第十七話 借り過ぎ
「さて、このメンツが一堂に会するのも久しぶりだな」
そして迎えた因縁の会合。
クレインがヘルメス商会の経営するレストランに向かえば、既に商会長や代理の者たちが揃っていた。
招待客が集まったことを確認したクレインは、まずは軽い口調で切り出していく。
「そうですなぁ。此度も儲け話を期待しておりますぞ」
「まあまあ、そう明け透けに言うものではございませんよ」
この場に居るのはいずれも王都で幅を利かせる大手商会の責任者であり、四ヵ月前のクレインでは面会すら叶わなかっただろう顔ぶれだ。
その中には当然、ジャン・ヘルメスの姿もある。
「おっと、これは失敬。登り相場に心が躍っているようですな」
「はははは。御大もまだまだ現役ということか」
アースガルド領は今、非常に勢いのある領地だ。
過去と比べても飛躍的に大きくなっている。
経済力で言えば裕福な男爵レベルでしかなかった。そんな領地に突如として銀山が開発されたのだ。
元が栄えていなかったので開発する土地はいくらでもあり、商人たちが食い込める利権などいくらでもある。
アレスのお通しもあり、商会長たちが集まってくるのは自然な状況と言えたが――裏事情を知っているクレインから見ると、ヘルメスがやって来た理由の大部分は謀略のためと見ていた。
「好き勝手に言ってくれるな」
「ほっほ、冗談ですよ。ほんの冗談」
「商人の挨拶のようなものですな」
そう言いつつも、彼らの目はギラギラしている。
特に過去の人生で疎遠だった商会の長たちだ。
というのも、クレインは商会に対して微妙な優劣をつけ始めていた。
例えばスルーズ商会には一等地を安値で融通したり、ヘルモーズ商会には関税を安く設定したり。
ブラギ商会には今の段階から鍛冶関係の利権に噛ませていたりもする。
「実は子爵に、折り入ってご相談が……」
「まあ、待て。焦るな」
「うむうむ。慌てる商人は儲けが少ないと申しますからなぁ」
貢献度で差をつけているとしても、彼らから見て魅力的な市場には違いない。
利権を獲得せんと、結構な熱意で会合に参加している商会がいくつかあった。
この点で言うと規模の関係でヘルメス商会を最初から冷遇することはできず、現状での扱いはそこそこ良い方だ。
商売上では安泰と見てか、過去と変わらずヘルメスは余裕の態度をしている。
「はは、これは手厳しい」
「まずは一番大きなところ……銀山関係から話を詰めていく。それでよろしいですか?」
何にせよ未発展のエリアに未曽有の好景気が訪れており、持ち込んだ商材が何でも飛ぶように売れているのだ。
彼らも今が稼ぎ時だと考えていたので、話が進むこと自体は歓迎だ。
トレックが仕切れば、異存がある者はいなかった。
いよいよ本題に入っていくということで出席者たちの顔が、徐々に雑談から商談の顔になっていく。
そんな様子を見たクレインは溜息を吐いた。
「はぁ……こちらは田舎者だから、少しは手加減してほしいものだけどな」
「クレイン様は話術に長けるともっぱらの噂。謙遜が過ぎますよ」
何の後ろ盾も無い子爵が王家に取り入り、第一王子と急接近して力を得た。
それもかなり深い関係を築いたと噂になっているのだ。
目の前の利益を捨ててでも将来の繁栄を獲りに行く姿勢は、商会長たちから見ても
「それはいいとして、スルーズ商会が王家の銀山から最新の設備を持ってきてくれた。これを使い、新規に銀山を増やそうと思う」
「規模はいかほどで?」
実際にはただの殴り合いだったとしても。
そこを話して評価を下げることもないだろうと噂話をそのままにしているクレインだったが、素知らぬ顔をして彼は続ける。
「前の
「それは大仕事ですな」
今まではこの時期に二つまでしか稼働できていなかったものを、早めに整備を終わらせ、前もって人員を増やしておいた結果が出ていた。
開発スピードを上げた分だけ子爵家の財政が傾いたものの、そこは策がある。
「輸出は順調だが、金庫の中身は少ないのでな。配当は前回と同じにして、諸君からの出資を募ろうかと思うんだ」
アースガルド領に銀食器や銀細工を作る技術力は無かったので、採掘された銀は主にヨトゥン伯爵家へ売ることになっていた。
しかし銀貨作りの技術指導が始まっていることから、そろそろ産出量を増やし。
本格的な貨幣鋳造に手を伸ばそうという算段だ。
「そろそろかと思い、出資比率を調整しておきました。ご確認くだされ」
「御大なら予測済みだろうと思ったよ」
商売上の動きは今までと何も変わらない。だから当然、ヘルメスから出資比率の話が出てきた。
これはクレインにとって狙い通りの流れでもある。
「ほっほ、買い被りでございますぞ。今回は分かりやすかっただけでしてな」
「そうかな? まあ、何にせよ流石の早さだ」
クレインから出資の話を持ちかけられる前に、談合は終わっていた。
そうと知りつつ彼は、一度ヘルメスを持ち上げる。
そして出資比率と出資額を見て、クレインは非常に満足そうな顔をしていた。
「ふーむ、悪くない額だな」
「それだけどこも本気ということです」
この場に集まった商会が共同で出資することになっており、あとはクレインが書類にサインするだけ。
お膳立ては完璧に済んでいる。
「いや、比率そのものに問題は無いが」
「他に何か、懸念がございますかな?」
しかし彼は、契約書にサインをしなかった。
羽ペンにインクを付けず、何度か軽くテーブルを叩き、何気なくヘルメスに言う。
「滅多に会えない会長クラスがこんなに集まったんだ。もう少し大きな動きをしてもいいかと思ってな……」
銀山利権など、子爵家の側から話を持ち出さなければ噛めない。
自前で開発できる数に絞りつつ、利益を家で独占した方が儲かるからだ。
今の王国では銀が高騰しているので、資金が溜まるまでは小規模に開発しながら時期を待ってもいい。
値崩れを防ぐ意味でも、開発自体は焦ることもない。
そんな前提がある。
「諸君らとの繋がりを深める意味でも、もう少し借りようか」
「おいくらほどで?」
「そこを今、考えているのだが」
真剣に考えるフリをしているが、これは茶番だ。
ここまでは全て、クレインが事前に考えた通りの策へ進んでいる。
五数秒ほど考える仕草を続けて、やがて彼がヘルメスへ言うには。
「よし。ここに書いてある金額の三倍、貸してくれ」
「へ?」
「三倍だ。四倍でもいいが」
鉱山開発に使う予算は、それ単独でも子爵家の年収四年分ほどだ。
借りようとしているのはその三倍。
つまり領地の全収入。その十二年分以上の金を貸してくれとクレインは言った。
中堅商会の全財産では足りないほどの金額であり、大手から見てもかなりの大金だ。
「あ、あの。子爵?」
「それは、ええと……」
この提案には周囲も戸惑っている。
どう見ても借り過ぎだからだ。
数か月待てば銀山からの収入で開発費を賄えるはずなので、現金が乏しくなってきたとは言え――ここまでの大金を借りる必要は、どう考えても無い。
「ほ、ほほ。そ、それはそれは……」
事前に話を聞いていたトレックたちを除き、誰にとっても予想外の展開だ。
これにはいつでも余裕の態度をしているジャン・ヘルメスも、想定外の提案に口元を引きつらせていた。
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