49回目 十一度目の決戦



 王国歴502年1月15日。


 雪が降る夜だった。

 夕方には吹雪が巻き起こったが、深夜になれば天候も落ち着き。

 今はただ静かに雪が舞っている。


「マリウス。斥候からの情報はこれで全部だな?」


 そんな中で、クレインは東側の城壁近くに立ち。

 偵察部隊からの情報が集まるのを待っていた。


 そして上がってきた報告を見るに、彼が想定した通りのパターンが掴み取れている。


「はい。念のために複数の経路から集めましたが、ほぼ同じ報告が挙がっています」

「そうか……」


 追加の情報が無ければ、前回の展開と変わらない。

 恐らく全ての作戦が実行可能だ。

 ひとまず敵本隊を砦の前へ釣り出すことには成功したと見て、彼は安堵の息を吐く。


「よし、では予定通りに。ここで敵を迎え撃つ」


 砦に物資を運び入れて、籠城の構えを取るアースガルド軍に対し。

 東伯軍は野戦陣地の構築をしなかった。


 遠方から進軍してくれば、兵は疲れ切っている。


 通常であれば砦からの夜襲が届かない位置で休息を取り。

 砦が視認できる範囲ギリギリに陣を構えて、一晩は休むのが定石だ。


 騎馬隊しかいない東伯軍は城攻めに弱く、速攻で砦を落とせるはずがない。

 普通の構成をしている軍以上に、拠点は重要になる――はずだった。


 しかし斥候の報告では。

 大休憩を取ったものの、ヴァナウート伯爵軍は騎乗したまま三路に分かれて行進を始めている。


「このまま仕掛けてくるぞ。総員を持ち場につかせろ」

「承知しました。総員、迎撃用意!」


 マリウスが周囲に号令を掛けて、各自が配置を終わらせていく。

 斥候の速さと東伯軍の進軍速度がほぼ同じなのだから、猶予は無いようなものだ。


 ――しかしクレインは、全軍に東伯軍の到着予想時刻を伝えてある。


 半信半疑の者がほとんどだったが。

 前情報があった分、奇襲による動揺は少ない。


「本隊は囮で、大森林を強引に突破して領都を狙う奇襲部隊が本命。……と、見せかけて。斜面からの攻撃が成功すれば本気で来るぞ」


 三路に分かれた敵軍がどう動くか。


 一隊はヴァナウート伯爵自らが率いて、正面から砦に夜襲を仕掛ける。

 一隊は大森林を突破して、直接アースガルド領を狙う。


 そして最後の一隊は砦北側の山に登り。

 騎乗したまま、急斜面の崖を駆け下りて特攻する。


 ここも普通であれば、戦術の読み合いが始まるところだが。

 クレインは既に敵の動向を知っていた。


「あの、本当に……あの崖を駆け下りると?」


 だが、マリウスからすればその作戦は滅茶苦茶だ。

 彼は砦の北側を眺めてみるも、そこには絶壁に近い急斜面しかない。


「降って来るのは精鋭部隊だ。それくらいはやる」

「しかし……いえ。ここまでの読みは当たっておりますが」


 そこを降りて来ようとすれば、滑落した敵が勝手に大怪我していく未来しか見えなかった。


 対策するだけ無駄では?

 という進言をしようか迷っているマリウスに対し、苦笑しながらクレインは言う。


「気まずそうな顔をするなって。どこかの商人みたいに、与太話と切り捨ててこないだけ有情な方だ」

「……はい」


 トレックがクレインと気安い関係なのはマリウスも知っている。

 だが、真面目な彼としては、その言葉にどう反応を返していいか分からなかったらしい。

 

「大森林の方は配備が完了しておりますが、崖の部隊にはどのように対処されますか?」


 だから思考を、現実的にどう対処するかという点に持っていけば。

 手を打ち終わっているクレインは、余裕の表情で答える。


「トレックとハンスで対応するよ」

「ハンス殿と。あの、トレック殿もですか」 


 クレインは何度も繰り返したが、どこに密偵がいるか分からないのだ。

 だから今回はそれぞれの持ち場に関する情報だけを、最小限の人間に絞り伝えてある。


 マリウスとトレックが組むことは多いが、今回の作戦はマリウスにすら秘密にしてあった。


 非戦闘員のトレックまで動員していると聞き、意外そうな顔をしたマリウスに向け。

 クレインは、ゆっくりと頷く。


「ああ、そちらは任せておけ。……ここからが正念場だ」


 さて、現在この砦には二千の兵がいる。

 クレインが「砦を使った演習をする」という名目で集めた兵士たちだ。


 全軍一万三千のうち三千を、治安維持・・・・のために・・・・北方領地へ派遣。

 残りの千は遊撃。

 残りの七千は、街で待機ということになっていた。


『今回は演習だよ。そう遠くはないから、何かがあれば街から兵を移動させるさ』


 クレインは事前の閲兵式で、そんなことを宣言したばかりだ。

 彼自身が、「東伯が本気で攻めて来ることはないはず」だと大々的に宣言していた。


 確かに砦は、アースガルド領の領都から馬で一日半の距離にある。

 間には大きな街も無いので、軍勢は一気に駆けつけることができるだろう。


 周囲も「これはただの軍事演習か」と納得していたのだ。


 しかしそんな話をしつつも。

 別動隊を率いるランドルフやピーターなど、何人かの将には本当の作戦を伝えてある。


 幸いにして、数を絞った命令は密偵に気づかれることも無かったらしく。

 ヘルメス商会も本命の作戦からは除外してあるので、ここまでは狙い通りだ。


「さて、大将首にどれだけ釣られてくれるか」


 現在、砦に常駐している兵士は少ない。

 街からの距離を考えると、速攻で攻め落とせば援軍は間に合わない。


 それらを統合すると。即座に打ち掛かれば、総大将のクレインを討ち取れる可能性が非常に高い。


 密偵を通じてその情報を知ったからこそ、東伯軍は陣地の構築をせずに、奇襲する道を選んでいた。


「武官ならば、まず打ち掛かってくるかと存じます。……全員釣られるかと」

「そうだといいな」


 各個撃破の好機であり。

 簡単に砦を落とせる好機でもあり。

 アースガルド子爵という大将首を取る好機でもある。


 東伯側からすれば、ここで決めるのが一番早い。

 だから様子見をすることもなく、全力で来る。


「そういうわけで、いきなり総力戦だ」


 敵は雪に紛れながら、声一つ出さずに直進してきていた。

 それはもう、彼らの方からも目視で確認できる。


「しかしクレイン様。流石に劣勢ですので、できればご無理はなされない方が……」

「無理をしないと勝てないだろ? 相手は王国最強のヴァナウート伯爵軍だぞ」


 東伯軍――王国最強のヴァナウート伯爵軍――が間近に迫ってきた。

 それも事前に作戦の大部分を聞いていたマリウスですら、クレインを守り切る自信が失せるほどの大軍勢でだ。


 それでもクレインは慌てない。


 砦の東側から歩いて、砦の中央に移動し。

 仮設の本陣に置かれた簡易な椅子に座ると、普段通りの声色で言う。


「逃げるつもりも、退くつもりもない。……今はな」

「……であれば、お護りするだけです」


 普段は護衛に付いている首狩りのピーターは、一ヵ月ほど前に北部へ向かわせた。

 先ほど確認したが。

 ランドルフは既に持ち場で待機している。


「さて、大一番だ。これで決める」


 トレックとハンスは、砦の北側にある斜面の前で時期を待っている。

 ヨトゥン家の援軍から千人を遊撃にしているが、それも今ごろ配置に付いた頃だろう。


 砦の防衛はグレアムに任せておけば間違い無いし、その配下たちも防衛の準備を終えた頃だ。


 そして戦力とは違うが、執事長のクラウスは屋敷で指揮を執っているはずであり。

 支援部隊は協力的な商会とバルガス。ついでにマリーへ頼んできた。



 何度も試し、手を変え品を変えパターンを変化させた結果。

 クレインの中ではこれがベストな配置だという結論になった。


 これまでの人生で見てきたものを、全て活かし。

 十一度目となる決戦の準備は整った。


「主力は散ったからな。本気で守ってくれよ?」

「お任せを」

「しかしまぁ……」


 砦の防衛隊を指揮するグレアムと、諜報の長であるマリウス。

 今手元にいる戦力で、目立っているのはこの二人くらいだ。


「しかしブリュンヒルデは……うちの領地が滅ぶよりも大事な用って、何だろうな」


 ブリュンヒルデは王都で仕事があるというので、この大戦に欠席している。

 彼女がいれば戦略の幅が広がったかもしれないが、いないものは仕方がない。

 そう諦めるクレインに、マリウスは言う。


「殿下の作戦が大詰めを迎えているそうです。仕上げの準備かと」

「それ、初耳なんだけど……。密偵同士で意見交換でもしてるのか?」


 マリウスもブリュンヒルデから報告があったものと思い、驚いた顔をしていたのだが。順調ならクレインとしても言うことはないので、大人しく前を向く。


 そしてクレインが正面を向いたのとほぼ同時に、東伯軍が一斉にときの声を上げた。


 戦闘開始の瞬間まで兵士はおろか、馬の一頭に至るまでいななき一つ上げないのだから凄まじい練度だ。

 そんなことに感心しつつ、クレインも集中する。


「……っと、まあいい。始まるな」


 ヴァナウート伯爵家の騎馬隊は防壁の前まで馬で一気に接近し、折り畳み式の梯子を各自で架けていくスタイルの攻城戦を展開している。


 城壁ではグレアムが檄を飛ばし、梯子を持って押し寄せる敵兵に矢を射かけているのだが。敵兵の装備はやはり異質だった。


 まず、彼らが使うのは騎馬隊が持ち運べる大きさの、細い梯子だ。


 普通の城壁なら高さは足りないし、斧があれば簡単に叩き折られてしまう代物だとして。

 しかし、おあつらえ向きというか。

 彼らの梯子は城壁を、きっちり登り切れる長さをしている。


「はっはっは! ひでーなこりゃ!」


 敵はまるで砦の寸法を知っていたかのように最適な装備を持ってきているのだ。

 対する子爵家側は斧兵を揃えるほどの装備を、用意できてはいない。


 応戦に出たグレアムが笑うほど、敵に情報が筒抜けだった。

 だが、何はともあれ、彼は部下に激を飛ばす。


「まあいいや。突出している中央へ、射撃開始ィ!」

「「「応!!」」」


 戦闘が始まったものの、彼らの守備は硬い。


 グレアムは最適な人員配置になるように指揮を執り。

 主に弓を使い、押し寄せる敵を撃退し続けていた。


 クレインはこの光景をもう何度も見てきたが、時間を潰しがてらマリウスに話しかける。


「グレアムの奴、あれで直接戦闘より統率の方が得意ってんだから反則だよな」

「武力の才は飛びぬけていますね。まあ、ランドルフ殿ほどではございませんが」

「あれも反則だよ」


 そんなことを言いつつ。クレインは慌てず、騒がず。


 目の前で行われる防衛戦を眺めながら、ただ時を待つ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る