50回目 でも、お高いんでしょう?



「坊ちゃん、何ですかいこりゃあ」

「最新式の農機具だ。今日はコレを見てもらおうと思ってな。……あと坊ちゃん呼びはいい加減によせ、バルガス」


 南伯との会談も終えて、商談には一区切りがついた。


 用意のいいことに、南伯と共に来た馬車には試供品というか。

 目当てにしていた農機具が各種数点ずつ、お試しで付いてきていた。


「これを各農村に配る供給体制は、すぐにできるはずだ。だから現場の指揮を執る諸君には、実際に見てもらおうと思ってね」

「使ったことが無い道具を、そんな大量に仕入れて大丈夫ですかい?」


 今日はバルガス以下、労働者のまとめ役や各村の村長などを集めての会合だ。


 ただし屋外で。

 郊外の耕作放棄地、そのど真ん中で開催している。


 周囲には石が転がり、雑草も生え放題になっている土地だ。

 そこに何種類かの農具を数本ずつ持ち込み、クレインのプレゼンが始まろうとしていた。


「そうですね、そっちのクワはまだ分かるとして……」

「これなんか、何に使うんだろ」


 天候も良く、商人たちを集めた時と比べれば朗らかに進んでいるが。

 しかし村長たちも、責任ある立場にいる。

 見たこともない道具の数々を急に使うと言われても、失敗した時のことを先に考えてしまうらしい。


「安心しろ。これはいいものだ」

「それなら何も言いませんがね、試してみないことには何とも」


 労働者側の立場で、領主に一番近いバルガスが進行役のようになっている。


 古参や新入りまで含めて他に前へ出ようという者もいないので、まとめ役同士では変な争いもなく、信頼関係が構築できているらしい。


 そこは問題なく、クレインも安心した。

 ここで問題があるとすれば、自信満々にプレゼンをしようとしているクレインの方だ。


 彼が実際に新製品を見たのは、昨日が初めて。

 使い方もよく分かっていないし、実は使われているところを見たことがない。


「他所にはあまり出回っていなかった器具だからな。まずは俺が使ってみよう」


 献策大会の時、「生産力を上げるために、南ではこのような農具が使われている」という情報を聞いて、いつか仕入れようと思っていた。


 しかし単なる親戚というだけで技術供与などは望めず。

 南伯の一門衆になって、ようやく手に入った逸品たちである。


 そして実際に届いたはいいが。業者から簡単な説明を聞いただけなので、上手く扱えるかは分からないところだとして。

 取り敢えず実践だと、彼は農機具の一つを手に取る。


「え? クレイン様がやるんですかい?」

「そうだ。……忘れたのか? 俺の趣味は家庭菜園だぞ」


 初回の人生では、侯爵家の襲撃を食らう直前まで庭のハーブ畑で作業をしていた。


 元々土いじりが好きだったのだが、二度目の人生以降が激動すぎて農作業など久しくやっていない。

 だからたまの息抜きも兼ねて、彼は農耕具の一つを地面に突き刺す。


「まずは跳ねくり・・・・からいこうか」


 見た目は、身長の半分ほどある真っ直ぐなフォークだ。

 土を耕す先端部分は30センチほどの金属になっており、三又に分かれていた。


 金属部分の付け根からは一本のポールが伸びており。

 それはペダルのような足置きへ接続されている。


 地面に触れた時点では、クワとポールと足置きで三角形が出来上がり。

 深く突き刺すと、ポールが地面にくっつく形になった。


「で、柄を引き起こすと……」

「おお、意外に深く掘れますな」


 あまり力を入れずとも、放棄されて雑草だらけだった地面が盛り上がった。

 ザクザクと繰り返していくが、クレインには全く疲れた様子がない。


「なるほど、ポールの部分が支点。柄の部分が力点。クワの部分が作用点になるわけですか」

「なんだそりゃ?」

「ええと……まあ、効率的に力が加わるというか」

「効率的、ねえ?」


 見学者の中で多少学がある者が、周囲にテコの原理を説明しようとするが。

 しかし生粋の農民たちには、よく伝わっていないようだ。


「あー、まあ。そんなに力を入れなくても、深く掘れる仕組みが付いています」

「なるほどなぁ」


 よく分からないが、便利な道具らしい。

 そんな感想を周囲に与えつつ、クレインはガシガシと耕していく。


「うん。自分で使うのは初めてだけど、これは使い勝手も悪くないな」

「坊ちゃん、やってみてもいいですかい?」

「ああ、そっちに何本か用意してあるから、好きに使ってくれ」


 領主が褒めるほどの道具なのだから、結構なものなのだろう。

 これまた「一体何が良いのか」理解していない村長たちが、物は試しと跳ねくりを手に取る。


「ほう、これは」

「ワシらでもいけるな」

「腰に優しいのぅ」


 一本の跳ねくりを交代で使って淡々と地面を掘り返し、横に立つ者がまじまじとそれを見ているのだ。

 集まった人間は新兵器に興味津々となっているが、大勢の大人が熱心に道具を覗き込んでいるのは、多少異質な光景だった。


 誰も大きな声を出さないので、遠目に見れば黙々と畑を耕す男たちを、周囲に立った五、六人がじっと見つめるという謎の構図になっている。


「これが買えるなら開墾も進みそうだな」

「……でも、お高いんでしょう?」


 利便性が数段階上がるという、新農具の評判は上々だ。しかし最新の物は高値と相場が決まっている。

 そう思った村長の一人がクレインに聞けば、彼は首を横に振ってから答えた。


「うちで加工までやるから、今までのと大差は無い値段になるはずだ。南伯のところへ輸出する条件付きで、設計図まで譲ってもらえたぞ」

「ははぁ。それで鉱山の関係者まで集めたってワケですな」


 新しい農具のお披露目というだけなら、農業関係者だけを集めればいい。主に鉱夫の取りまとめをしているバルガスなどは呼ばなくてもいいのだ。

 しかし、各分野で協力して行う事業であると勘づいた彼は、ニヤリと笑う。


「鉄はどれくらい掘ればいいので?」

「一割増しで足りると思うんだが……道具は他にもあるからな」


 鍛冶師の数もそれなりに揃ってきた。

 アースガルド領で鉄を採掘し、加工して、製品にするところまではできる。


 しかし問題は、領内でも日用品の需要が高いことだ。

 増えた人口に対応するため、現在どこの工房もフル稼働で物を作っている。


「バランスよく作っていくか。それとも優先順位を付けて、どれか数種だけを大量生産するか、ですかい」

「そうなるな。調整は頼むよ」

「へいへい、任されやしたよっと」


 クレインが上から命じるよりも、労働者の頭であるバルガスから各種の指示を飛ばした方が上手くいくだろうという判断だが。

 バルガスも特に言うことは無く、普通に引き受けた。


 毎月の生産には限界があるので、焦点を絞ることは当たり前だ。

 そして、そこをいけばクレインの増やしたい道具は二つある。


「開拓という意味ではまず、跳ねくりが必須だな。それからピッチフォークみたいな形だけじゃなくて、普通の三又クワも合わせて量産したい」

「あっちで振るってるアレですか」


 そう言われてクレインが振り返ると、周囲では普通のクワも振るわれていた。

 しかし跳ねくりほどの真新しさが無ければ、驚くような掘れ方がするわけでもない。多少性能がいいくらいだ。


「まあ、見た目は地味だよな。用途はあとで説明するから、まずは昼にしよう」

「了解でさぁ」


 しかし彼の計画には必要な道具なので、一通りのお試しが終わった頃を見て。

 彼らは近くの村が提供してくれた集会所に移動することにした。



― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 三又のクワ(備中ぐわ)は江戸時代の後半(1800年代前半)に使われ始め、はねくり備中は大正時代に使われ始めたそうです。


 中世レベルの世界で、これらの道具はオーバーテクノロジー品に近しいのですが。

 農業の本場ヨトゥン伯爵家では、他の領地よりもかなり進んだ技術を持っています。


 重要性は伯爵家でも理解されていたので、管理は割りと厳重な部類の道具でした。

 流通していなかった理由は他にもありますが、それは次回。


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