第百二十八話 武器の詳細



 拷問という名の実験。または実験という名の拷問が始まってから、4日が経つ。


 口を割った者の方が少数派ではあるが、指揮官からの自白が幾つか取れているため、これは善悪の是非を除けば有効な方法ではあった。


 そして昨日までの研究により、クレインの目標は既に達成されている。


「この機会に知れてよかった」


 医学や薬学の発展はもちろん、領地を発展させる上で有益に働く。

 しかし彼が主に調べようとしていたのは、とある薬についての詳細だった。


「触れ込みに偽りは無さそうだな。これを飲めば確実に死ねるみたいだ」


 クレインは胸元の内ポケットから、薬入れのケースを取り出して振った。

 中身はアレスから受け取った劇毒の錠剤だ。


 錠剤がカラコロと鳴る音を聞きながら、彼は呟く。


「少なくとも領内の薬や設備では治せない。目立った治療法が見当たらないことも確認できたから、これは良しとしよう」


 被験体がこの毒を食らった直後、すぐに反応が現れている。そして服毒後は、何をどうしても蘇生は叶わなかった。


 飲んでからすぐに錠剤を吐かせても、被験者は絶命に至った。

 あらかじめ水に溶かし、希釈きしゃくした状態で飲ませても死亡した。


 この錠剤をナイフで削り、小さな欠けら状にしたものを、バケツ一杯の水に薄めたとしても救命は望めない。


 解毒の目途は立っておらず、目ぼしい治療法や回復方法も、一切見つかっていないのが現状だ。

 しかしクレインはこの結果こそを求めていたため、安堵の息を吐く。


「身近に治療法が存在しないなら、今後も邪魔が入ることはない」


 服毒後に医療行為を施されたり、蘇生を受けたりした場合は、自害に遅れが出るだろう。

 とは言えそれだけならば、やり直せば修正が効くので問題は無い。


「一番困るのは、意識を失ったまま動けなくなることだからな」


 思考能力を失ったまま寝たきりになれば、自害でやり直す術が無くなる。

 もしも中途半端に助かってしまい、例えば植物人間状態のようになればどうなるか。


「その場合は、事情を察したアレスが殺してくれることを願うか。それとも……」


 彼が言葉を濁したのは、仮に植物人間状態になったとしても、そう長くは生きないという結論に辿り着いたからだ。


 今は自分の助力なくして、反乱を防げない段階にまできている。

 これは慢心でも過大評価でもなく、戦力と地政学の問題だ。


 そしてクレインには後継者がいないのだから、彼が行動不能になった場合は、次の統治者を定めて事態を収集するまでに、どれだけの時間がかかるかも分からない。


 そんな悠長なことをしていれば、東側の軍勢はすぐにでも、王国軍の前哨基地であるアースガルド領を滅ぼしにかかるだろう。


 敵兵が雪崩れ込むことで領都は陥落して、安置されているクレインは殺害されるなり、屋敷が燃やされるなどして、この世を去ることになる。


「……そのときは、また失ってしまうからな。そんな事態を防げると知れただけで、十分な収穫か」


 意識不明の身で殺戮さつりくが起きたとしても、自らが知覚できない範囲の出来事だ。

 最後には、無かったことになるはずの出来事でもあった。


 しかしマリーやアストリを始めとした、身近な人物が敵兵の手に掛かることを、想像の上でも容認はできない。

 だからこそ彼は頭を捻り、策を練っている。


 今回の取り調べにしてもそうだ。対策を立てるための材料探しは必ず必要になるが、最低限の安全を確保してから行動に移していた。


「ともあれ飲めば死ねるんだ。俺の心が折れない限りは何度でも、いつまでも」


 死に至る手段が確実だとした上で、根本の問題は能力の方だ。

 彼は胸元に手を当てて、時を遡る能力についても考える。


 この禁術に使用期限があるのか。いつか限界がくるのかは判然としていない。

 しかしクレインの体感では、力が失われる気配はまるでないと判断していた。


「解除に至る条件があるとすれば、まずは術が掛かった日付を過ぎることか」


 王国暦503年の4月1日を過ぎても効果が継続していれば、その先はいよいよ読めない。

 だがそれはクレインにとって、全てが解決してから考えればいいことだ。


「今は考えすぎても仕方がないか」


 ひとまず彼は自動解除の目安を、能力を手に入れた日付に置き、次いで手動解除の可能性にも頭を巡らせた。


 そもそも人為的に解除可能なのかという話にはなるが、敵側から禁術の情報が失われたのだから、警戒すべきはむしろ味方のことだ。


 しかしよほどの下手を打たなければ、目下、最も警戒すべき相手から回答が得られるはずだと思い、クレインはまた呟く。


「陛下が術の仔細を、ある程度は把握しているはずだからな」


 王宮の第一図書館にある、開かずの間にしまわれた本の内容は、どれも一国の長が知っておくべき内容だ。


 歴史の裏側を知らなければ、いざという時の外交判断を下せないため、暗記しておかなければ国王など勤まらない。


 あくまでアレスからの伝聞とはなるが、王は確実に詳細を理解しているというのだから、この点も後回しでも構わなかった。


 クレインが考えておくべきことは、実際に情報を得るための交渉内容だ。


「年初にあった東伯の進軍を防いだわけだし、領地もきちんと治めている。信頼は得ているはずだから……まあ、貢献への見返りを材料にすれば、何とかなるか?」


 時渡りの力を用いれば、国を守ることも滅ぼすこともできる。

 クレインの思惑一つで、一国の興亡が左右される事態に陥っているとも言えた。


 登城機会の少ない地方貴族がそんな力を所持しているのだから、事情を知る王宮の人間からすると、クレインこそが最も恐ろしい存在になりかねない。


 その点を理解した上で、次回の登城予定を未定ともした上で、クレインが気を付けておくことは一つだけだ。


「余計な疑心を抱かせないことが第一か。王国最強の東伯軍や、失踪したアクリュース王女と比べても、俺の方が脅威だろうからな」


 現実的な手段で倒せる軍勢よりも、雲隠れをしながら反乱を画策する黒幕よりも――時間遡行による歴史改変という――超常の力を持つ人物の方が、格段に危うい。


 しかし現状を見る限りでは、多少の事件や讒言ざんげんで始末されることは無いと考えていた。


 と言うのも、内乱の勃発ぼっぱつが間近という時分じぶんに、味方として能力を振るっている人間を排除する理由は、何も無いからだ。

 むしろクレインが持つ力の、利用方法を考えるのが自然と言えた。


「俺に暗殺者を送ってきたり、強く牽制したりすれば離反を招きかねない。時渡りの力を持っていると知られても、不用意に仕掛けてはこない……はずだ」


 あくまで予想であり確定はしていない。しかし王位継承権を持つアレスにとり、唯一、全幅の信頼を置いて頼れる相手がクレインだという点も大きかった。


 この友好がすぐに途絶えるわけではなく、ともすれば莫大な国益を生む関係だ。


 南北との同盟が防戦の要になることや、その後の国が荒れることを考えても、たかが2年や3年で粛清対象になるとは考えにくい。


「政治的な問題は起きないとすれば、当面の懸念は、解明していない部分に落とし穴があることだけか」


 たとえば不用意な発言や願いの結果、意図しない形で能力を発動させてしまい、最初からやり直しになったことがある。


 結果として真相を知れることにはなったが、回帰の力は唯一にして最大の武器だ。その力が詳細不明のまま使われているという点では、依然としてリスクを孕んでいる。


「とは言え、考え付きそうなことは一通り試した気がするな」


 日時の指定だけでなく、状況を指定してやり直すことができる。

 そして指定する際には、言葉を口に出さずとも、思考だけで力が発動する。


 反対に、王国暦500年4月1日を超えて遡ること。そして復活の日時に、未来を指定することはできない。


「可能と不可能の情報は出揃ったのかな。これで過不足が無いような気もするけど、楽観視はしないでおこうか」


 使用者の絶命をトリガーにすることも確定している。だからこそクレインには、これ以上の条件や変化を加えられるとは思えず、特に発想できることもない。


 禁術の詳細を自力で調査をしようにも、これ以上何をすればいいのか、というのが正直な感想だった。


 だから第三者からの横槍を警戒する意味でも、明かされるまでは不用意に動かないことが結論となる。


「さて、どうするか。となれば今回得られるものは情報と、医学の発達だけか?」


 一切の妥協や手抜かり無く、最善手を模索していく段階であることは確かだ。


 今回についても、やって来た敵を本気で叩き潰すのは大前提だが、その上でプラスアルファを取っていく必要がある。


 領地内外の情報取得と、医療技術の向上。それ以外に得られるものは何かと、執務机に向かってあれこれと思案をしていると――不意に執務室のドアがノックされた。


「よお大将、報告いいか?」

「ん? ああ、入ってくれ」


 クレインが顔を上げると、現れたのはグレアムだった。


 彼は中央部に進出してくる奇襲部隊の撃退を済ませた後、現地の報告書を送ってから、一部の部隊に守備を任せての帰還となっている。


「今後の方針を立てるよりもまずは、現状の課題を一つずつクリアしていこう」


 現状の先に未来があるのだから、常に将来を見据えて行動する必要はある。だが現状におけるベストな選択をしていくこともまた、生存戦略を始めた頃から変わらないルーティンだ。


「さて、東はどうだった?」


 先々への思考を中断したクレインは、顔を上げて防衛戦の報告を促す。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る