25回目 商人の観点
「サーガ会長と御大が手を組んで、クレイン様を毒殺しようとする動きがあると」
「そうだ。情報の出どころは話せないが」
「ええ、構いませんとも」
トレックは秘密の情報先と聞いて、真っ先に第一王子を思い浮かべた。それを察しつつも、クレインは訂正せずに続きを話す。
「ヘルメス商会の方は北侯と手を組んで、裏で色々やっているようだからな。俺の毒殺計画が露見した時点で、多分ブリュンヒルデが調査の妨害にかかると思う」
「秘書官殿が? ……ああ、なるほど。今はまだ時期ではないということですか」
トレックも王都の老舗商会でトップを務めるだけあって、中々に頭の回転が早い。
だからこそ王子側の事情には、すぐに考え至った。
「殿下は今の段階で、むしろ弱みを掴みたくないのでしょうね」
「……どういうことだ?」」
政敵の弱みを握る時は水面下で動き、何かを握っても悟られないままでいるのが、一番効果的なのだ。予想をしていない瞬間にカードを切ることで、事前に対策を練らせないままダメージを与えられる。
大っぴらに調査をして、対策されるのは好ましくないと語った上で、トレックはもう一つ付け加えた。
「北侯と殿下に隔意があることは知っていますが……まあ、現状では殿下に打つ手が無いのでしょうね」
「そうなのか?」
「ええ、支持基盤が弱すぎますから。確かに今すぐ暴露したところで、大した問題にもできませんよ」
スキャンダルを握ったとして、そもそも王子側の手勢が十分でないと揉み消される。
そう言われるとクレインも腑に落ちた。
王子としては侯爵家の政敵になれるほどの、勢力を確保してから攻撃を仕掛けたいと思っているのだ。
まだ味方探しが終わっていないのだから、今すぐ全面戦争へ突入するのは悪手だとすぐに分かる。
「しかし仮に毒殺を防いでサーガ商会を潰しても、クレイン様は丸損ですね」
「そうか?」
「支援する商会が減るというのもそうですが、今アースガルド領の事業に噛んでいる商会で……東部への販路を持つところは少ないので」
「サーガが消えた分、東との商売がやりにくくなるか」
王国の東部勢力は異民族との戦いに明け暮れている。中央の指示を待っていては戦えないということで、東侯と東伯を中心に独立独歩の気風があるのだ。
文化が独特なため新規の販路開拓については難易度が高く、東から大規模に輸出輸入ができる商会は貴重な存在だった。
「スルーズ商会で代わりたいところですが、急には難しいですね」
「分かってるよ。まだ王都の商戦で受けた傷が、回復し切っていないんだろ?」
いつ潰れるかも分からないくらいに傾いている、サーガ商会程度の資金力で会合に出席できるのは、むしろその貴重性が評価されているからだ。
そうと知ったところで、代わりの信頼できる商会を見つけるのも難しいところではある。
「アースガルド領で在庫一掃ができれば、以前と同じくらいの規模にはできますよ」
「まあ頑張ってくれ。……何にせよ、ヘルメスとサーガが関わる割合を減らしていきたい」
何があったかは詳しく聞いていないクレインだが、トレック率いるスルーズ商会はまだ回復中という時期にある。
彼らを大規模に動かすのはまだ尚早であり、まずは地盤を固める時期だった。
排除後には東方面に向けた輸出が、やや減ると受け入れた上で、彼らは具体的な動きに目を向ける。
「サーガの方は、暗殺を目論んだ罰として財産を没収してしまえば済みますね」
「そんなことをして、他の商人から反感を買わないか?」
もしも自分が商人の立場だったとしたら、この制裁をどう思うか。
クレインは自分の財産を没収するような領主とは、付き合いたくないと思った。しかしこれにはトレックも気楽に首を振る。
「貴族に喧嘩を売って没落した間抜けがいた。その程度の話ですから、笑い者にされるのが関の山でしょう」
「……そういうものか?」
「平民の間ではそんなものです。ましてや彼らも商人ですし、よほどアコギにやらない限りは利益がある方につきますよ。商人の観点としてはそんなものです」
貴族に毒殺など仕掛ければ、一族を処刑された上で、財産を根こそぎ奪われても別に不思議ではない。
アースガルド領は平和だとしても、少し北の小貴族が密集している地域では、毎月のようにそんな事件が起きている。
そんな情報を付け加えつつ、トレックは何でもないように締めくくる。
「つまりサーガ商会程度なら、毒殺の証拠が挙がった時点でカタがつきます。会合の席で堂々と暴いてやれば、特に問題はありませんね」
トレックが断言できるのは、クレインと立場が違うからだ。
彼は平民と貴族の、考え方の違いを知っている。別な地域での状況も把握している。そして彼自身も商人の思考を熟知している。
なるほどトレックは、己に無い観点を多く持っているなとクレインは感心した。
しかしヘルメスに関して言えば、トレックも難しい顔をするしかない。
「ヘルメス商会についてはどう考える?」
「……何でも手広くやっていますからね。急に
「それはそうだ。気づけばこちらが依存しそうになっているし」
人口が爆発的に増えているアースガルド領では、常にあらゆる物資が不足気味だ。現状でも自転車操業に近い有様となっているのだから、有力な商会とはそうそう敵対関係になれない。
今のところは精力的に活動してくれている、国一番の商会。それが急にいなくなればもちろん、物流面での多大な悪影響は避けられなかった。
「それなら付き合いを増やすのはどうだろう。トレックから見て、信用できそうな商会はあるか?」
一度に何とかするのは難しいと認識した上で、クレインは次善策の是非をトレックに尋ねた。
するとトレックは、爽やかな笑みを見せながら答える。
「武器商のブラギ商会か、郵送業のヘルモーズ商会辺りは信頼できるはずです」
「その心は?」
その二つは大手の中でも中堅どころであり、特別に気に留めたこともないような商会だ。
クレインが推薦の理由を問えば、トレックは軽い口調で言う。
「変に価格を吊り上げませんし、いつでも安定経営ですから。組むなら安心できます」
商売相手として信頼できるだろうが、クレインが聞きたいのはそういうことではない。
それを分かった上での冗談だと言わんばかりに、彼は次いで情報を加える。
「ついでに、規模の割りには貴族との付き合いが薄いんですよ。まあ、商人的には前二つの理由が結構大事です」
「俺からすれば、後者の理由が重要だな」
アースガルド家としても、商家との繋がりは積極的に増やしていきたいところなので、変な陰謀の臭いがしない商会であれば歓迎できる。
提携先を増やすことに異論はなく、二人は先の展望を詰めていった。
裏工作を仕掛けてくる商会の介入を、徐々に減らしていく。
信用できそうな商会との関係を構築していく。
彼らは目下の目標がそう定めてから、今後の具体的な動きを2時間ほど話し合った。
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