5節

無我夢中で駆け回っていた私を我に返したのは自分付近から流れる何とも言い難い謎の音だった。

慌てて自分の携帯を取り出すとやはりコイツが音の主だった。

携帯のディスプレイには『朝子♡』と表示されている。♡って…

ちなみに朝子殿の番号は登録した覚えも聞いた覚えも無い。

ともかく!

この傍迷惑な着信音を消さねばと思い、通話ボタンを押して電話に出た。


〈あゆちゃん、闇雲に探してもダメダメだよ〜〉

「朝子殿……何故私の携帯番号を知っているのだ? それに貴公の番号が登録されているみたいなのだが……」

〈いや〜、その辺はこの間盗み見たというか……サラッと拝借してカスタマイズしたというか…〉


彼女の前で携帯を出した覚えが無いのだから本当の意味で盗んで見たのだろうな。

この人は窃盗スティール技術スキルも持っているのか!?油断ならないな。

因みに私は携帯電話にパスワードロックなどは掛けていないのでセキュリティはザルである。


「戻ったら着信音は元に戻して置くように」

〈えぇ〜、渾身の作なのに〜〉

「だまらっしゃい。……で、何用か?昼休みが終わる前に何とか先輩を探し出したいんだが…」

〈そうそう、昨日言い忘れてたんだけどさ…みくにちゃんああ言う性格だから結構嫌がらせも受けているみたいなのね〉


まぁ、金持ちは嫌われるというしな。


〈本人は全く気にも留めないから益々エスカレートしちゃうんだけどねぇ。だから…〉


そう話を聞いてる間に前方に不審人物発見。

黒服に黒眼鏡、さらに辺りをキョロキョロ見る様な挙動不審な動き…これは誘拐犯に間違いない。


「すまない朝子殿、不審人物が居るようなのでまた後で」

〈えっ…ちょ、ま…〉


携帯をブレザーのポケットに入れそぉ〜っと不審者の背後に近づき……


「ワッ!!」

「ヒィッ!」

「この誘拐犯め、先輩を何処にやった!?」


後ろから驚かして、膝を付いたことろを前に回り込み首元を絞め上げた。

傍から見ると女子中学生が黒服のおっさんをカツアゲしているようにも見えそうだ。


「いいえ!違います。決して怪しい者では……」

「怪しい人物が、『はい、私は怪しい不審人物です』と素直に白状すると思っているのか!? まず鏡見てから物を言えッ!不審者丸出しだッ!」

「ヒィぃッ!」


ゴツい外見の割に情けない声を上げるおっさんに情けなさより、むしろ愛らしさを感じてしまう。怯えた大型犬みたいな。


「私は只、学校に呼ばれて人を探しに来ただけなんです……」

「なぬ?」


黒眼鏡サングラス越しに涙目になっているおっさんは胸のVisitorと書いてあるカードを目の前に掲げている。

あ〜…あれだ、保護者とかが学園内に入る時に付ける奴。


「うっ、うっ……」


両手で顔を覆って乙女泣きしているおっさんを眺めていたら段々と冷静になって来た。あ〜このおっさん可愛いな――じゃなくて!


「あ〜、その……誠に申し訳ない。吾妻先輩が行方不明と聞いて少々冷静さを欠いてしまっていた」

「吾妻!?みくにお嬢様のお知り合いでしたか」


さっきまで子供みたいにえんえん泣いていたおっさんが子犬みたいに急に元気になりおった。現金な……もう一回泣かせてやろうか。


「そうだ。今生徒会長経由で昨日から行方不明と聞いてどう見ても不審者なあんたが先輩を拉致監禁してると思い、どんな責め苦をどのくらい味合わせてやろうかと思考思案している最中だ」

「だから、違うんですってば!私は吾妻の家で執事をしている者です」

「ヒツジ?メェメェ泣くのが仕事か!?」

「……絶対わざと言ってますよね」


執事と言うよりはボディガードに見えなくも無いのだがさっきの乙女泣きしている姿がチラつくせいで大人の威厳も何も無くなってしまっている。

つか、やはり不審者にしか見えない。

警察か、警備セキュリティに連絡した方がいいか。

う〜ん、と考えてる私の目に体育倉庫が目に入った。

何か扉の閉まり方が不自然な気が……。

扉の縁にトンボが斜めに立てかけてある。

ちなみにトンボと言うのはグラウンドの土を平らにならすアレである。

扉が開かない様に置いてあるそれを退けて倉庫の扉を開ける。

石灰などの独特の匂いがする倉庫内の高跳び用マットに彼女が横たわっていた。

近寄って確認するとどうやら寝ているようで、少しホッとする。


「あの、先輩……起きて頂けないですか?」

「う……ん、あら歩お早う。随分遅いお迎えね。待ちくたびれて寝てしまったわ」


この人は……まぁ、無事は確認できたので良かったとしよう。しかし何故人気の少ない体育倉庫に居たのだろうか?


「何時から此処に居たんですか?」

「あら?ここに呼び出したのはあなたでしょう?」


そう言いながら1枚の用紙を差し出して来た。

チラシや新聞の見出しを切り抜いた文字で『体育倉庫ニテマツ』と読める。

流石にこんな手の混んだことは私はしない。

普通に教室へ呼びに行けば良い話だし、何よりこの人のことだからその場で叫べば普通に現れそうだ。

と言うか、一晩中こんな暗い所てジッとしていたのか?


「この様な脅迫状みたいな呼び出し状は流石に書きません」

「あらそう……でも、歩が迎えに来てくれたからそれはそれで良いわね」

「何を暢気のんきな事言ってるんですかッ⁉ 一晩閉じ込められていたんですよッ⁉一歩間違えたら大変な事になってたじゃないですか‼」


ついカッとなって怒鳴った私に吾妻先輩は少し驚いた風な表情をしていた。


「私の事をそんなに心配してくれるなんて嬉しいわ。……確かに少々軽率だったわね、今度はちゃんと歩を呼ぶわね」


もし、朝子殿の言う通り誰かがやったとしたら嫌がらせなんてレベルのものではない――。

こう言う陰湿な事をする輩は昔から好きでは無い。


「とりあえず2年の担任に報告しないと……」

「待って、その必要は無いわ」

「何でッ⁉」


体育倉庫を出ようとする私にしれっと言う吾妻先輩にまた怒鳴ってしまった。


「閉められる可能性が有るのに放課後の倉庫に入ってしまった私にも落ち度があるわ。それに――」

「それに?」

「最近寝不足気味だったから丁度良かったわ。高跳びマットって、案外寝心地が良いのね、ふふっ……だから歩が気に病む必要は無いわ」

「そんな事で納得出来る訳――」

「あの〜、仁科様ぁ?」


間の抜けた声に少しよろけてしまった。

さっきの不審者改め羊執事氏が入り口から恐る恐る中を覗き込みながら私を呼んでいる。どこぞの事件を目撃する家政婦みたいなポーズになっているぞ、それは。


「吾妻先輩はここに居たので何なら入ってくれば良いだろう」

「いや〜、こう言う所はちょっと……」

「畑中さん、お騒がせしてごめんなさい。私は大丈夫ですわ」

「お嬢様ァ〜」


入り口で半泣きになっている羊執事氏改め畑中執事。


「こんな所に居ても仕様がないので、取り敢えず生徒会室へ行きませんか?」

「歩がエスコートしてくれるなら良いわよ」

「……よろこんで」


吾妻先輩が伸ばした手を掴みこちら側へ少し引くと勢い余ったのか先輩の顔が私の耳元に近寄った。


《来てくれてありがとう、これで二回目ね》


先輩がそう囁いた様に聴こえた。


「吾妻くん、良かったな。意中の彼女は君との交際を続けてくれるそうだよ」


何だかんだで放課後になってしまい生徒会室に戻った早々会長殿が吾妻先輩にとんでも無いことを言う。


「会長の心遣い誠に痛み入りますが、今後も私の力で歩を振り向かせてみせますわ」

「ハッハッハ、若いのは善き事だね」

「日頃から精進させて頂いております故」

「今回も一軒落着。仁科くん、ご苦労だったね。この学園の生徒会長として礼を言わせてもらうよ」

「……。」


この人はきっとこうなる事を予測して昼休みに私を呼んだのだろうな。

朝子殿の言う通り相当なやり手だ。


「今後も何かあったら宜しく頼むよ」


また何かあるような口振りに聞こえてしまうのは気のせいだろうか。

少し警戒しておいた方が身の為だろうか?


「ああ、ちなみに君が欠席サボタージュした午後の授業は特別課外活動と言う事で出席扱いにしてもらったので安心してくれたまえ」


実はとても良い人なのかと思い始めた。


「後の始末はこっちでやっておくので帰ってゆっくり休み給え」

「神隠しの件……ですか?」

「ああ、あれは別の者が別の話で解決してくれた様なので安心し給え」


随分メタな発言だ。

既に誰かが動いているという風にも取れる。

何はともあれ今日は非常に疲れたので帰りたい。


「あゆちん、したまで一緒に帰ろうぜぃ!」


完全下校時間35分前、太陽も西の空に落ちかけている時間。

校門の所で朝子殿が待ち伏せしていた。

勿論、隣には聡宮殿。


「朝子殿とさと…」

「――千景でいいよ歩。名字で呼ばれるの……好きじゃないから」


私の言葉を遮る様に遠慮がちに言った。


「じゃあ、千景殿」


恥ずかしそうに頷いた。

ちょっと顔が赤いような……。


「うんうん。千景とあゆりんも無事友達になった事だし、おっちゃんの店で早速お祝いしよう」

「いや、でも寮の門限が……」

「大丈夫、葎っちゃん先輩に連絡済みダヨ」


不意に携帯が鳴り出した。

普通の着信音だな。

携帯を確認すると佐藤寮長から『あんまりハメ外して遅くならない様にね』

とメールが入っていた。


「さて、公式にお許しも得たことだし……行きますか」


朝子殿が私に手を伸ばし、ちょっと躊躇ったが私もその手を掴む。


――春先に出会う人にロクな奴は居ないと言う私のジンクスだが、今年はそうでも無いかもしれないな。

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