第百三十一話 火事場泥棒
領都で活動していた集団は、いずれも非合法の組織だ。
広く根を張られていたが、あくまで日陰者たちであり、武力と公権力を駆使すれば掃除は簡単だった。
壊滅させては情報を搾り取り、集めた情報を元に再度の調査に向かい、
敵対勢力の活動停止が目的なら、それだけで済むだろう。
しかし実のところ、捜査の上では一つ障害が発生していた。
原因は屋敷の襲撃と合わせて、街でも破壊工作が行われていたことだ。
「なるほど、合理的だな」
街を荒らしておけば襲撃が失敗したとしても、領地に被害を与えた上で、襲撃犯の逃走確率を上げられる。
反対に襲撃が成功した際には、単純に領主が暗殺された以上の混乱が生まれる。
要はどちらに転んでも構わない、両対応の作戦だったことが判明していた。
「衛兵隊からの報告は以上となります」
「この忙しい中で、よく調べてくれた。現場を褒めておいてくれ」
執務室でオズマからの報告書を受け取ったクレインは、敵の作戦が予想よりも面倒なものだと知り、不機嫌そうな顔をした。
悪意だと判明した破壊工作の例としては、鉱山の一部が崩落した、井戸に毒が投げ込まれた、商業区域が放火されたなど、産業や生産力に大きな影響を与えるものが多い。
そして混乱に陥れば、貧困層を中心にした犯罪が横行する。
要するに犯罪の件数が、事件の後で跳ね上がっていた。
暗殺のついでという副次的な作戦ではあったが、無視できないほどの被害が出ている。
容易に回避できた襲撃と比べて、むしろよほど厄介と言えた。
「陰謀と関係のない案件は、ほとんどが火事場泥棒か」
「そのようです」
人口の急増によって治安が悪化した分、クレインは広報から区画整理などの多分野で、治安の向上に気を使ってきた。
結果としてアースガルド領は安定していたが、それでも犯罪がゼロになることなどあり得ない。
むしろ衛兵隊の増員によって抑え込んでいた分が、今回の襲撃を機に爆発していた。
「それでも山場は越えました。数日中には落ち着くものと予想しています」
「分かった、引き続き対処に当たってほしい」
任を済ませて退出したオズマを尻目に、クレインは傍で控えていたマリウスを見る。
彼は彼で別口の調査を行っていたが、基本的には信用が置ける部下を派遣して、衛兵に随行する形で情報を集めていた。
衛兵隊の調査が表側だとすれば、彼が手勢を動かして得たのは、裏側の情報だ。
「寝返り工作は主に中央の敵が。破壊工作は東側の敵が主導していたようです」
「そうか。まあ一口に反乱軍と言っても、立場によって目的が違うからな」
アクリュースが中央で作り上げているのは、政権交代を目指すための組織だ。
であればトップの意向としては、戦後を見据えて戦力を温存しながら、できる限り自陣営の拡大を図る方針となる。
「ヘルメスを介して間接的な接触を始めた頃は、経済的な首輪を付けようとしていたことだし……国力を落とさないままの
アースガルド領では鉄や銀などの戦略資源が算出される上に、今となっては経済的にも裕福な地域だ。
そしてクレインを味方に引き込めば、反乱軍の戦力向上を図れるだけでなく、東側の軍勢を王都まで素通りさせられる。
つまりアクリュースからすると、経済軍事どちらの面から見ても、アースガルド領の支配権を無傷で握ることが第一だ。
「となればアレス側。ひいては体制側から離反さえすれば、それでいいわけだ」
アースガルド家から多少の貢物を供出させるなり、自陣営への便宜を引き出すなりして、統治を継続させる方針でも構わないのだ。
最低でも中立を約束させて、軍勢の通過を黙認させれば反乱は成るのだから、世論形成のために家臣を抱き込む作戦には損が無かった。
「まあ、
「そうですね。少なくとも王女殿下は、無益な争いを良しとはしないかと」
「いずれ自分の国になる前提なら、王女自身はそう思うだろうな。それでも下の人間は違うはずだ」
体制の転覆という、全てを賭けた大博打に乗る人間が、誰もが行儀よく上の命令を守るかと言えば否だ。
野心家が多い組織となれば、期待以上の成果を上げようとする――アースガルド家にとっては――迷惑者がいてもおかしくはない。
「俺を殺して、領主の座に収まりたい人間も多そうじゃないか?」
「確かに手足となっている貴族家が、首脳の意向を無視して、抜け駆けする可能性はありますね」
アクリュースにとっては、殺して領地を機能停止させるよりも、寝返らせるのが上策だ。
とは言え現状に満足しているクレインが
王女に忠義を誓う人間が後任になれば、そちらの方が意のままに動かせるという点ではプラスだ。
政治的にせよ武力的にせよ、独断の占領作戦が成功を収めれば、お咎めが無いことは見えている。
中央側が仕込んだ間者の一部。特に屋敷の使用人が襲撃に参加したのは、東の動きに呼応してのことだが、そこにトップの意向が反映されているかは怪しかった。
「それで、攻撃的な作戦の大半。襲撃は向こう側からか」
片や、東伯を始めとした東の軍閥は、武力による国家転覆を目指している。
彼らはあくまで東部を本拠地としており、戦後も中央に進出するモチベーションは低い。東の異民族を吸収した今であれば、経済的にも軍事的にも王国から独立して構わないのだ。
言ってしまえばアースガルド領を含めた、中央側がどう荒れようとも構いはしない。
クレインが改めて二つの勢力を見比べても、反乱という手段で協力している以外では、思惑から目的までの全てが異なっていた。
「一枚岩でない分、目的がズレていることには注意が必要か」
破壊と調略。方向の異なる裏工作には、各勢力の思惑が反映されていた。
共通していたのは、成功しようと失敗しようと、一方的な攻撃で利益を獲得できるという仕組みだけだ。
「ひとまず、緊急性が高い事件は東。根付く動きをしていたのは中央という分け方をしています」
「それでいいと思う。黒幕は分かっているから、背後関係をそこまで辿らなくてもいいはずだ」
直接的に最も大きな影響力を持つヘルメスは始末したため、反乱軍側で大局を動かす人間と言えば、東伯、東侯、アクリュースの三名だろうと、大まかに想像しながらクレインは方針を打ち出す。
「手足となって動いた家か、現場の取りまとめをしている人物を見つけ出すだけで、話は済むだろう」
「特定を急ぎます」
陰謀に関わる人間を始末するには、追加の情報を待つ必要がある。
となれば話はオズマの報告に戻ってきた。
「このタイミングでの犯罪は、普段のものとは訳が違うからな。まとめて厳罰にしておいた方が、諜報部としてはやりやすいと思ったけど……どうだろう?」
「そうですね。引き続き全員を、
そもそもクレインは、衛兵隊に裏向きの情報を共有していない。精々がハンスの代理であるオズマに、政治的な理由で命を狙われたと説明したくらいだ。
そのため特別な指示を出さない限りは、今回の暗殺事件に関わっている人間も、混乱に乗じて火事場泥棒を起こした人間も、一緒くたに「犯罪者」という扱いにされている。
しかし捜査の過程で関連性が疑われれば、マリウスが率いる拷問吏たちに交代するのだから、一般的な衛兵隊員からすれば直近の取り締まりも、通常の犯罪捜査の延長線上でしかない。
治安維持に関しても移民の流入が激しかった頃や、東伯軍からの防衛戦後とあまり変わらなかった。
だから一連の事件で負担が掛かっているのは、裏で動いている方の現場だ。
「必要なことがあれば、いつでも言ってほしい。最優先で便宜を図るつもりだし、ここに関しては完全に特別扱いでいいから」
単に火事場泥棒を起こした犯罪者なのか、悪意を持って攻撃してきた工作員なのかを判別する手間がかかる。
ただの盗人を詰めるのに時間を浪費しただけならいいが、密偵を火事場泥棒と勘違いして釈放することになれば、情報を取り逃がす可能性もあるのだ。
だからこそクレインは、マリウスらが動きやすい環境の構築を優先した。
するとマリウスは眉間にわずかな皺を寄せて、苦渋の声を発する。
「申し訳ありません、クレイン様」
「何が?」
「外部の情報収集だけでなく、防諜にも力を入れておくべきでした」
「いや、それは……なあ?」
食いっぱぐれた人間を、次々加入させればいい衛兵隊とは違う。
諜報部には、一定以上の能力と信用が求められることからも、組織の拡大性に難があった。
そして、遠隔地にあるヘルメス商会の支店に接収を仕掛けたり、そもそも雲隠れした会長の居場所を見つけ出させたり、以前から全国各地の動向を調べさせたり、小貴族家への密偵として派遣したりしていたのだから、むしろ過剰に仕事を振っている。
クレインとしても、新興組織がよくここまで働けたと、感心するばかりだ。
人生を追う毎に仕事を増やしているのだから、パンクしていない現状が奇跡だとすら思っていた。
命令したのがクレイン本人という点を差し引いたところで、マリウス本人にも配下の密偵たちにも、過酷で過密な日程を課していたのだから、言うことなどありはしなかった。
「リソースが回らないだろう。俺が言うのもなんだけど、求めすぎだよ」
「有難いお言葉ですが、これは後悔と言いますか、気持ちの問題でもあります」
「気持ちの問題……か」
裏切り者の大半に目星が付き、街に潜んでいた敵の中から、組織的な動きをしている集団も炙り出せた。
残党狩りさえ終わらせれば、足元の掃除は終わりとも言える。
敵対勢力が活動する土壌がなくなったとすれば、これで任務完了でもいいのだ。
効率を考えるなら、ここで炙り出しを止めて、諜報部と衛兵隊を
しかしここで言う効率とは、一度の人生を
一場面、一定の期間を繰り返すだけならば、クレインには無限の時間があった。
調査のコストが精神力だけなのだから、まさに気持ちの問題だと思いつつ、クレインは更に頭を回す。
「現状で、まだ何かできるだろうか」
どれほどの遠回りをしたとしても、どれほどの期間をかけた聞き込みをしても、効率が青天井に上昇していくだけだ。
ならば、どれだけ手を掛けてもいい。
それが今回の方針なのだから、まだ考えは止まらない。
大掃除の後の、細かい部分を詰めるにはどうしたらいいかと思案して、彼は次なる獲物に思い当たった。
「敵が潜伏しているのは、領都だけではないはずだ。となると次は……領内の巡察か」
クレインの目が届きにくい場所が狙われるとすれば、標的として考えやすい地点は領地の中心部よりも、むしろ地方にある村や集落だ。
「この点ではむしろ、北方の小貴族たちから切り取った地域は大丈夫そうだな」
「北部には監視網がありますが、今のところ動きは無いようです」
北方面に加増された領地では、前任者が悪政を敷いていたため、まともな統治に切り替わっただけでも好感度は高くなっている。
加えて、反乱を目論むような勢力は、徹底調査の上で撃滅済みでもあった。
今もなお注視している地域なのだから、監視の目を搔い潜っての扇動工作を打ったとしても、大して効果が上がらない。
むしろ他の作戦が発覚する、リスクばかりが残っている地域だ。
「となれば既存の領地で、俺の改革について行けないと思っている……保守的な意識が強い場所が狙い目か」
これについても一定の目安はある。陳情にはノルベルトが対応していたので、件数が多い村や、圧が強い村は把握しているからだ。
更に言えば、不満を持っていそうな村を宥めるために、彼は巡察に出かけていた。
リストアップ済みの村を巡っていけば、一定の不穏分子には会えるだろう。
半ば確信しながら、クレインは手を打った。
「一個人から村単位まで、大なり小なり裏切っているだろうな。……よし、一度見ておこう」
火のないところに煙は立たない。ならば盛大に燃やして、燃える物を無くしてしまえばいい。
そのついでに、足元の裏切り者にも踏み絵ができるだろう。
そう考えたクレインは、超長期の出張に挑むべく、日程の策定を始めた。
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