25回目 初めての配下



 手紙を送ってから2日後、クレインはスルーズ商会のアースガルド領本店を訪れた。

 直前まで仕事をしていたトレックは領主がやって来たと聞き、店の奥から足早に姿を現す。


「忙しそうだな。儲けているようで何よりだよ」

「まあまあ、貧乏暇なしというやつです」


 都合の合う日を教えてくれと連絡を受けたトレックは、午後の予定が丸々空いている日を提案した。

 そのため会合の前日まで待つことにはなったが、相談までは無事に漕ぎ着けている。


 貴族との関係構築を最優先にする商人はもちろん多いが、取引先との先約を誠実に守るところも、クレインが彼を気に入っている理由だ。


 それはさておき、この相談はクレインの命と領地の今後に係わる。

 下手を打てないため、彼は思考を現実に戻した。


「大事な話があるんだ。まずは人払いを頼む」

「大事な話ですか? 分かりました、奥へどうぞ」


 それなりに大きな店の2階に上がると、クレインはそのまま一番奥の部屋に通された。

 茶が出されてからは貸し切りとなり、二人は高級そうなソファーの上に腰かける。


「それで、お話というのは?」

「サーガ商会とヘルメス商会のことについて、詳しいことを知りたいんだ」

「私が知る情報でよろしければ、いくらでもお話ししますよ」


 トレックの口から出てきた情報のほとんどは、クレインも知っているものだ。


 サーガ商会は財政が苦しいだとか、ヘルメス商会は国内で最も大きな商会だとか、毒にも薬にもならないような話ばかりだった。

 基礎知識の確認がてらに聞いていたが、クレインは10分ほど経っていよいよ本題を切り出す。


「世間的には、今聞いた話が全てだろうな。だけど、もっと商人的な裏話を聞きたいんだよ」

「と、言いますと?」

「どこの貴族と繋がりがあるか、後ろ盾になるような人物がいるか、その辺りを」


 商会の集まりを足掛かりにして、他の貴族と繋がりを持っていきたいのだろう。

 そう考えたトレックは、別に隠すことではないと何気なく言う。


「サーガ商会は東伯くらいでしょうか? ヘルメス商会は色々な家と懇意にしていますが……最近では北侯とよく取引をしているそうです」


 東伯とはヴァナルガンド伯爵家、北候とはラグナ侯爵家のことだ。

 情報を処理しきれなかったクレインの受け答えは、急激に歯切れが悪くなった。


「ああ、うん。そうか」

「他には……っと、どうされましたか?」

「いや、何でもないんだ。続けてくれ」


 何気なく聞いたクレインは度肝を抜かれ、何気なく言ったトレックはきょとんとしている。

 その後も色々な家との逸話が出てきたのだが、クレインはもう気が気ではなかった。


 第一王子やブリュンヒルデがやったことと言えば、領主の殺害だけだ。クレインが政治的に邪魔だから頭をげ替えた。それだけの話だった。


 しかし東伯と北候は性質が全く違う。


 東伯は「狙っていた少女との間に婚約を結んだ」という理由を掲げて、クレインどころか領地ごと滅ぼしてきた。


 ラグナ侯爵家は「飛び地の間にあるアースガルド領が邪魔」という理由を付けて、街を焼き払い、人々を皆殺しにしたのである。


 今は乱世で誰も彼も危険人物だが、最も厄介なツートップと関わりがあるというだけでも、クレインの警戒心は最高に達した。

 そんな勢力と繋がりを持つ商会長たちが、暗殺まで企ててきたのだから数え役満だ。


「ああ、そういう・・・・ことか。はは……」


 ヘルメス商会に忍び込もうとしたクレインを、ブリュンヒルデが殺害しにきた理由も――何となく見えてきた。


 未来の世界におけるラグナ侯爵家には、黒い噂が山ほどあった。麻薬や奴隷売買に手を出しているという噂が、そこかしこに広まっていたのだ。


 そんな侯爵家と、仲良くしている大手の商会がいたらどうだろう。

 少しつつけば、後ろ暗い取引など幾らでも出てくるはずだ。


 クレインがヘルメス商会へ不用意に乱入すると、ラグナ家との闇取引の証拠を速攻で消しかねず、一度警戒されてしまえば恐らく次は無いのだ。


 第一王子からすると、ここでの動きは今後に大きく関わる。


「ああ、そうか、なるほどね」


 片や、クレインを味方にすることで手に入る影響力。

 片や、クレインの行動によって失われるラグナ侯爵家への攻撃機会。


 この二つを天秤にかけた時、不利益の方が勝ると判断した。だからブリュンヒルデは未然に殺害を実行したという流れだ。


 全景の全てが綺麗に繋がったことで――繋がってしまったことで――クレインはより一層、追い詰められた気分になっていた。


「……あの、大丈夫ですか?」

「何でもない。急に面会の予定を入れて悪かったな。今日はこれで失礼――」


 立ち上がろうとしたクレインの手をがっしりと掴み、驚きで動きを止めた彼に目を合わせながら、トレックは力強い眼差しを向けた。

 普段のなよなよ・・・・とした雰囲気は無く、真面目な表情のまま彼は言う。


「顔色が悪くなったのは、商会と繋がりのある家を聞いた直後からですね」

「いや、それは……」

「隠さなくても結構です。その様子を見れば、何かのっぴきならない事情があることも分かります」


 そう言うなり、トレックは手を放してから深々と頭を下げた。


「クレイン様からのお声掛けが無ければ、商会を潰して部下を路頭に迷わせるところでした。私は貴方に恩があります」

「それが今、何の関係が?」

「ご事情があるのなら、遠慮なく巻き込んでください」


 そこまで直球で来られると、クレインとしても言葉に詰まる。


 確かに未来ではあっさりと商会を潰されて、乗っ取りを受けて消滅していた。今の時点で新規事業の利権に噛ませても、再起ができるかどうかはギリギリのところだったのだ。


 スルーズ商会が既に危険水域危だと知っていたクレインは、真っ先に利益を上げられるように取り計らい――結果として僅か数か月で復権した。

 元々の身代が大きかった分、今では大手の中でも存在感のある商会に返り咲いている。


「それはまた、商人らしくない考え方だな」

「命の次に大事な商会を救われた恩があるんです。何か困りごとがあるなら私も動きますよ」


 何もしなければ没落の一途を辿っていたはずの商会が、クレインの助力で再び表舞台に引き揚げられた。

 そう語るトレックの目は真剣そのもので、情熱の炎すら垣間見えていた。


「……厄介な案件だとは、分かってるだろ?」

「だからこそです」


 クレインは謀略にまみれた汚い世界を散々見てきたのだから、差し出された手をすぐに掴んでいいのかと迷いを見せていた。

 しかし恩を果たすという姿勢に嘘は見えず、遠回しに引き返す機会を与えても、トレックはそれを蹴る。


「簡単に解決できる問題に手を貸したところで、大恩は返しきれませんので」

「……お人好しだな、まったく」

「利息がつくのが嫌なんですよ、商人としてはね」


 軽口を叩いているが、要するに目の前の優男は情に脆かった。


 部下を切り捨てられない。取引先が困っていたら助けたい。そんな義理人情こそがトレック・スルーズの弱点だ。


 損得勘定で人を切れないからこそ没落することになったが、一方でこの一本気なところもまた、クレインが彼を気に入った理由の一つだった。


「話したら後戻りはできないぞ。本当にいいんだな?」

「元より覚悟の上です。できもしないことなら、初めから言いません」

「……分かったよ。それなら裏側まで、遠慮なく相談させてもらおうか」


 輪廻のことは当然話せない。話せるのは今、目の前にある事実のことだけでも――それですら命の危険が及ぶ危ない橋だ。

 しかし平然とリスクを受け入れたトレックに対して、クレインにはもう溜息しか出なかった。


「ここから先は一蓮托生だ。本格的なお抱えにするから、そのつもりでいてくれ」

「光栄です。商会があるので仕官はできませんが、今後はクレイン様の家臣のようなものですね」


 こうしてクレインは、先代の頃から屋敷に仕えていた人間以外の部下。自分に忠誠を誓う、初めての配下を得た。

 寄ってくる人間の誰もが疑わしく見える中で、初めて信頼できそうな人物が現れたのだ。


「そうだな、よろしく頼む」

「ええ、お任せください」


 そして田舎の純朴な雰囲気で生きてきた屋敷の人間とは違い、陰謀が渦巻く王都で戦ってきたトレックには、一人で抱えてきた裏方のこと・・・・・も相談できる。


 トレックと握手を交わしたクレインは、長らく付きまとっていた胃の重みが、少しだけ軽くなったような気がしていた。



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 献策大会で集めた人材は、領地に迎える前に滅亡していました。

 先代から引き継いだ家臣を除き初めてとなる、自前の配下獲得です。


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