49回目 決戦準備



「で、調査の結果ですが。ヘルメス商会が怪しい動きをしているようです」

「具体的には?」

「大量に穀物を買い付けて、東方面に向かったそうですね。大部分はヘイムダル男爵領に持ち込まれたそうですが……まあ、穀物の他にも色々と運んでいるとか」


 男爵領はクレインの領地から見て北東方面にあり、一応アースガルド家と隣接している領地になる。

 目立った産業は無く、経済基盤がそれほど強いわけでもない普通の中小領地だ。


 距離がそれほど離れていないため、通商は可能として。

 しかし交流する旨味は全く無い領地でもある。


 男爵側からも何も言ってこないため、完全に没交渉となっていた。


「なるほど、やはり・・・そうだったか」

「密偵たちに随分とピンポイントな指示を出していましたけど、この動きに気づいていたんですか?」

「え、ああ。何となくはな」


 クレインは毎回、違う地域に密偵を派遣していた。


 東伯の本拠地周りから始まり、回を重ねるごとに西へ進ませ。

 その過程でアースガルド側から敵へ、物資が流れていることは把握していた。


 そしてとうとう隣接領まで来たが、結果はやはり黒。

 ここまでの調査で、ヘルメス商会の裏切りなど既に確信していたのだ。


「それはまた、いつから気づいていたんです?」

「内緒だ」


 ヘルメス商会は、アースガルド家へ売る予定として南伯から仕入れた食料などを、巧妙にちょろまかしている。

 元々専売の契約ではなく、ただ売り先を変えただけだから違法ではないとして。


 しかし商売のプロであるトレックですら気づいていない動きに、どのタイミングで勘づいたのか。

 大して驚きもしていないクレインに、むしろトレックの方が驚いていた。


「それでクレイン様、ヘイムダル男爵との面識は?」

「無い。そっちは?」


 しかしまあ、秘密と言うのだから詳しく突っ込むこともない。

 そう思い、彼は話題を少し変えた。


「いいえまったく。東は完全にヘルメス商会が乗っ取りましたからね。アースガルド領から東には行きませんよ」


 東部への販路を持たないアースガルド家からすれば、中央と南の商売が主となっている。

 男爵領と取引をしても大した利益にはならないし、どうせその先にも進めないからと放置していた状態だ。


 本来の歴史だけでなく、発展した今となっても疎遠な家である。


 互いに利益のある項目が無いので不干渉を貫いていたが。

 少し考えれば。ヘルメス商会から見ても、商売上の利益は出ていないとすぐに分かる。


「南から持ち込んだモノはアースガルド領で全て売れるというのに、ご苦労なことですね」

「ま、多少の赤字は度外視なんだろう」


 需要がいくらでもあるアースガルド家を素通りして、わざわざ買い手がいるかも分からない男爵領へ運び込んでいるのだ。


 男爵領へは馬車で四、五日かかるのだから、輸送コストの無駄でしかない。

 では何故、利益を捨ててまで遠くへ運ぶのか。


「まあ、妨害を兼ねた支援だろ?」

「でしょうねぇ。あちらの物資を増やしつつ、こちらの物資を削りつつ、ですか」


 軍需物資が男爵領に集積されつつある。

 その理由はもちろん、東伯を支援するためだ。


 敵は速攻で攻めて来るつもりでいる。

 既に戦いの準備を始めているに違いない。

 そう推察したクレインは密偵を東方面に総動員していた。


 結果として大量の物資が買い付けられており。物資の流れからして、戦いの支度は既に始まっていると確定していた。


 今回の人生ではまだ婚約を発表していないが、既に情報は知られていた。

 この段階からもう、東伯は動いていたのだ。


「まあ、ここまで具体的な対策を講じていれば……探りを入れるのも当然か」


 アースガルド家はここ数か月で、急激に南伯と接近した。

 それに領地へ潜む旧支配者の粛清も、かなり苛烈に行っていた。


 今進めている砦の建築や、過剰なまでの物資搬入。

 それもヘルメス商会の手の者が密告していることだろう。


 大局的に見れば、これらは全て東伯への備えに見えるはずだ。


 動乱を巻き起こしたいであろうヘルメス商会からすれば、東伯の援護射撃に回るのは間違い無いと考えつつ。クレインは苦い顔をしている。


「南伯と組んで東方面を封鎖し始めているんです。何かの関係は……そりゃあ疑われますよね」

「ああ。ちょうど両家には、歳が近い男女がいることだしな」


 攻め込んでくる動機のメインは「痴情のもつれ」と言い張るクレインに。

 トレックはもう、やるせなさそうな呆れ顔を向けるしかない。


「あの、怨恨えんこん説は止めません?」

「うーん、逆に聞くが。恨みつらみ以外に、進軍の理由が何かあるのか?」


 クレインも調査はさせてみたが、東伯が子爵領を襲う政治的、軍事的な理由は特に掴めなかった。

 だから状況から考えていくことにしたが。


「東伯が王都方面へ進軍してくれば、背後を異民族から刺される心配がある」


 他国と国境を接している以上、大規模な軍事行動はリスクが高い。

 そこは順当に考えられる要素だ。


「しかもそれで襲うのは自分の支配地域と全く関係が無く、面識すら無い子爵家だ。勝ったところで得るものがないどころか、赤字になる」

「確かにそうですね」

「な? 戦争をするメリットは無いだろ」


 国内の貴族家に攻め込むことは王家が禁止しているので、勝とうが負けようが処罰も待っているだろう。

 改めて考えてみれば、どこもかしこもデメリットだらけだ。


「まあ、お貴族様の考えなんて一介の商人には分かりませんわ」

「凄い逃げ方をする」


 トレックも一応考えてはみたのだが、やはり婚姻以外の理由は考え付かない。

 彼にもよく分からなかったらしい。


「いやいや、実際よく分かりませんよ。南伯のお嬢様は、東伯が嫉妬に狂うほどの美人なんです?」

「そうだな。まあ結婚式には呼んでやるから、実物を見て確かめるといいさ」


 撃退に成功すれば、大手を振って式も挙げられるだろう。

 そうすれば小児性愛者のレッテルと共に、東伯の名誉は地に落ちる。

 方やクレインは、一応、年代的にセーフだ。


「あ、でもクレイン様。本当に嫉妬で攻めて来るなら。盛大な結婚式をするとまた、東伯を刺激することになりそうですが」


 それはクレインも考えていた懸念点だが。

 しかし伯爵家の子女と結婚をするのに、式を挙げないなどあり得ない。

 式を挙げるなら、相応しい格も必要だ。


「やらないわけにもいかないだろ。東伯の恨みを買うのは怖いとして、そこは戦後処理でカバーだ」

「そっちのことも分かりませんので、私は荷を運ぶだけですね」


 戦後に関しては他力本願なのだが。

 まず彼は、王家から間違いなく睨まれる。

 そして出向役人たちの実家からも嫌われるだろうことは、想像に難くない。


「今後は派手な動きができない……はずだ。うん、きっと大丈夫」

「今回のことすらイレギュラーです。次回もルール無用で来るかもしれませんよ」

「そうなったら、その時にまた考えよう」


 時間を置いて冷静になれば、東伯とて無茶な侵攻は控えるはずだ。

 二度目の襲撃は考えにくいので、ここを凌げば多少は安泰になる。

 だから再襲撃の可能性は先送りにして、二人はまずを見なければいけない。


「それもそうですね。うちの店主たちには、砦建築の名目で非常食なんかを確保していると伝えてありますよ」


 民衆には、砦という名前の付いた蔵を建てるという噂を流している。

 休憩所として開放する予定もあるので、今後は行商ルートが増えるかもしれないという話とセットで広めているところだ。


 大まかな指示はクレインから出ていたが、そこをトレックがアレンジして流布している。

 それは治安維持のためというより、反乱を防止するためだ。


「助かる。無駄な備えのために食料品が値上がりしたように見えるだろうし……反乱の予防は必須だからな」

「いやいや、そんな簡単に反乱を起こす奴はいませんって」


 今のところ飢えている者はいないし、所得も増加傾向だ。

 なのに大手商会の囲い込みで山ほど品物が流入してくるのだから、物価は安い。


 裕福な人間が増えている領地で、多少失策したところで反乱など起きるはずもないのだが。


「何が起きるか分からない世の中だ。備えるに越したことはない」

「心配性ですね、本当に」

「言ってろ。……見てろよトレック。俺は東伯を倒して、必ず結婚してみせるからな」


 トレックは呆れているが。クレインは毎回積み重ねた情報を元に、労力が少なくて済み、かつ最高効率の道を探してきたのだ。


 砦を利用した防衛戦にも、既に十回失敗している。

 細部は違うが、このやり取りも十回目だ。


 そろそろ決着をつけられるとは思っているし、次でダメなら戦略を練り直すことになるかもしれない。


 だからクレインが「まずはこの一戦を」と思考へ集中する前に。

 ふと、トレックは言う。


「英雄譚でよくあるパターンですよね。出征の前に幸せを語る親友――とか」

「死ぬのがお約束ってやつか? まあ、俺は絶対に死なないさ」


 死んだとしてもすぐに生き返るからな。

 という考えを頭に浮かべながら、クレインは出来上がりつつある砦を見つめていた。


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