他のも大人しくなるのではないですかねぇ」

「じゃあ、サッサとるか」


そう私は言いながら真神殿と奥へ向かうことにした。


「ケーキと言えば清風堂のイチゴチョコケーキは逸品ですよ」

「マジかっ、彼処ではショートしか頼まないから盲点だった」

「他にも季節のケーキは当たりが多いんですよ」


道中立ち塞がる雑魚クリーチャーどもを雑談混じりに薙ぎ倒しながらボスクリーチャーのもとへ進んでいく。

お互い無意識に拳が出る、蹴りが出るといった感じで然して気に止めずに前に進んでいく。

大型連休ゴールデンウィークの件と言い、この人ただ者ではないんだよな。

いつも笑顔で飄々として、中々に真意を読ませない。


「あの店は日方マスターさんの趣味半分、日向おくさんの夢半分ですからね」

「ふーん、だからあんなに幸せそうなんだな」

「全くもって羨ましい――否、微笑ましい事ですよねぇ」


一瞬彼の本音を垣間見た様な気がしたが気にしないでおこう。


「ютрмлркмйёбкмпфлчёмредумт」


頂の上に“それ”は鎮座していた。

何処にあるかさえ解らない発声器官を使い意味不明な言葉を発している。


「えーと…『よくぞ此処迄辿り着いた、愚かな二足動物よ。だが、我等の悲願阻まれてなるモノか。』だそうです」


真神殿が隣でどっかのラスボスみたいな事を口に出した。


「――あれの言ってる事が理解できるのか?」

「意訳程度でなら」

「なら、大人しく我らの糧となれと伝えて下され」

「あー、あちらに此方の意思を伝える術は無いのですよ」


そうか、犬の言葉は分かるけど犬語は喋れないのと同じか。


「よし、なら殲滅デストロイで話を付けようか」

「前置き飛ばしてあっさり行きますねぇ」

「あぁ、時間のロスは極力控えたい」


殺気を纒いながら指をポキポキと鳴らすと巨大クリーチャーの親玉はビクつきながら数歩 後退あとずさる。


「あらあら、あちらさんかなり怯えてますよ」

「人間様に歯向かった事を末代迄後悔させてやらねばな」

「あれが末代になりますけどねぇ…ま、何事にも躾は必要ですよね」


どっちが悪の親玉だと言わんばかりに真神殿と邪悪な笑みを浮かべながら親玉に詰め寄る。


「дψχ!ιΖΔπιηχ!ΖΑκπππππππ!」


谷中にヤツの断末魔が響き、大量の果肉が残された。



「いやぁ〜、いい経験しましたわぁ」


帰りの自動車の中、朝子殿が伸びながらそう言う。

あの後、吾妻先輩がいつの間にか呼んでいた調理の方々がクリーチャー共を一口サイズに加工してくれた。


量にして数十キロ。その場で食べ切る事も出来るわけがなくタッパーで持ち帰る量では流石にない為、大半を急速冷凍して寮に送ってもらえるようにした。


「経過はともかく、味は一級ですね」


涼風殿が果肉の欠片を抓みながら言う横で榊殿がウンウンと頷いている。

確かに今まで食してきた中でも上位に入る美味さのイチゴだ。――イチゴと思えばだが。

先程までウゴウゴと蠢いていた姿を想像すると食欲が激減するので思考から排除する事にした。うん、何も無かった。とても平和なイチゴ狩りだったと。


「しかし、あれは何故あんな行動を取ったんでしょうかね、何もしなければ平和な苺生を送れたのに…」


涼風殿がふとそう呟いた。

折角忘れようとしてるのに蒸し返さないでくれ。


「そうね…きっと自分の殻を破りたかったのかもしれないわね…それに、アレが最後の1個とは到底思えないわ。我々人類が愚行を繰り返す限りは第2、第3のアレがまた現れるかもしれないわね」


吾妻先輩か尤もらしい事を返す――が、何か末恐ろしい事口走ってますよね。


「みくにちゃん。その台詞、一度言ってみたかったんでしょ?」

「あら、分かった? 科学に身を置くものなら一度は発してはみたいわよね」

「あははは…」

「うふふ…」


朝子殿と笑い合う吾妻先輩。

何だ冗談か。

しかし、奴も哀れなクリーチャーだったな。

記憶にだけは留めて置くとしよう。

……やっぱ無理だ。思い出すだけで気分が悪くなる。

そんな中、車の量側の窓が微かに開く音がした。

私が少し青い顔をしていたのを察したのか、執事氏が気を利かせてくれた様だ。

車窓から入る風は心地良く、少し潮の香りがした。



後日、寮内苺フェアが3週間続き私が地獄を見るのはまた別の話で。


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