第十八話 慢心



「クレイン様、いくら何でもそれは……」

「全国的に不景気だからな。景気のいい話が持ち上がれば存在感を示せる」


 トレックがやり過ぎを止めようと口を挟もうとした。

 しかしこれは演技だ。

 彼は借金を止めるつもりがないどころか、止めるフリをして援護する予定だった。


「しかしこの金額は……かなりのものですよ」

「だからだよ。支店長クラスと交渉しても絶対に無理だろうから、この場で話しておきたい」


 そうとは知らない他の面々は固まっていたが、最も早く落ち着きを取り戻したのはやはりヘルメスだ。

 彼は咳払いをしてからクレインに言う。


「子爵。血気盛んなことは羨ましくもありますが、やはり難しいかと」


 要求されたのは、中小規模の商会なら全財産を吐き出して倒産するほどの資金だ。

 付き合いが浅い貴族へ貸すには、不安の残る金額でもある。


 現実的に貸すのが難しいというのは、ヘルメスの言う通りでしかない。


「ですな。三倍は少し……」

「金額が、大きすぎるのでは」


 貸付を即決できる人間は、この中にはいなかった。

 大手の商会長がしり込みをしているのだから、新規に集めた中小クラスの商会などは言うまでもない。


「子爵。ここはもう少し、額を下げられてはいかがかと」

「そうか?」

「あの。そもそも、どうしてそこまで急ぐのですか?」


 ヘルメスが借入額の引き下げを提案するのはごく自然なことであり、周囲にも賛同する空気がある。

 それを見たトレックは、すぐさま合いの手を入れた。


「殿下から、東方との交易拠点を作る計画を進めるようにとのお達しがきている」

「それは、もしかして……」

「王家が主導する極秘の計画だ。漏らせば死罪もあり得るから気を付けてくれ」


 実際には、そんな交易計画は持ち上がっていない。

 アレスにはブリュンヒルデ経由で使いを送っており、事後承諾で話を合わせるように頼む予定だった。


「新規の、交易路」

「それは初耳です」


 事実がどうであれ、第一王子とクレインは急激に接近したばかりの時期だ。

 この話は一定の信憑性をもって受け入れられた。


 何故なら、地方領主のクレインが突然アレスと懇意になった理由が、まだ明らかになっていないからだ。


 不景気を打ち破るために王子が経済政策を考えた。

 その計画を進めるためにはアースガルド家が必須となる。

 だから重要な任を与えるために味方へ引き入れた。


 何も知らない彼らの頭には、そんな構図が浮かんできていた。


「鉱山開発に留まらない計画のようですな」

「この地は交易拠点となり得ますか」

「そういうことになるな」


 少し王都寄りで、東への玄関口となるのがアースガルド子爵領だ。

 国策として東との交易活発化を図るとき、子爵領は最重要拠点となり得る。


 そしてクレインが切り出した、王家による極秘の計画。

 一連の流れに不自然さはそれほど無い。


 国の経済状況を見れば、王家としても不景気を打破したいところではあるだろう。

 計画を進めるために子爵家を抱き込んだと言われれば、自然な状況だった。


「そういったご事情であれば……五分、いえ、必要な金額の一割をお出し致します」

「アタシのところも、一割かねぇ」


 既にクレインから優遇を受けている二商会。

 飛脚便や輸送業を生業とするヘルモーズ商会が真っ先に手を挙げ、武器商のブラギ商会もすぐに手を挙げた。


 これは会合までの三日でトレックが用意した仕込みだ。

 裏で打ち合わせは終わっていたので、ブラギ商会長などはごくあっさりと言う。


「ま、足りないようであればもう少し融通するよ。アタシのところは」


 ただの乱開発なら大いに不安は残るが、王家が進める一大事業ならば話は変わる。

 しかし信頼度が大幅に上がったとは言え、出すのは大金だ。


 クレインが計画を伝えた直後に手を挙げることで、真っ先に乗った商会は優遇されて当然という流れを作ることができる。

 これは今後、この三商会を優遇していく下地作りでもあった。


「はぁ。ウチの金庫は少し寂しいですが、子爵には儲けさせてもらっていますからね」

「トレックはどれくらい出せる?」

「一割。他で足りなければ、限界で二割まではお出ししますよ」


 トレックも加わり、目標金額の四割ほどをここで達成だ。

 ここには十四の商会が集まっているが、このままでは利権の半分近くが三商会へ集中することになる。


「ま、待たれよ。出さないとは言っていない」

「試算をするので、少々お待ちいただきたい!」


 近頃中々見ない景気のいい話だ。

 普段であれば疑うところであるが、状況から考えれば疑う余地は無い。


 むしろ話に噛んでいない商会長たちからは、出来レースが疑われ始めた。


 真っ先に子爵家へ取り入り、利益を伸ばしている商会が即座に動いたのだ。

 商会長たちの頭には、「彼らが事前に談合していた」という可能性も浮かぶ。


「私どもも、五分ご用意致します」

「ううむ、こちらも五分で限界でしょうか……。買い付けを増やしていなければ、もう少しお出しできたのですが」


 スルーズ商会、ヘルモーズ商会、ブラギ商会。この三商会は既に領内でいくらかの特権を得ている。

 だから今回の提案も、事前に計画されたものだろう。


 そう考えた二名の商会長は、乗り遅れる前に手を挙げた。


 銀山への出資談合で目眩ましをしながら本命の交易拠点計画を裏で進めて、子爵領での権勢を盤石にしようという意図だと深読みされたのだ。


 東側へ販路を持たない商会からすれば、ここで交易拠点の立ち上げ計画に噛めれば大幅に業績を伸ばすことができる。

 不景気な上に王都での商売が頭打ちなので、新規販路の確保はどこも急務だった。


 だから各商会の会長が慌てて、すぐに出せる金額を思い浮かべる中で。

 悠々と、ヘルメスは動く。


「残りは全て、当商会で出しても構いませんぞ」

「増えた借入の半分をか?」

「ええ、思い切りも商人には必要でしてな」


 国一番の大商会が「勝ち目がある」と判断した投資話だ。

 こうなれば中小の商会も一枚嚙みたいところだが、ヘルメスを押し退けることなどできない。


 元々談合されていた開発資金の出資比率は変えずに受け取り、増えた三倍分を六商会で分担する方針が濃厚となってきた。

 つまり現時点での借り入れ額は、元の計画の四倍まで膨れ上がることになる。


「くく、当商会で全額お出ししても構いませんがな」

「おいおい……。それは欲張り過ぎだぞ御大。権利が全部持っていかれるじゃないか」

「ほっほ、決断できる時に決断する。これが成功の秘訣でしてな」


 周囲の商会長たちは「王家の威光」という部分で誤魔化されていた。

 しかしヘルメスには、もっと確実な勝算がある。


 すなわち、第一王子の取り巻きは東側と通じている者が多いこと。

 その情報を事前に知っていれば、この動きへの信憑性が一段上がるのだ。


「殿下は商売の比重を、中央と北から……東へ移したいようですからなぁ」

「そ、そうなのですか」

「ぐぬぬ……」

「ほっほ。情報は、摑んだ者勝ちぞ」


 順当に見ても中央と東の通商がスムーズになれば、王国全土へ手広く展開しているヘルメス商会の利益となる。

 そして獲物が罠にかかるのを待つように、東へ引き込んで破滅させてもいい。


 東の利権を手にしつつあるヘルメスから見れば、むしろ加熱してくれた方が有難い状況でもあるのだ。

 新規で東へ踏み込んできた商会を、準備万端で迎撃できる好機なのだから。


「商会長が集まった、今日しかできない話というのも道理。出資金額は今のうちに決めてしまいましょうぞ」


 焦って資金を放出する商会が出れば、中央での買収難易度も下がる。

 子爵家の利権を握り、重要拠点での影響力の拡大もできる。


 何よりヘルメスの計画では、完全に東を牛耳ることも確定に近い。

 その仕上げが実行されるのはこの後すぐだ。


「ほれ、さっさと修正案を書かんか」

「承知致しました、会長」


 遠くで控えていたヘルメス商会の支店長に新たな計画書を用意させ、数名の商会長が付いていけていない会合は、急速に進んでいく。


 ヘルメスからすれば、仮に毒殺計画でクレインが死なずともいい。

 その場合は正攻法、利権で雁字搦めにする戦法を使い手駒に落とすこともできる。


 クレインが毒殺されれば、それはそれで構わない。

 混乱する子爵領の中で勢力を拡大するきっかけになるからだ。


 表向きがどうであれ、どう足掻いてもヘルメス商会の利益になる提案だった。

 だから彼は、速攻でクレインの提案を進めていく。


「出資金の使い道はお任せ致しますが……」

「分かってるよ、利益の話だろ?」

「ほほ、商人としてはそこが最も重要ですからな」


 普段ならヘルメスとて、もう少し慎重に動いただろう。

 しかし深い裏事情を知っているが故の慢心がある。


 ここまで己と東側に有利な状況なのだから、疑いようもない。


 王都で行っている洗脳、王子を北と対立させ東と手を組ませるという思考誘導。

 それが順調に行っていると判断されていた。


 そして、まだ罠の存在を知らない獲物たちを一網打尽にできる好機と見て。

 金の魔人は、即座に勝負を決めにいこうとしていた。


「食事までの時間は少し伸ばそう。具体的な返済計画の話もあるからな」

「ええ、まったく。予想を超えた儲け話が出てきて……胸が高鳴りますなぁ」


 そしてヘルメスが予想よりも乗り気なところを見たクレインは、同じく、彼を罠に嵌めること。


 ここで将来の布石を打ち、勝負を決めにいくことを決意していた。


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