25回目 暗中模索



 どうにかこうにか朝食を済ませたクレインは、ブリュンヒルデに執務の代行を頼んで部屋に籠った。

 今日は8月19日なので、毒殺が起きるまでに3日の猶予がある。


「彼らの間に、どんな密約があったのかは知りたいところだな」


 クレインは改めて机に向かい、今回の事件で不明な点を洗い出していった。

 調べたい項目は、大きく分ければ3点だ。


「サーガたちはどうして毒殺を目論んだのか。俺を毒殺して誰にメリットがあるのか。そしてブリュンヒルデは、何が理由で俺を殺害したのか」


 死に慣れてきたクレインと言えども無駄死には御免なので、できることなら今回の人生で片付けたいと思っている。

 彼は一度で終わらせるべく、不明点をあらかた書き出してから推測を立て始めた。


「あいつらが俺を殺したところで、金になるわけじゃない。となれば俺の暗殺を誰かに頼まれて、その見返りが用意されていると考えるのが自然か」


 商業的にはかなり優遇しているので、毒殺の動機はそう予想した。

 それをそのまま次に繋げて、自分を暗殺することで誰が得をするのかを考える。


 つまりは依頼主を考えてみることにしたが、しかしいくら頭を回してみても、彼には一向に分からないままだった。


「北侯は論外だ。西部で手に入れた領地がまだ安定していないから、東に手を付けられる時期じゃない。東伯からすればアースガルド家は飛び地になるし、手にする大義名分も無い」


 ラグナ侯爵家とヴァナルガンド伯爵家。


 自分の命を狙う存在を想像した時、彼は真っ先に、対立したことのある両家を思い浮かべた。しかしそのどちらも、今すぐ手を出してくる可能性は低いように思えている。


 となれば現時点で、確定している部分は一つしかない。


「ブリュンヒルデが襲ってきたところを見ても、殿下の思惑はどこかで絡んでいるはずだ」


 消去法で選ばれた大本命は、友好関係を築いた第一王子の周辺ということになる。 

 だが、仮に王子が黒幕だったとしたら、それはそれで別な問題が出てくる。


「殿下から狙われる理由が、さっぱり分からないんだけど……」


 確かに莫大な富を生む銀山は魅力的だろう。しかしまだ整備は全く終わっていないのだ。


 仮にクレインが王子の立場にいたのであれば、少なくとも鉱山を幾つか作り終えたところを狙う。それか安定した利益を上げられる体制が、十分に整った段階で手を出すだろう。


「育っていないものを奪い取っても、開発と管理の手間が増えるだけだ。銀山の奪取以外の目的があるとすれば……何だろう」


 今の時期に奪い取るメリットは薄いという、利益的な部分を置いておくとしても、そもそも今のクレインは王子と共闘関係にある。


 ラグナ侯爵家に対抗するための、味方探しに苦心していた様子も見受けられたのだから、折角結んだ関係をぶち壊しにくるだろうかという疑問も残った。


「表面上は手を結んだけど、裏では暗殺を目論んでいるか……やっぱり考えにくいな」


 そんな話がクレインに漏れた日には、友好関係は即座に崩れ去る。敵対派閥への転向もあり得るほどの、重大な背信行為だ。


 自分の手足となる領地持ちの子爵を裏切り、子飼いの商会に殺させることのメリット。

 そんなものは考えつかず、いつものように彼は頭を抱えて唸った。


「だあああ! 分からない! 殺される意味が分からなければ、今の時期っていうのが分からない! だから誰が得をするんだよこれは!?」


 結果としては容疑者全滅である。怪しい人間は山ほどいるが、誰にも動機が見えないからだ。


 サーガは使い走りの実行犯であり、裏ではヘルメスが糸を引いてそうだ。事件の経緯にそんな推測を立ててから何も進んでいない。

 だから小声で喋ることも忘れて、クレインは頭を抱えていた。


「サーガ商会、ヘルメス商会、ブリュンヒルデ……ううむ」


 誰も彼も第一王子の命令で、アースガルド領に集ってきた。だから必ず王子の意向はどこかに潜んでいるはずだと、予想するのが精いっぱいだ。


 考えても分からない首謀者のことは置いておき、彼は最後の疑問である、ブリュンヒルデが何故殺しにきたのかに目を向ける。


「そうだ、一番分からないのはブリュンヒルデだよ。どうして殺しにきたかな」


 ヘルメスと王子が共謀して、自分の排除を企んだ可能性は低い。それがクレインの見解だった。


 それこそメリットが皆無であり、そもそも仮に王子が暗殺を仕掛けるならば、最初からブリュンヒルデに命じれば済む。


 彼女が敵に回った瞬間に死亡が確定するのだから、わざわざ商会長たちに毒殺させるというワンクッションを入れる必要も無かった。


「彼女は俺を尾行していた。それで、俺が殺されたのは商会に突入する直前だ。ヘルメス商会を家探しされたら困るのか、それとも俺がヘルメスを害すると見たのか」


 何らかの共謀が明るみに出るのを恐れたか。ヘルメスに危害が及ぶ危険性を排除したか。


 クレインが状況から考えた時、ブリュンヒルデが動いた理由として考えられるのはこれくらいだ。一通りの考えを手帳に書いてみてから、字面を見つめて彼は唸る。


「どちらかと言えば……両方か? 手を組んで怪しい動きをしていて、パートナーが俺に殺されそうだったから助けた、とか? いやでも、本当に裏で手を組んでいるのかは分からないし、ええと……」


 クレインは思考回路がパンクしそうになるまで考え抜き、5分ほど唸り続けた。

 そして、やがて考えるのをやめてペンを置いた。


「この辺りでいいか。自分で考えて分からなかったら人に頼る、それが正解だ」


 あっさりと自己解決を放棄したクレインは、マリーに意見を尋ねた際と同様に、人の力を使うことにした。


 今回の事件を相談するとしたら誰が適切か。候補を思い浮かべてから、彼は2人の人間に目星を付ける。


「まずはトレックに話をしてみるか。その展開次第で、ハンスをどう使うか決めよう」


 そろそろ会合の時期とあって、トレックは王都からアースガルド領に前乗りしている。しかし方々の集まりに顔を出しているため、彼がどの日に、どこに居たのかは把握していないのだ。


 だからクレインは差し当たり、トレックとのアポイント取得から始めることにした。


「殿下とブリュンヒルデは置いといて、先にヘルメス商会のことを洗おう。蛇の道は蛇だ」


 商人のことは、商人に聞くのが一番早いはずだ。

 そう思い、彼はスルーズ商会に向けた手紙をしたためる。


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