50回目 まとめ買いと開拓作業
「あ、クレイン様ー! 昼食ができていますよ!」
「そうだな……折角だから、食べながら話そう」
集会所ではマリー以下数名のメイドと使用人が、料理を用意して待っていた。
そこまで豪華ではないがボリュームだけはそれなりにある、そんな労働者メシを前にしてクレインは言う。
「さ、まずは食事にしよう」
着席してから、まずは食事に手をつけての雑談だ。各村の村長や顔役が、思い思いに近況などを話し合っていた。
そして全員が半分くらい食べた頃に、クレインは再び切り出す。
「午前に見てもらった道具だが、あれを普及させていきたい」
実際に体感した村長たちは乗り気だが、しかし数人は、不安気な顔をしている。
「新しい道具が、すぐに受け入れられるか……」
「んだな。村の大人衆なんかは、中々使おうとせんだろうし」
農村には保守的な人が多い。だから最新技術がどうこう言われても、飛びつく人間は少ないだろう。
それはクレインも織り込み済みなので、案はきちんと用意してあった。
「新農具で開墾した土地は、三年間だけ年貢の量を二割減らす」
「二公八民ですか?」
「いや、三公七民くらいで考えてくれ。今の年貢を二割減だ」
アースガルド家では銀山の恩恵もあり、税率が低く設定されている。
今は四割を税として納めて、六割が民の収入となっていた。
租税以外にも道作りや徴兵などの賦役はあるが、周りと比べてかなり低い税だ。
現状で百の収穫のうち四十納めているものが、三年間は更に安くなり、三十二で済むようになる。
新しい道具を導入するだけで年収が一割上がると言われたら、それなりの数が食いつくだろう。
クレインはそんな計算で提案している。
「最初のうちはお試しの優遇価格で売るし、使っているところを見れば買いたい者も増えるだろうな」
「まあ、南伯のところで使われてるだけあって、便利ではありますわ」
「おう。南伯様が取り入れているくらいだから、間違いあるめぇ」
食料を山ほど運んでくる南伯への信頼度は高いようで、あれほどの食を生む道具ならと、好意的に受け止める村長が多いようだ。
そしてここで、商売の話も出てくる。
「使う者が増えてくれば、欲しがる者はどんどん増えるだろう。生産が追い付かないことも予想される」
「最終的には早い者勝ちですか」
「しかも、後から買うとなれば値上がりしているかも……」
彼らの頭の中では計算がぐんぐん進み。
「どうせ村の大半が欲しがるでしょうから、今のうちにあのクワを五十本くらい買い入れたいのですが」
「お、おい。抜け駆けをするな」
やがて話が早い若手の村長が手を挙げて言うと、クレインはにっこりと笑いながらそれを受け入れた。
「構わんよ。まとめ買いするなら多少安く卸してやろう。ほら、価格表だ」
「ええっ!? じ、じゃあウチも!」
一度に運ぶなら輸送の手間も省ける。注文を受ける度に一本一本出荷するのも手間なので、クレインはまとめ買いを優遇するつもりでいた。
何人かの村長が慌てて食いつけば、あとは簡単だ。
全体としては買うか買わないかではなく。どれくらい買うかの話し合いが起きた。
「おい、おめさんとこはコレ何本買う?」
「十、いや、二十くらいかねぇ?」
「五十買えばもうちっと安いだろ? 二十買うなら、ウチも三十買うから」
「おお、一緒に買うか!」
大量購入した場合の割引率などを表にしてあるので、字が読める者が中心になってカタログを食い入るように見つめ。
クレインは一気に、大量の発注を受けることになった。
畑仕事が厳しい老人や、戦で怪我をした傷病者でも畑の力仕事ができる農具。
それが手に入れば村の収入が伸びる未来は大いに見える。
更に言えば、先ほどまで話題に上がっていた農具の他にも色々ある。
「小作に配ってもいいな」
「貸し付けって形でやるなら、一回全部買ってもいいかぁ」
例えば子どもたちや年寄のような、今は遊ばせている戦力でも仕事ができるようになるので。
計算高い者などは、村人の承諾を得る前から村人全員分を購入しようとしている。
とまあ大盛況なのだが、割引に釣られて大量購入を検討する者がほとんどだ。
そしてクレインとしても、小売りよりはまとめて卸せる方が助かる状況でもある。
「ヘルメス商会が味方に付いたとは言え、トレックたちへの負担も大きいからな」
「ああ、スルーズ商会の」
「……確かに。ハンス様共々、死にそうな顔をしていたっけな」
戦後処理からこっち、配下たちは激務が続いており。ここに来て新しい仕事を放り込むのだから、クレインもそれなりの配慮をしていた。
それでも確実に仕事は増えるのだが、それはそれとして、クレインは話を少し前に戻す。
「で、生産が一番簡単なのはこの
「作るのが簡単ということは、安くなるんですよね?」
「その通り」
今までに使っていたクワは、木で作られたものが主だ。
先端の部分だけを鉄で覆った、長方形のものがよく使われている。
しかしこの何の変哲もない三又クワには、メリットになることが多い。
跳ねくりに比べて作りが簡単なので、量産が効き値が下がること。従来品と比べれば農作業の効率が上がること。そしてもう一つ。
「これは粘土質の土でもくっつきにくい。その特徴を生かして、沼地近くの開拓もしていきたい」
「ああ、なるほど」
そう言って目が向けられたのは、アースガルド領北部で村長をしている者たちだ。
「これですぐに何とかなるとは思わないが。少しでも楽になればな」
元々北部は沼地も多く。開拓作業が遅々として進んでいなかったことも、飢饉に拍車をかけていた。
それが解消できるなら、食料事情の改善に大きな一歩を踏み出せるのだ。
「ありがたいことですが、しかし……」
「あの、買えるだけの余裕があるか」
「買う気があるなら、ローンでも構わない」
「ローンですか?」
クレインは使ったことはないが、毎回の支払いに金利を載せ代わりに、一回ごとの払いを安く済ませる手法だ。
少々の手数料と金利を乗せて、分割払いさせるつもりだった。
ローンに関する提案書を回したクレインは、金利などの説明に多少の時間を割いたが。農機具の値段は元々安く、金利もごく低い。
全種類を買ったとして、その気になれば収穫期にまとめて返せるくらいの金額だ。
「おかしな条件は付けていない。……自分で言うのもなんだがウチは儲かっているからな。多少損をしたとしても、食料生産量を上げていきたい」
「おお……」
「こんな好条件で……?」
不穏な動きをする地主や、反乱を煽るような村長。そういった不届き者は全て粛清されている。
ここに残っている時点で、彼らは真面目に仕事をしていた者たちだ。
銀や新規事業が伸びているアースガルド家からすれば微々たる金額だが、それでも一介の農村からすれば大きな援助になる。
前任者から思うさま搾取されてきた過去を思い出したのか、あまりの待遇の違いに驚いている者がほとんどだった。
「で、その分こっちが頑張らなきゃいかんってワケで」
「ああ、うん。人手はどうだ?」
「北部の方やら王都やら。あとは東の方からも出稼ぎがわんさか来てますから。人手は足りてますが……ねぇ?」
人が増えすぎて、監督役の方が足りない。
そう語るバルガスは切実に言うのだが、クレインとしても内政を回す人材は足りないと思っている。
ブリュンヒルデはむしろ、自分よりも処理が早かった――と、そこまで考えて。
考えても仕方のないことだと、クレインは気を取り直す。
「王都から送られてきた役人が、部下を育て終わった頃だからな。気に入った奴がいれば二、三人補佐に付けるよ」
「そりゃあありがてぇ! 実は目をつけていた奴がいるんですよ」
「遠慮が無いなぁ……じゃあ、あとで名前を教えてくれ」
二年ほどかけて、算術などの教育が済んだ文官見習いたちはそろそろ戦力になる。
まずは各地で行われている様々な事業の監督や、補佐として送り出し。手が空いた文官たちには、新しい見習いを教育したり仕事を手伝ってもらう予定で動いていた。
「折角だから、地方にもいくつか相談所を設けるか。領事館みたいなやつ」
「ああ、特に北部はその方がいい。遠いですからね」
農具をいくら買いたいか。新しい人員はどこに何人必要か。
農、工、商。各分野でどう協力して、責任者を誰にするか。
様々な取り決めを一気に決めていき、来年の春までにはある程度の農具を準備できる体制が整ってきた。
「よし、疑問点や不安な点がある者はいるか? ……いないようだな」
どこからも特に、この農業政策への反対意見は出ず。ヨトゥン領から食料の輸出を増やすと共に、食料自給率改善のメドも立った。
全てが順調に進んでおり、未来は既に見えてきているのだ。
クレインが最初に死んだ、王国歴503年3月。
そこを越えることを見越した計画まで、具体的に進んできている。
このままいけば、平穏な未来を勝ち取れるかもしれない。
しかし、明るい表情で帰っていく出席者たちを見送りながら。
クレインは一人、苦い顔をしていた。
「あんなに解放されたかったのに。ふとしたことで、思い出すんだもんな……」
未来の展望に思いを馳せてはみたが、彼の気持ちは中々晴れない。
隣に居た秘書のことを忘れようと思っても。そこだけは、中々難しかった。
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作りは複雑でもないので、コピーされた製品なら探せばあります。
しかし普及していないのは、農村の保守性もそうですが、オーダーメイド品にすると結構高価になるためです。
また、南方は気候と土壌が優れているから生産量が多いのであり。たかが農具一つで変わるわけがないと、これらの道具に目を向ける貴族はほぼいませんでした。
というか、一応機密扱いなので。そんなものを大っぴらに製造している家があれば粛清対象です。
どれだけ使えるかも分からない道具をマネして、南伯から敵対される可能性が大という危ない橋。
それを渡る人間は流石にいなかったので、大して広まってはいませんでした。
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