25回目 尋問は不慣れなんだ



「これはどういうことかな?」

「あ、あの、ええと……」


 そして時は会合の席に戻り、クレインはあっさりと毒入りワインを見破った。


 前回はブリュンヒルデが即座にサーガを殺してしまったが、今回はハンスを真横に置いての出席となっているため、この場における即時処断は行われない。


「ハンス、捕らえろ」

「はっ!」


 ブリュンヒルデには別室での作業を割り当てている。彼女は商人たちから献上された品の、目録を作成しているところだ。

 そのためハンスは誰にも邪魔されずにサーガを縛り上げて、そのまま店の外に連行していった。


「騒がせてすまない」

「い、いえ。クレイン様は被害者ですから」

「そうです。お気になさらず」


 突然の暗殺未遂に目を丸くした商会長たちだが、今回は血飛沫が飛び交う修羅場となっていないため、幾らかは落ち着いていた。


 事件が起きることを事前に聞かされていたトレックと、想定内だと言わんばかりに、澄ました顔をしているヘルメスは全く動じていないところを横目に見つつ、彼は閉会を宣言した。


「場が白けてしまったな。今日はこれで解散にしよう」


 退室したクレインは、部屋の入口でブリュンヒルデと合流した。


 彼女はクレインに向けて訝し気な視線を向けたが、連行されていくサーガと、商会長たちの顔色の悪さ。そして変色済みの銀食器を見て、すぐに事情を察した。


「どうやら暗殺されかけたよ」

「こうしたことには、不慣れかと思いましたが」

「……いずれこういう時が来るとは、予想していたからな。銀食器はいい発案だった」


 なるべく切れ者に見えるようにと気を使いながら、堂々と料理屋を退店したクレインは、取り調べの算段に考えを巡らせた。


 ただし彼はサーガが収監された牢に向かう前に、休憩を挟む。それも昼食の時間を超えるほどの長さだ。


 マリーに用意させた茶菓子と紅茶で、たっぷりとティータイムを楽しんでから牢屋に向かうことにした。





   ◇






 屋敷の敷地内には地下牢がある。それは目立たない位置にあり、使われるのも十数年に一度あるかないかという程度の施設だ。


 重犯罪者への取り調べには不慣れな面が目立ち、ハンスたち衛兵隊の面々は、被疑者を囲み大声で怒鳴る以外の尋問方法を採っていなかった。


「吐け! 何を考えていた!」

「吐けコラ!」


 両手と両足を縛られて床に転がされた中年が、四方を囲んだ兵士たちから一心不乱に罵声を浴びているところを見て、クレインは笑いそうになった。


 しかしサーガは自分を10回も殺し、殺害回数の世界記録を更新した男なのだと気を取り直す。


「俺の毒殺を企んでいたんだからな。見た目は滑稽でも、意外と油断ならない相手かもしれない」


 クレインは頭を切り換えてから、黙秘を続けているサーガの前に屈み込んだ。


「さて、どうして俺の暗殺を企んだのか、聞いてもいいかな?」

「ワインに異物が混入されていることなど、私は知りませんでした」

「なるほど、シラを切る方できたか」


 計画が露見した瞬間は大層な小物に見えたが、生き残る道を考えついたのか、彼はいくらか落ち着きを取り戻していた。

 それは十分に想定内の反応なので、クレインは淡々と告げる。


「どうせジャン・ヘルメスの助けでも期待しているのだろうが、あの爺さんはお前をもう切ったよ」

「なっ、何を!?」


 彼が頼れるとすればヘルメスか、それとも東伯か。


 いずれにせよ今回の人生を、短期決戦で終わらせるつもりのクレインは、後のこと・・・・など知ったことではなかった。


「ヘルメスにも色々と・・・聞いてからここに来たんだ。……まあ、あの爺さんを排斥すると経営に悪影響が出るから、幾つかの譲歩を貰うことで手を打ったんだが」


 これは完全に出まかせだが、サーガの顔色は急激に悪くなった。助けが来ないという話を伝えるだけで、それなりの効果が見られている。


 クレインが無駄に時間を潰してから取り調べに加わったのは、ヘルメスからも事情を聞いていたという嘘に、信憑性を持たせるためだった。


「お前はもう、ほぼ用済みだけど……裏取りは必要だよな?」


 ヘルメスとしても、ある程度の秘密を知っている実行犯を放置して、情報が流出するのは避けたいところだろう。やはり何らかの方法で、サーガを救出する算段を立てていたのかもしれない。


 そうは思いつつも、余裕の表情でクレインは続けた。


「あの爺さんは饒舌じょうぜつだったよ。お前を助けるよりも、自分の商売の方が大事らしい」

「ハッタリです。あの方が、目先の利益に釣られてそんなことをするはずがない!」


 強がってみたサーガだが、それは悪手でしかない。

 クレインはニヤリと口の端を釣り上げながら、転がされたサーガに顔を近づけた。


「領主を暗殺しようとしたお前を助けて、俺から不興を買うのが利益に繋がると? 銀山利権よりも利益になる暗殺計画って、何だろうな」


 表面上は何の関係も無いような素振りを見せていたものが、今の失言ではっきりと、彼らは利害関係にあると自白してしまったのだ。

 これ以上何も言うまいと口を閉ざしたサーガの前に、クレインはナイフを突き立てる。


「厨房から持ってこさせたんだが、よく磨かれて、切れ味が良さそうだろ?」

「…………」

「さて、尋問は不慣れなんだ。さっさと終わらせよう」


 サーガとて戦乱が続く東部で商会を営んできたのだ。目の前に刃物を突き立てられた程度で、折れるわけがない。

 本人は徹底した黙秘を決め込み、クレインとて最初はなから脅しで何とかなるとは思っていない。


「ハンス。猿ぐつわを」

「え? あ、はい」


 尋問を始めると言うのに、喋らせるどころか口を塞ぎにかかったのだ。クレインとサーガを交互に見たハンスだが、命令の意図が分からないまでもロープを口に噛ませた。


 クレインは次いでペンチを取り出したが、それは釘を抜くために使用するものであり、渡されたハンスはどうして牢屋に工具をと首を傾げた。


 善良な兵士に拷問の役目を押し付ける罪悪感を殺しながら、クレインは領主としての命令を下す。


「爪を全部剝いでくれ」

「へっ?」

「それが終わったら、左手の小指から順番に、関節を一つずつ切り落としていくんだ」

「え、あの、クレイン様?」


 呆気に取られたハンスに向けて、クレインはゆっくりと言い含める。


「口が堅そうだから、いくら言っても無駄だよ。行動あるのみだ」

「ん!? んんーっ!!」

「察してくれたようで何よりだ。でも、俺も初めてだから……加減には期待しないでくれ」

 

 小指にナイフを当てられたサーガは、先ほどの言葉を思い返す。彼らは「尋問には不慣れ」なのだと。

 言葉の意味が分かっていないのはハンス以下、衛兵隊の面々だけだった。


「クレイン様、どういうことです?」

「第一関節を切り落としたら一旦止血をして、10分後に第二関節を落としてくれ。小指の根本まで落としたら尋問開始だ」


 つまり指を失ってからがスタートであり、それまでは下準備になる。

 どれだけ泣き叫ぼうと喚こうと、そこまでは自白すら許されない。


「少なくともそこまでは口を割らないだろうから、猿ぐつわを外すのは質問を始めてからでいいよ」

「クレイン様……あの、本当にやる気ですか?」

「気分が良くないやり方だけど、山賊を縛り首にするのと変わらないだろ?」


 普段は穏やかなクレインが、予想以上に苛烈な方法を命じてきたのだから、衛兵たちは必要以上の恐怖を感じた。

 しかし誰よりも恐怖しているのは、顔を真っ青にして暴れるサーガだ。


 すっかり死に慣れたクレイン以外は、これから起こる惨劇を予想して顔を歪ませていた。


「ヘルメスから聞いた話の裏付けが取れればいいから、殺しても構わない。尋問を始めてからも、証言に怪しいところがあれば遠慮せずにやってくれ」


 クレインの幼少期から仕えているハンスは、特に激しく動揺していた。領主の性格や性質をよく知っているだけに、出てきた作戦が意外に過ぎるからだ。


 しかしクレインは再度、なるべく事務的な口調に努めながら言い渡す。


「ヘルメスから聞いた話と少しでも違えば、本当のことを話している確信が持てるまで続けるつもりだ」

「いっそ、殺してやった方が……」

「いっそ殺せと言われてからが始まりだよ。自殺されないように、猿ぐつわはいつでも付け直せるようにしておいてくれ」


 指示を言い渡してから、クレインは地下牢を出た。

 自白を聞く相手すらいなくなったのだから、拷問の手順は先ほど聞いた通りになる。


「まあ、うちの領主様を殺そうとしたんだし」

「……だな。この場で殺されないだけでも、感謝してもらおうか」

「クレイン様なら、まあ、素直に話せば命までは取るまい。……こら、暴れるな!」


 にじり寄ってくる衛兵を前に、サーガは「今すぐに自白させてくれ」と叫んだ。


「ん、んん! んんんーッ!!」


 しかし猿ぐつわをしているため、その声が彼らに届くことはなかった。 


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